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16-MAPSデータはこう使っている(2):イベント商品の返品率1%以下を実現する方法
 読者諸氏はご存知かどうか、先の日曜日(10月の第3日曜日)は「孫の日」だった。バレンタインデーにそのお返しのイベント、ホワイトデーがあるように、「敬老の日」に祝ってもらったおじいちゃん、おばあちゃんがお返しをする日があってもよいのではないかと、百貨店が提案した記念日。それが「孫の日」だ。

 少子高齢化が加速する中、世代間のコミュニケーションを図るきっかけになればと1999年から始めたこのイベントは、知名度こそまだ高くないが、販売する側にとっても売場を活性化する貴重な機会に育ちつつある。


イベントは絶好の商機だが売り残しが大きな課題

 また10月末には西洋由来のお祭り、「ハロウィン」が控えている。1年のうちでこのようなイベントはいくつもある。新年初売りの福袋に始まり、バレンタインデー、ホワイトデー、ひなまつり、こどもの日、母の日、父の日、そしてクリスマスまで、実に様々だ。

 小売業者の方々にとってはもちろん、当社にとってもこれらはたいせつな商機であり、積極的に販促に活用している。しかし同時に、短期間でいかに売り残しもチャンスロスも出さずに利益を上げるか、という困難な課題も抱えている。

 当社の看板イベントであるバレンタインデーでは、特に大量に多種類のアイテムを扱わねばならない。臨時の出店も爆発的に増えるため、店舗ごとに販売戦略を立てるのも一苦労だ。売り上げは上がっても、終わってみたら返品や不良在庫が倉庫に一杯、という状況になりかねない。

1996年のバレンタインにIT時代の始まりを感じる

 実際にそんなことになっては、苦労も水泡に帰してしまう。そのため、品ぞろえや販売数量の決定には特に神経を遣う。そこでMAPSデータを元に、独自のシステムを構築した。前回の記事で述べた、グループ特性に基づく商品構成とその比率をパターン化し、売上予算を設定すると、商品別の販売予定数が算出され、そのまま発注にまで反映される。

 1996年に、この新たな戦略を提案した時には、現場の営業マンの説得にかなり苦労した。とにかく意見を押し通し、最終的には結果を見て誰もが納得してくれた。

 このシステムを導入した結果、深夜まで残業し、鉛筆をなめなめそろばん片手に紙切れに向かって1アイテムずつ販売予定数を決め、1店舗ずつ注文伝票を書き起こしていた時代は終わった。こうした意味では、IT時代の始まりをはっきりと感じた記念すべきバレンタインだったと言えるだろう。


バレンタインの返品率1%以下を実現

 以後MAPSが本格的に稼動し詳細なデータが集積されるに伴い、販売予測数値はさらに精確さを増し、バレンタイン期間中の売上高に対する返品率は1%以下という驚くべき数値を実現した。この数字こそ「仮説検証」によって蓄積された知恵の賜物であろう。

 さらに1999年からは、店舗ごとの顧客特性と販売動向の主要データを、得意先である百貨店にも開示した。バレンタインの商品戦略や売場企画に対して、一層の理解と協力を仰ぐ重要な武器として活用している。

 新しい価値観の確立を模索し、常に変わり続ける消費者のニーズをすばやく的確にとらえることは、流通に携わる企業にとって目下の重要課題である。この企業の枠を超えた店頭情報の共有化は、今後の流通業のあり方を「情報」という側面でとらえた画期的な試みだと自負している。

 これまでは営業の立場からデータ活用の事例を見てきたが、次回は生産する立場でデータをどのように捉え、活用しているのかを紹介しよう。



 
 
 
17-MAPSデータはこう使っている(3):営業部門が生産計画を決める
 難解なカタカナ語には、いつも閉口している。数年前に「サプライチェーンマネジメント(SCM)」が流行したが、「必要な時に、必要なものを、必要な数量だけ生産し、販売する」という、ごく当たり前の商売の基本である。江戸時代に繁盛した商家の手法と何ら違いはない。

 現代では、ITを駆使して迅速且つ効率的な生産を進め、機会損失と過剰在庫を徹底的に排除して、利益を創り出すことが狙いだ。これは、生産部門が改めて確認すべき基本事項だと言える。

 製造と販売を手掛ける当社にとって、生産部門と営業部門は車の両輪だ。両部門のチームプレイなくして、企業としての存続はありえない。

 そこで2000年秋からは、営業に遅れをとっていた生産部門の情報化を進め、本格的なSCMに着手した。もちろんMAPSデータに基づく生産計画の立案や見直しは従来行なっていたが、業務をシステム化し、担当者の経験や勘に頼る旧態依然とした体制を払拭する必要があった。


