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第三章  温故知新  
 
 
   こころのなかに未来がある   
 
 
ひとが自立をするためには、経済的自立と精神的自立との、ふたつのハードルを越えなければならないことは、以前述べました。その方法としては、自分以外に頼る者が無い、と悟ることが、その基礎であるわけです。
しかし、人生ゲームでの道程で、何らかのトラブルに遭遇してしまった時、白隠禅師が、ノイローゼの結果、「救いを求める為、難解な仏典を理解しようと無駄な時間を使ってしまった。今悟った。自分自身が仏(解脱したひと)であったのだ。」と悟ったように、自分自身の中にそのトラブルの解決策があることを知らない為、多くのひとのなかには、他のひとや神仏に頼ろうとする傾向があるようです。
ひとが人生ゲームを進めて行く場合、そのゲームの概略を研究し、そのゲーム展開の予測をたてます。そして、その予測の基に、色々な戦略・戦術を企画し、人生ゲームを進めて行くわけですが、予測は、あくまで予測に過ぎないわけで、実際とは異なります。
そこで、その予測が狂ってしまい、人生ゲームが上手くいかない場合に遭遇してしまった時、そのひとの「智恵力」の差が現われて来るのです。
一般的に、ひとは、トラブルを回避或は解決する目的で、情報を集めるようです。しかし、その情報が、トラブルを回避又は解決をするわけではありません。それでは、何が回避或は解決するのかと言えば、それは、そのひとの思考回路です。
ですから、その思考回路に、あらゆるトラブルを回避或は解決するプログラムがインプットされていれば、あらゆるトラブルを他に頼ることなく自分自身で解決できるため、人生ゲームを楽しくできるわけです。
つまり、情報はあくまで情報に過ぎず、その情報を明日を生き残る為のものとするには、思考回路にあるプログラムの良し悪しが、未来への行動を決定してしまうのです。このことを、「二人の靴のセールスマン」の話で考えてみましょう。
 
ある靴のメーカーが、新製品の靴を販売するにあたって、靴販売の未開拓地アフリカを新市場として開拓する為、二人の優秀なセールスマンを派遣し、靴市場の実施調査をさせて、その調査結果の情報を基に、本社の新製品販売戦略会議において、報告させることにしました。
二人はアフリカで現地調査を一所懸命にし、あらゆる情報を集め、そして帰国し、その情報を基にレポートにまとめ、新製品販売戦略会議に臨みました。
その会議の議長である社長が、パイプをくゆらしながら、二人の報告を聞いています。
「社長、自分の考えでは、アフリカは新製品の靴の市場としては有望ではありません。何故ならば、アフリカでは誰も靴を履いていませんから。」、そう言い終わると、そのセールスマンは満足げに席に戻りました。社長は沈黙しています。
もうひとりのセールスマンが言います。「社長、私の考えではアフリカは新製品の靴の有望市場となります。何故ならば、アフリカでは誰も靴を履いていませんから。」
そのセールスマンが席に戻る時、社長を見ると、社長はパイプを片手に、笑みをうかべていました。
 
このアフリカのセールスマンの話は、色々なバージョンで広く語られています。この話の意味するところは、どのように正確に情報を集めて分析したとしても、その情報を未来の行動のために「思考」しなければ、それは「唯の情報」に過ぎないということです。
それでは、その「思考」とは、どのようなことで、そして、どのようなメカニズムで、ひとは「思考」するのでしょうか。
「思考」を広辞苑で引くと、「広義には人間の知的作用の総称。狭義には、感性の作用と区別して、概念・判断・推理の作用をいう。ある思想を惹起する心的過程。ある課題に対処する心的操作。」、との説明文があります。
いつも思うのですが、辞書の説明は分るようで、分らない。この広辞苑の「思考」の説明も、分るようで、分らない。
それでは、「思考」をもっと噛み砕いて「思考」すると、次のように説明できるかもしれません。それは、思考とは、あるイメージを情報源として、記憶の中から言葉を引き出し、それらを繋ぎ合わせて、ひとつの物語を創作すること。
この説明を先の物語で考えてみると、アフリカの二人のセールスマンは、同じ情報(アフリカでは誰も靴を履いていない。)を得ていたのに、記憶の中から言葉を引き出し、繋ぎ合わせ物語を創作すること(思考)において、全く反対の結論を導き出してしまったのです。このことは、どのように説明したらよいのでしょうか。
このことを簡単に説明すれば、ひとは外界の情報を在りのままに認識することができない、ということです。さらに、ひとは外界をこころの中に記憶された世界で認識してしまう、ということです。
ですから、上向思考のひととは、なんでも自分に都合良くできている世界のイメージ情報をこころに持っているひとで、それとは反対に下降思考のひととは、「何をやってもダメなんだ。」のイメージ情報をこころの中に刷り込まれてしまっているひと、であるわけです。
いやそんなことはない、ひとは正確に、客観的に外界を認識している、と信じているひとも多くいることでしょう。しかし、そうではないことは、伝言ゲームをしたことがあるひとには理解できるでしょう。
そのゲームの概略は、数十人のひとたちを並べて、最初のひとにある情報を流すのです。そして、最後のひとが受け取った情報と、最初の情報とを比べて、その食い違いを知ることにより楽しむゲームです。
もしも、ひとは、受けた情報を正確に理解し、その情報を在りのままに他のひとに伝えることが出来るのならば、この「伝言ゲーム」などの遊びは流行らないでしょう。
では、ひとの思考のメカニズムはどのようになっているのでしょうか。
思考は、記憶している情報を基に行われるとするならば、その記憶を導き出すメカニズムとはどのようになっているのでしょうか。
ブリストル大学のアラン・バットリー教授の説によれば、「記憶」と「思考」とには厳密な境界線がないことが明らかになったようです。記憶と思考を処理することを、「作動記憶」の概念で説明すると、そのメカニズムは、三つの回路に分かれているようです。
それらは、異なる情報を統合し、整理し、古い記憶を取り出し、他のふたつの回路からの情報を統合する「中央実行部」と、画像を保持している「空間視覚スケッチブック」と、音響情報、発話情報を保持している「音韻ループ」とです。それらの三つの回路が働くことにより、「思考」が行われる、と考えているわけです。
この思考系回路が、外界の情報を刺激として、今まで保持していた映像情報や言語情報を、その都度組み合わせることにより、新しい物語を創作するわけです。このことを、一般では「思考」と言っているわけです。ですから、記憶も思考もその都度創作されるため、その物語は一定していないということです。つまり、記憶も思考も普遍ではないのです。
それでは、その物語のストーリ創作は、「誰が」行うのでしょうか。
そこで登場するのが、「我思う故に我在り」の「自我」です。この自我は、「私は知らないことを知っている」、と認識するほどの得体の知れないものです。
自我は、思考には必要なものです。その自我と切っても切れないものが「意識」です。つまり、自我(私)は、意識することにおいて、「思考」するわけです。
では、意識とは何なのでしょうか。
この意識も広辞苑で引くと、今していることが自分で分っている状態。われわれの知識・感情・意志のあらゆる働きを含み、それらの根底にあるもの、とあります。
意識は、自分と他との区別が前提で、明日を生き残る為に、客観的世界を認識し、情報を集め未来を予測し、その目標に向けて戦略・戦術を練り、状況を判断し決定を下し、価値観の評価を行う役割を「演じて」いるようです。つまり、意識とは、自覚・知覚・自意識・注意・内省を含む精神活動であるわけです。
それでは、意識は何処にあるかと言えば、それは、大脳皮質の前頭葉に位置しているようです。
では、意識がそのように問題解決の為の精神活動を行うことができるのであれば、人生ゲームでのトラブルなど簡単に解決することが出来ると思うでしょう。しかし、前頭葉で活躍する意識も、神経伝達物質であるドーパミンやセロトニン、アドレナリンなどの超微量化学物質の分泌が、何らかの原因で少しでも乱れたとしたら、物事の感じ方や考え方、或は行動の決定に著しい影響を受けてしまうのです。
では、そのような神経伝達物資をコントロールしているのは「誰」なのでしょうか。それは、どうも、今を生きるための情動系回路であるようです。この情動系回路は、大脳辺縁系と言われているもので、感情面の結びつきを作る上で重要な役割をはたしているものです。ですから、感情がハイの状態の時は、神経伝達物質の放出も盛んであるわけです。その逆、神経伝達物質が何らかの原因で枯渇することにより、感情が沈むこともあるわけです。
であるならば、意識の活動を盛んにするには、感情をハイの状態にすれば良いのではないかと考えるでしょう。しかし、ことはそう簡単ではないようです。
と言うのは、思考系回路と情動系回路を同時に作動できないように、ひとは創られているようです。ひとは、熱狂するライブ会場では「思考」することは困難です。又、数学の難問を思考しながら劇の物語に感情移入をするのは困難です。
そこで、意識が、今を生きるための情動系回路に左右されることを少しでも回避することを、大脳は考え出します。それが、意志です。
意志は、意識上で思考した物語の固定化を図ります。しかし、思考系回路は、所詮、情動系回路が長い時間を掛けて創り出したものです。ですから、思考系回路と情動系回路とが拮抗した場合、意志は感情に負けてしまうのです。つまり、男の固い意志も、女の涙一粒で揺らいでしまうのです。
そこで、思考は、意志に自由の文字を更に加え、「自由意志」の概念を発明するのです。その自由意志の力により、ひとは、自分中心に自由に思考することであらゆる問題を解決できると錯覚してしまうのです。しかし、ひとを意識上で自由意志の力でコントロールすることが出来ると考えるのは、思考系回路が創造した幻想です。
ひとの行動は、子孫を残す為に、機械的な仕組みにより制御されているようです。しかし、それでは大脳を発達させたため、その仕組みを「私に悟られる」ことにより「私」が幻滅を感じてしまわないように、明日を生き残る為の夢物語を無限に創作するための「思考力」を、思考系回路が発明したのかもしれません。
思考は、感情に勝つことはできません。このことは、トラブルを回避又は解決するためには、知っておかなければ成らないことです。
ですから、意志と感情が拮抗してしまった場合、意志の力で感情を押さえ込むのではなく、感情は長時間持続することができませんから、ただ静まることを待つことです。そして、感情が静まったと思われる時、意志の力を使い思考することです。それが、トラブルを回避又は解決するためのヒントです。つまり、感情は、決して思考ではコントロールできないのです。
それでは、何が解決するかと言えば、それは「智恵力」です。そして、それは、誰のこころの中にあるものです。
さて、人生ゲームが上手くいっていないひとは、どのようにすれば、上手くいくのでしょうか。
上手くいかないひととは、思考回路に問題があるわけですから、その思考回路に家庭や学校で刷り込まれた不都合な情報を、今までとは全く異なる人生に前向きになる情報に入れ替えれば良いのです。
では、どのようにすればよいのでしょうか。
 
旅の導師は、次の街に行くために山を二つ越えなければ成りませんでした。お天道様が頭上にあります。ひとつの山を越えたところで小さな集落が目に入ってきました。のどが渇いたので、集落を目指して歩いて行くと、小さな畑を耕しているじい様が、導師に声を掛けました。
「旅の人よ、一服なさらんかい。」じい様は、滅多に他国のひとに会うこともないため、この部落を通るひとに声をかけ、街の話を聞くことを楽しみにしているのです。
「街の様子はどのようじゃ。」
「みなは不景気と言っていたが。」
「この間の旅の人は、街は景気がよいと言っていたがの。景気とはころころ変わるものかな。わしゃ学問がないからわからんよ。」
導師は、粗末な湯のみを飲み干して、「この部落は住み易いか。」と聞きました。
「食う為のものは贅沢をしなければある。夜露をしのぐあばら家もある。景気に左右されんからここは天国じゃ。」
「この部落は見受けたところ楽しみが何にも無いようにみえるが、じい様は未来にたいして何か希望をもっておるんか。」
「わしゃ、未来にたいして希望なんか何んももってねえ。今を生きるだけじゃ。」
「それでは、将来に不安や恐怖を感じないのか。」
「不安、恐怖。そんなもん、わしにゃ関係ねえ。今を生きるだけじゃ。」
「ふむ。」
「希望も恐怖もわしゃ関係ねえ、だからわしゃ自由なのじゃ。」、そう言って、カラカラ笑った口に歯が二本ありました。
 
人生が上手くいかないとは、どのようなことなのでしょう。好きなことが出来ないから、あるいは欲しい物が手に入らないからなのでしょうか。
それでは、それは何が原因なのでしょう。社会が悪いから、あるいは回りの人達が悪いからなのでしょうか。
人生を楽しんでいないひと達に共通していることがあります。そのひとつが、愚痴です。その愚痴とは、「こんな私に誰がした。」と言うことです。
昔の偉い人が、「人生とは、そのひとが思っていることそのものである。」と言ったように、今の自分の人生の原因は、そのひと自身の考え方にあるのです。
では、人生が上手くいっていないひとの考え方を改めれば、人生は変わるのでしょうか。それは、変わります。
しかし、その考え方を変えるには、「記憶」を変えなければなりません。なぜならば、考え方の全ての材料は、その記憶だからです。
ひとの記憶は、自己の生命を護ることを第一にしているため、身に危険を及ぼした情報を、楽しみ情報より、強く保持します。そのための特別の記憶装置を脳は自ら創り出しました。それは大脳辺縁系にある扁桃体と呼ばれるものです。ここには無意識に深く傷ついた記憶が、この世に生を受けた時期より保持されています。
ひとが過去を思い出せるのは、大体二三歳までであるようです。それは、大脳の記憶を保持する脳細胞同士の配線が完成するのが、その年令だからのようです。
しかし、扁桃体は、それ以前の自己を傷つけた記憶を保持しているようです。それは、身に危険を及ぼした情報を保持することにより、来るべき危機に備えるためです。それは、危険が渦巻く太古の時代には必要な情報器官だったのでしょう。
乳幼児の最大の危機は、母親に「見捨てられる」ことです。乳幼児は、母親が少しの間でも居ない気配を感じると泣き叫びます。目の機能が作動するようになると母親を目で追います。やがて言葉を理解するようになると、母親の言うことを聞かなくなります。その時の母親の子供をコントロールする時に発する言葉が、子供のこころを深く傷つけます。その言葉のひとつとして、「お前なんか私の子供ではない。橋の袂から拾ってきたのだ。」と言うことです。この一言で、子供はすぐに泣き止むのです。それは、「見捨てる」意味を含んでいるからです。その言葉を聞いた時、扁桃体の見捨てられ記憶が蘇り、言葉と感情が複合し、子供に強い衝撃(パニック)を与えるわけです。
この言葉は、母親は無意識で言う傾向があるようですが、その母親も昔子供の頃自分の母から言われているはずです。
そのような家庭で養育された子供(悪い星の下に生まれたひと)は、母親に見捨てられまいと、本来の自由でありたいこころを懸命にコントロールして、偽りの自分を演技して行動するようになるのです。偽りを演技できなくなると、反抗するのです。それは大体思春期(自立準備期)と呼ばれる年令です。しかし、良い子を演じ続けて、反抗期(自立期)を経ない場合、その「見捨てられ」感が、人生を楽しくさせない原因のひとつとなってしまうのです。人生ゲームの基本は、人間関係です。しかし、「見捨てられ」感をこころの奥深くに保持しているひとは、在りのままの自分を表現できないため、人間関係に疲れやすくなるため、引き篭もり傾向になるようです。
引き篭もり傾向のひとは、自分が母親に「見捨てられた」と意識下で記憶していることにより、自分自身も「見捨てて」しまう傾向があるようです。
自分を見捨ててしまったひとが、人間関係を上手くできるはずはありません。つまり、人生ゲームが上手くできないのは、「自分が自分を見捨てている」ことも原因のひとつなのです。
このジレンマから脱却するには、どのような方法があるのでしょうか。
それには、まず、「ゆるす」ことです。何をゆるすかと言えば、それは、見捨てたひとであり、そして自分自身を見捨てたことです。
「ゆるす」ことは、「にくむ」ことに比べて、エネルギーの向きが正反対です。つまり、「ゆるす」ことは、エネルギーを充電することになるのです。
引き篭もりとは、ガス欠のエネルギー欠乏状態ですから、そのような状態でさらに「にくむ」ことを行えば、こころがやがて破壊するのは当然なことです。ですから、「にくむ」のではなく、「ゆるす」のです。
そして次に行うことは、記憶を変えることです。しかし、記憶には二種類あることを知らなければならないでしょう。
記憶には、無意識に傷ついた情報としての記憶(扁桃体)と遺伝子によって記号化された本能としての記憶(尾状核)があります。そして、意識下に大脳皮質の脳細胞に焼き付けられた情報を基に創られた記憶があります。
前者の記憶を変えることは出来ないようですが、後者の記憶は変えることは可能です。このことは、記憶と思考との境界線を決めることが難しいことが理解できれば、その説明も必要ないでしょう。
意識下にある記憶も思考も、大脳皮質に刷り込まれた情報を材料に創造されたものだからです。つまり、それらの情報は「学習させられた」ものだからです。
刷り込みのメカニズムは、感覚器から入力された情報は、一時「海馬」に保管され、脳が眠っている時、海馬からそれぞれの大脳皮質に焼き付きを行うのです。これが、夜見る「夢」の正体です。
記憶を長期保存するには、焼き付き期間は三年かかるそうです。
昔の人が、何かを達成するために、「石の上にも三年」と言ってたのはこのことなのです。信念を、こころに刻むには、三年の歳月が必要なのです。そして、こころに刻まれた信念は、やがて実際の行動となって現われるのです。
さて、「思考は思考により変えられる」わけですから、「記憶は記憶により変えられる」ことができるわけです。
記憶を変えるには、その前に以前の記憶の初期化が必要です。その初期化は、精神的ショックにより簡単にできます。つまり、人生の最大のピンチ時が、新しい記憶を創るスタートになるわけです。「ピンチはチャンスだ。」の意味はここにあるのです。
人生が何もかも嫌になってしまった時、「こんな私に誰がした。」と「うらむ」のではなく、「こんな私にしたひと」を「ゆるす」ことです。
「笑う」ことが体の免疫力を高めることは本当です。そして、「ゆるす」ことは、こころの免疫力を高めるのです。
そのように「ゆるす」気持ちを持って、目指す方向の情報を「三年」を目処にこころに刷り込むことです。
何を刷り込むかで人生はかわります。何故ならば、人生とはそのひとが考えたそのものだからです。
未来は、他のひとから与えられるものではなく、自分で切り拓くものです。そして、その未来の種は、こころの中にあるのです。
そこで、次に未来の種とは何かを考えてみましょう。
 
