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http://nikkeibp.jp/wcs/leaf/CID/onair/jp/rep02/335594 
より
 
入門「近自然学」 第3回〜安全で気持の良い道をつくる(1)
2004年10月06日 17時37分
近自然学では、共生共存を「我々の豊かさと地球環境との両立」と定義している。交通システムや道づくりにおける共生共存とはどんなものか?
 
 
 
我々の豊かさや利便性のためにクルマが大きく貢献するなら、クルマの利用を認めよう。しかし、多くの人命が失われるのは容認できない。同時に、豊かさをそがないようにしたい。場合によっては、さらに豊かさを増しながら環境負荷を低減させたい。しかし、そもそもそんな都合のよい方策があるのか?
 
 
 
今回から3回にわたって、「新しい交通システム」と「新しい道づくり」を提案する。
 
 
 
「新しい交通システム」では、エネルギー効率の良い、従って環境負荷の低い鉄道と船が主役を取り戻さならなければならない。そして、公共交通、自転車などを容易に利用できるシステムを構築する。さらに、カートレイン(クルマを運ぶ列車)やカーフェリーなど、鉄道や船とクルマとの新しいコンビネーション・システムも実現したい。
 
 
 
いっぽう「新しい道づくり」では、今までの道路が持つ問題点を改善したい。具体的には、多発する重大事故、増大する排ガスなどのエミッション(放出・発散)、恒常的な交通マヒ、交通弱者への大きな危険性、運転が単調で眠気を誘う……などへの解決策だ。
 
 
 
新しい道は、人間の心理を積極的に利用した、従来の道づくりとは正反対のものとなるだろう。「道幅は狭く、左右にワインディングし、上下にアップダウンし、木々で見通しが悪く、夜は暗く、交差点はロータリーや右左折優先で制御し、ドライバーに軽い緊張感を与える」という提案だ。
 
 
 
「新しい交通システムと道づくり」では、以下のテーマについて、順番に取り上げていく。
 
 
 
1.交通システムの大変革が間近に迫っている
2.新しい交通システムの提案:近自然交通システム
3.今までの道路が抱える問題
4.問題の原因とその対策
5.新しい道づくりの提案:近自然道路工法
6.クルマ主体から人間主体へ
7.「ランドシャフト(気持良さ)」:環境を評価するための新しい基準
 
 
 
1.交通システムの大変革が間近に迫っている
 
 
日本をはじめとする多くの先進国内では、物品の輸送はトラックが主体だ。しかし、これがビジネスとして成立するのは、排気ガスなどの環境負荷がタダだからである。
 
 
 
石油はあと40年ほどで枯渇すると言われており、希少性が増していく。さらに環境負荷ペナルティー(環境負荷の加害者に対する心理的・物理的制裁のこと。罰金、関税、税金、名前公表などの形を取る)が今後加わることで、遠からずガソリンの値段は現在の6〜7倍になることも予測されている。そうなると、本当に必要なもの以外、トラック輸送は経済的に成立しなくなる。こうした輸送の大変革は身近に迫っているのだ。
 
 
 
大変革は裏を返せばビジネス・チャンスでもある。そして、新たな雇用が生まれる可能性も大きい。
 
 
 
2.新しい交通システムの提案:近自然交通システム
 
 
道路交通の諸問題を解決するために、「クルマを諦める」という選択肢が我々にあるのか?……おそらく、ないであろう。
 
 
 
では、どうするか? まずは交通量をできるだけ減らすこと(リデュース)だ。日々の人の移動を減らすには「職住の近接」が最も有効であり、物流を減らすには「地産地消」が威力を発揮するであろう。しかし、これらは今回のテーマではないので、他章に譲りたい。この章では、その次の課題である「交通システム」と「道づくり」の見直しと新しい提案を試みる。
 
 
 
便利で環境負荷の小さな近自然交通システムの構築は、「クルマや飛行機のエネルギー効率を上げる」というテクノロジー(技術、工学)上の努力とは別のシステム工学による。
 
 
 
いろいろな交通機関の長所をうまく組み合わせたシステムを構築したい。長距離の拠点間は、鉄道や船を活用する。市街地とその周辺を結ぶ中距離では公共交通(トラム:路面電車のことだがそのまま郊外電車にもなる、トロリーバス:架線を持った電気バスで環境負荷が小さく柔軟性が大きい、バスなど)を中心に据える。
 
 
 
そして、短距離は、徒歩と自転車を主体とする。ドアtoドアの移動が可能なトラック、タクシー、マイカーは比較的短い距離において、徒歩や自転車を補う役目を負い、重量物の集配、高齢者や身障者の移動を助ける。
 
 
 
経済と環境の両面の理由から、マイカーやトラックが長距離を自走することは例外となるだろう。最寄りの駅や港まではマイカーで走り、そこからはカートレインやカーフェリーに乗る。目的地の近くの駅や港で降りて、再び自走する。それが鉄道とクルマの長所をつなぎ合わせたシステムだ。
 