営業部門に生産計画を決める権限を与えた

 この取り組みの最重要ポイントは、実質的に生産計画を決める権限と責任を営業に与えたことにある。実際の需要の変化をすばやく生産計画に反映させるためには、MAPSデータに加えて、直接消費者と接している売店から寄せられる定性(文字)情報が必要不可欠だからだ。

 営業の販売予測を最大限に尊重して生産計画を立てる代わりに、営業が在庫の過不足に対する一切の責任を負う。10日ごとに40日先までの販売量を予測し、うち20日先まではより精度の高い生産計画として「確定」する。さらに前日のMAPSデータを元に毎朝両部門でミーティングを行い、実需に合わせて販売予測と生産計画を調整している。

 このように製造の柔軟性と効率が同時に高まり、過不足なく商品を生産することでコストが削減され、利益創出につながる。


社外の主要協力企業にも生産計画を公開

 百貨店へ販売データの一部を公開していることは前回述べたが、社外の主要協力企業にも当社の生産計画を公開している。商品の原料や間接資材を提供してくれる多くの企業の存在なくして、商品を店頭に送り出すことはできない。したがって彼らと強固な協力体制を築いておくことが、何よりも重要となる。

 生産計画と在庫状況を公開することで、協力企業においても計画的な生産と適正在庫が実現された。突然の注文に備えて在庫を多めに抱える必要が無くなり、無駄も省かれたのだ。情報のギブアンドテイク、つまり「情けに報いる」行為が両者の連携をより緊密なものにする。

 もちろん、セキュリティ上の問題を指摘されることもある。しかし今の時代を生き抜くには、情報は互いに開示・共有し、それぞれの立場を尊重して平等な協力関係を築くことが重要だ。そして、共に歩調を合わせてスピード経営を実践することに傾注すべきだ、と私は考えている。

 数回にわたって営業、生産の各部門を見てきたが、次回は流通部門の情報化がいかに利益確保に貢献したか、事例と合わせてを紹介しよう。


 
 
 
18-MAPSデータはこう使っている(4):物流部門の改革で利益創出体制を確立
 2005年も早いもので、11月半ばを迎えた。世間では、歳末商戦が徐々に盛り上がってきたところだ。

 しかし当社は歳暮とクリスマスを通り越し、すでに“バレンタインデー”に照準を合わせている。短期間に多種、かつ大量の商品を集中的に出荷しなければならないこのイベントでは、営業・生産部門はもちろん、物流部門も年間最大の繁忙期に直面する。


物流部門の社員を10分の1に、不明金は0. 001%以下に抑える

 創業以来こだわっている「直販体制」を運営していくには、物流部門は不可欠の存在だ。しかし生産部門が商品を作って利益を出し、営業部門が商品を売って利益を生み出すのに対し、物流は「いかに速く正確に商品を納めるか」を問われる、いわば“サービス部門”である。

 社長に就任して全社を見渡した時、利益を生み出すどころか、利益をザルですくっているような状況に、この部門の改革なくして利益重視戦略の成功はありえないと悟った。

 生産と物流機能の一体化を目的に、千葉県船橋市の食品コンビナート内に新しい生産ラインを備えた工場と、当社の物流拠点となる「情報流通センター」が竣工したのは1994年の秋。すでにバブル崩壊によって列島が不況にあえぐさなかのことだった。

 34億円をかけたこの一大プロジェクト完結までの紆余曲折は、拙著『社長は親になれ!』に詳しいので割愛するが、「不況の時こそ企業が真価を発揮するチャンス」という持論だけは強調しておきたい。

 このセンターでは東京・大森と船橋の両工場で製造した製品と、商品の在庫管理から出荷までを一括管理している。自動搬送ロボットやデジタルピッキングシステムにより、作業の大半をオートメーション化し、高いレベルでスピードと正確さの双方を実現した。

 その結果、ピーク時の約10分の1にあたる7人の社員で運営できるようになった。他の社員は社内各部署へ異動させることができ、効率的な人員配置と人件費の削減も全社規模で格段に進んだ。

