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エッセイ〜明石港
 
 
 時間を持て余す夜は、クルマを東に走らせていた。バイパス道路が完成して県道に降格してしまったが、当時の国道250号線、通称「浜国」はこの道の少し北側を併走する国道2号線に比べて交通量が少なく、いかにもローカル国道といった雰囲気が、夜のきままなクルージングにはテンションがあっていた。明石の中心部まで約8キロの道のりは、夜10時を過ぎればほとんどの信号が点滅に変わり、明石川の手前までほぼノンストップに走れるのだ。だいたいの僕のパターンとしては、まず近所でホットの缶コーヒーを仕入れる。寒い季節は自動販売機で買えるが、販売機のラベルがすべて水色のときは、250号線バイパスのコンビニまで逆方向に走らなければならない。しかも家からは2キロの距離がある。とりあえず田舎である。そうやって、熱いコーヒーを流し込みながら、田舎の淡々とした道を、それこそ淡々と走る。すぐ南側に海があるのだが、国道からは見えない。魚の棚商店街がある明石の市街地を通り抜け、明石港に向かう。岸壁に入ると、フェリー
が見える場所にクルマを止める。ここから淡路島の岩屋にむけてフェリーが出ている。深夜でも約1時間おきにフェリーは出港している。待機場はオレンジ色のライトが明々と照らされ、そのフェリーゲートのそばには、次の船の案内が電光掲示板に表示されている。岩屋までたかが15分の旅だが、港には日常を脱する不思議な力が秘められているように思う。僕は旅に出られないとき、こんなふうにして夜の港を眺めにきた。気分のいいときは、ここからさらに東へ向かう。国道28号が東へ延びて、明石市と神戸市の境界付近で国道2号と合流し、道は須磨まで海沿いを走る。28号は国道2号との合流までわずか3キロほどだが、道は弓状に続く海岸線をなぞり、その形状から舞子や垂水の街明かりが、漆黒の海と相まってフロントガラスいっぱいに広がる。僕はこの区間がとても好きだった。沿道にはオープンテラスのカフェやマリンスポーツの店が並んでいる。時間帯によっては、九州行きの夜行列車が通り過ぎてゆく。そんなふうにして、時には舞子で、時には須磨で
、たまに三宮あたりまで行ってしまうこともあったけど、適当なところでUターンして家へ帰った。別に意味はなかったけど、これはこれで結構楽しかったのだ。
 いま、この場所は明石海峡大橋関連の観光開発で、かなり沖まで埋め立てられた。シーサイドロードはただの明石港連絡道路になってしまった。いよいよ来年の4月、明石海峡大橋が開通する。その時は、この道も連絡道路という使命を終える。フェリーが廃止されるからだ。
 僕が深夜、岸壁に向かうことも、もうない。
(97/11/13記)