時として「原さんはアイデアマンだ」と、ほめていただくことがある。しかし、自分でそう思ったことは一度もない。ただ人一倍「目ざとい」ことだけは自慢できると思う。 私は、6月8日の「情けに報いてこそ"情報"は得られる」で紹介した「すべての人はチャンスに遭遇している。ただ、多くの人がそれに気が付かないだけだ」という実業家の言葉を念頭に置いている。「目ざとく」獲得した情報を何とか自社に役立てようと、常に頭を回転させる習慣が身に付けば、アイデアは自然に湧いてくる。 連想ゲームで思いつくキーワードを社業に生かす 『連想ゲーム』というクイズ番組を憶えておられる方も多いだろう。例えば「チョコレート」という答えを引き出すために、リーダーが「バレンタイン」というヒントを出す。同じチームの解答者が「チョコレート」を連想すれば正解だが、「プレゼント」や「恋人」など、1つのキーワードから連想する事象は人それぞれだ。ヒントの巧妙さと、両者の思考回路の相似具合が勝負の分かれ目と言っても過言ではない。 私は営業マン時代から、この『連想ゲーム』的思考法をビジネスの場で活用している。方法は簡単。出発点となる一つの言葉を決め、そこから枝分かれ式に連想する言葉を並べていくだけだ。しかし、連想の果てに思いもよらぬキーワードが出現することもあって、とても興味深い。 例えば下の図は、「冬」という言葉から、次々に連想を広げていったものだ。 こうして並んだ言葉をヒントにして、様々な商品やイベントを考えついた。例えば、クリスマスであればショーケースの中に雪だるまを飾ったり、ツリーの飾りにもできるパッケージの商品を発売したり……。また、家族全員が楽しく食べられるバラエティ豊かな商品も開発した。 保存食チョコレートをどうやって売るか? また、こんなふうに販路の開拓にも活用できる。ちょうど11年前に発生した阪神大震災の後に、危機管理の一環として社員向けに保存食用のチョコレートを開発したことがある。実はチョコレートは保存食として非常に優れている。「栄養価が高くエネルギー効率が良い」「水分が少なく保存性に優れる」「水がなくても食べられる」「ストレスを和らげる」「歯の悪いお年寄りも食べられる」などの長所がある。 ただ一つ、チョコレートには「高温」という弱みがあったが、それも独自の原料配合と、断熱性の高い個包装とパッケージによって解決し、97年には一般販売用に商品化した。発売当初から、反響は大きかった。 しかし、販売は苦戦した。そもそも「非常食=チョコレート」という概念が存在せず、「本当にチョコレートを1年も2年も保存できるのか」と、疑問に思う声が多かったことも事実だ。 連想ゲームの応用で保存食チョコがギフト菓子に"変身" しかも、店頭で販売しているだけではそれ以上の市場拡大は望めない。そこで『連想ゲーム』の登場だ。「災害時の備蓄食糧」という観点から、大口需要の見込める官公庁や自治体、公共施設に対して売り込みをかけた。 また、「地震で立ち往生した列車の中」という発想から、鉄道各社にも営業活動を行なった。シニア市場で成長著しい「アウトドア」の視点から、氷砂糖をチョコレートで置き換えてもらおうと、登山関連の雑誌に広告を載せて認知を高めた。 もう1つの発想は、商品名の「"保存"食チョコレート」にひっかけて、チョコではなく「愛」を保存してもらおうというもの。つまり、バレンタインの商材として販売しようと考えた。 そこで、専用のギフトボックスを開発して拡販し、「日持ち(賞味期間)は1年、愛は永遠」というキャッチコピーも考えた。ギフト需要も見込めるようになった結果、販路はさらに広がった。今では、多くのお客様の支持と共感を得ることができたと自負している。 さて、当社にとって最大のイベント「バレンタインデー」が1か月後に迫ってきた。次回はぜひその誕生秘話を披露したい。 |