 さらに、棚卸に関連する不明金は、全体で0.001%以下に激減した。まさにITの本領発揮だと言えるだろう。


直営店での注文作業をなくし接客に専念

 総売上高の約6割を占める、直営店向けの出荷の仕組みは次の通りだ。過去に蓄積したMAPSデータをもとに、まず店ごとに適正在庫を算出し登録しておく。各店のMAPSデータ、つまり売れた商品を集計すれば店の在庫がリアルタイムで把握でき、補充分が自動的に算出されて次回の納品が発生する。

 従って繁忙期のような特殊期間を除き、店から特別に注文をしなくても常に適正在庫が保たれる。また、注文作業から解放された販売員はより多くの時間を接客サービスに割くことができるようになり、顧客満足度も一層高まった。

 利益が確保できなければ社員全員の生活基盤が揺らぐ。だからと言って安易に値上げしたり原料の質を落としたりするという短絡的な手法を取れば、消費者の信頼を失う。

 ではどこから利益を生み出すか。やはり最も高い固定費である人件費を削減できるよう、可能な部分はすべて先端機器に置き換え、社内外一体となってIT活用による情報の共有化を図り、ムダを無くすことが最善だろう。

 次回はMAPSから進化を遂げた新システム、MASCOT(Mary's Advanced Shop Communication Terminal)を紹介し、一連のMAPSに関する説明を総括したいと思う。



 
 
 
19-「販売員は店舗経営者」を前提にネットワークを高度化
 時は師走、歳暮商戦がピークを迎えている。

 法人需要が激減している中、歳暮市場は今後拡大する見込みが薄い。そんな状況下で、MAPS(Mary's POS System)をはじめ様々な情報を総合的に分析し、フォーマルギフト市場の縮小をいち早く予見した当社では、「クリスマスのあるお歳暮」という新戦略に転換し、以来毎年大成功を重ねてきた。

 クリスマスのあるお歳暮というのは、MAPSデータを分析して編み出したものだ。「御歳暮」ののし紙をかけて堅苦しい形で贈るのではなく、歳暮よりもカジュアルなイメージで、クリスマスプレゼントの意味も込めて、「今年一年お世話になりました」と、本当に親しい人だけに贈る新しいギフトの形である。

 歳暮に限らず、形骸化したしきたりを敬遠する若い世代に、このようなカジュアルな贈答傾向が近年顕著に見られる。MAPSデータからも、のし紙ではなく「リボン」を掛ける需要が、年間を通じて増加していることが分かった。そこで、お歳暮よりも「クリスマス」をアピールする商品政策を採り、「もっと気軽にお礼の気持ちを贈りませんか?」というイメージを醸し出す店舗の雰囲気づくりに力を入れている。


新システムで「空間を超えた情報共有」を実現

 営業、生産、物流と、これまで各部門における店頭情報の活用事例を挙げてきたが、歳末商戦という一大イベントに関わる戦略を練る際にも、MAPS情報は非常に重要な役割を果たしている。MAPSがなかったら、7期連続増収増益を実現することはほとんど不可能だっただろう。

 そのMAPSを中心とした店頭情報システムが導入から、早くも9年たった。今年6月に、もう一段階進化したMASCOT(Mary's Advanced Shop Communication Terminal)が稼働し始めた。開発コンセプトは、「本社の人間がまるで店頭にいるように現場の状況を把握でき、販売員は本社にいるように会社の情報が把握できる」こと。つまり「空間を超えた情報共有」だ。

 従来のシステムでは、情報は店頭から本社へ一方的に集約されるだけで、迅速なフィードバックはなかった。現場で情報を集めて送っているのに、販売員は本社から来る営業マンを通じてしか、売場に関する様々な数字を知ることができなかった。

 この点を大幅に改善したのがMASCOTだ。本社に蓄積された売上高や在庫状況などの情報に、店頭から直接アクセスできる。「情け」に「報いて」こそ情報、双方向の情報のやりとり、"Communication"が、本システムの要と言える。


販売員は"経営者"、情報の即時交換は当然

 店ごとに利益や在庫を管理している当社の直営店において、販売員は「経営者」だ。彼女たちが、自分の店の経営指標や会社全体の動きを常に把握することにより、各人の自主性やプロ意識、さらには士気も高まる。

 中でも直営店の売場は本社と物理的な距離があるだけに、帰属意識を喚起して社内の一体感を高めなければならない。それも、このシステムによって可能となった。今後はショーケースの陳列を始めとする画像データも積極的に活用して、店舗との多角的なコミュニケーションをさらに充実させていきたい。

