アメリカでの私の実体験と、「零細企業だからこそコンピュータが必要」という創業者である父の英断から、当社のIT活用の歴史は36年前に始まった。 当初は、店頭商品の在庫管理や日々の売り上げの集計に活用し始めた。その潜在能力を肌で感じるのに時間はかからなかった。まず、手書き伝票を連続用紙で発行できるようになるなど、業務の効率化や省力化が進んだ。 すべてのシステム構築とプログラム開発は自社で実施 だが、それだけではない。集まったデータを元に様々な角度から分析を加え、販売戦略や生産計画の立案に活用できるのだ。この点で、私はコンピュータの未知の可能性に、ますます魅力を感じるようになっていった。 当社では、コンピュータ導入当時より社内に専門スタッフを配している。現在は9名のシステム担当社員が働いている。当社を視察した取引先の方々がまず驚かれるのは、すべてのシステム構築とプログラム開発を自社で手がけている点だ。 もちろん、大きなプロジェクトともなれば、メーカーの専門職に助言や手助けを請うこともある。だが、基本的には当社のスタッフが中心となって進めている。というのも、システムが十分に機能するには、まず現場の人間が使いこなせなければならないからだ。そのためには、現場により近い人間が開発に携わることが理想的なのは言うまでもない。 システム・スタッフを営業や生産現場に出向 よって、当社のシステム・スタッフのうち数人は営業部や生産部に出向し、「こんなデータが欲しい」「こうなればもっと便利だ」と現場が日々考えていることに耳を傾けている。その上で、ITで解決できる部分を洗い出して、プログラムの開発やIT環境の改善に努めている。 かなり以前のことになるが、メーカーの営業やSEと話をした際、なかなか話が噛み合わず苦労した記憶がある。ユーザーであるこちら側が「こうしたい」という要望や目的を伝えても、彼らは技術畑の人間であるせいか難解なIT用語を駆使し(悪気はないのだろうが)、「これを使えば……」と手段ばかりを強調する。 もし私が、IT活用に対し漠然としたイメージしか持っていなかったら、肝心の目的を見失い、高価なIT機器を揃えるだけで満足してしまったことだろう。 『商いをビジネスと呼び、客忘れ』ではダメ 以来「思った通りのことを実現するには、自分たちの手でやるしかない」と、改めて心に刻んだ。あくまでも自社開発にこだわり、掲げた目的を全員で共有し、積極的にIT投資を続けてきた。費用に対する効果は十分に得られており、今後もこの方針を変えるつもりはない。 とは言え、情報収集に固執するあまり情報に振り回されたり、単なる効率化ばかりに気をとられてはいけない。『商いをビジネスと呼び、客忘れ』などと言われるようでは、まさに本末転倒だ。 当社はIT企業ではない。「チョコレートを通じて想いを贈る」企業として、お客様1人ひとりとのつながりを大切に、常に「ココロ」を重視した温かみのある商売を進めていくことを第一の目標としている。繰り返しになるが、ITはあくまでも「道具」であることを忘れてはならない。 次回からは、当社が開発したオリジナルPOSシステム「MAPS」について、詳しく説明していきたい。 |
当社が独自に開発したPOS(販売時点管理)システムは、MAPS(MAry's Pos System)と呼んでいる。このシステムは、「仮説検証経営」の基礎となる重要な存在だ。既に10年にわたって稼働している。 「購入の目的」まで収集するPOSシステム 「いつ、どこで、どんなお客様が、何の目的で、何を購入したか」という情報を、当社の総売上高のほぼ6割を占める直営売店で、店員が専用の機器に入力。全国のデータを即日収集・分析して、商品企画や販売戦略の立案などに活用している。 流通業において、POSは今や当たり前の存在だ。しかし、購入の目的までデータとして収集し、独自のシステムを構築して全社で活用している例は、他に類を見ないのではないかと自負している。 1958年、母の涙に説得されて、私は大学卒業と同時に当社に入社した。3日目にして父に連れられて東北、北海道へ出張し、以来営業一筋に歩んできた。駆け出しの頃は都内十数か所の担当店を自転車で巡り、販売動向を確認したり商品を運んだりする仕事に没頭した。 