2月14日まであと3週間,バレンタインの特設売場が全国の百貨店や量販店で続々とオープンしている。年末年始の喧騒が去った街ににぎやかさが戻り,春らしい華やかな雰囲気が次第に強まってきたように感じる。 春の訪れを告げる風物詩「バレンタインデー」にまつわる思い出はどなたもお持ちかと思うが,今回は私のバレンタイン「秘話」を披露しよう。 当社が日本で初めて「バレンタイン」と銘打ってセールを開催したのは,48年前の1958年のこと。大学卒業を間近に控え,父の創業した当社でアルバイトをしていた私がセールのアイデアを発想するきっかけとなったのは,パリの商社に赴任中の大学時代の先輩から届いた一枚の寒中はがきがだった。「当地には,2月14日に男女が花とカードとチョコレートを贈り合う“バレンタイン”という習慣がある」と,そこには書かれていた。 「チョコレートを贈り合う」という一部分だけを見て,私は何とか商売に結びつけられないものかと思案した。そしてアルバイト先の伊勢丹新宿店で売り出しを行なってはどうかと父に提案したのだ。許可した父の英断はもちろん,「バレンタイン」の意味すら知らず,学生アルバイトの身でアイデアを即実行に移した自分にも今さらながら驚く。 最初のバレンタインデーは惨憺たる結果に では結果はどうだったか。「バレンタイン」を知る人は当然おらず,手書きのボードに「バレンタインデー」と書いて板チョコを並べただけの催し物だったこともあり,売れたのは3日間でたったの3枚,メッセージカード代を含め170円という惨憺たる有様だった。 しかし私はあきらめなかった。父も私の失敗に寛容で,次の年もセールを開催することを許してくれたため,まずきちんと由来を調べるところから始めた。ハート形のチョコレートに始まり,その後も贈り手と相手の名前をその場で鉄筆で彫るサービスを考案したり,星座をモチーフにしたチョコレートを販売したりと,様々なアイデアで回数を重ね,イベントの認知度を次第に高めていった。 1950年代末から60年代にかけては折しも女性週刊誌の創刊ブームであり,仕掛け人として誌上に採り上げられ注目される機会にも恵まれた。さらに,女性の地位が見直される時代にあって「女性が告白する」という女性主導のイベントはその心をうまく捉えることができたようだ。 粗悪品や模倣品が多く出回った時期や,「子供のお年玉を貪り取る悪徳業者」と当社が非難された時代もあったが,「品質第一主義」を貫き,常に本物の味を消費者に提供してきたと自負している。創業者はよくこう言ったものだ。「バレンタインはメリーの味を知ってもらう日だ」と。この方針は,今後も決して変わることはない。 チョコレート支出の2割が2月に集中 日本のチョコレート市場はおよそ4000億円。総理府の家計調査では,一世帯あたりのチョコレート支出の約2割が2月に支出されている。このうち,かなりの部分がバレンタインに関するものだったと考えてよいだろう。来年はいよいよ50回目のバレンタインを迎える。ここまで大きく育った我が子の記念すべき誕生日をどう祝うか,感慨も新たにプロジェクトをすでに始動させたところだ。 なお,バレンタインにまつわる話については拙著『家族的経営の教え』(06年1月発売・アートデイズ刊)にも詳細を記述したので,興味がおありの方はぜひ一度書店でご覧いただければと思う。 さて次回は,再び当社の情報活用,特に文字等の定性データの収集と,社内での共有・活用について採り上げてみたい。 |
チョコレートが虫歯や肥満の原因の一つに挙げられたのは昔の話,ポリフェノール効果が広く知られるようになり,今や健康食品,さらにはダイエット食品としても女性の間で脚光を浴びていることをご存知だろうか? 当社は健康食品会社ではないので,あえて効果を強調して販売する気は毛頭無いが,カカオを多く含むチョコレートを求める消費者の声を把握し,要望に応える努力をする必要はあるだろう。この消費者の「生の声」は,自店の売上数字や構成比などの数字データを追っていただけでは,決して聞こえてこない情報だ。 正確な判断導く定量情報と定性情報の組み合わせ 情報は,その形態によって大きく二つに分類することができる。 一つは,数字で表される「定量情報」。例えば売上金額や来店客数,その日の気温や降水量など,変化をグラフ化したり数字同士を比較したりできるので,現象を量的に明らかにしたい場合に活用される。当社独自のPOS「MAPS(MAry's Pos System)」のデータもこの分類に属する。 もう一つは,文字に代表される「定性情報」だ。例えば日本の景況や流通業界の現状,競合他社の動向やお客様のご意見など,数字では表すことのできないものすべてが当てはまる。またデジカメやICレコーダー等,デジタル機器の進歩が著しい最近では,画像や音声も重要な定性情報として挙げられるだろう。 