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 恐い体験

 
 これだけ全国を走っていると、いろんな体験をする。したくないけど、結果的にコワい思いをすることだってあるのだ。
 数年前の春、山口県まで遠征した。国道2号をひた走り、夜中に岩国までたどり着いた。このまま西に向かってもいいが、岩国と徳山の間には、直線ルートの2号線と、海沿いを走る188号線の2本のルートがある。これをタテに結ぶ437号線が、玖珂から柳井まで結んでいる。とりあえず、ここを走っておこうと、2号線の玖珂町から188号線の柳井をめざすことにした。2号線は夜中でもトラックの嵐だが、400番台の国道となれば、トラックどころか走るクルマの姿さえない。
 「マイペースで走れるなあ」などと、のん気に平坦な2車線の道を走っていた。やがて民家が途切れ、ちょっとした山道に入ったときだ。
 急に背中が寒くなった。しかも、尋常な寒さではない。ぞくぞくするような寒気なのだ。辺りは山の中。家などの人工物はいっさいない。道は1車線の細いつづら折れの道。アクセルを緩め、どう対処すればいいのか。考えようとするが、パニック頭は真っ白だ。時刻は深夜2時。時間も悪い。恐くてルームミラーも見れない。とりあえず、ステレオのボリュームをめいいっぱい上げる。よかった。音が大きくなった。これで逆に小さくなったりしたら、ますますパニックに陥って、そこらの谷に落ちていたかもしれない。(夜中でわからないが、おそらく片側は谷だっただろう)
「冷静に、冷静に考えよう」そう自分に言い聞かせた。
引き返すほうがいいのか?
 しかし、Uターンできるようなスペースはない。無理すると、谷に落ちるかもしれない。かといって、この先どれくらい、この山中が続くのかわからない。地図で確認できればいいが、とてもクルマを止めるような勇気はない。
 仕方なく、そのまま進むことにする。アクセルを抑え、ステレオの大音響を頼りに気分を紛らわす。しかし、相変わらず背中はぞくぞくする。「後部座席に誰かいるかもしれない」そんなことは考えないようにしようと思っていても、その手の類のことは、頭から離れない。
 どれぐらいの時間がたったのだろう。感覚的には長かった。40分くらいだったのだろうか。いや、実際は10分くらいだったのかもしれない。聞いてきた曲なんてまったく覚えていない。たしか数曲流れたはずだが。背中の寒気がとれた。同時に、民家の明かりが見えた。
「助かった!」
事故もなく、なんとか町の中へ降りてきた。国道188号は、そこからすぐだった。海が見え、月が水面に映し出され、やけに明るく見えた。その海上をまたぐ大島大橋が力強く見えた。
 僕はそれ以来、山間の狭隘路は、夜中には走らないことにした。地図も、以前にも増して注意深く見て調べるようにした。しかし、ホント事故がなくてヨカッタヨカッタ。
('99/7/1記)