「正の字」と「赤・青」で顧客の動向を調査 しばらくすると、ある店では品切れを起こすほど売れている商品が、別の店では売れ残っている、というミスマッチがたびたび起こっていることに気付いた。実際に店頭で何が売れているのかを徹底して調べて、店ごとの特徴を把握する必要性を強く感じた。 そこで集計用紙を自作した。縦軸に開店から閉店までの時間の推移、横軸には商品名と単価を並べ、この紙をショーケースの裏に貼り付けた。そして、販売担当の女性たちに、商品が売れるたびに該当するマス目に正の字を書き入れてもらうことにした。その際、購入した客が男性なら青、女性なら赤の色鉛筆でつけるという風に、色分けもしてもらった。 用紙を回収して店舗別、商品別、時間帯別、単価別、男女別など、切り口を換えて集計していくと、売場ごとの様々な傾向や商品動向が見えてきた。その結果は非常に興味深いもので、つい分析に夢中になってしまい、気が付いたら朝になっていることもしばしばだった。 店ごとの特徴が次第に分かってきたところで、次は自分なりに予測を立てた。そして、品揃えやディスプレイに反映させてみた。「ここを変えれば、このようになるはずだ」と予想して実行し、その通りの結果が出たとき、そして効果が売り上げ増につながったとき……。こうしたときの達成感はひとしおだ。 「若造の言うこと」の声も結果で押し切る 従来は勘と経験に頼っていた生産計画も、収集したデータをもとにひんぱんに見直すことにした。その結果、品切れや過剰在庫が解消された。現場の技術者の中には、「若造の言うことなど、にわかには信じ難い」という者もいた。だが、明確な数字のデータは私の心強い味方であり、何よりも結果がすべてを物語っていた。今思えば、この「正の字」こそがMAPSの原型だった。 こうして「数字の重要性と面白さ」に開眼した私が、次に出会ったのが前々回に紹介したコンピュータだ。その導入によって、情報分析の速度と正確さは飛躍的に進歩した。これからの時代は、「データをもっと効率的に扱う技術を身につけて、勘や経験だけに頼らない経営をめざすべき」との思いはますます強まった。 次回は、この手書きPOSが進化したMAPSの概要をご説明しよう。 |
地域による嗜好の違い、気温と商品動向の相関関係。いずれも商品企画や販売戦略の立案に際して、じっくり考慮すべき重要事項だ。MAPSにより蓄積されたこれらのデータがなければ、当社の現在の好業績は望めなかっただろう。 1982年に販売データの本社配信を開始 1982年、日々の売り上げなどを店頭で入力して本社へデータ送信できる小型端末を、社員が常駐する全国約120店舗に導入した。それまでは、電話をかけて口頭で報告していた。売り上げや棚卸、発注、勤怠などの情報をデータのまま本社に送れば、聞き間違いなどのミスが減る。しかも、電話応対業務も必要最小限の人数で足りる。店頭業務の簡素化、迅速化は飛躍的に進んだ。 1996年には、第2世代を経て、第3世代の端末に手書きPOSの機能を搭載して本格的な店舗情報の収集に着手した。これが現在のMAPSである。 本来POSレジを使えればよいのだが、百貨店の中で当社だけが特別なレジを使うわけにはいかない。幸い販売員にはそれまで端末を使いこなしてきた経験があったので、販売時の情報入力という手間は増えたものの、さほど混乱も無く受け入れられた。 今春、第4世代の端末にグレートアップした。同時に情報システムもさらに1段階の進歩を遂げた。この新システム、MASCOT(Mary's Advanced Shop Communication Terminal)については、後日紹介したい。 「よそいき」か「普段着」かさりげなく情報収集 店頭では、いつ、どこで、どんなお客様が何を購入したのか、という基本事項に加え、当社ではその用途まで入力する。当社はギフトメーカーだが、中には自分のおやつにしたり、お茶請けとして自宅用に購入したりする人もいる。 また、衣料品にフォーマルとカジュアルの区別があるように、「ギフト」と一口に言っても、お中元やお歳暮のような「よそいき」ギフトがあれば、手土産のような「普段着」ギフトもある。商品政策を練る上では、これらを明確に区別しておく必要がある。 