 長引く不況を体験して、生活者の要求は個性化・多様化の傾向を強めている。流通に関わる企業は、生活者情報を蓄積し、時代とともに変貌を続ける生活者が「何を望んでいるのか」「どのようなことで困っているのか」を常に把握できる「情報流通業」へ脱皮しなければ、生き残れない時代になっている。脱皮するための手段がITであることは、改めて説明するまでもないだろう。

 繰り返し「業務の効率化」「経営のスピード化」「利益創出」という表現を使ってきたが、これらがIT化による最終目的ではないし、決して「利益」に固執してきたわけでもない。商売の基本に忠実に、そして生活者の要求を満たすべく重ねてきた企業努力が、現在の好業績に結実したと自負している。

 では得た利益はどうするのか、次回は利益に対する私の考えをご紹介しよう。


 
 
 
20-利益は夢の実現のためにこそ遣うべき
 2005年は、株をめぐる企業の攻防が世間を大いに騒がせた1年だった。それぞれのとった行動の是非はともかく、経営者のみならず従業員にとっても「利益は誰のものか」そして「企業は誰のものか」と改めて考える良い機会だったように思う。

 企業活動の最終目的は「利益」である。日本経済が拡大から安定の時代に移行し、劇的な売り上げ拡大の望めない今日、従来の薄利多売的な戦略から利益率の高い効率経営へ戦略を転換するのは、当然の選択だろう。現に、多くの企業が長引く不況からようやく脱し始めているが、売り上げに頼らず利益を確保できる体質に改善したことが大きかったことは間違いない。


「そんなに利益を上げていったいどうするのか?」

 そんな中、当社はバブル期の拡大戦略に躍らされることなく本業を頑なに守り、地道に自己投資を続け、利益重視の経営を貫いてきた。その姿勢がいかにも利益に固執しているように映ったのか、以前さる老舗企業の社長に「そんなに利益を上げて、いったいどうするのか?」と訊かれたことがある。

 確かに、得た利益を経営者ひとりで独占するのなら、何十億円もかけてIT機器を導入し効率化を進めなくても、最低限の利益さえ出れば満足かもしれない。しかし利益は経営者や株主のものだけではない。利益は、企業に関わるすべての者で共有すべきだと私は考えている。

 従って、最近垣間見える株主偏重主義や拝金主義には眉をひそめざるをえない。社員のため、お客様のため、社会のための会社であることを忘れて、企業の繁栄などあり得ない。

 経営者として私には、企業のみならず社員とその家族の幸せを守る義務がある。商売人として、多くのお客様においしいチョコレートを食べてもらいたい。たとえ厳しい時代であってもチョコレートを創り続けることに当社の存在価値はあり、価値の維持に利益が必要なのは自明の理だ。


得た利益はお客様、お得意先、お取引先、社員で分割

 創業以来当社は、上場を経営目標にしたことは一度もない。これは創業者の遺言でもある。「蟹は甲羅に似せて穴を掘る」と言うが、私も顔の見えない不特定多数の人々の資金で企業を拡大しようとは考えない。

 今後も当社の規模と経営戦略にふさわしい投資を続け、得た利益をお客様、お得意先、お取引先、社員で分割し、共存共栄を図ることに傾注したい。

得た利益は…

 (1)お客様に還元  = 良い材料を使った高品質の商品を、リーズナブルな価格で提供

 (2)お得意先に還元 = 有利な仕入れ値で提供

 (3)お取引先に還元 = 小切手ではなく、現金でお支払い

 (4)社員に還元   = 業務の功績に応じた給与・賞与、福利厚生の充実

 当社は「チョコレートを通じて文化に貢献する」ことを、大きな目標に掲げている。だがもし企業に余力がなければ、この目標を達成するまでは、かなり険しい道程をたどることになるだろう。幸い近年は、順調に増収増益を続けている。


「サロン・ド・ショコラ」で文化貢献を

 文化貢献の例としては、世界的なチョコレートの祭典「サロン・ド・ショコラ」(毎年パリ、ニューヨーク、東京で開催)への出展があげられる。「サロン・ド・ショコラ」では、西洋のチョコレート文化を日本に、日本の伝統文化を欧米に紹介することに努めている。



 2005年のパリでは、商品の味はもちろんだが、当社の総合力と文化交流への貢献に対して高い評価を受け、「特別栄誉賞」を受賞した。文化貢献という大目標の実現に向けて、大きな1歩を刻むことができたと自負している。

 次回は、IT活用の話題から少々脱線するが、頭の柔軟体操も兼ねて私のアイディア発想法をご紹介したい。