 
   隣り百姓の智恵   
 
 
ひとは、誰にコントロールされているのでしょう。こう問い掛けると、「自分の意志」に決まっている、と答えるひとが多くいることでしょう。
では、もし、その「自分の意志」により日々の考えや行動をコントロールできるのであれば、「強迫性障害」などの「止めたいのに、止められない、思考や行動」で、ひとのこころを長期間苦しめる現象などは存在しないはずです。しかし、この強迫性障害に悩むひとは、現実に百人に三人の割合で存在しているようです。
そこから考えると、どうも、ひとは、自分の思考や行動は「自分の意志」でコントロールできると言う幻想を、誰かによりもたされているように感じられるのです。
昔からこのこころの問題の解決を求めるため、自分を影でコントロールしているモノを、宗教では「神仏」、神秘主義では「霊」、心理学では「潜在意識」、そして、昔のひとは「知恵」と言っているようです。
その呼び方は色々でも、そのモノ達の「こころの問題解決方法」は皆同じであるようです。それらは、ひとの意識下に働きかけ、ひとの思考や行動に多大の影響力を与えることです。
一般的な常識では、ひとは自由に思考ができ、自由に行動できると信じられています。しかし、このことは本当なのでしょうか。
もしそうだとしたら、こころの問題など存在しないため、宗教家も神秘学者そして心理学者も皆失業してしまうことでしょう。しかし、それらをカンバンのビジネスは廃れることもなく、益々繁盛しているのが現状です。
こころの問題のビジネスには、主に、「偉大な力」の仲介者がいるようです。、神仏には宗教家(牧師)、霊には神秘主義者(霊能力者)そして潜在意識には臨床心理士(精神科医)などが仲介者となっているようです。
しかし、「偉大な力」のひとつである「智恵力」には、その仲介者は存在していません。それに、「智恵力」は、ある集団に入会(入院)しなくても、その影響力を発揮できるのです。つまり、「智恵力」は、こころの問題を持ったひとと、その「智恵力」とは、仲介者を必要とせず、直接コンタクトできるのです。それに、「智恵力」は誰に教えられることもなく、誰のこころにも潜在しているのです。だから、「智恵力」について、有力ビジネス組織が存在できないのかもしれません。
「バアチャンの智恵」と、理論的思考をする知識人から揶揄されている「智恵力」は、問題解決の有力な武器のひとつなのです。では、その「智恵力」とは何で、どのようにすればその影響力を享受できるのでしょうか。
 
旅の導師は、旅を続けています。
村々を通り過ぎる度に、その村の暮らし易さを尋ねているうちに、あることに気付いたのです。それは、それぞれの裕福さは、畑の広さや立地の良し悪しではないということです。
ある村では、広い立地の良い畑があるのに、村人の暮らし向きも人情もあまり良くありません。それに対して、この村では、山間の狭い畑しかないのに、村人達の暮らし向きも人情も良いのです。そこで、導師は、質素ではあるが風格のある小さな農家を尋ねてみました。
「この村は、隣村と比べて畑が少ないし狭いが、隣村と比べて暮らし向きが良いと感じられるが、何か農業以外の産業があるのかな。」
「いいえ、畑の収穫だけです。」村の若者が答えます。
「では、特別な農法でも開発しているのかな。」
「いいえ。ただ隣の源平さんの真似をしているだけです。」
「それは、どういうことかな。」
「隣の源平さんが、天気の良い日に朝早く畑に出たら、わしも畑に行きます。そして、雨の日、鎌を研いでいたら、わしも研ぎます。わしは、源平さんを尊敬しておるので、源平さんの真似をして暮らしておるのです。」
そこで、導師はその裕福村を一軒一軒訪ね歩き、最後に源平さんの家を訪ねました。
そして、導師は例の質問をしました。それに対して、源平さんは言いました。
「何も特別なことはしていねえだ。隣の伝平さんの真似をしているだけさ。」
 
ひとは、ひとに教えられなければ「言葉」を話せません。それと同様に「仕事の仕方」も、ひとに教わらなければ出来ません。
しかし、ひとの思考や行動は、自由意志の力でコントロール出来るとの幻想を持っているひとは、自分中心の解決策で、問題を解決しようとする傾向があるようです。
そのような方法で、問題が解決できれば、結構なことです。しかし、そうではない場合、自分に内在している「智恵力」に頼るのではなく、こころの問題解決専門家を尋ね、すがる傾向があるようです。
それらの専門家の存在を否定はしませんが、それらのひとたちは、問題解決のキッカケを与えてくれるひとたちです。実際は「問題を解決するのは自分自身」であるのです。そこのところを理解していないと、長期間こころの専門家に指導されたとしても、精神的な自立は難しいかもしれません。
つまり、自立とは、自分以外に、他に頼る者が居ない、と悟ることから始まるからです。
しかし、だからといって、他のひとたちの「言葉」に耳を塞げと言っているのではないのです。それらは、アドバイスとして受け入れればよいのです。
ひとの特徴のひとつは、「真似」をすることができる、ということです。その特徴をビジネスに取り入れたのが「宣伝・広告」です。
広告の基本は、クライアントの物やサービスを、テレビや雑誌などの宣伝媒体により幻想世界を創造し、その世界を潜在顧客に刷り込みモデルの真似をさせることで、購買力を喚起させることです。莫大な資本を投下して宣伝・広告をすることができるのは、「ひとは真似をする」ことをクライアントが充分理解しているからです。
それらの宣伝・広告に影響されない「自由のひと」の数は、それほど多くはないでしょう。だから、広告代理店は何時の時代でも廃れないのです。
ひとは、人真似をする傾向があります。その傾向を否定するのではなく、その特徴を利用することは、ひとつの「智恵」です。
そこで、今の暮し向きが良くないのであれば、「隣の源平さん」を探すことは、その問題解決方法のひとつかもしれません。
人生ゲームを優位に進めるには、尊敬できる人の生き方を真似ることは、ひとつの方法ですが、しかし、その目標とする人物の生き方を真似たとしても、環境や時代背景が異なります。そこで、人生ゲームの基本ルールを復習することが必要かもしれません。
何故ならば、その基本ルールを知ることにより、喩え環境や時代背景が異なるとしても、臨機応変に対処できることにより充分ゲームを楽しめるからです。
人生ゲームの基本ルールは四つあります。
 
1.「ひとは永遠に生きられない。」
ひとの寿命を八十年とすれば、29.200日しかゲーム時間はないということです。四十歳とすれば、ゲーム時間は14.600日です。悩んでいる暇もないでしょう。
2.「ひとは過去には戻れない。」
過去を反省するにしても、その経験を明日を生き残るためのものとしなければ、ゲーム時間のロスとなります。たとえゲームで失敗したとしても、「ああすれば良かった。」と立ち止まらずに、「今度はこうしょう。」と前向きに考えましょう。
3.「このゲームはひとりで行うものである。」
人生ゲームは、孤独なゲームです。たとえ一時的に複数人で行っていても、時が来れば、またひとりでゲームを続け、ひとりでゴールを目指して行くのです。ですから、ゲームの途中で気の合う仲間と出会ったら、その時を大切にしましょう。一期一会。
4.「ゲームには、ひとにはコントロールできないサイクルがある。」
草花の春夏秋冬のサイクルと同じように、ゲームにも発芽期、成長期、収穫期、衰退期のサイクルがあります。ですから、今自分がどこの時期に居るのかを知ることにより、将来の不安が解消できるでしょう。その各時期は、三年ごとで移行しているようです。つまり、人生ゲームは、12年をひとつのサイクルとしているわけです。
喩え今が衰退期(リストラ中)だとしても、次に来るのは発芽期であるわけです。ですから、衰退期にいるひとは、次の発芽期を目指しての種まきの時期にいるわけです。
 
以上のような人生ゲームの基本ルールを復習しましたら、次は「隣の源平さん」を探しに行きましょう。
 
   無一文から身を起した二宮尊徳   
 
 
人生ゲームを楽しめるひとと、そうでないひととは、何が原因なのでしょう。それは、プロローグで述べたように、「銀のスプーンをくわえて生まれてきた」ことと、「悪い星の下に生まれた」こともその原因のひとつでしょう。その喩えは、自立した両親のもとに生まれたか、そうでないかの違いです。そして、その自立には、精神的と経済的とを含んでいます。
この世に、精神的と経済的に自立しているひとたちは、それ程多くはいないでしょう。何故ならば、一般的に、多くのひとたちは、ものごとを対立する二元論的に考えてしまう傾向があるからです。
 
ある高校で、倫理の時間に、先生が生徒達に質問をしました。
「君達、世の中を暮らしていくのに、太ったブタか痩せたソクラテスかどちらを選ぶかね。」
「太ったブタとか、痩せたソクラテスとかってどんな意味なんですか。」問題児とされている生徒が聞きました。
「いい質問だ。太ったブタとは、お金儲けしか頭にないひとのことで、痩せたソクラテスとは、赤貧ではあるが志の高いひとのことだ。」
そう説明して、質問した生徒に、先生が問いました。
「君は、どちらを選ぶかね。」
生徒は、暫く考え、答えました。
「太ったソクラテスです。」
 
この世で、「太ったブタ」や「痩せたソクラテス」を探すことは、それ程難しくはないでしょう。しかし、「太ったソクラテス」を探すには困難を生じることでしょう。それは、家庭や学校で、ものごとを、対立する方向で考えるように学習させられてきているからでしょう。
その対立する考えとは、宗教では「天国と地獄」、政治では「主流(右派)と反主流(左派)」、経済では「資本主義と共産主義(社会主義)」、そして心理学では「右脳と左脳」等などです。
そのように対立するように物事を二分して考えさせることは、支配する側から好都合なわけです。
例えば、宗教で迷える人達を自分の組織に組み入れるには、自分側を「天国」にして、その他の組織を「地獄」に二分して、どちらを選ぶかを純真なひとに迫れば、大部分のひとたちは「天国」を選ぶことでしょう。
しかし、それらの対立は、見かけ上のもので、実際はものごとの裏表で、立場を換えてみれば、表(天国)は裏(地獄)になり、その反対に、裏(地獄)は表(天国)になるのです。
でも、そのように、ものごとを相対的に(相手側に立って)見ることができるひとは、それ程多くはないでしょう。ですから、現在の世界も、ゾロアスター教世界のままで、「光(善)と闇(悪)の永遠の闘い」を繰り広げているわけです。
ものごとは、表だけ、或は裏だけでは存在できません。表と裏が合わさって初めて完結するのです。
生き方もそうです。お金儲けだけ、或は真理追究だけでは、人生ゲームを上手に続けることは困難でしょう。
そこで、「隣の源平さん」を探す条件としては、「太ったブタ」や「痩せたソクラテス」ではなく、「太ったソクラテス」の精神的と経済的に自立しているひとになるわけです。その条件に合うひとの一人として、「二宮尊徳」がいます。
二宮尊徳のことを知っているひとは、団塊の世代までかもしれません。それは、太平洋戦争後、アメリカ占領軍が、敗戦国日本の教育に介入し、その思想を教育(刷り込み)することを禁止したからです。
思想は、強力な武器のひとつです。
つまり、その思想を実践することにより自立することができたひとに、アメリカ式民主主義(新聞・テレビ・映画がコントロールする幻想的世界観。善悪の二元論により分割して統治する戦術。600万人が二億五千万人を統治する戦術。)を刷り込むには困難が生じるからです。(明治新政府から敗戦まで、富国強兵を目的に、その思想を曲解して国民に刷り込みを行っていたことも原因のひとつです。)
思想を広める方法として、二つあります。それらは、「雀の学校方式」と「めだかの学校方式」とです。
「雀の学校方式」とは、偉い先生がいて、「むちをふりふりちいぱっぱ」と強制的に刷り込むことです。
「めだかの学校方式」とは、偉い先生はいません。「誰が生徒か先生か、みんなでお遊戯している」ようにして刷り込みをおこなうことです。
二宮尊徳の思想も、本人が「雀の学校」で広めたわけではありません。それは、「めだかの学校」で広まって行ったのです。
二宮尊徳の生き方や仕事の仕方は、誰にでも真似をすることができることではないし、時代背景も異なりますので、「隣の源平さん」とするには不都合なように思えますが、よくよくその思想を研究してみると、時代を超え、現代にも通じる何かがあるようです。
 
二宮尊徳は、1787年(天明七年)7月23日、小田原の栢山村に生まれました。祖父の銀右衛門の蓄財による財産も、彼が四歳の頃には、父利右衛門の財産管理運営能力のなさと、天災のため、一つ一つなくなっていき、裕福だった農家は貧乏になっていました。十三歳の時、他家の子守のお礼の二百文で松苗を二百本買い、それを酒匂川の堤防に植えたことは、もうその頃から投資についての才覚があったことを示していました。十四歳の時に父が、十六歳の時には母が他界し、二人の弟の四歳の富次郎と十三歳の友吉は、母の実家に、そして、十六歳の尊徳は、伯父萬平衛の家へ身を寄せ、そこで十八歳まで過ごしました。伯父は根っからの百姓で、六歳から七歳ころに始まった尊徳の読書ぐせは、伯父の叱るところとなりました。尊徳の読書は、乱読ではなく、書物に対して一定の基準を持っていたようです。
 
兎も角も、人世には益なき書は見るべからず。自他に益なき事は為すべからず。光陰は矢の如し、人生は六十年といへども、幼老の時あり、疾病あり、事故あり、事を為すの日は至って少なければ、無用の事はなすなかれ。(「二宮翁夜話」、以後引用)
 
尊徳の考えでは、人生には限りがあり、その人生も六十年としても、色々な出来事にであうことにより、実際のゲーム時間はそれ程あるわけではないので、自分のためにならない書物は見ない方が良いし、無駄なことをすることはない、と言う事です。
ためになるかならないかは、そのひとの生き方によりますから、これはダメあれはダメと指摘はできませんが、「他人に誇る為だけの読書や事を行うこと」は、無駄なことと言えるかもしれません。
それでは、尊徳はどのような書物を読んでいたのかと言えば、それらは、「仮名頭」、「実語敬」、「大学」そして「論語」などです。そのような書物を夜中に油の灯の下で読んでいるところを、伯父に叱られたことから、夜、気兼ねなく読書ができるように、菜種油の収穫を思い立ち、友人から菜種五勺を借り、それを堤の廃地に蒔き(税金が掛からない。)、それが翌年には、七升以上の収穫となりました。このように小さなことから、大きなことになることを尊徳は、次のように言っています。
 
翁曰、大事をなさんと欲せば、小さな事を、怠らず勤むべし、小積もりて大となればなり。凡小人の常、大なる事を欲して、小さなる事を怠り、出来難き事を憂ひて、出来易き事を勤めず。夫故、終に大なる事をなす事あたわず。夫大は小の積んで大となる事を知らぬ故なり。
 
尊徳は、菜種の収穫の経験から、小さなことでも、事を行えば、大きくなる事を学んだだけではなく、もう一つの事も学んだようです。それは、封建制度における節税のことです。つまり、廃田や廃地、それに川の堤などからの収穫は、貢租の対象外であったわけです。
その後、尊徳は捨苗を拾い集め、それらを廃田の水溜めに植えておくと、その秋に、それは一俵の収穫となり、いよいよ自分の仕事の仕方を固めて行きました。
十九歳の時には、荒地を拓いて二十俵の米を収穫しました。当時の税制における六公四民、あるいは七公三民において、青年一人で実質二十俵を自己の所得とすることは、正当に働いただけでは到底考えられないことですが、尊徳は税制の盲点を突く「智恵」を働かせ、正当な節税をして、二十俵のうちから税として一俵も納めませんでした。
そのような仕方で働き、二十歳の時、生まれた屋敷に帰って独立の生計を営むようになっていました。もうその時には、尊徳は、他家の仕事をすることで冨貴への道を歩めると考えていたようです。
二十二歳から二十三歳まで、小田原の武家の屋敷に奉公に出て、そのかたわら薪を山から採ってきては小田原の町に売りに出たり、米穀を城下町に売り込みながら、その一方武家へ出入りも忘れませんでした。つまり、武家との人脈づくりです。
そのころの尊徳は、自分は一文の税金もかからない仕事をして、税金がかかる仕事は他人にまかせていました。例えば、薪売り、米穀売り、奉公人としての収入には、貢租の対象外の仕事であったわけです。
節税は合法です。プロカメラマンを目指すひとも、現在の税制を研究しておく必要があるでしょう。
二十六歳の時には、学問をするために、小田原藩の家老、服部十郎兵衛の若党となり、そこで奉公のかたわら、学問をし、さらに家人達に小金貸しをしていたようです。もうそのころには、人脈の流れ、お金の流れを知っていたようです。
二十九歳の時、奉公をやめ、自宅に帰り、三十一歳の時、妻を娶りました。晩婚の尊徳には、尊徳なりの結婚観があったようです。
 
