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 趣味と実益を兼ねたバイト

 
大学2年になった春から卒業までの3年間、僕は大手のレンタカー会社でアルバイトをした。レンタカー会社のアルバイトというのは、接客や洗車はもちろんのこと、各営業所へのクルマの回送などが主な仕事であった。あらゆる車種のクルマを運転できるとあって、僕にとっては天職のようなバイトだった。
全国展開のこの会社はフランチャイズ制をとっており、僕が働いていたのは、大阪の茨木から兵庫県の相生までをカバーするとある電鉄会社のグループ企業だった。クルマはこのエリア内で共有しており、予約が入り次第、センターにクルマの場所を確認し、近くの営業所から回送してくるというわけ。扱い車種は軽自動車から4トントラック、マイクロバスまで多岐に渡る。このうち、マイクロバスは大型免許が必要なので僕が運転することはできなかったが、それ以外はそれこそありとあらゆるクルマに乗ることができた。メーカー系列の会社ではなかったので、国産全メーカー、さらに一部外車も導入されており、初めての車種に乗るときなどワクワク気持ちが高揚し、ついついいろんなコトを試してみたりする。自分のクルマじゃないから、は御法度だけど、峠道でドリフトを試したり急ブレーキでタイヤのロックを確かめたりと、安全運転を収得するのにずいぶんお世話になったものだ。まあ、いらぬこともちょこちょこやったわけだが、それは想像にお任せする。
いちばん印象的だったのは、エアブレーキのついた4トントラック。気分は菅原文太てなもんで、このトラックを運転するときはとくに嬉しかった。車体はバカでかいので気も使うが、通常のクルマでは得られない高い視界と、この大きい車体を操るという満足感が僕の気持ちをたいそう高揚させた。エアブレーキとは、制動装置において、乗用車が一般的に油圧を利用するのに対し、荷重に対応するよう圧縮空気を利用するもの。トラックやバスが「プッシュ〜」と音をたてているアレだ。空荷ではこのブレーキは効きすぎるくらいによく効く。最初踏んだときは「がつん」と止まりあせったものだ。しかし、慣れるとこの感覚と音がたまらない。僕はこのエアブレーキのついた日野の“レンジャー”が好きだった。真剣にこれを借りて遠出をしようかと思ったくらいだ。
遠出といえば、このバイトでいちばん「おいしかった」のが乗り捨て車の引き上げ回送だ。出発した営業所に戻らず、他の営業所に返却されたクルマは、運良くその出発した営業所に戻る逆の乗り捨てがあれば問題ないが、いつもそのように逆乗り捨て(我々は「打ち返し」と呼んでいた)があるわけではなく、そんなときはクルマの引き上げ回送をしに行くことになる。僕が行ったのは、名古屋、広島、岡山、徳島、高松など。もちろん、このときも少し寄り道をして、わざと未走国道を選んで走ったりしていた。いま考えれば、天職のようなバイトであった。     (98/11/3記)