購入目的は、のし紙やリボン等の包装形態からある程度予想できるし、またお客様との会話の中で失礼のない程度にさりげなく伺うこともできる。販売員とお客様のコミュニケーションが深まれば一石二鳥だ。このように売れた商品の個数のみならず、目的まで含む詳細な情報を収集することで、より「生」に近い購買動向や嗜好を把握し、ニーズに即した商品開発が可能となる。ITは顧客満足を高める道具でもあるのだ。 品質保持のために始めた直販が情報収集に役立つ これだけの生きた情報をリアルタイムで収集、活用できるのは、直販体制に依るところが大きい。実は、創業以来直販にこだわり続けているのは、品質管理が主たる理由だ。チョコレートは温度や湿度に弱く、とてもデリケートな食品である。作りあげた商品を自分たちの手ですぐに百貨店に運べば、理想の環境下で管理された出来立ての味、本物の味を提供することができる。さらに当社の社員が販売員として店頭に立つことで、お客様の声とも直接接触できる。 企業は顧客の方を向いて商売すべきである。人件費などの諸経費は当然発生するが、得るものはそれ以上に大きいのだ。 次回からは、収集した店頭データを具体的に活用した実例を、数回にわたって紹介していこう。 |
一昨年の記録的冷夏から一転、昨年は猛暑となり、今年も西日本はかなりの暑さだったと聞く。 地球規模で異常気象が問題になっている昨今、売り上げが天候や気温に左右されてばかりでは安定した経営など望めない。私は常に「売り上げを伸ばす」のではなく「売り残しを出さずに利益を確保する」ことを優先に考える。 生の情報を新鮮な間に活用する とは言え「売れる商品を売れる数だけ生産する」ことの難しさは、読者もご存知の通りだろう。しかし当社では、MAPS(MAry's POS System)によって日々の販売状況を把握し、必要に応じていつでも生産計画を微調整できる。MAPSのおかげで天気予報に一喜一憂することなく、順調に業績を伸ばし、本年8月期の決算で7期連続増収増益を達成した。 当社の直営売店は、全国で現在2000カ所を超える。その中で、社員が常駐し総売上高の約6割を稼ぎ出している百貨店内の約180店に、MAPSの端末を設置している。 各売店で集積されたデータは、その日のうちにPHS回線で本社のホスト・コンピュータへ送信される。そして夜の間に処理されて、翌朝にはパスワードを入れれば社内各部署の端末から誰でも閲覧できるような状態になっている。もちろん全国の支店や営業マンのパソコンからも、前日の状況をつぶさに確認することが可能だ。 誰でも前日の売り上げ状況を即時に確認できる データは明細レベルで集積されるので、商品群、単価、用途、また性別や年齢によってそれぞれ集計できる。時間帯別売り上げの分析ももちろん可能だ。これらすべての条件を様々に組み合わせることで、営業、生産、企画開発に携わるスタッフが、それぞれの目的に合わせてさらにデータを分析・加工し、業務に活用している。 当社ではチョコレートに始まり、マロングラッセ、キャンディ、クッキー、デザートゼリーなど、実に多品種の洋菓子を扱っている。各アイテムごとに詳細な販売動向を把握して、商品ロスやチャンス(販売機会)ロスを最小限に食い止めている。これも日々MAPSデータを元に製販両部門で検討を重ねて、常に生産を調整しているからこそ可能なことだ。 約180店とはいえ、これらのデータは顧客動向をリアルタイムで捉えたまさに「生」の情報だ。出荷データは正確ではあるが、実際の販売まで時差が生じる。すぐさま消費者の反応を知ることはできない。その点MAPSデータならば、売場のほんの小さな変化もすぐに分かるので、即座に対応できる。この即時性が当社の強みだと言えよう。 テレビで話題になる→すぐに生産計画を変更 少し前の話になるが、「チョコレートのポリフェノール効果」が昼間の情報番組で放映された。その際には、お客様の反応が如実にデータに表われたため、すぐさま生産計画を見直すと同時に、「効果」を紹介するPOPを作成して店頭でPRした。その結果、大きく売り上げが伸びたことを好例として挙げておく。 データをもとに「何をどれだけ売るか」という予算を導き出し、その"仮説"に基づいて商品をつくり、売れ行きを見ながら売れ残りの出ないように最終的な生産量を調整する。この流れこそ連載第8回「当社のキーワード「仮説検証」とは」でご紹介した「仮説検証」であることは、もうお分かりだろう。 では店舗別MD(マーチャンダイジング)やディスプレイ戦略には、どのようにデータを反映させているか。次回はそれについてお話ししたい。 |