其村に貧人の若者あり。困窮甚しとしへ共、心掛宣し。曰、我貧窮は宿世の因なるべし、是余儀なき事なり。何卒して、田禄を復古し、老父母を安ぜんと云て、昼夜農事を勉強せり。或人両親の意なりとて、嫁を迎ん事を勧む。某曰、予至愚且無能無芸、金を得る方を知らず、只農業を勉強するのみ。かさねて考えるに、只妻を持つ事を遅くするの外、他に良策無しと決定せりと云いて、固辞す。翁是を聞て曰、善哉其志や。事を為さんと欲す者は勿論、一芸に志す者といへ共、是を良策とすべし、如何となれば人の生涯は限りあり、年月は延す可ならず。然ば妻を持を遅くするの外、益を得る策はあらざるべし。誠に善き志なり。
 
人生ゲームでの分岐点は、大きく分けて三つあるでしょう。それらは、この世に生まれて来たことと、ゴールまでの道程でのパートナー選びと、そしてあの世への旅立ちです。
人生ゲームの出発点の「誕生」とゲーム終了の「死」とは、ひとの意志でコントロールすることはできません。それらの時期は、「偉大な力」にコントロールされているわけです。
しかし、パートナー選びは、自由意志の力を多少なり(ひとの行動の大部分は無意識によりコントロールされているが、意志は己が主役と信じ込んでいる。)とも参加させることができます。
そのパートナーとは、学生時代の友達、会社での先輩後輩、事業での協力者などが考えられますが、人生ゲームでの最も重要なパートナーは配偶者でしょう。
その配偶者選びにより、人生ゲームの進展が左右されると言っても過言ではないでしょう。あるひとは、結婚によりゲーム展開が良い方向に進展するかもしれないし、又、あるひとは暗転するかもしれません。それほど配偶者選びは人生ゲームでは重要なのです。ですから、適齢期の強迫概念により行動するのではなく、配偶者選びに自信のない時は、無理に結婚することもないでしょう。
尊徳も、仕事に没頭するあまり家庭を顧みず、初婚の女房キノに離婚され実家に帰られてしまっているのです。
そこで尊徳は、妻を養うほどの収入の無い者は、収入が得られるまで独身でいることは良い仕方であり、又、目標を持つ者や一芸に秀でようとする者にも良い仕方である、と考えていたわけです。つまり、人生には限りがあるから、金銭的あるいは精神的に女房を養うほどの余裕の無い者は、余裕ができるまで結婚を遅くすることは、目標に早く到達する仕方である、と考えていたわけです。
尊徳三十一歳の時、服部家の整理を依頼されました。それは、薪売りや米売りなどしながら武家への人脈作りの結果です。
尊徳の考えからすれば、貧富の判断基準は、その収入の多少だけによるのではなく、その収入に対する支出の仕方を基準に考えていたようです。
 
翁又曰、世人口には、貧富驕倹を唱ふるといへども、何を貧と云ひ何を富と云ひ、何を驕と云ひ何を倹と云ふ、理を詳にせず。天下固より大も限りなし小も限りなし。十石を貧と云へば、無禄の裳のり、十石を富といへば百石のものもあり、百石を貧といへば五十石の者あり、百石を富といへば千石万石あり。千石を大と思へば世人小旗本といふ、万石を大と思へば世人小大名といふ。然らば、なに認て貧富大小を論ぜん。譬ば売買の如し、物と価とを較べてこそ、下値高値を論ずべけれ。物のみにして高下を言べからず、価のみにて又高下を論ずべからざるが如し。是世人の惑ふ処なれば、今是を詳に云べし。曰く千石の村戸数一百、一戸十石に当る。是自然の数也。是を貧にあらず冨にあらず。大にあらず小にあらず、不偏不イ(もたれかかる)の中と云ふべし。此中を越るを富と云。此十石の家九石にて経営むを是を倹といふ。十一石にて暮すを是を驕奢と云。故に予常に曰く中は増減の源、大小両名の生ずる処なりと。されば貧富し一村一村の石高平均度を以って定め、驕倹は一己一己の分限を以って論ずべし。其分限にて依ては、朝夕膏梁に飽き錦繍を纏ふも、玉堂に起臥するも奢にあらず。分限に依ては米飯も奢也、茶も煙草も奢也。みだりに驕倹を論ずる事なかれ。
 
尊徳の考えからすれば、貧富の基準は、収入と支出との相対関係にあるので、むやみに貧と冨とを区別することはできない、強いて言えば、収入が十ある人が、十一の支出で生計を立てれば貧への道を歩き、それとは別に、九で生計を立てれば富の道を歩いていける、と言うことです。
例えば、月に九十万円を支出したとしても、収入が百万円あれば、それは贅沢をしているわけではなく、それにたいして、たとえ月に十万円で暮らしを立てていても、その月の収入が九万円しかない人は贅沢をしていることになるわけです。
つまり、収入以上で生活することは贅沢で、それにたいして、収入以下で生活することは堅実であるわけです。
尊徳のそのような金銭感覚からすれば、服部家の財政が傾いたのは、収入以上で生活していたのが原因である、と結論づけられるわけです。そこで、尊徳は、緊縮政策と米の投機の二本立てにより、服部家の財政を立て直そうと試みることにしました。しかし、米の投機で百三両の損が生じてしまい、それ以降は緊縮政策一本で、財政を五年間で立て直しました。
尊徳の始末の仕方は、ただ倹約をするだけではなく、利殖の智恵も使うわけです。
尊徳は、五常講と言う金融システムを考え、それを実行するのです。そのシステムは、使用人などが薪の節約や日常の工夫などにより捻出した余裕金を積んで、それを元金として金貸しをするわけです。その金融システムでは、あえて利子をとらないけれども、最後の返済時に、お礼というかたちでチャッカリ利子を取るのです。そのような一寸したアイデアなどにより、服部家の借金は、五年目で完済できたのです。
お金の価値は、不偏ではありません。それは、時間を基準に評価されているのです。つまり、時間の対価がお金の価値と、考えることもできるかもしれません。
そのような考えからすれば、金持ちとは、ひと(サラリーマン)の時間を安く買い入れ、それを物やサービスに転化して商品化して、顧客に高く販売しているひとである、ともいえるかもしれません。つまり、サラリーマンがどんなに一生懸命働いたとしても金持ちにはなれないのは、自分の貴重な時間を売っていることに気付いていないからです。
時間は貯めることはできませんが、ひとの時間を買うことは出来ます。尊徳はそのことを知っていたのでしょう。
尊徳三十四歳の時、十六歳の波と再婚。その時には、三町八反ほどの農地、小作米三十九俵三斗、自作米二十四俵一斗、その他三百五十両の資産家となっていました。
無一文から身を起した尊徳に、そのような資産が出来たのは、ただ努力一直線に働き、そして倹約をしたからではないでしょう。
お金を貯めるだけのために働くのではなく、そのお金を有効に働かせることで「時間」を買い、その時間を有効に働かせる(利息・不労所得)ことにより、資産が増えていったわけです。正に「時は金なり」です。
尊徳三十六歳の時、桜町仕法の正式命令を受ける。野州桜町の領主宇津家は、領地から三千百俵しか収入がないのを偽って、公称四千石と称し、江戸に大きな邸宅を構え収入以上の生活を営んだため、宇津家の経済が破綻してしまったのです。
尊徳の貧富驕倹の金銭哲学からみれば、収入以上の支出で生活を営めば、経済が破綻するのは自然の流れとなる理屈です。そのような破綻経済を立て直す基本は、収入の実際を調べることです。
そこで尊徳は、宇津家の領地を廻村という仕方で実地調査をするのです。その実地調査の仕方は、村民の厠をも調べ、さらに各戸の台所の釜の内容も調査し、その結果、収入以上の生活をしている者に対して、白米と粟との比率をいちいち指導するのです。
そのような調査と指導とにより、その村の実質収入を割り出し、その収入に見合う倹約を村民ならびに宇津家に実行させた結果、十年後には、九百六十二俵の収入が実質三千百俵を越えていました。
尊徳は、勤勉倹約だけのひとではなく、将来の災難のための備えも考えていました。
1832年の初夏の頃、宇津家で茄子を食べた時、その茄子が秋茄子の味がしたのに気付き、天候が秋季の状態に変化してしまっているのではないかと直感し、村民に稗を蒔かせて貯蔵させたため、天保四年の大飢饉にも、尊徳の村では、一人の餓死者も出ませんでした。続いて、天保七年の大飢饉のときには、富者も貧者も平等に一年分の食料の貯蔵をさせました。尊徳は、飢饉対策を次のように述べています。
 
翁曰、人世の災害凶歳より甚敷はなし、而して昔より、六十年間に必ず一度ありと伝ふ。左もあるべし。只飢餓のみにあらず。大洪水も大風も大地震も、其余非常の災害も必六十年間には、一度は必あるべし。縦令無き迄も必有る物と極めて、有志者申合せ金穀を貯蓄すべし。穀物を積囲ふは籾と稗とを以て、第一とす。田方の村里にても籾を積み、畑方の村里にては、稗を囲ふべし。
 
尊徳は、災害は自然の流れにあり、六十年間に一度は必ずあると昔から言われている、だから、それに備えて、金銭や食料を貯蓄しておかなければならない、と考え、そして実行していました。更に、将来のアクシデントに備え、三年間無収入でも生活できるほどの貯蓄をすることを勧めています。
 
翁曰、世の中に事なしといへども、変なき事あたわず、是恐るべき第一なり。変ありといへども、是を補ふの道あれば、変なきが如し、変ありて是を補ふ事あたわざれば、大変に至る。古語に、三年の貯蓄なければ国にあらず、と云り。兵隊ありといへども、武具軍用備らざればすべきやうなし。只国のみにならず。家も又然り。夫万の事有余無れば、必差支へ出来て家を保つ事能わず。然るをいわんや、国天下をや。人は伝ふ、我が教、倹約を専らにすと、倹約を専らとするにあらず、変に備んが為なり。人は云ふ、我道、積財を勤むと、積財を勤るにあらず、世を救ひ世を開かんが為なり。
 
二宮尊徳の一般的イメージは、勤勉倹約、薪を背負い読書をする堅物です。しかし、尊徳の思想に少しでも触れてみると、それは表面的なイメージにすぎないことが理解できるでしょう。
人生ゲームには、必ずアクシデントが発生します。それに備えるための蓄財は、守銭奴(太ったブタ)のそれとは異なります。
1830年9月1日、尊徳に突然の啓示がやってくるのです。
その後、尊徳は、自分の考え方をあらゆる人達に話し聞かせ、その考えを実行していくうちに、五十六歳の時、御普請役格の待遇で幕府の役人となり、以後、北関東の農業の復興に尽くして行くのです。
「隣の源平さん」の尊徳の思想の粗筋をみてきたわけですが、それをそのまま現在の人生ゲームに利用することは難しいかもしれません。そこで次に、その思想を現代風にアレンジしてみることにしましょう。
 
   二宮尊徳的生き方の応用   
 
 
人生ゲームを、苦しむのではなく、楽しく進めるには、大きく分けて二つの基本ルールを知る必要があるでしょう。ひとつは人間関係についてのルールで、もうひとつは生活を維持する道具としてのお金を集めるためのルールです。
そこでこの節では、尊徳の思想において、交際と投資について研究し、現在の人生ゲームで行なえるように、その応用方法を考えてみることにしましょう。
まず、人間関係のルールからみてみましょう。
人生ゲームの基本のひとつは、他人とのコミニュケーションを手段として、物やサービスを対価と交換することです。つまり、人生ゲームは、動物や物ではなく、ひとを相手に行うゲームなのです。ですから、人間関係が苦手だからと避けることはできないでしょう。
そこで、人間関係を円滑にするひとつの方法として、ハンバーガー屋さんの接客マニュアル訓練が想い浮かぶかもしれません。
しかし、こころの伴わない作り笑いの対応では、人間関係が上手くいくかは疑問です。
世間には、うわべの交際上手を揶揄する言葉として、「巧言令色少し仁」があります。その意味は、「言葉巧みにおせいじを言うひとには、相手を思いやるこころがない。」、ということです。
それでは、尊徳は、ひととの交際の仕方をどのように考えていたのでしょうか。
 
儒者の説甚むづかしくて、用をなさず。近く譬れば、此湯船の如し。是を手にて己が方に掻けば、湯我が方に来るが如くなれども、皆向ふの方へ流れ帰る也。是を向ふの方へ押す時は、湯向ふの方へ行くが如くなれども、又我方へ流れ帰る。少く押せば少く帰り、強く押せば強く帰る。是天理なり。夫仁と云は、向ふへ押す時の名なり。我方へ掻く時は不仁となり不義となる、慎まざるべけんや。
 
尊徳は、世間を湯船に譬えて、ひととの交際の基本を説いています。それは、世間とは閉ざされた所ではなく、循環していると考えているわけです。そこで行われる事は、廻り廻って自分のところに帰ってくるわけです。
ですから、自分の都合のよいことだけを独り占めにしたところで、それはやがて他人の処へ行ってしまうでしょう。だったら、まず、都合のよいことは他人に与えることです。そうすれば、その都合のよいことは、やがて自分に帰ってくるわけです。
その他人に対して、都合のよいことを行うことを、「仁」と言うわけです。そして、その反対に、他人を無視して、自分に都合のよいことだけを行うことを、「不仁」或は「不義」と言うのです。
「仁」を行うことは、日常いたる処にあるでしょう。
例えば、乗り物で席をさりけなく譲るとか、階段で重い荷物を持っている人をさりげなく助けるとか、です。昔の人は、このことを、「自分の欲することを他人に施せ。」と言っていました。
そのような考え方で、毎日を暮らしていければ、よいことが、忘れた頃に、自分に訪れることでしょう。
世間を憎めば、その憎しみはやがて自分に帰ってくるならば、世間を楽しい所と考えることです。たとえ今は、楽しい所ではなくても、自分から楽しいことを考え、行っていけば、やがて、世間が楽しい所に変わっていくはずです。
ひとは、暗いところではなく、明るいところに集まる習性があります。そして、ひとは、暗い人ではなく、楽しく明るいひとに集まる習性があります。
「仁」を理解し、そして、その「仁」を実行できるひとには、やがてひとが集まってくるでしょう。そのようにして、ひとが集まって来たら、ひととの交際の仕方を考えることです。
 
翁曰、交際は人道の必用なれど、世人交際の道を知らず。交際の道は碁将棋の道に法とるをよしとす。夫将棋の道は強き者駒を落して、先の人の力と相応する程にしてさす也。甚しき違ひに至ては、腹金とか又歩三兵と云までに外す也。是交際上必用の理なり。己富、且才芸あり学問ありて、先の人貧ならば、富を外すべし。先の人不才ならば、才を外すべし。無芸ならば、芸を外すべし。不学ならば、学をはづすべし。是将棋をさすの法なり。此の如くせざれば、交際は出来ぬなり。己貧にして不才、且無芸無学ならば、碁を打が如く心得べし。先の人冨て才あり、且学あり芸あらば、幾目も置て交際すべし。是碁の道なり。此理独、碁将棋の道にあらず。人と人と相対する時の道も、此理に随ふべし。
 
一般的な会話で、あのひとは背が高いとか、低いとかを話題にする時、その基準は話し手である自分自身の背の高さであるわけです。つまり、一般的にひとは自分自身を基準に、物事を判断・評価する傾向があるようです。ですから、ひととの交際において、互いに異なる基準で、コミニュケーションをとっているかもしれません。
そこで、主観的ではなく客観的な会話を望む少し智恵あるひとは、平均値(在りもしない数値)という虚構(ウソ)を、価値基準・評価基準とすることでしょう。
ひととの交際を成立させる基本は、話題の基準値を決めることなのです。
そこで尊徳は、格差のあるひととの交際の基本を、碁と将棋とのゲームの仕方で説いているわけです。
まず、自分が相手より富んでいて、且つ学歴や職歴が高いという場合、相手が貧しければ富んでいることを誇るのではなく、又、相手が無学無芸であるならば学歴や職歴を誇ってはいけないと諭すわけです。つまり、相手の目線に合わせ、自らを低めることが格差のあるひととの交際の基本です。
その反対に、自分よりも相手が富んでいて、且つ高学歴・高職歴の場合、無理をして背伸びをするのではなく、相手の優位を素直に認め、そして敬い交際することがその基本である、と説いています。
そのように、自分中心ではなく、相手の立場、地位、性格等を考慮し、それら交際相手を基準に対応することで、他人との一般的交際は上手くいくはずです。
しかし、交際には、一般的なものと特別なものとがあります。その特別な交際のひとつに、男女交際(配偶者選び)があるでしょう。
未来の配偶者を得る為の交際には、一般的交際の基本を越えた工夫が必要でしょう。それは、一般的な交際であるのならば、たとえ生理的に受け付けないひとであっても、数時間を我慢しさえすればよいからです。しかし、配偶者であるならば別です。それは、二十四時間×数十年の時を共有することになるからです。
その気の遠くなる時を楽しくするも、そうでなくするもお互いのコミニュケーション(交際の仕方)にかかってくるわけです。
世間的常識では、時間をかけて話し合うとすれば、色々な難問も解決できる、と考えられているようです。それは、果たして本当なのでしょうか。
もし、それが真理であるとすれば、世の中は、もっと楽しい場所になっているはずです。
しかし、現実はどうでしょう。
それでは、男女交際におけるコミニュケーションを上手くするにはどうしたらよいのでしょうか。
 