これまで述べてきた通り,ある情報の客観的な判断材料となる定量情報はたいへん重要だ。しかしそれだけで不十分だということは,実務に携わっている者ならすぐ分かるだろう。 例えば,昨年と今年のある月の売上金額を見比べて,昨年の売上高が著しく高かった場合,数字を比較しただけでは,それ以上の判断が付かない。そこに,昨年のその時期にはテレビで「チョコレートは体によい」と報道された,また今年は大雪のために店の営業時間が短かったなど,様々な定性情報が加わることで原因が明らかとなり,今後の戦略を正しく立案することが可能となる。 つまり,定性情報はある事象全体の理解度を高め,情報の価値を上げることに役立つ。一方で定量情報は,事実の裏付けとなって説得力を高める働きがある,ということだ。このように,定量情報と定性情報の双方を組み合わせて物事を分析することで,より正確,適確な判断を下せるようになる。 情報を総合して最終的に判断を下すのは本人 ここで強調したいのは,情報を活用するためには選択眼と洞察力,そして目ざとさはもちろん(連載第2回参照),様々な情報の特性と意味を正しく理解した上で整理・分類し,いつでも活用できる状態にしておく技術を磨く努力が必要だということだ。 そしてもう一つ,「最終的に判断を下すのは人間の頭脳」という事実を忘れてはならない。天気予報の降水確率と,他人のアドバイスによって「今日は雨が降りそうだ」と頭では理解していても,得た情報を総合して実際に傘を持って出かけるかどうか判断するのは本人なのだ。 これまで詳しく紹介してきた通り,当社では定量情報の徹底活用を推進しているが,同時に定性情報の収集,共有,活用にも注力している。実例は次回採り上げることにしよう。 |
販売日報は最前線の情報が集まる“宝の山” 当社にとって年間最大のイベントであるバレンタインデーが終了した。「恋人達のお祭」が,半世紀を経て老若男女が楽しめる「チョコレートのお祭」へと変化を遂げたことは,「チョコレートの味を知ってもらう日」として大切に育ててきた人間として非常に喜ばしく思う。 消費者の嗜好や購買行動は常に変化している。情報化社会においてその速度はさらに増しており,チョコレートに限っても数年前の「生チョコ」ブームはどこへやら,近年は「健康(高カカオ)」「ショコラティエ」「和風」「男性」など新たなキーワードが生まれ,大きな潮流を形成している。当社は,この流れを把握してその先を予測し,さらに自ら新たな流れを生み出すことをメーカーの使命ととらえている。そのために積極的に情報を収集・活用しているのは,これまでの連載で紹介してきた通りだ。 売上データでは分からない購入過程 定量(MAPS)データの収集・活用については,すでに紹介したが,同等に重きを置いているのが様々な定性情報だ。中でも現場の販売員が消費者の「生の声」を伝える販売日報制度は,社員が常駐する全国約180の直営店舗を対象に,1975年から続けられている。 数字データに反映されるのは「売れた商品」の情報でしかない。「2000円のチョコレートが1個売れた」という事実からは,お客様が隣のメーカーのチョコレートと比べたのか,当社製のクッキーと比べたのか,それとも初めからその商品を買うつもりだったのか,購入の過程はまったく分からない。 さらに重要なのは「売れなかった商品」の情報だ。試食した上で味が気に入らなかったのか,予算に合う商品が無かったのか,パッケージが目的にそぐわなかったのか,他メーカーの方が安かったのか…。これらが明らかにされない限り,低迷する売上データをいくら眺めていても何の解決策も見出せず,消費者のニーズに合った商品開発などできるはずが無い。これら数字では把握できない最前線の情報を収集する手段が販売日報である。 昨年までは手書きの日報を1週間分まとめて本社に集めていたが,MASCOT導入(第18回参照)にともない,端末に入力した文字情報を即日収集できるようになり,情報の流れは格段にスピードアップした。さらに個々の報告や質問に対して本社から即答することも可能になった。記入にあたって特にテーマは設けていない。報告内容は販売員の自由なので,プラス情報に限らずマイナス情報や,時には痛いところを突く意見もある。 情報の双方向化が参画意識を高める ここで重要なのは,どんな情報にも誠実に向き合って,企業側の「情けに報いる」態度を見せることだ。