前回述べた通り、当社では主要販路の1つである百貨店における顧客や商品の動きを、当社独自のPOSシステムで把握している。一口に「百貨店」と言うが、ブランドイメージや店の差別化戦略によって、たとえ並んで建っていても顧客層や売れ筋商品は決して同じではない。 百貨店内の店舗を地域や特性別に6グループに分類 また全国規模で見れば、地域ごとに消費者の生活習慣も嗜好も千差万別である。従って、店ごとに販売戦略を変えるのは当然であり、百貨店の店頭で商売しているメリーでも、店舗別MD(マーチャンダイジング)には、最重要課題として取り組まねばならない。 とは言え、全国に点在する1店1店について、すべて1から品ぞろえを検討していたのでは、時間がかかり過ぎる上に、迅速な対応もできない。そこで現場の販売員の経験知「勘ピュータ」も生かしつつ、コンピュータを駆使して店舗ごとの顧客特性や販売動向を分析している。 当社では、社員を派遣している約180の直営店を、大きく6つのグループに分けている。老舗ブランド型、都市一般型、地方都市型、郊外型、ターミナル型、駅ビル型の6つだ。グループごとに基本商品構成を組み立てておけば、微調整だけで対応できる。非常に合理的だと自負している。 では実際に、「仮説検証」の手順を踏んでMAPSデータを活用している例を紹介しよう。いくら味の良い商品を並べても、美味しそうに見えなければ購入にはつながらない。ショーケースに並んだ見本は「物言わぬ販売員」であり、いかにその魅力を言外の言葉で語らせるか、つまり「魅せ方」が非常に重要なポイントとなる。 画面でシミュレートした後で商品の陳列を決定 基本的な陳列パターンは、当社の専門スタッフが立案する。社内に専門部署があり、商品ディスプレイのほかには、店頭のPOPなどの販促備品の企画開発も担当している。店や天候、その他諸条件で商品動向は常に変化するので、すばやく細部を調整して対応する必要がある。 そこでまず、現在の店頭の陳列状況をデジタルカメラやカメラ付き携帯電話で撮影し、そのデータを本社に送る。その画像を元に、売り上げや動向について本社で検討を重ね、問題点を挙げておく。 次が「仮説」を立てる作業だ。通常は、該当店舗の担当営業や、陳列専門スタッフ、マーケティングスタッフ(社内業務と兼務)がグループになって、本社でミーティングを行なう。マウスを使って画面上の商品をショーケースの中で動かしていくと、その店における売上高と各商品の構成比の予測値が自動的に算出される。そして、ケースとグラフが連動した形で表示される。 これらを参考に、例えば若い女性客が増加する傾向にあれば、それに合わせて比較的低単価の自家需要商品を目立つ位置に並べる。中高年層の来客が多い店舗では、ギフトシーズンに高単価のセット商品をケースの中央に陳列し直す---というような"実験"を行う。すべてを画面上でシミュレートして、理想の商品構成とディスプレイに組み替える作業をするわけだ。 実際に商品を並び替えて予測値との誤差を計測 次の段階では、実際に商品を並べ替えて、最終的な売り上げや商品別構成比の変化など即座に新しいデータを収集し、予測値との誤差を計算して、結果の「検証」を行なう。通常は、データを1週間程度収集して分析する。販売担当からは、すぐに反応や動向を報告してもらっていることは言うまでもない。 この後、定性、定量、双方のデータを付き合わせてさらに検証を重ねる。この一連の作業の繰り返しが「知恵」を生み、より短時間で効率的に、個々の店舗特性に適合した陳列の実現へとつながる。 このように売り上げ不振の原因を分析し、迅速、的確な改善策を本社から直接指示することができるようになった。実際の陳列作業は、それなりに時間と労力のかかるものだが、こうした業務のスピードアップと効率化が大幅に進んだことは言うまでもない。 次回は、バレンタインを始めとする短期間イベントにおける販売戦略を立案する際に、どのようにMAPSデータを活用しているかをご紹介しよう。 |