初夏の汗ばむ午後、旅の導師は丘を一つ越えた向こうに、大きな木の下で四五人の男達が何かを言い争っているのが見えました。
導師が近づくと、「丁度いいところに導師が来た。」、とそのなかのひとりが言いました。男が手短に今の言い争いの状況を話すには、神が自分に似せて人間を創ったか、それとも人間が自分に似せて神を創ったかをここ数時間も議論しているところである、ということです。
「導師様はどちらだと思いますか。」、とおとこは明確な答えを得られることを期待して聞きました。
「ふむ、難しい質問じゃな。ワシもこのように旅をしている目的のひとつもそれじゃ。その答えの前に、はたして神は本当に存在するのかを見極めなくてはならないだろうな。」
「神が存在しないとでも言うのですか。」
「居るとも言えないし、居ないとも言えない。なんせワシはこのように旅を続けておるが、今まで神に会ったことも、見たこともないでな。」
そう導師が言うや、また男達は議論を始めました。
やがて日が傾いてきても、男達の議論は続きます。
そこへ背に乳幼児を、両手に幼児を連れた小太りなおんなが、「なかなか帰ってこないと思ったら、こんなところで何してんだい。町での商いはどうだったんだい。」、とすごい剣幕でその中のおとこに詰め寄りました。
「なにも怒る事はあるめいに。俺達は神について勉強しているところだ。文句あるんか。」
「神だかなんだか知らないけれど、子供達は父ちゃんが帰ってくるのを腹をすかして待っていたんだょ。それがどうだい、いい男達が昼間っから夕方ちかくまで、木陰でくだらない事で遊びほけって。」
「俺達、遊んでいるじゃねえやぃ。明日を生きる希望を持ちてえから、神について議論しているんでぃ。」
「えっ、何かい、神様が子供達におまんまを食わせてくれるって言うんかい。そんな夢みたいなこと言って、おまえさんは、女房子供を腹いっぱいにできないだらしない男だよ。」、とおんなは捨て台詞を言うと、おとこの耳を引っ張って議論の輪から連れ出していきました。
それを見た残りの男達がいいました。「夢のねえおんなだ。」
 
現代の風潮では、男女間には性差が存在しないことになっているようです。しかし、分子生物学的には、男と女は、その染色体の構造が、XYとXXとで異なっています。
性差とは、ふたつの意味合いがあります。ひとつは分子生物学が示すように構造的なことと、社会的風潮のことです。
社会的な性差は、時代と伴に変化して一定ではないでしょう。特に、都会化された社会では、その性差は、非都会化の社会に較べて、ほとんど無いと言ってもよいかもしれません。
尊徳が生活していた江戸時代も、都会での商人屋では、おんなが店や家庭を切り盛りしていたものが多く見受けられていました。商家の娘に、丁稚で優秀なものを婿にすることなど日常茶飯事であったわけです。女房にガミガミ言われる頭の上がらない主人は、お妾さんをかこうことで精神のバランスを保っていたわけです。
都会化することは、非都会化と異なり、筋力での勝負ではありません。それは、物やサービスをお金との交換で生活の糧を得ることです。それは、煎じ詰れば、時間の切り売りでもあるわけです。そうであるならば、男と女の時間には、性差がありませんから、男も女も同じ土俵に登れるわけです。
現在の日本は都会化の傾向にあるわけですから、社会的には性差の存在は薄らいで行くのが自然の流れでしょう。
しかし、構造的には性差は依然として存在しています。
その構造的性差の現われのひとつとして、ひとの行動をコントロールしている大脳の左右半球の情報連絡を司る脳梁があります。この脳梁は、男女では異なります。それは、女のほうが男よりも情報交換的に優れている構造をしているのです。と言うことは、脳梁が大脳の左右半球を、千分の一秒の単位で大量の情報交換をしているわけですから、男と女の情報処理が異なる可能性は大なわけです。
イメージとして、右手と左手を、どちらが男か女かを問うとしたら、一般的傾向として、右手が男で、左手が女であるようです。と言うことは、身体側と大脳半球は交差して連絡しているわけですから、左半球が男のイメージで、右半球が女のイメージと言えるかもしれません。
そうであるのならば、左半球の情報処理は言葉を駆使する理論で、右半球の情報処理は空間の把握やイメージ(感覚)を司ることと一致しているようです。
このことが、「男は空想的で、女は現実的」を意味していることかもしれません。
左半球を駆使するのが得意な男が、議論を好むのはこのためかもしれません。それに対して、右半球は感情の巣であるわけで、それは情動系回路に繋がるわけですから、情動系回路は、明日を生き残る為の思考系回路と異なり、今を生き残る為に働くわけですから、女が現実的な考えになるのは当然なことかもしれません。
男女間の交際の基本として、この大脳の男女間の異なる情報処理機構を知る必要があるでしょう。
男が長々と理論的な日常的でない話題を得意になって喋っていても、女はその理論の立派さなどを、男が思っているほどに、聞き入ってはいないかもしれません。
女が思いつくままに、理論非整然と日常のこまごましたことや旅行や食べ物のことを楽しそうに喋っていても、男は退屈することでしょう。
つまり、男と女が同じ場所に居ても、大脳の中では、異なる次元にいるのです。
更に、男の会話の時制が未来形か過去完了形とすれば、女の会話の時制は現在進行形と言えるかもしれません。そのように次元や時制が異なる会話において、男と女が長時間話し合えば、話し合うほど、お互いのこころの距離は離れていくことでしょう。そのようにならないためには、男女間の会話の基本ルールを知る必要があるでしょう。
それは、相手が話している時は、相手の目を見てしっかり聞いていることです。そして、相槌を打つことです。決して、納得できなくても反論しないことです。これが男女間の会話における基本ルールです。
男女間がある問題を話し合えば、話し合うほどこころが離れていく原因のひとつに、「うそ」の存在があります。
「うそ」とは、相手を騙す目的に虚構話をすることですが、それには、意識的「うそ」と無意識的「うそ」があります。
意識的「うそ」については説明の必要はないでしょう。問題は、無意識的「うそ」です。男女間の会話でのトラブルの原因の大部分は、この無意識的「うそ」なのです。
無意識的「うそ」とは、自分では「うそ」をついているつもりがないのだけれど、結果的に「うそ」をついてしまっていることです。
例えば、ある中近東の独裁国家が超大国の宣戦布告を受けました。その国民全体は、敵に対して武器を持って命を賭して戦うとの忠誠心をこころから示しました。しかしどうでしょう。圧倒的に敵が攻込んでくると、死を持ってその独裁国家へ忠誠を誓った国民の大部分は、敵側の国旗を振りかざして敵国兵士の凱旋を歓迎してしまったのです。
この行動が、無意識的「うそ」の主なパターンです。当人は、戦争が始まるまでは、心底から敵に対して武器を取ることを信じていたのでしょう。しかし、戦闘状況を観察した結果、自分では意識しないのだけれど、何の理論展開(言い訳)もなく、それまでの考えを百八十度変換してしまったのです。
何故、そのような無意識的「うそ」がつけるのかと言えば、思考は一定していないからです。つまり、思考とは、思考系回路により創作され、その基本戦略は明日を生き残る為です。そのため、状況が変化すれば、それに合わせて思考は自動的に(無意識に)変化してしまうのです。
つまり、思考は無意識的に「うそ」をついてしまう宿命にあるのです。そのように思考が変化してしまわないように、「思考は思考を固める」必要があるのです。そのひとつが、「思想」です。
思想とは、任意の思考を固めたものです。しかし、思想も、所詮、思考を固めたものですから、時代が変化して、状況が変わってしまえば、それは「うそ」になる可能性があるわけです。(もしかして、マルクス主義とかフロイトの精神分析なども、その範疇に入るのかもしれません。)
さて、男と女との会話で、女は男に向かって、「うそつき」を連発するのは、以上の説明で理解できるでしょう。
男が、何故に無意識的「うそ」を平気でつけるのかと言えば、それは、情報の入力と出力とが、女と若干異なるからかもしれません。
ひとの行動が思考によりコントロールされていることは事実ですが、もうひとつのコントロール系統があるのです。それが、情動系回路です。
ひとには、情報処理回路がふたつあるのです。ひとつが思考系回路で、もうひとつが情動系回路です。そして、その入力情報は異なるのです。思考系回路は、情報を言葉により入力します。それに対して、情動系回路には、祖先からの遺伝子情報を既に入力されているのです。
つまり、思考系回路は生後の教育(刷り込み)情報を基に構築され、それに対して、情動系回路には自動行動プログラムが遺伝によりインプットされているのです。ですから、生まれたての赤ん坊でも、言葉は喋れないけれども、物事に反応して感情の表出はできるのです。
男に較べて、女は情動系回路が発達しているようです。その情動系回路の入力情報は、言葉ではなく、感覚器からもたらされるものです。その情報のひとつに「ニオイ」があります。
男は、コミニュケーションを主に「言葉」に頼るようです。しかし、女には、「ニオイ」のコミニュケーションは無視できないようです。
女が生理的に嫌悪する「男」に対して、「何かニオウのよね。」と表現することがあるようです。その意味がどういうことかは分りませんが、大体、女の男に対する「感」は当たるようです。それは、言葉と異なり、「ニオイ」は「ウソ」をつかないからです。
男は、女と交際する時、この「ニオイ」について研究しておく必要があるでしょう。
「ニオイ」は、他の感覚情報と異なり、直接本能(情動系回路)に働きかけます。つまり、ある「ニオイ」を嗅ぐと、その情報が脳の情動系回路に直接入力されてしまい、それに対して、瞬時に出力(行動すること。)されてしまいますから、「ニオイ」に対してはごまかし(ウソ)がきかないのです。そして、その出力は、主に「顔」に表現されてしまうのです。ですから、思考と異なり、「ニオイ」に対するゴマカシの手段はないのです。
だからと言って、、化粧品会社の広告戦略に乗って、高い香水を買うこともないでしょう。
目的とする女の好む「ニオイ」は、どのようなものかは、そのひとがどのような「ニオイ」と接してきたか、そして、どのような「ニオイ」に気を配ってきたかの歴史によるようです。
「ニオイ」の個人歴史は、他の情報のように脳の各引出しにそれぞれ分解されて、必要な時、それぞれの情報を繋ぎ合わせ再構築するのではなく、ホログラフィーのように保存されてあるようです。つまり、ある「ニオイ」を嗅ぐと、その時の空間記憶全体が瞬時に思い起こされるようです。
配偶者を選択するには、見た目のカッコ良さよりも、気持ちが和むかに重点をおきたいものです。それには、生まれた環境と育児をした両親を観察することが必要かもしれません。そして、結論を出す前に、両目(言葉だけではなく、感覚器の情報も判断材料とすること。)で良く見ることです。
それでも、結果として検討違いの場合、話し合って問題が解決すると思わないことです。男女間の問題解決の最良の仕方は、「片目をつぶる」ことです。場合によっては。「両目をつぶる」必要のあるひともいるかもしれません。
 
それでは、次に、投資について考えてみましょう。
投資とは、お金を集めることを第一の目的に行動することです。しかし、この事は今も昔も、世の中ではあまり良くは評価されていないようです。
江戸時代の尊徳も、このことに対して、「人は云う、我道、積財を勤むと、積財を勤るにあらず、世を救ひ世を開かんが為なり。」、とお金を集めることへの自己弁明をしています。
それでは、お金を集めることは、良いことではなく、本当に悪なのでしょうか。
「翁曰、善悪の論甚むづかし。本来を論ずれば、善もなし悪もなし。善と云て分つ故に、悪と云物出来るなり。」、と尊徳が考えているように、お金を集めることを、単純に善悪に分けられないのが現状でしょう。
でも、投資を考える前に、お金を集めるための「目的と基準」を、決めておかなければならないでしょう。と言うのは、お金には不思議な力があり、それに魅せられてしまうと、お金を集めることが、人生ゲームの最終目的となってしまうことになりかねないからです。
それでは、世間一般において、「お金」に対して、どのようなイメージを持っているのでしょうか。
その考えの象徴のひとつとして、「投げ銭」の行動があります。「投げ銭」とは、文字どおり、お金を投げる行動です。まず、そのひとつが、田舎芝居でのひいき俳優へのご祝儀としての「投げ銭」(おしねり)です。そして、もうひとつが、神社仏閣の賽銭箱にお金を投げる行動です。
後者の場合、尊い神仏に対して、お金をはだかのまま投げつけることなどは不謹慎だとは思いませんか。でも、その行動に、お金に対する一般人の潜在認識があるようです。
つまり、賽銭箱にお金をはだかのまま投げ入れることの裏の意味は、ひとの穢れをお金に感染させて、「穢れ落とし」をすることなのです。ですから、賽銭箱に向けて、紙に包んで(おしねり)そおっと置くのではなく、お金をはだかのまま投げつけるわけです。
昔、近所のおばあさんが、お金を「汚い」ものだと言い、お金を触った後、手を洗っていたのを思い出します。お金は穢れていて、それを扱う「商人」もそのように思われていたのでしょう。中世ヨーロッパと同じように、江戸時代の金融業者も、身分としては低かったのも、そのような「穢れ思想」が原因だったのでしょう。つまり、お金は「穢れて」いる、と昔から考えられていたようです。
しかし、その穢れの思想は、日本国古来のものではなく、紀元一世紀突然ガンダーラ地方に現われた、ヒンズー教化した差別思想(平等主義のはずの大乗仏教が、センダラについての不平等思想を否定することなく、仏敵として仏典に掲載している。)の金ピカ豪華絢爛の大乗仏教が、シルクロードの貿易商人等(秦一族)と伴に、日本国に侵略侵攻・支配のための戦術としての布教宣伝に広めた思考なのです。
本来、「お金」は、ひとと同じに、穢れてはいません。
尊徳が、「故に人なければ善悪なし、人ありて後に善悪はある也。」、と言うように、「穢れの思想」は、時(538年)の権力を握った者達(大乗仏教徒)が、日本国の先住民達を、精神的・物質的に支配するための「夷を以って夷を制す」の戦術として、従属する農耕民族系を「善人」とし、それに対して反抗する騎馬民族系を「悪人」(センダラ)と勝手に決めた「ウソも方便」にすぎません。
それでは、「お金」をどのように位置付ければよいのでしょうか。
その考えのひとつとして、「道具」と考えることです。つまり、人生ゲームを遂行するための、「お金は道具」なのです。
そのように考えれば、お金(道具)を集めることは、悪いことではないでしょう。しかし、必要以上に集めたところで、それは唯の道具集めにすぎないわけです。つまり、その道具を上手く使って、何にかを創り上げることが、人生ゲームの最終目的なのです。
それでは、道具としての「お金」はどのようにして集めたらよいのでしょうか。
尊徳の人生ゲームから「投資」行動を見てみれば、十三歳の時、他家の子守の駄賃の二百文を、アメなどの消費物に換えるのではなく、松苗を二百本買い、それを酒匂川の堤防に植えたこと、そして、十六歳の時、友人から菜種五勺を借り、それを堤の廃地に蒔き、翌年七升以上の収穫を得たことなどは、投資の基本行動とも言えるでしょう。
しかし、投資は良いことばかりではないことを、尊徳は服部家の財政建て直しで経験しました。それは、米の投機で百三両の損を生じてしまったことです。
ですから、投資や投機は、時によりお金が多く集まるかもしれないし、時には、お金を全て失うかもしれない、ということを知っておくべきでしょう。
いずれにしても、投資には、種銭が必要です。種銭の作り方は、尊徳のように、他家の子守りをする(自分で稼ぐ)ことと、友人に借りる(借り入れ)ことのふたつの仕方があります。
先ほども述べましたように、投資は必ず成功するとの保証などはありません。ですから、将来の成功を夢見て、種銭を借りることは、得策ではないでしょう。と言うことは、種銭は自分で作ることです。つまり、他家の子守りをすることで、投資のための種銭を稼ぐことです。
しかし、今現在の収入からの天引きだけでは、望むような種銭はできないかもしれません。それでは、どのような仕方があるのでしょうか。
尊徳は、そのためのヒントを次のように述べています。
 
夫汝未壮年なり、終夜いねざるも障りなかるべし。夜々寝る暇を励して勤て、草鞋壱足或は二足を作り、明日開拓場に持出し、草鞋の切れ破れたる者に与えんに、受る人礼せずといへども、元寝る暇にて作りたるなれば其分なり。礼を云人あれば、夫丈けの徳なり。又一銭半銭を以て応ずる者あれば是又夫丈の益なり。
 