自分の入力した様々な情報がフィードバックされ,意見や提案が商品開発や業務改善に結び付くことが分かるからこそ,経営への参画意識とやる気がますます高まる。本社と距離をおく販売員とコミュニケーションを図るには,このように情報の流れを双方向にすることが肝要だと強調しておきたい。 また全国レベルで情報を共有するため,1976年から週刊社内報「メリーズ・インフォメーション」を発行している。A4版6ページの冊子に各店舗の報告を抜粋して掲載すると同時に,経営者の考えを全社員に伝えるべく,私自身も毎週欠かさず900文字のコラム「今週の提言」を連載している。常に締め切りに追われながらも20年以上にわたり書き続けてこられたのは,このコラムのことを経営者自らが情報を公開し,全社員と共有する重要な場だと考えているからだ。企業の一体感を醸成するには,このようなアナログ的,かつ地道な努力もまた必要だと言えよう。 次回は,その他の定性情報の活用事例をご紹介しよう。 |
「消費の主役は女性」と言われたのは数年前のこと,最近は「男性復権」という嬉しい文字も散見される。とはいえ,顧客の大半を女性が占める当社では,やはり女性を意識したマーケティングを展開しており,流行に敏感な女性にアピールすべく女性誌を中心とした広告戦略を採っている。私は,長年にわたって20種類以上の女性誌の記事やグラビアをチェックし,それらの定性情報を商品開発をはじめ様々に活用してきた。 女性誌を開くと,ファッションに限らず多種多様の情報が目に飛び込んでくる。このとき重要なのは「衣・食・住」に加え,「遊・寛」というキーワードを切り口に眺めることだ。基本的な欲求が満たされた現代,「遊ぶ」「寛ぐ」という部分にかなりの時間やお金をかける消費者が増えているからだ。 経費を遣って広告会社に調査を依頼するのも結構だが,雑誌1冊あたりの投資は月に数百円の投資で済む。このように自社で手軽に情報を収集する方法もあることを,ぜひ紹介しておきたい。 雑誌で気になった記事は無造作に破り取る。そして,コメントを書きこんだ付せん紙とともに,内容に応じて企画や商品開発等のスタッフに手渡す。すると,彼らはその情報を各自の仕事にフィードバックしていく。 現場スタッフは,彼らなりに様々な情報を集めているだろうし,同じ記事に着目しているかもしれない。しかし,経営者と現場スタッフの視点は異なり,感じ方や物事の捉え方も当然違うので,情報が重なっても決して無駄な作業とはならない。 もちろん,せっかくの情報も内容を理解して活用できなければ意味が無い。従って,受け取り手である社員には「情報感度」を上げる努力を欠かさないよう,常に指導している。 POSと気候データの組み合わせで仮説検証経営を実践 さて,長く冬の時代にあった百貨店の売上げがようやく上向いてきた。昨夏のクールビズ商戦の成功と,この厳冬が影響しているらしい。 近年,新聞の経済欄には「猛暑」「暖冬」「異常気象」などの文字が躍り,家電業界やビール業界が一喜一憂する様が報道されるが,商品動向が天候に大きく左右されることは周知の通りだ。コンビニが弁当類の発注に際して天気予報をチェックするのは,今や常識である。当社でもデザートゼリーが主力商品となる夏は,気温の変化には特に敏感になる。「天候デリバティブ」なる保険商品もすっかり浸透し,今や「天気」は,それ自体が商品になるほどの重要な地位を企業経営の中で確立している。 当社では20年以上も前から「天気」の重要性に着目しており,多少の経費はかかったが民間の気象情報会社と契約して,気象庁よりも精度の高い長期予報を入手し,販売戦略立案に活用してきた。 POSシステムであるMAPS(MAry's POS System)から得られた過去の商品別構成比や売上高などのデータと,主要都市における日々の気温や降水量など,過去数年間の気候データを組み合わせてグラフ化すると,様々な相関関係が見えてくる。この分析結果をこつこつと蓄積して商品動向をある程度パターン化することで,数ヵ月先の気象予測に基づいて,より精緻(せいち)な販売予測を立てることが可能となった。いわば定性と定量,両データを活用した「仮説検証経営」実践の一例と言えるだろう。 次回は,これまで紹介した様々な定性情報をいかに社内で公開し,共有しているかを説明しよう。 |