無一文から種銭を作るには、まず、自分の時間を他のひとに売ることです。一部のひとは気付いているようですが、実は「時間」とは誰にでも平等に保持している「資産」なのです。しかしそれは、金持ちであろうと、貧乏人であろうと誰にでも貯めて増やすことが出来ない、一日一日で使い切らなければならない「資産」なのです。
でも、その「資産」である時間を買ってくれるひとを探すには、困難が予想されるでしょう。それは、ひとの目には見えない「資産」だからです。
でも、ひとが必要とする目に見える物(商品)を、自分の時間を管理して造り、それを必要としているひとに差し出すとすれば、その物を買ってくれる可能性は大でしょう。
尊徳の考え方では、夜なべしてワラジを一二足作り、翌日それを作業現場に持っていき、ワラジの破れたひとに差し出すのです。その場合、ワラジを貰ったひとがお礼をしなくても、元々余暇(売れない時間)に作ったものであるから、それまでのことで、場合によってはお礼を言ってくれるひとがいれば気分が良いし、更に、一銭半銭を支払ってくれれば儲けもの、と言うわけです。
この考え方は、あらゆるビジネスを成功させるエッセンスを多分に含んでいます。
一般的に、ビジネスでお金を儲けようと考えるひとは、事業の初めから、潜在顧客の利益ではなく、自分だけが利益を得られるようにと考えて行動してしまう傾向があるようです。その利益獲得行動も、目先のわずかな利益を出すことだけを考えてしまうことにより、長期展望に立ってではなく、一二年の短期で結果を出そうとする傾向があるようです。
しかし、昔から、「石の上にも三年」と言われているように、事を成就するには、最低三年間は必要です。その根拠は、以前述べましたように、潜在顧客の脳に新事業のゲームを記憶として刷り込むには、脳の一時記憶装置の海馬から、新皮質の細胞に長期記憶させるための焼き付け期間は、二三年を必要とするからです。ですから、世界的ブランド創り(刷り込み)などは、仕掛けも大掛かりとなるため最低十年はかかるのです。つまり、ブランドとは、別の角度から見れば、「濃縮された時間」でもあるわけです。
お金を集める気の利いた物が作れないひとは、自分の余暇時間を売ることを考えてみましょう。
それでは、時間を買ってくれるひとは、どのような時間を買ってくれるのかと言えば、例えば、身体各部で言えば、物を運ぶ「足」の時間、物を加工する「手」の時間、物事を考える「アタマ」の時間、そして、ひととひととを結びつける「顔」の時間です。
時間売りの単価は「足」から「顔」へ行くほど高く売れます。
「足」の単価が安いのは、それだけ多くのひとが簡単にできる時間の売り方です。ですから、どの時間を売るかを迷っているひとは、まず、「足」の時間を売ることです。
「足」の時間売りとは、物を運ぶ仕事です。(運送業)
「手」は技術の仕事です。(制作業)
「アタマ」は物事を処理したり、自分の知識を売る仕事です。(塾などの教育業)
「顔」とはコーディネータとしての紹介の仕事です。(コンサルタント業)
自分の売れる時間を考えてみましょう。そして、休日や余暇を利用して、その時間を買ってくれる所を訪ねてみることです。
そのように、本業ではなく、副業で稼いで種銭ができましたら、次は、投資先を探しましょう。
尊徳は、松苗を自家の畑ではなく、川の堤防に植えました。そして、菜種を廃地に蒔きました。それは何故でしょう。その理由は、リスクがあるけれども税金が掛からないからです。
投資は、元金保証の貯金と異なり、儲けと消失との間を往き来しています。そして、危険が大きければ大きいほど、成功した場合の儲けも大きくなります。だからと言って、危険な所に投資をしなさい、と言っているのではありません。
何事も危険は避けたいものです。ですから、投資先としては、一回勝負の投機ではなく、長期戦を行える所が良いでしょう。そのひとつに、「株式投資」があります。
株式投資は、簡単なゲームです。
それは、安いところで買い、高くなったら売って、その差益を得るゲームです。それとは逆に、プロや機関投資家が行う、逆張りと言って、加熱している株を売り、下落した時点で買い戻し差益を得るゲームの仕方もあります。
いづれにしても、株式ゲームには、「買い」と「売り」しか選択肢はありません。
では、こんな簡単な二者択一のゲームなのに、勝つひとと、負けるひととを分けるのは何なのでしょうか。
世間一般では、一流経済情報誌や一流経済学者による講演会などで最新情報を誰よりも早く入手することが、勝者になる必要条件だと信じているようです。果たして、それは本当なのでしょうか。
 
旅の導師が、ある村に辿り着きました。
その村の一番高い木の陰でひと休みしました。何となく上を見ると、ど真ん中に矢が刺さっている的がぶら下がっているのが目に止まりました。そこに、村のじいさまが通りました。
「じいさま、この村には弓の名人がおるのか。」、導師は遥か遠くを指差して聞きました。
「弓の名人などいねえ。」
「では、あんなに遠くにある的のど真ん中を射ったのは誰ぞ。」
「このわしじゃ。」
「では、じいさまが弓の名人であったのか。」
「いやちがう。わしは名人などではねえ。あんなこと、誰にでもできることじゃぞ。」、そう言って、的にくくりついている紐を緩めて降ろし、的から矢を抜き取り、「これからどのようにしてど真ん中を射ったか見せてやるベえ。」、と言いました。
導師は、これから起こる奇跡を目撃できることに、少し興奮を覚えました。
「導師さま、よおく見ていておくんなせい。」
そう言うと、じいさまは、的を足元に置いて、矢先を的のど真ん中に触れるほどにして、弓の弦を引き、そして、放しました。
 
予想を的中させることは、株式ゲームの勝者になるには必要なことです。しかし、ひとは未来を知ることは出来ません。そこで、未来を知るために、情報を集めることを考えるわけです。そのための手段として、テレビの経済情報番組や新聞の経済欄を見るわけです。
しかし、そのようして集めた情報は、株式ゲームの勝者になるために、果たして有用な情報となるのでしょうか。
米国のある大統領が、「経済に偶然などは存在しない。物事はそのようになるために、予め仕組まれている。」と言っていたことは、どのような意味なのでしょうか。
マスコミに登場する経済予測の良く当たるひとがいます。そのひとは、どのようにして未来の経済状態を予測し、当ててしまうのでしょうか。
そのことを知るには、株式ゲームはどのようにして発明されて、どのような仕組みで運営されているのかを調べる必要があります。
株式ゲームの胴元である世界初の株式会社は、通説では、1602年設立のオランダの東インド会社であると言われています。いや違う、1600年設立のイギリスの東インド会社であると言っても、イギリスの東インド会社は、株式会社ではなく、一回こっきりの組織である「当座会社」として発足していたのです。
それでは、どうしてイギリスの東インド会社が、オランダの東インド会社より歴史的に有名になってしまったかの理由は、それは、歴史を自分達に都合よく改ざんしたからです。歴史を英語でヒストリーというように、それは過去から現在までの事件や出来事を自分達に都合よく繋ぎ合わせた物語であり、それは時の権力を握ったひと達が、自分達に都合よく他の人達をコントロールする目的で、記憶させるべき価値があると判断した情報を記述し書物に残し、そうではないものは抹殺、或は改ざんし、その組織の好みの筋書きにしてしまうからです。
そのような不確かな物語に真実味をあたえるために、歴史上では「史料」というものが存在しますが、「史料はウソをつく」と言うのが、「常識のある歴史家」の常識です。古い時代の資料の「史料」が「ウソ」をつくように、新しい時代の資料も「ウソ」をつきます。
例えば、中東の独裁国を先制攻撃する目的で、ある超大国の中央情報局は、「独裁国は大量破壊兵器を隠し持っていて、最近アフリカからウランを購入した。」、と議会で報告しました。更に、その超大国を援護する目的で、紳士の国の女王陛下の情報局の報告書の資料に基づき、「四十五分以内に大量破壊兵器がスタンバイできる情報を入手した。」、とその国の首相は議会で大演説をしました。その結果、その二つの国は、先制攻撃で独裁国家を短期間で壊滅してしまいました。しかし、その戦闘で、その独裁国は大量破壊兵器を使わず、更に戦後、独裁国をくまなく探索しても、大量破壊兵器は見つかりませんでした。
どんなに優れた組織が収集した最新情報で資料を作成したとしても、「資料」は真実を語っているかは疑問です。
元々、情報自体には「ウソ」などありません。その情報を物語(資料・史料)として整理する過程でひとのこころが、情報に「ウソ」をつかすのです。ひとの思考回路は、明日を生き残るためにあるのです。ですから、明日を生き残るためには「ウソ」も平気(無意識)でつけるのです。
株の取引をする場合、経済情報は大切な「相場観」の根底になります。
相場観とは、簡単に述べれば、今から先の相場が上がるか下がるかの、考え方です。先ほども述べましたように、ひとは一秒先も知ることは出来ません。ですから、誰も、この先の相場の動向を知る術はないのです。そこに、相場の流れを予測する経済情報の需要が起こるのです。
それらの需要を満たす基が、経済学者や株のアナリスト等です。
しかし、それらのひとたちの経済情報は「信じて」もよいのでしょうか。もし、それらのひとたちが、最新経済情報を先進国のシンクタンクから入手し、相場の予測を正確に当てることが出来るのであれば、この世は大金持ちで溢れかえっていることでしょう。
ひとの思考は千差万別で、ある情報を与えたとしても、それに対する反応は「アフリカの靴のセールスマン」のように様々です。
例えば、経済において悪い材料が表出した場合、普通の世界では、マイナスの反応が起こることでしょう。しかし、相場の世界では、悪材料が出尽くしたと思考し、相場はプラスの反応を示す傾向があります。その反対に、良い材料が発表されると、材料出尽くしと思考し、相場は、マイナスの反応を示す傾向があるのです。相場の世界の行動は、世間一般とは逆なのです。
何故そのように世間一般とは異なる反応を示すのかと言えば、相場は、今ではなく、近未来(半年から一年)を予測するゲームだからです。
更に、相場に勝つには、「ニッパチの法則」を知る必要があるでしょう。
「ニッパチの法則」とは、二割のひとが八割の富を分け合い、八割のひとが二割の富を奪い合うということです。
何故そのような法則が成立つのかは、ひとのこころには「希望」と「恐怖」が内在しているからです。その二つは、実は「欲望」の変形ですが、向かう方向が逆です。「希望」は前に進もうとする「欲」です。「恐怖」は後退(現状を守る)しようとする「欲」です。一般的に、そのふたつがこころの中で戦った場合、「希望」は「恐怖」に負け越す傾向があるようです。その割合がニッパチ(二割対八割)です。
この二つの「欲」を、上手くコントロールできるひとが二割のグループに入り、「欲」に振り回されてしまうひとが、八割のグループとなるわけです。
株式会社は、元々海賊貿易(戦艦の大砲で脅して物品を略奪すること。)をするために、危険を分散する目的で、多くの人達からお金を集めるための方法として発明されたものです。
イエズス会から東インドの地元情報を入手したオランダ東インド会社は、インドネシアを中心に香辛料を略奪していました。イギリス東インド会社は、オランダに出遅れたため、インドを足ががりに「三角貿易」をしていました。
「三角貿易」とは、イギリスの工業製品をインドへ輸出し、その代金で「アヘン」を購入し、それを中国に持って行き、「アヘン」をお茶に換えてイギリスに持ち込むというシステムです。その三角貿易の結果、1840年イギリスと清国は「アヘン戦争」をしたことは学校の歴史で学習したことでしょう。
このイギリス東インド会社の人脈が、明治維新の影のプランナーです。そのプランによって、明治維新が企画され、「日本の夜明」となるわけです。日本国の株式会社の雛型は、イギリス東インド会社なのです。
株式会社の発足当時から、株式会社は市場開拓のため、裏の世界では「アブナイ」ことをしていたのです。
更に、相場と「戦争」は昔からお友達なのです。
ナポレオン戦争とロスチャイルドの相場戦略は、戦争の情報が莫大な富を得ることを証明しています。この話は有名です。粗筋を述べますと以下のようになるでしょう。
イギリスの相場で、ナポレオン軍が勝てば相場は暴落し、負ければ暴騰するとの刷り込みを行い、多くの金持ちに戦争国債を買わすのです。ナポレオン軍が劣勢の情報を流し、「希望」という「欲」に火をつけるのです。相場が加熱して最高潮の時、ナポレオン軍が優勢とのウソ情報を流すのです。すると、「恐怖」という「欲」が国債を投売りにするのです。その投売りのただ同然の国債をロスチャイルドが拾います。実際の情報は、ナポレオン軍の敗退です。その真実の情報を知ると、国債は暴騰します。そこをすかさず「売り逃げる」ことにより「富」が手に入るわけです。
この古典的情報操作は、現在の相場にも健在です。
それでは、情報操作を影で行うひとが、相場でひとり勝ちをしてしまうのかといえば、そうではないでしょう。それほど、株式ゲームは甘くはありません。株式ゲームには、ひとがコントロールできることと、できないことがあるのです。
このことを尊徳は、「天道」と「人道」という考え方で捉えています。
「天道」とは、ひとがコントロールできないことで、それこそお天道さまがコントロールしていることです。例えば、自然現象の台風や雷などは、ひとがいくら努力してもコントロールすることはできないでしょう。
それに対して、「人道」とは、戦争や情報操作など、ひとがコントロールできる事柄です。
この考え方で、相場をみてみますと、株を買おうとする企業の業績資料を集め、分析することは、「人道」でしょう。そして、その分析により、今後の株価を予測したとしても、それはあくまで「人道」です。しかし、ひとは一秒先も知ることは出来ません。未来のことは、ひとがコントロールできない「天道」だからです。つまり、相場とは、「人事を尽くして天命を待つ」ことです。
株の初心者が行う過ちのひとつは、一流経済学者や株のアナリスト等は特殊な才能や最新情報を握っていると錯覚し、それらのひとたちからの未来の株価予測動向を信じてしまうことです。しかし、どんなに優れている人でも、未来を知ることは出来ません。それは、「天道」にあるからです。
それでは、株の専門家の株価予測情報が信じられないのであれば、どのようにして株を買うチャンスを得ればよいのでしょうか。
そのヒントのひとつとして、傘のビジネスが参考になるかもしれません。
傘は、雨が降る日には必需品ですが、晴れてる日には邪魔者です。物には相場というものがあります。需要のある時は、需要のない時より、相場は高くなります。ですから、傘も雨の日は需要がありますから、当然相場は高くなります。品薄の時などは、売り手の指値で売れることでしょう。
ですから、傘を仕入れる時は、日照り続きの時がチャンスなのです。そして、雨の降るときが売りのチャンスなのです。こんなことは、誰にでも理解できることです。
しかし、株の素人が行うことは、「株を買ったところが最高値」で、そして、「売ったところが最安値」だ、ということです。
何故そのようになってしまうのか言えば、「天道」と「人道」のことを理解していないから、「希望」と「恐怖」への情報操作をされることにより、「皆で渡ればコワクナイ。」の心境に落ちいってしまうからです。
そのようにならないためには、証券会社がカンコドリの時株を買い、そして、証券会社が賑わい出したら売ることです。
ひとは未来を知ることはできませんが、予兆を感じることはできます。
尊徳は、初夏に食べた茄子が秋茄子の味がしたので、気候の変化の予兆を感じ、秋の不作を想定し、粟や稗を植えることで、凶作からの危機を脱したのです。
株での予兆もそれと同じことがいえるかもしれません。靴磨きの少年が株を話題にしたり(昔の米国での譬え話)の、株に対してのひとの不自然な行動は、株の売りのサインかもしれません。
さて、今は株の買い時ですか、それとも、売り時ですか。
 
   時代と伴に変わるもの、変わらないもの   
 
 
尊徳の生き方を応用して、ひととの交際の技術を修得して、コミニュケーションの輪を広げることが出来、そして、投資の基本技術を修得して、無収入でも生活できる三年分の資産を持てるとすれば、それにより、人生ゲームにおいて、自分の思いどうりに行動できるわけです。これが、自立のための基礎です。
そのように、人生ゲームの基礎が出来た上に、プロカメラマンゲームが展開できるのです。人生ゲームでの基礎がしっかり出来ていなければ、プロカメラマンゲームも上手く行かないことでしょう。
ひとは、仙人と異なり、山奥にひとり住みそして霞みを食べて生きていくことはできません。そのためには、実社会で生きていくための、生活する為の土台が必要になるわけです。
土台が完成したら、その上に建物を建設する(プロカメラマンになること。)わけですが、その周りの環境(写真市場)を調べないと、思わぬトラブルを背負い込むことにもなりかねません。そこで、専門家(プロカメラマン)や書籍などにより、色々な資料を調べることになるのですが、そのことにより、必要とする情報を知ることができるのでしょうか。
そもそも、ひとは物事を調べることにより、一体何を知ることができるというのでしょうか。
 
旅の導師は、歴史のありそうな街に辿り着きました。
「もしもし」とうら若き女性が、導師に話し掛けました。
「この街のことを知りたいのですが、ご存知でしょうか。」
「いや、わしは旅のもので、今この街にたどりついたところで、とんとわかり申さぬ。」
そこへ、若者が通りかかりました。
「もしもし。この街のことを知っておるかな。この女性が知りたいそうじゃ。」
「ええ、よく知っておりますとも。」そう言って、若者は、旅行マップを広げ、この街の名所旧跡を教え始めました。
「どうもありがとうございました。それで、この街の四季はどうなのでしょうか。」
「申し訳ありません。わたしは、旅をしている者で、昨日この街に着いたばかりです。」
そこへ、この街の住人らしき男が通り過ぎました。
「もしもし、この女性がこの街の四季を知りたいそうじゃ。教えて下さらんか。」
「この街の四季はよおく知っております。」そう言って、男は丁寧に四季の移り変わりを説明しました。
「ありがとうございました。それで、この街はどのような歴史があるのでしょうか。」
「わっしは、三年前に引っ越してきたもんで、そこまでは知りません。拙宅に居候の歴史学者に聞いたらよかろう。」そう言って、導師と女性を案内して行きました。
「学者先生。この女性がこの街の歴史を知りたがっているそうで。」
「ふむふむ。この街の歴史はわしがよう知っとる。古文書も沢山集めて研究したでな。」そう言って、歴史学者は、この街の歴史を語り始めました。
そこへ、誰かが尋ねて来ました。
「先生。先日お貸したうちの古文書を返してくだされ。あの古文書は三代先のじいさまの道楽で、系図屋に書かせたもので、学問のたしにもならないものですから。」
 
ひとは、一体何を知っていると言うのでしょうか。
痩せたソクラテスは言います。ひとは、「何も知らないということを知っているだけだ。」
「知る」ということは、マクロからミクロへ向かうほど、問題は複雑になり、その答えを知ることができなくなるようです。物理学における物質の根源の最近の知見、「物質は震動(波動)だ。」、もそのひとつでしょう。この物質探究の話はまだまだ続くことでしょう。
では、このクソ面白くもないと思っている世界のことを、ひとはよく知っているのでしょうか。
世界のことや歴史は、学校で学習したから知っている、と思っていても、それは前述の歴史学者先生と同じかもしれません。
そもそも、世界観を構築する為の歴史観が、ひとが知ろうとするフレームを狭めてしまっていることに、多くのひとは気付いていないようです。
歴史とは、元々脈絡がない出来事を、誰か(権力を握った者)の目的を遂行する為に作られた物語なのです。そのような道筋の曖昧な物語りを、「科学的」なものにすりかえてしまったひとがいました。それが、かの有名なマルクスです。
かれの史的唯物論(マルクス主義の根幹)は、その当時流行のダーウィンの生物進化論のアイデアに啓発されたことはよく知られていることです。その唯物史観とは、歴史には一定の方向があり、原始的なものから近代的へと進化(変化)するというアイデアです。つまり、原始共産制→古代奴隷制→中世封建制→現代資本制→未来の共産制へ辿り着き、そこで歴史は止まるということです。
この刷り込み「歴史は一定方向に進む。」は、今の学校歴史にも健在です。(歴史年表のとうりに世界が動いてきたと信じている多くのひとがいることは驚異です。今学校で学習しているのはユダヤ・キリスト教を基にした世界史の歴史です。世界史はその他無数にあるのです。)しかし、この思想(以前、思想はウソをつくと述べました。)は、1991年共産主義の大本のソ連が崩壊しても生き延びています。
刷り込み(学習)とは、恐ろしいものです。一度刷り込まれてしまうと、修正することは困難だからです。
そのような唯物史観を刷り込まれてしまった多くのひとは、自分の歴史もそのようなフレームで観てしまう傾向があるようです。つまり、未完から完成へ一定方向へ進む。或は、貧乏人から金持ちへ、又は、カオスからコスモスへと自分の歴史は「科学的」に流れて行く、という錯覚です。
世界の歴史が、不条理で、理論や法則など何もないように、ひとの歴史にも、生命保険会社作成の人生の設計図のような、決まった道筋など何もありません。ひとの人生の歴史(物語)は、「天道」と「人道」との、事の巡り合わせの偶然で、創られて行くわけです。
でも、「学校で」そのような唯物史観を刷り込まれてしまったフレームを取り外し、自由に思考することができるのであればよいのですが、そうではないひとが、人生ゲームやプロカメラマンゲームについて、多くの資料を集め調べたとしても、必要とする情報を手に入れることは出来ないかもしれません。
 
あなたが持っている情報は、あなたが必要とする情報ではありません。
あなたが欲しい情報は、あなたに必要な情報ではありません。
あなたが必要な情報は、あなたが手に入れられる情報ではありません。
あなたが手に入れられることができる情報は、あなたが払ってでもいいと思っているより以上のコストがかかります。
 
「知る」ということは、思考のフレームを広げることができますが、同時に、「知らない」という自覚を大きくしてしまう結果にもなってしまいます。「無知の知」、このことを端的に述べたのが、マーフィーの法則、「ひとは無能のレベルに行き着く。」です。このことは、この国でも昔のばあちゃん達が、「道楽もしないで勉強ばかりしていると、バカになるよ。」と言っていました。
最先端技術を研究する科学者が、それとは正反対に位置する宗教や神秘主義に惹かれるのは、無能のレベルから脱却しバランスをとるために、無意識のこころが指図しているのかもしれません。
ひとは、世界や歴史、或は世間の事を知っているつもりでいても、その実、何んにも知らないのと同じように、ひとは自分のこころについても何んにも知らないでいるようです。
世の中は、ひとによりコントロールできない「天道」と、ひとがコントロールできる「人道」との組合せの偶然により運営されているように、ひとのこころも、意志の力でコントロールできない「情動系回路」と、意志によりコントロールできる「思考系回路」との組合せの偶然で運営されているわけです。
ですから、世の中の出来事が、法則性に則っていないように、ひとの行動にも法則性など何もないのです。
そのように法則性のない世の中の流れに上手く乗るには、「天道」に合わせて「人道」を行えばよいのです。つまり、晴れている日は畑を耕し、雨の日は読書に勤しめばよいのです。それは自然なことです。でも、その逆は、不自然で、いくら努力(意志の力を使うこと。)しても無駄なことなのです。それと同じように、ひとの行動(ゲーム)を無理なく行うには、「情動系回路」に逆らわないように、「思考系回路」を作動させればよいでしょう。
つまり、今を生き残る為の「情動系回路」の戦略に合わせて、明日を生き残る為の「思考系回路」を作動させることです。
でも、トラブルを抱えている多くのひとは、その逆を行っているようです。
いくら「思考系回路」を駆使して考えたとしても(思考しても)、その思考系回路は、「情動系回路」が長い長い年月をかけて少しずつ創り上げたものなのです。ですから、今を生き残る為の行動を無視して、明日を生き残る為のことだけを考えたとしても、事は上手くいかないのは道理なのです。
例えば、「思考系回路」が「情動系回路」の戦略を無視したものとして、太平洋戦争後、占領軍の法律で闇米(正規のルート外の米)の購入禁止を施行し、真面目にその法律(思考系回路が考え出した決まりごと。)を必死に守り抜いた法律学者が、その結果餓死してしまった話などは、笑い話にもならない悲惨な例です。
しかし、一般の多くのひとたちは、「思考系回路」が創りだした、「本音と建前」の理論を上手に使い分けて、闇米を購入することで、戦後を生き延びたわけです。
では、その「本音」とは何かと言えば、それは「情動系回路」の戦略で、「今を生き残る為には何んでもする」ということです。そして、「建前」とは、「明日を生き残る為には何でもする(米国の大統領や英国の首相のようにウソも平気でつく)」ということです。
平たく言えば、ひとの基本行動は、場面場面により、この「本音」と「建前」のせめぎ合いによりコントロールされているわけです。
この「本音と建前」を別の言葉で表現するとすれば、「性悪説と性善説」と言えるかもしれません。
一般的にひとは、「太ったブタか痩せたソクラテスか」の二原論の罠に嵌ってしまい、どちらか一方に組するように学習させられてしまっているようです。しかし、ひとのこころは、そのような「白黒」(この言葉の裏の意味は非仏教派か仏教派かを区別することで、勿論「白」は神徒系で「黒」は仏教系です。)の二原論で割り切れるほど単純なものではありません。
ひとのこころには、本音と建前が同居しているように、自分さえ良ければ何をしても良いとの「性悪説」と、自分を犠牲にしてまでも他のひとのことを思い遣る「性善説」も同居しているのです。
そのような複雑怪奇なこころを持っているひとが、複雑怪奇なこの世の中を、どのような方法で人生ゲームやプロカメラマンゲームを進めて行けばよいのでしょうか。
そのためには、それぞれのゲーム背景と自分のこころの作動パータンを調べることが必要です。
でも、それらの事を行うには、「あなたが手に入れられることができる情報は、あなたが払ってでもいいと思っているより以上のコストがかかります。」
この場合の「コスト」とは、お金のことではなく、今まで信じていたものが信じられなくなったり、自分の本当の姿を見ることになる、ということです。つまり、この場合の「コスト」とは「不安」のことなのです。
この世の全ての事は、ひとのこころが信じたとおりのものなのです。このことをあるひとは、「振り返れば、人生は夢のまた夢。」と表現していました。ひとは、外界の出来事を在りのままに見ているのではなく、自分が信じている(実際は信じさせられている。)ものだけを見ているにすぎません。
ですから、自分のゲームを有利にするために世の中を変える、或は、自分が思う自分に変身するためには、今まで信じていた全ての情報を疑い精査し、そして少しでも疑わしいと思われる情報は破棄することにより、初めて実現するわけです。
つまり、自立するということは、今まで記憶させられた納得できない情報を破棄し、だまされ易い「思考系回路」だけではなく、本能をバックにした「情動系回路」の「感」などを駆使して情報を集めそして分析し、その結果、「人道」においては、絶対正しい情報など何も無い、と気付くことです。或は、白隠禅師のように「難解な書物を理解しょうと無駄な時間を使ってしまった。今気付いた。自分自身が仏であったのだ。」と、自分以外に頼る者がいない、と悟ることから始まるのです。
そのような自立した立場で、今の自分を一歩引いて眺めて見ましょう。
今現在の状況は、自分の努力で築いたものなのでしょうか。それとも、誰かの力で導かれたものなのでしょうか。或は、誰かのせいで今の状態に落とし込められたのでしょうか。
人生ゲームを進める上で、「未来」がどのように見えるかは大切なことです。「未来」が明るく見えるひとは、この文章の先を読む必要はないでしょう。今のままで進んで行けば、未来は拓けることでしょう。
しかし、「未来」が明るく見えないひとは、自己点検する必要があるかもしれません。
では、「未来」が明るく見えないひとに問います。「過去」はどのように見えますか。
「未来」が明るくない多くのひとには、「過去」が輝く傾向があります。社会現象でも、経済が閉塞状態に陥っている時代は、回顧主義が跋扈しているようです。つまり、懐古趣味の復活がある時代は、不景気のどん底です。それと同じように、ひとのどん底状態のこころは、「未来」ではなく、「過去」に向かうようです。
では、その輝く「過去」は、本当に輝いていたのでしょうか。
時代が閉塞状態にある場合、歴史が脚光を浴びるのは、ひとびとのこころが、未来ではなく、過去に向かうからです。そこで、「未来」に向けて再び進むための情報を得るために、過去に向かうのならよいのですが、「昔は良かった。」と「現在」を否定するためのものだけであるならば、考えものです。
「現在」が生き難い時代であるように、「過去」も今とは違う基準で生き難い時代であったはずです。ですから、少しでも生き易くするために、ひとびとは創意工夫して時代時代の難問を解決して来たし、これからもそのようにして行くはずです。そのような創意工夫の積み重ねが時代の流れとなり、それが「歴史」と呼ばれる過去の物語となっていくわけです。
誰かが、「歴史はすべて現代史だ。」と言ったように、ひとの歴史(個人の経歴)も、現在の解釈の仕方で、ひとの過去の出来事は如何様にも解釈できるわけです。
例えば、過去の輝かしい肩書きが、紙切れ一枚の辞令で、リストラ状態に陥ってしまって身動きできない場合、今の状態の解釈の仕方で、人生ゲームの進み方は異なるでしょう。
人生ゲームを唯物史観的に解釈するひとであれば、時代は一定方向に共産主義世界の明るい未来に「科学的」に流れているわけですから、会社組織の出世の流れから外れてしまえば、「未来」はお先真っ暗となってしまうことでしょう。
しかし、「人生は一寸先が闇。」、「山があれば谷もある。」、「ケセラセラなるようになる、明日のことはわからない。」と、人生一直線ではなく、フレキシブルに「明るく」考えられるひとには、「挫折」は人生ゲームの仕方を変える分岐点となりえるし、人生の教訓「人生とはその思うことそのものだ。」を知る機会となることでしょう。
では、時代の流れが読めず人生ゲームの迷路に迷い込んでしまって、そこから脱出するにはどのようにしたらよいのでしょうか。
時代は確かに流れているし、目まぐるしく変化しているように実感できます。
カメラの機能及び画像処理を考えてみただけでも、その変化の説明は必要ないでしょう。銀塩カメラの操作情報は、デジカメには不必要です。銀塩カメラの画像処理の情報は、デジカメには不必要です。写真界は激変してしまったのです。それに伴い、印刷業界でも激変し、時代の流れは、銀塩カメラではなく、デジカメに有利でしょう。
そのように、時代は物のあり方や使用方法を変え、仕事の内容も変えていきます。しかし、それらの時代の流れから生産される物やサービスを受けるひとのこころは、時代と伴にかわっていくのでしょうか。
時代が要求する物やサービスを考え出す「思考系回路」は、明日を生き残るために、絶えず新しいものを創造していくことでしょう。しかし、「情動系回路」から産出される「感情」は、今を生き残るために作動するわけですから、「今」しか存在できません。ですから、「感情」は、時代と伴にかわることはないわけです。
では、その「感情」とは何かと言えば、それはひとの行動の「原動力」であるわけです。でも、その「感情」は、直接見ることは出来ないし、又、触ることもできません。唯、身体の出力により、「感情」は、基本的に「喜怒哀楽」の四つに表現されているのですが、ひとの遭遇する環境の場面場面により、それらの四つの感情は瞬時に変化し、一定の状態を保つことはできないようです。
ですから、それらの変化を克服するために、「平常心」の状態に保とうとするわけですが、その技術修得は、並大抵の修行では出来ないようです。
感情は、場面場面により瞬時に変化し、ひとの行動に重大な影響を与えます。しかし、それらの感情は、「情動系回路」により出力されるわけですから、「感情」はひとにはコントロールすることは不可能に近いことなのです。
つまり、ひとの事を成そうとするための修行の原点は、煎じ詰めれば、事において、感情をコントロールするために「平常心」の状態を保つことであるわけです。
ひとの行動の基本は、「感情」が高揚している時は、「思考」は低迷します。ですから、目的を達成するために、ひとの行動をコントロールするには「思考力」を増すことだと思い込み、ひとは「感情」を抑えるために「平常心」を心掛けるわけです。
そのような「思考」が正しければ、この世は成功者で満ち溢れていることでしょう。
人生ゲームが上手くいかないひとの多くは、「感情」と「思考」について、逆に考えているようです。つまり、「感情」は「時」と伴にかわっていき、それに対し「思考」は変化しない、と。
でも実際は逆なのです。「感情」は場面場面で瞬時に変化することは事実ですが、その出力パターンは時代と伴に変化はしません。このことに疑問があるひとは、自分の感情パターンを振り返って考えてみて下さい。同じ様な場面で、同じ様な感情を出力しているはずです。それに対し、「思考」は、場面場面で変化し、一定ではありません。その事実を隠すために、「思考」は絶えず「言い訳」を「思考」しているわけです。
人生ゲームが上手く行かないひとの歴史は、「言い訳の歴史」と言っても過言ではないでしょう。
ですから、人生ゲームを上手く行うようにするには、書物や偉い人の言う事を聞き「思考力」を増す様に努力することよりも、「感情」の反応パターンを変えることが必要なことは理解できるでしょう。
でも、「感情」は、ひとがコントロールできない「情動系回路」により出力されているのに、その反応パターンを変えることは可能なのでしょうか。
「感情」と「思考」とにより、ひとの「基本人格」は形成されています。これらのバランスが上手くとれていれば、人生ゲームの流れに上手く乗れるわけです。しかし、そのバランスが取れていないと、人生ゲームでトラブルに巻き込まれてしまいます。そのひとつが犯罪です。
犯罪を繰り返し犯すひとは、その「感情」と「思考」とのバランスが崩れているひとが多く見受けられるようです。では、それらの犯罪者は、人生ゲームの終着点まで、そのような「人格」を保っているのでしょうか。
ひとつの例として、極刑を受けたひとが「死」と真面目に向き合い「生」の本当の意味を悟り、そのことにより死刑執行実施前に「聖人」に変身していた、ということは、小説「宮本武蔵」の中ではなく、実際にありえることです。
どうも、ひとが変身するためのメカニズムのひとつに、「死」が関係しているようです。つまり、「バカは死ななきゃ直らない」と言われているように、「情動系回路」の初期化は「死」によりできるようです。
しかし、「人格」を変えるために、死んでしまったら、人生ゲームはゲームセットになってしまいます。ひとは一度しか死ぬことはできません。そこで、それに代わることを考えなければならないでしょう。
そのための代替として、古くから色々な宗教儀式や修行が行われて来ているようですが、ひとは「精神的に死ぬことにより人格は変わる」ことができることを昔のひとは、心理学者に教えられなくても、「智恵」で知っていたようです。
物が壊れた時、それを修復するために、その物を構成している部品を解体し、原因を突き止めることは、正しい行動です。
ひとの行動も同じことが言えるかもしれません。
今、人生ゲームが上手く行かないのは、自分の「人格」が故障しているのではないかと考えることは、その解決のひとつの方法です。
人格は、感情と思考とにより基本的に構成されているわけですが、ひとの行動の原動力は、「感情」ですから、「思考」よりも、「感情」の構成を点検することは、人格を変えるために必要なことです。
「分っちゃいるけど、止められない。」と言うことは、「思考」において理解はできたとしても、ひとには行動を起す「感情」をコントロールすることは出来ないことを表現しているわけです。
では、コントロール不能な「感情」の構成を点検するには、どのようにしたらよいかを次に考えてみましょう。
ひとのこころを点検する時、人生の流れについて誤解を与えたマルクスの史的唯物論と同じように、こころのメカニズムについて誤解を与えた思想があります。それは「精神分析」を発明したフロイトの思想です。
フロイトの思想も、マルクスと同じに、「科学的」を冠に付けることによりひとびとを惑わせました。
科学的とは、万人が立証可能な思想です。万人が検証不可能であれば、それは「科学的」ではありません。更に、科学的な思想は、時と伴にひとつの仮説に収束していきます。異なる仮説が平行して長期に成立つ思考は、科学的ではありません。
そのような前提で「精神分析」の思想を調べると、何故、フロイト派から1911年にアドラーが、1912年にシュテーケルが、そして1914年にユングが離脱して、それぞれが派を創り、それぞれが似たようでいるのに微妙にちがっていたり、矛盾することがある「精神分析」を今だに行っているのが分るでしょう。
もし、「精神分析」がこころの奥底を「科学的」に探れるとしたら、そのように沢山の矛盾する思想は同時に存在できないはずです。
神経組織や脳細胞の働きを研究する「精神医学」においては、科学的な分析は可能でしょう。しかし、今だにこころがどこにあるかも特定できないのに、色々な測定器具を発明したところで計測することは不可能です。
思想は時代の需要に答えます。
1856年、モラビィアの王で伝説上の英雄ジークムントの名をつけた赤ん坊が、チェコスロバキアの小都市に生まれました。やがて成人したジークムント・フロイトは医学を学び、医師の道を歩み始めました。フロイトは自身のこころの悩み(うつ病と言われている。)から、フランスでヒステリーを研究しているシャルコーを知ることになります。彼こそが、フロイトの思想にヒントを与えた人物です。
催眠術を治療に利用していたシャルコーから、ヒステリーは無意識の心理作用から起こることを学び、更に、ヒステリーは性欲が関係している(性が開放された現代では当て嵌まらない。)ことも学んだのです。
そのようなシャルコーの思想に、自身の歴史を重ね合わせ、マルクスの唯物史観のように、口唇期→肛門期→エディプス期などの時系列での発達段階思想を発明していくわけです。
更に、「科学的」にこころを分析するために、無意識や超自我などの「心理学」用語を次々に発明していくわけです。
そこで、後々困ったことが起こってくるわけです。心理学用語(業界言葉)を使うことにより、一般の世界から、こころの究明が離れていくことです。そして、たまねぎの皮を剥くように、こころを解明する為に、物資の究明と同じように、次々と新しい心理学用語が発明されていくわけです。
結論から言ってしまえば、こころの問題は「精神分析」により「科学的」に解明することは不可能に近い、です。
では、現在、精神分析による治療はどのようなものかと言えば、患者の保持している問題イメージをカウンセラーの思い込みによるイメージに、言葉を利用して置き換える作業をしているわけです。その結果、カウンセリングを受けた医師の数と同じ数の「人格」を創られてしまった患者もいるそうです。
精神分析医の著書が面白いのは、精神分析は、科学よりも「文学」に近いからでしょう。毎日、患者の語るフィクション(患者は真実を語れない。)を自分流に解釈してフィクションの再生をしているわけですから。
と言う事で、「精神分析」は、今の時代のこころの問題解決技術の流れから外れて行くようです。
では、今、問題を抱えているひとに、自分の問題点を見つけ、そこから抜け出すヒントを与えてくれるのは何かと言えば、それは、「境界例」の考えです。
境界例とは、一昔前の心理学辞典には出ていないかもしれませんが、今では本屋さんの心理学書の棚には多く見受けられるタイトルとなっています。
現在では、境界例は、正式には「境界性人格障害」と命名された立派な臨床単位であり、その特徴は、こころの不安定さと激変し易い(キレやすい)感情の起伏です。
感情をコントロールするためのヒントが、何故境界例にあるのかと言えば、それは、境界例のひとは、通常は一般人と何ら変わりが無い(境界例のひとは思考系回路が発達しているひとが多いようです。)のに、ある状況下で、或はある言葉に敏感に反応し、感情のコントロールが効かなくなってしまうからです。
その原因のひとつと考えられているのが、フロイト思想の主張である性欲ではなく、幼い頃の母親との負の関係です。つまり、幼い頃母親から「みすてられた」との強迫観念が、情動系回路へ重大な影響を与える器官のひとつである扁桃体(恐怖の倉庫)に刷り込まれ、それがある状況下で、フラッシュバックして思考系回路を混乱させる「感情の爆発」を起すのではないかと考えらているようです。
ひとは、自分の実像を見ることはできません。鏡や写真で見ることができると言っても、それは実像ではなく、虚像です。それと同じに、自分の感情の実体を知ることはできません。
「知る」と言うことは、思考系回路が正常に起動していないとできません。感情が優位となっている時、思考系回路は劣位となります。ですから、感情が激情している時の自分の感情は、言葉では正確には説明できないことは、「言葉で表現できないほど感動しました。」と一般的に表現されています。
では、自分の感情の実体を知ることはできないのでしょうか。
自分の実像を見ることはできませんが、鏡などでその虚像をとおして、実像を推測することは可能であるように、自分の感情の実体を「映す鏡」を利用することで、自分の感情出力パターンを推測することは可能でしょう。
では、その「鏡」とは何なのでしょうか。それは、母親です。「三つ子の魂百までも」と言われているように、ひとの基本人格は、大体三歳位に確立されるようです。その人格に重大な影響を与えた原因のひとつが「母親」です。
ですから、母親の感情出力パターンを観察することで、自分の感情の実体を推測することができるかもしれません。
そのように、親の影響が子供の人格形成に重要な意味を持つことは、心理学者に教えられなくても、昔から、問題行動を起すワルガキに向かって、ばあちゃん達が「まったく、親の顔を見たいもんだょ。」と棄てゼリフを言っています。
そこで、人生ゲームが上手く行かない原因のひとつが、自身の人格の故障かもしれないと思われるなら、母親の感情出力パターンを観察してみることです。
そこで注意が必要なのは、感情は時代と伴に変わることはないのですが、人生の流れの中で、何かのキッカケで悟りを得たりした場合、感情の出力パターンが変化しているかもしれないと言うことです。このことを一般に「年と伴にひとは丸くなる。」と言っています。
感情のエネルギー源は「欲」です。ですから、欲の深いひとは、物凄いエネルギーを内在しているわけですから、感情の放出量も膨大です。所かまわずワンワン泣く赤ん坊などは「欲の塊」と考えることもできるかもしれません。
と言う事は、ひとは、年と伴に「欲」が減少していく傾向にあるようですから、年と伴にひとは丸くなる傾向にあるわけです。
そこで、今現在の丸くなった母親を観察するだけではなく、今を基点として乳幼児時代に接した母親まで時代を遡ってみましょう。その場合、アルバムやビデオなどの映像資料を使うことは優位なことです。その訳は、こころは顔に現われるからです。
何の為に、昔の母親に会いに行くのかと言えば、今現在の「不安感」の原因を探る為です。
人生ゲームを優位に進めるための大きな障壁となるもののひとつが、「不安感」です。「不安感」は、ひとが危険を回避するための危機管理には必要な感情です。しかし、それが度をすぎると、前に進めなくなります。それが嵩じると「引きこもり」の原因となります。つまり、人間関係が上手く行かない原因のひとつが、「不安感」なのです。
その「不安感」の感情を起す原因と考えられているのが、乳幼児期における母親との負の関係です。
「不安感」とは、原因が特定できないため、対処の手段がとれない状態にとどまる事にたいするイラダチの感情です。つまり、感情を放出できない状態です。ですから、「不安感」を起させる原因を見極めることにより、「不安感」を克服する手段が考えられることで、「不安感」から脱出できる可能性を得られるでしょう。
病的な「不安感」の原因のひつとは、乳幼児時代(三歳頃まで)に母親から「みすてられた」と感じたことですが、それは個人個人で異なりますから、記憶を辿る過程でどのような場面がフラッシュバックするかは分りませんが、引きこもりの子供が母親を責めるように、記憶の中で憎むべき状態の母親を感じたとしても、そのことを責めることはできないでしょう。
それは、子供が母親から色々な情報を刷り込まれるのと同じように、その母親もその母親から、同じような情報を刷り込まれているからです。つまり、負の連鎖です。不幸な家庭は皆似通っています。それは、人間関係の粗雑さです。
この負の連鎖を断ち切る方法のひとつは、「不安感」を刷り込んだひとを「うらむ」のではなく、「ゆるす」ことです。
記憶を遡る旅で、「不安感」の原因が特定できたら、それで「不安感」が消えるわけではありません。しかし、何故、病的な「不安感」が生じたのかの原因を知ることで、そして、その原因を作ったひとを「ゆるす」ことで、感情の出力パターンが今までとは異なることにより、今までとは異なる人間関係を築くことができるようになることでしょう。
 
   「わたし」をコントロールするのは「意識」か「潜在意識」か
 
 
人生ゲーム、それにブロカメラマンゲームを優位に進めるために、色々なヒントを今までに述べてきたわけですが、それらのヒントを基にプロカメラマンになるための戦略や戦術を計画したとしても、「計画は破られる為に計画される。」と言われているように、それらを実行することは容易ではないかもしれません。
それは、「わたし」という身体を、「わたし」という概念がコントロールすることが難しいからです。
その難しさを知るためには、「わたし」とは一体誰なのかを知る必要があるでしょう。
概念の「わたし」が、身体の「わたし」を知るのは、おおよそ三歳位からのようです。つまり、基本的人格が形成される頃です。その時期になると、鏡に映る身体の「わたし」は、本物の「わたし」でないことに気付き、鏡の後ろに本物の「わたし」が隠れているのではないかと推測し、鏡の裏を観察するようです。これが、「他人」と「わたし」との概念としての区別の始まりです。
そこで、一般的に考えられていることは、ひとはそれぞれ独立した「わたし」を内包して、「わたし」が「わたし」の行動をコントロールしている、という幻想を信じてしまっていることです。
そこで「わたし」とは誰なのかを知ろうという「欲」が「想像力」の力で、fMRIなどの精密検査機器を発明させた結果、脳の各分野の解明が一段と進み、ブレインマッピングが完成にちかづいてきた現在では、ひとの行動は機械的な仕組みでコントロールされているのではないかとの「思考」が支持されてきているようです。つまり、ひとはプログラミング可能な機械である、ということです。
しかし、そのようにひとの行動が、ドーパミン、セロトニンそしてアドレナリンなどの脳内活性物質などにより機械的にコントロールされていると「科学的」に証明されていても、ひとは、「わたし」の自由意思で「わたし」をコントロールしているという「幻想」を、生得的に刷り込まれてしまっているために、未だに「わたし」が「わたし」をコントロールしている、と信じて疑わないわけです。
この幻想は、「わたし」をして大脳皮質の前頭葉にある思考系回路を駆使して「思考」を展開することにより、無限の「欲」を追求するための「想像力」を発達させてきています。
紀元前四世紀にエピクロスというひとは、「本性が要求する豊かさは限られており、容易に獲得できるが、怠惰な想像が要求するそれは、無限に広がる。」と述べているようです。
ひとの行動は、どうも「欲」を追求する「想像力」に動かされているようです。このことを、十九世紀にジョン・ラスキンというひとが、「世界の需要の四分の三は、ビジョンや理想主義や希望や感情にもとづく空想的なものだ。財布の管理とは、要するに想像力と心の管理なのである。」と述べています。
現代では、ひとの行動の原動力は、「欲」と「想像力」であることが研究され、それは宣伝・広告ビジネスの基本となっています。
広告屋さんは、心理学者と同じに、時代が要求する色々な業界フレーズを発明してきていますが、「ブランドマーケティング」と言ったところで、その基本は、「欲」に火をつけ、「想像力」で煽ることにより、人生ゲームにおいて不必要な物やサービスを購入させ、或はブランドという幻想を刷り込んでいるだけです。ひとの「欲」には、紀元前四世紀も現在も何ら変化はないのです。
この「欲」と「想像力」がひとの行動の原動力であるならば、それらをコントロールするか、或は反対にコントロールされるかでは、人生ゲーム或はプロカメラマンゲームを遂行していく上で、結果は大いに異なることでしょう。
では、どのようにしたら、「欲」や「想像力」をコントロールできるのでしょうか。
ゴルフゲームは、人生ゲームとよく似ていると言われています。それは、両ゲームとも計画どおりに行かない、と言うことです。
そこで、ゴルフゲームにおいて、如何に概念の「わたし」が、身体の「わたし」をコントロールすることが難しいかをみてみましょう。
初めてのゴルフプレーを思い出してください。
 
生まれて始めてのティショット。ガクガクした膝を抑えようとしても抑えきれずに、パー4のミドルホール。150ヤード程(練習場では軽く200ヤードを飛ばしている。)の右側に横たわる広いバンカー。右にボールが行かないように、「わたし」は左足を開き、身体を左側の広いグリーンに向けます。先輩から教わった「チャー、シュー、メン」のリズムで、思いっきりボールを叩きます。するとボールは勢いよく左側の広いグリーンを目指して飛んでいきます。真っ直ぐ目標に向かっていたのは最初だけ。やがて、ボールは、右旋回してバンカーに着地します。
「何故だ。」と「わたし」は原因を探ります。そのように自問しながら何ホール目かを回っているうちに、「わたし」はあることに気付きます。それは、身体が目標に向かって左に向いていると、ボールは右に曲がりやすく、その反対に、身体が右に向いていると、ボールが左に曲がりやすくなる、ということです。
他のプレーヤーの何倍もボールを打ったことと、「何故だ」の自問でヘトヘトになった大きな池越えの最終ホール。大きな池のことなど考えることもなく無心で振ったクラブは、ナイスショット。終わってみたら最終ホールはパー。「何故だ。」
 
ゴルフゲームで、「わたし」が「わたし」をコントロールしようとすると、何故に事が上手くいかず、それとは反対に、何も考えないと事が上手くいくのでしょうか。
それは、コース設計者の罠に嵌ってしまっているからです。
何も障害物がない、広い芝生でプレーをしたら、シングルプレーヤもダブルプレーヤもそれほどの差はつかないでしょう。
そのようなゴルフ場は、すぐ倒産してしまうでしょう。面白くないからです。そこで、コース設計者は、ひとの「欲」と「想像力」を刺激するトリックを、木、バンカー、池、白杭、コースのデコボコなどを利用して考え出すのです。
同じコースでも、初心者が見るコースとシングルプレーヤが見るコースとでは大いに異なります。
ひとは、眼を開けば物が見えて、それが何であるかを無意識に認識していますが、その「見る」ということは、多大な脳の働きにより行われているのです。
眼から取り込まれた情報は、網膜に映し出されます。その情報により物事を認識するのであれば、事は簡単です。しかし、ひとが「物を見る」ということは、その網膜に映った情報を更に脳の各分野に伝達し、脳の各分野に格納されている過去の記憶情報などにより、外界の情報は歪められ、或は全く違う情報に創り変えられてしまう場合もあるのです。「幽霊の正体見たり、枯れ尾花。」
その外界の情報を創り変えてしまう原因のひとつが、「想像力」です。脳の思考系回路は明日を生き残る為の究極の「うそ」、「想像力」を発明しました。脳は、外界からの情報を自分に都合が良いように、自ら想像することで、「わたし」に外界と異なる像を見せてくれます。その反対に、自分に不都合な場合、眼に像として映っていても、「見えない」こともありえます。つまり、「わたし」が見ている外界は、「個人的な世界」(虚構の世界)であるのです。
ですから、場数を踏んだシングルプレーヤは、それだけコース設計者のトリックを情報として入力されているわけですから、初心者と同じコースを見たとしても、脳では同じには見ていないのです。
では、その「欲」や「想像力」で動かされてしまう「わたし」がいない時(無心の時)、ナイスショットをしたのはどうしてなのでしょうか。いったい、誰が「わたし」にナイスショットさせたのでしょうか。
無心とは、意識の無い(「わたし」が存在しない)状態のことです。では、「意識」とは何かと言えば、それは、何かに気付いている状態で、その気付くことの主体は「わたし」です。「意識」は、さまざまな視点を選んで、見るものをある流れに乗せます。その流れに統一を与え、同一視することによりひとつのまとまりを創ります。それが概念となり、そして「わたしの世界」が誕生します。
しかし、それは虚構の世界です。多重人格のひとは、多くの「わたしの世界」を創り出します。
「わたし」は、虚構の世界という不安定な状態に常にいるので、何かをみると、つながりを創り、そして意味を見出そうとします。「わたし」についても、「わたしは何処から来て、何者で、そして何処へ行くのか」をたえず自問しています。その答えを求める潜在要求があるからこそ「完全なひとや理論」を求めるためその帰結として、いつの時代でも時代のニーズを満たす新興宗教ビジネスやブランドビジネスが成立つのです。
「意識」は、「わたし」をして、外界の情報に対処するために、色々な行動を起させます。しかし、ゴルフゲームからも分るように、行動を起させるのは、「意識」だけではないようです。
ひとの思考や感情、或は日常で体験するあらゆる感覚は、脳の神経細胞であるニューロンが発する電気信号の相互交信により引き起こされています。その電気信号の流れは、沢山の波紋を産み出しては消えていきます。「わたし」は、その波紋の大きなものだけを「意識」し、残りは「無意識」の活動として処理されているようです。
では、「無心」と「無意識」とは同じことなのでしょうか。
「無心」とは、物事に対峙した時、こころのなかに「わたしの世界」(想像力による架空の世界)を創造せず、そのままの外界情報と交流する状態です。武道の世界では、「無心」とは相手の身体の部分的動作に囚われるのではなく、相手の「気」全体に対応する状態のことです。
「無意識」とは、物事に対峙した時、「わたし」が何らかの都合で、その物事を認識できない状態です。
と言うことは、両者の根本的違いは、「無心」の時は「わたし」は存在しませんが、「無意識」の場合は「わたし」は存在しています。
では、「わたし」が存在しない「無心」の時、誰が身体である「わたし」をコントロールしているのでしょうか。
概念としての「わたし」が存在しない乳幼児でも、外界の情報に素早く反応し、そしてそれに対処する行動を起します。その状態は、「無意識」ではなく、「無心」の状態に当て嵌まるかもしれません。
ひとの行動は、二つに分けられます。随意と不随意とです。つまり、「意識」でコントロールできる行動と、「意識」してもコントロールできない行動です。
では、「意識」でコントロールできない行動は、誰がコントロールしているのでしょうか。
「意識」は、脳の大脳皮質の各分野のネットワークをコントロールするために創りだされたものです。その大脳皮質の働きをバッアップしているものが、脳幹と小脳(爬虫類の脳)と大脳辺縁系(哺乳類の脳)です。
脳幹と小脳は、身体をコントロールする器官で、大脳辺縁系は外界の情報に素早く対処するために、「感情」というエネルギーの素を創りだす器官です。ですから、爬虫類には「感情」は存在しませんが、哺乳類には「感情」が存在します。
大脳皮質の各分業分野との連携をとるために「意識」を創りだしたのと同じように、大脳辺縁系も各臓器器官との連携をとるために「イシキ」を創りだしたようです。それは、「潜在意識」(一般的には「本能」とよばれている。)と呼ばれるものです。
物の本には、「無意識」と「潜在意識」とを混同して解説しているものもあるようですが、以上で述べたように、それは違います。「無意識」には「わたし」が存在しますか゜、「潜在意識」には「わたし」は存在しないからです。
大脳辺縁系は別名、「情動系回路」と言われているところで、その主な働きは、今を生き残る為です。今を生き残ることが、「潜在意識」の主な使命なのです。
「潜在意識」は「哺乳類の意識」ですが、言葉を理解し、利用できないため、「わたし」は存在しません。「わたし」は「意識」により発明された概念だからです。
「意識」による行動のコントロールは、言葉により可能ですが、言葉を道具として利用できない「潜在意識」に働きかけるにはどのようにしたら良いのでしょうか。
ひとが思い巡らす方法は二つあります。ひとつは「言葉」を道具として構築する「理論」で、もうひとつが「イメージ」です。「イメージ」を創るには言葉は必要ではありません。
他の人に自分のイメージを伝えるには、言葉と映像があります。映像は、言葉よりも多くの情報を内在させています。
映像は、「潜在意識」にメッセージを伝える重要な手段なのです。これを利用(悪用)した宣伝・広告手段が、「サブリミナル」テクニックです。
自分の世界に異質な情報が潜入しないように働く意識が認知できない数十分の一秒で、映像を流すことにより、「潜在意識」にダイレクトに任意の情報を刷り込むことにより、任意の行動を起させる意図で行なうのです。そのように、広告業界は、「潜在意識」に任意の情報を刷り込む作業を「TV・映画」等で日夜行なっているのです。
「潜在意識」は、「欲」をコントロール下に置いています。「欲」は、行動の起爆剤です。ひとが行動を起すには、「欲」の力が必要です。その力を増幅するには「想像力」が有効です。
「欲」は「情動系回路」により創りだされます。それに対して、「想像力」は「思考系回路」により創りだされます。
「情動系回路」は「潜在意識」にコントロールされています。それに対して、「思考系回路」は「意識」にコントロールされています。
では、「わたし」を人生ゲーム或はプロカメラマンゲームの目標に向かってコントロールするには、「意識」と「潜在意識」をどのように扱ったら良いのでしょうか。
ひとに行動を起させるのは、「欲」と「想像力」であるならば、その二つをコントロールする技術を修得すれば、「わたし」は人生ゲーム或はプロカメラマンゲームにおいて優位に進んでいけるわけです。そこで、「欲」と「想像力」はどのようにして喚起されるのかを考えてみましょう。
「欲」と「想像力」とは、お互いに影響し合い、その力を無限に増幅させていきますが、それらは、それぞれ別の系にあるようです。
簡単に述べれば、「欲」←「情動系回路」←「潜在意識」←「イメージ」←「こころ」の系と、「想像力」←「思考系回路」←「意識」←「言葉」←「わたし」、となるでしょう。「欲」と「想像力」とは、その発生系が異なるのです。そして、「欲」は「こころ」に現われます。「想像力」は「わたし」に夢を見させます。
この「こころ」と「わたし」の系がお互いに影響し合い、人生の場面場面で、それぞれの情報を交換し合い、色々な問題を解決していくわけです。
しかし、人生の道程で、色々なトラブルを解決できないことがあるのは、その「こころ」と「わたし」が上手くバランスが取れていないのが原因のひとつです。
問題解決ができないひとの多くは、「こころ」は「わたし」がコントロールできる、或は、「こころ」は「わたし」のコントロール下にあると思い込んでいるからです。
「こころ」についての定義は、今だ確定していないのは、心理学辞典にその定義が明確にされていないことからも理解できるでしょう。
でも、実際問題として、「こころ」の働きは、「わたし」ではコントロールすることが難しく、その為日常の行動に大いに影響していることは、心理学者でなくても、誰でも気付いていることです。「こころ」の働きの「憎しみ」、「妬み」、「恨み」そして「嫉妬」等などの人生においてのマイナスのエネルギー源を「わたし」がコントロールできたとしたら、人生はバラ色となることでしょう。しかし、実際はその逆のようです。
この「こころ」は、「こころ内にあれば色外にあらわる」と言われるように正直者です。しかし、「わたし」は「米国の大統領や英国の首相」のように嘘つきです。
この「正直者」(「こころ」)と「嘘つき」(「わたし」)を、どのようにしたら仲良くさせることができるのでしょうか。
「こころ」と「わたし」とは同じではないことは、ひとの「こころ」についての個体差を「性格」と言い、それに対して「わたし」の個体差については「人格」と言うことからも理解できるでしょう。
「性格」とは、ひとの「こころ」を身体表現したものです。その「性格」は、遺伝情報を基本に生活環境情報により創られたものです。
「人格」とは、遺伝情報よりも生得的な情報を基に、そのひとの人生の道程における、「家柄」、「学歴」、「職歴」などの情報を材料として創造されたものです。
ですから、「性格」は遺伝情報が基本なので変化し難いけれども、「人格」は生得的に与えられた情報なので変化し易いのです。
ゴルフゲームが面白いのは、「立派な人格者」が、ゲームの途中で林の奥深くボールを打ち込んで困難に陥ってしまった時に、地の「性格」が現われて「セコイこと」を行なうことがよくあるからです。それは、全く人生ゲームと同じです。「立派な人格者」イコール「立派な性格者」ではありません。
そこで困るのですが、「人格」は「言葉」を駆使する「意識」の系にあるわけで、そのことにより物事を「わたし」に都合の良いほうに解釈する傾向があるからです。本当は、「人格」は、「性格」の上に乗っかっているものなのに、「わたし」は、「人格」が「性格」をコントロールしていると誤解し、信じてしまっているのです。
人生ゲームでの問題を解決できない多くのひとの傾向として、「人格」を「性格」よりも優位に考えるか、或は「人格」と「性格」を同じものだと考えてしまうことです。
そのことにより、「人格」は「言葉」を利用して「わたし」に都合の良い「理論」を展開することで、あらゆる問題は解決できると信じているわけです。しかし、それですべての問題は解決するわけではありません。言葉で問題解決できるのは、「人格」上のものだけです。「性格」は、「こころ」の問題で、「こころ」は「言葉」を理解できません。
例えば、文章があるとします。文法上、または語彙が正確に綴られていたとしても、それにより「こころ」を感動させることはできないかもしれません。それに対して、文法上、または言葉遣いが間違っている稚拙な詩が、ひとの「こころ」の琴線を振るわすことは実際にありえることです。
では、人生ゲームあるいはプロカメラマンゲームで困難な問題に直面してしまった場合、「こころ」と「わたし」を仲良くさせるにはどのような方法があるのでしょうか。
ひとの複雑な身体機構をコントロールしていることを表す言葉があります。それは、「ホメオスタシス」です。ホメオスタシスとは、体温、体内の酸素濃度、身体のペーハーなどを自動的にコントロールすることを表す概念です。
この概念は、西洋医学では身体だけに適用できるものと考えられているようですが、東洋では「こころ」と「わたし」とをコントロールするために昔からある概念です。
それは、「こころ」と「わたし」とをコントロールするものは、東洋では「良心」と呼ばれているものです。「良心」とは、利己に偏らない判断のことです。それに対して、「わたし」だけに都合よく「こころ」と「わたし」とをコントロールしようとすることは「私心」と呼ばれています。
ですから、昔のひとは、物事に直面した時、「我れに私心あるやなしや」と、「こころ」と「わたし」に問、その問題解決の判断としたのです。
では、どのようにしたら、「良心」の基により「こころ」と「わたし」に問い、その結果により正しい問題解決の行動を起せるのでしょうか。
行動を起させるには、「欲」と「想像力」が必要です。その二つに問いかけるには、どのような方法があるのかは、宣伝・広告テクニックにヒントがあるようです。
宣伝・広告の基本道具として、クライアントの望む任意の行動を起させるには、「キャッチコピー」と「ビジュアル」とがあります。
キャッチコピーは、任意の行動を思考系回路に訴求します。それに対して、ビジュアルは、イメージとして情動系回路に訴求します。
それらの二つの道具により、ひとの二つの異なる回路に同時に働きかける例は、ポスターに見られます。広告・宣伝の手段としてのキャッチコピーとビジュアルにより構成されたポスターは、潜在顧客に対して任意の行動を喚起させる基本技術なのです。
この技術の源は宗教ビジネスです。それは、「プロパガンダ」と言われ、プロテスタントの布教(宣伝・広告)活動を揶揄したカソリックが発明した言葉です。
この世に、キリスト者は一人しかいません。仏教徒も一人しかいません。ひとりは十字架の上で、そして、もうひとりは流離の旅路で昇天してしまっています。それら二人は人間であるわけですが、プロパガンダ(キャッチコピーとしての経典とビジュアルとしてのイコン)により、二人は神と仏にされてしまったのです。もし、二人がこの世に再来したとしたら、現在のその二つの宗教における立派な法衣と伽藍による活動儀式を見て言うでしょう。「これはいったい何と言う宗教なのですか。」
優れたキャッチコピーとビジュアルを、思考系回路と情動系回路に同時に刷り込まれてしまえば、「うそ」も真実となり、唯の人間も神・仏に変身してしまうのです。
では、その技術を、人生ゲームあるいはプロカメラマンゲームで応用するにはどのようにしたらよいのでしょうか。
まず、目標地点に辿り着いた状況を想像することです。お金持ちが目標だったら、具体的なイメージを、目標がブロカメラマンだとしたら、どのようなプロカメラマンとして活躍しているかのイメージを具体的に想像するのです。想像が固まったら、それらを簡潔に表現する短い文章を考えるのです。それがキャッチコピーです。そして、その場面を象徴する画像を創作するのです。それがビジュアルです。それらの二つの道具を利用することにより、それぞれのゲーム目標に導く道が拓けるのです。
しかし、それらの道具を二つの回路に刷り込むには、もうひとつのハードルを越える必要があります。それは、「常識」と言う壁です。
常識とはひとが日常生活する上で、必要な情報と思われているようですが、角度を変えて見れば、常識を持つということは、思考停止状態にいる、と言うことができるかもしれません。
つまり、常識とは、その時代における社会での議論の余地のない情報のことです。ですから、その常識に対して疑問を持つことは、その社会に敵対することになりかねません。だからと言って、常識が常に正しいとは言えません。
ヴァン・モリソンが言いました。「心で考え、頭で感じるようになれば、世界はまったく新しいものに見えて、何が本物かわかるだろう。」
こころは正直です。こころは自然現象を観察し、なにも脚色なしにそのままのことを感じます。それに対して、頭は色々な情報を集め、それらを分析し、推測しそして新しい物語を創作します。
自然現象を観察し、その時代の常識に疑問を持つたひとが1564年イタリアに現われました。彼の名は、ガリレオ・ガリレイ。自ら制作した望遠鏡で天体を観察することにより、コペルニクスの地動説を説明し、地球が動いていることを発表してしまったのです。その時代では、地球の周りを太陽が回っていることが「常識」でした。
コペルニクスの「天球回転論」は、1543年に出版されましたが、ローマ・カソリック教会は、その理論を暦の計算を簡単にする為の道具であり、数学的な仮説であると考え出版を許可したようです。
その地動説の理論が出版される4年前、キリスト教原理主義者でカソリックと敵対するプロテスタントの旗手マルチン・ルターは、「聖書で、ヨシュアが留まれと言ったのは、太陽であって、地球ではない。」と言って、地動説を批判しました。それに対して、ローマ・カソリック教会は、1633年にガリレオを宗教裁判にかけました。
カソリックもプロテスタントも、虚構の聖書の世界が正しと信じてしまって、地球が太陽の周りを回っていることを認めたのは、1980年に法王ヨハネス=パウロ2世なってからのことです。
何故キリスト教信者は、そのように実際の世界ではなく虚構の世界に楽しく暮らせたかというと、ヨハネの福音書の冒頭の「はじめに言葉ありき」の呪文に洗脳されてしまい、数百年も思考停止していたからかもしれません。
言葉(ロゴス)は、「わたし」の道具で、「うそ」の素です。それに対して、自然(こころ)は「うそ」はつけません。
人生ゲームやプロカメラマンゲームにおいて、ゴルフゲームにおけるバンカーや池などのような障害物が目の前に現われると、前に進むことが躊躇されてしまうでしょう。そこで、障害物を克服し前に進むエネルギーを得る為に、キャッチフレーズとビジュアルの力により、想像力を利用して欲を増大させようと思考系回路と情動系回路に刷り込みを行なおうと試みても、「意識」という門番が、現状の虚構世界の秩序を守ろうと、その情報の刷り込みを拒否することでしょう。
この「意識」の門番は、思考停止させるか、混乱させるかにより、任務遂行はできないようです。
思考を停止させるには、特殊な修行や宗教ビジネスのように大規模な仕掛けと膨大な時間が必要です。しかし、意識を混乱させることは、短時間にできます。
その「意識」を混乱させて呪文を刷り込む宣伝・広告技術は、毎晩見ているTVCFでその例を見ることができます。その技術とは、意識では考えられないような場面や想像力を越えるビジュアルを提示することです。そのように通常の意識では判断できない状態に意識を持ち込んでしまえば、意識は混乱し、呪文は簡単にふたつの回路に刷り込まれてしまいます。呪文が刷り込まれてしまえば、後は、無意識にその呪文どおりの行動を示すことでしょう。
そのように、一般のひとが広告屋さんの刷り込み技術を真似をすることは、できないこともないけれども、莫大な費用と時間とアイデアが必要です。ですから、ひとの意識が混乱する場面を他に考えてみることです。そのひとつが、ピンチの時です。精神的・肉体的にビンチの時は、意識も混乱しています。その時が、刷り込みのチャンスなのです。「ビンチはチャンス」とは、このことを言っているのです。
さて、障害物としての「常識」のひとつとして、「よーく考えて計画し、そして行動すればすべての問題は解決する。」と言う思考があります。その常識を信じてしまったひとは、問題解決のために色々な情報を集めることでしょう。しかし、それで問題が解決できれば万々歳です。しかし、実際は、考えれば考えるほど解決から遠ざかって行くのは何故でしょう。
それは、「こころ」のことを考えていないからです。
「わたし」と言う身体は、「こころ」と概念としての「わたし」によりコントロールされています。概念としての「わたし」は言葉を道具として「思考」ができます。「思考」は条件を変えることによりあらゆる理論を展開できます。
しかし、「こころ」は言葉を道具として使えません。外界の情報を、唯、好きか嫌いかを感じるだけです。その感じた情報を概念としての「わたし」に伝えることは直接できません。一旦、意識により言葉に変換して、やっと概念の「わたし」に伝えることができるのです。その「わたし」が「こころ」を感じた状態のことを「気持ち」と言っています。
「気」とは、「こころ」の言葉です。この「気」に気付くことが、身体のバランスをとるには必要だし、その「気」を無視して、言葉により身体の「わたし」をコントロールしようとしても、いつかは無理がきてしまうでしょう。なぜならば、「気」は身体の言葉でもあるからです。
良く練られた計画も、実行に移せなかったり、計画の途中で挫折してしまうのは、「こころ」と「わたし」のバランスがとれていなかったのが原因のひとつだったのです。
では、バランスがとれていないと感じ、その状態を是正したいと思うひとには、どのような方法があるのでしょうか。
明治時代の教育は、富国強兵のスローガンの基、こころを育てるのではなく、知識の詰め込みに傾いていました。先進諸国の最先端の情報を、思考回路をフル回転させて刷り込みをさせていたわけです。国が貧しく、そこから脱出するには、その方法は最善ではないにしても、必要な教育だったのでしょう。
しかし、現在では、明治時代の貧しさはどこを見渡しても見つからないでしょう。それなのに、現在の学校でも、こころの豊かさを育む音楽や美術よりも、数学、理科などの思考系回路を駆使する学科を優位だと考えて刷り込み学習をしているでしょう。
一般でも、生活に潤いを与える情動系回路が創りだす音楽や美術よりも、思考系回路の訓練に多くの時間を割く傾向があるでしょう。
そのように、教育現場や家庭でも「こころ」のことを訓練することを考えもしないし、その必要もないと思っているのでしょう。こころの専門家が利用する心理学辞典にも、「こころ」についての学術的情報もないほどです。
しかし、身体である「わたし」は、概念としての「わたし」と「こころ」とによりコントロールされているのです。その概念としての「わたし」は、明日を生き残る為に言葉を駆使することにより、あらゆる理論を展開することにより、時代の流れに沿って物質世界の扉を開き、物質文化を創り上げました。
でも、今を生き残る為の情動系回路による「こころ」は、時代の流れと伴に進化していません。古典文学を現在でも理解できるのもそのためです。
物質文明の現代では、「わたし」と「こころ」のバランスは危険状態と言ってもいいかもしれません。一寸したキッカケにより、簡単にバランスが崩れる可能性が大です。
身体の恒常性がバランスを崩すと病気になります。その原因のひとつに「こころ」があります。「こころ」は情動系回路により創られ、その情動系回路である大脳辺縁系は、身体をコントロールしている脳幹と小脳に、感情の素であるエネルギーを送っているからです。ですから、「こころ」のバランスが崩れると、食欲不振、不眠、下痢の症状が現われることでしょう。
では、快食快眠快便でないひとは、どのような方法でバランスを回復できるのでしょうか。
「こころ」は大脳辺縁系つまり「哺乳類の脳」にあるわけですから、哺乳類の生き方にそのヒントが見つかるはずです。
野生の哺乳類は自然を相手に生活をしています。それに比べて、ひとはどうでしょう。自然を克服(逆らって)することにより、日常生活に便利なものを発明してきました。そのひとつに電気があります。この電気により、ひとの生活サイクルに狂いが生じてしまいました。ひとの体内時計は約25時間サイクルのようです。その25時間は、電気が発明される前までは、野生の哺乳類と同じに太陽の運行に管理されていました。しかし、現代ではどうでしょう。商業主義の享楽のために、自然に逆らって、寝る間を惜しんで活動(?)しています。
睡眠は、ただ眠るだけではなく、身体の修復の時間であり、又、脳における昼間の情報整理の時間でもあるわけです。ですから、自然に逆らって、睡眠時間を極端に減らすことは、「体」と「こころ」に悪影響を与えるわけです。
ひと昔前、「書をすてて街に出よう。」と言ったひとがいましたが、「わたし」と「こころ」のバランスを回復させる方法のひとつは、「書をすてて(思考することを止めて)自然に帰ろう。」です。
ひとは、矛盾する存在です。「意識」は想像力により色々な人工物を発明して自然を破壊してきていますが、「こころ」は昔も今も自然の一部なのです。