 
 
エネルギー効率の良い飛行船(大型のツェッペリン飛行船の開発と製造を再開し、多くのバックオーダーを抱えて好調にすべり出した)のうまい利用も、重量物輸送をはじめとする分野で、これからの大きな可能性になるだろう。また、自転車をトラムやバス・地下鉄などに乗せて運ぶバイクトラムやバイクバス、バイクメトロを早急に実現させる。スイスやドイツでは、こうしたシステムはごく普通のものになっている。カートレインについても同様だ。
 
 
 
■次回の掲載は、10月19日の予定です。
 
 
 
(山脇 正俊=近自然学研究家)
 
 
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■山脇 正俊 氏のプロフィール
 
近自然(工)学研究家
 
チューリッヒ州近自然工法アドバイザー
 
スイス連邦工科大学・チューリッヒ州立総合大学講師
 
北海道工業大学客員教授
 
電子メール:masayama@aol.com
 
ホームページ:http://members.aol.com/masayama/
 
 
最新著書:「近自然学」(2004年4月、山海堂より出版)
 
 
 
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新しい道づくり〜安全で気持の良い道をつくる(2)
2004年10月25日 16時33分
今回と次回は、新しい道づくりについて提案する。
 
 
 
3.今までの道路が抱える問題
 
 
 
従来の道づくりは、1台のクルマをスピーディーに移動させることを目的として設計されてきた。このために「広く、真直ぐで、平坦で、見通しがよく、夜も街路灯で明るく、交差点は信号機で制御し、あらゆる危険要因を排除しようとした」設計である。
 
 
 
今までの道づくりの問題点は何か? たくさんある中で、重要な5点だけ列挙してみよう。
 
 
 
・死亡事故など重大事故の多発
・排気ガスなどのエミッション(放出・発散)の増加
・慢性的な交通マヒ
・交通弱者への高い危険性
・運転が単調でつまらなく眠気を誘う
 
 
 
全世界で毎年50万人以上が交通事故で死亡し、1500万人以上が身体障害を受けていると言われる。しかもこの数字は増加し続けている。また、排気ガス、騒音、振動、粉塵、悪臭、熱、電磁波など、クルマに起因するエミッションや環境負荷は決して小さくない。さらには、都市部や幹線道路を中心とした交通マヒは日常化していると言えよう。
 
 
 
交通弱者とは、子供、老人、野生動物などを指す。親の手を離れたばかりの子供と、注意力が散漫になりがちなお年寄りの犠牲が明確に多いことが分かる。
 
 
 
●人口10万人あたりの歩行者の年齢別交通事故犠牲者数
 
 
 
資料:スイス政府 2003年
 
 
4.問題の原因とその対策
 
 
ドイツにおけるマイカーの事故原因と年齢との関係を示す。日本でも似たような状況ではないかと想像される。
 
 
 
●年齢別交通事故原因
 
 
 
資料:ドイツ連邦 経済と統計
 
 
ドライバーの年齢が55歳までの交通事故原因は「スピードの出し過ぎ」が圧倒的に多い。年齢と共に次第に減少してくるが、これを「歳と共に理性的になる」と解釈するのか、「スピード狂が淘汰された」結果と見るべきか? いずれにしても、若いときに死んでしまえばお終いである。また生き延びても身体に障害が残るなど一生苦しむ危険性も大きい。逆に年をとるにつれて急激に増えてくるのが「優先無視」である。これらは、なんとしても解決しなければならない問題であろう。
 
 
 
今までの道路設計者も、手をこまぬいていたわけではない。様々な対策を立て、危険要素を排除してきたのである。ただし、良い結果が出なかったことは認めざるを得ないのではないか?
 
 
 
→交通事故対策:スピードを落とす
 
 
 
排気ガス、騒音、振動、粉塵、悪臭などのエミッションを減らすためにはクルマを走らせなければよいのは自明だ。どうしても走らせるのであれば、最もエネルギー効率が良く、エミッションの少ない状態で走らせたい。それは、燃費が良いのと同義である。今のクルマは、約50〜60km/hでコンスタントにスムースに走ると、最も燃費が良い。つまり、同じ距離を走っても、排気ガスの排出が最も少ない。
 
 
 
→エミッション対策:50〜60km/時でコンスタントに走る
 
 
 
交通マヒの原因は何であろう?
 
 
交通マヒの原因は、道路施設に対して交通量が多すぎるのがまず1点。絶対量の問題と言ってもよいだろう。2点目は、道路システムの効率の問題。従来の道づくりは路上にクルマがそれほど多くなかったころに確立したため、1台のクルマの振る舞いを主に考えている。しかし、多くのクルマが同時に路上を走る場合、1台の場合とは全く違った振る舞いをする可能性がある。
 
 
 
●日本の交通容量
 
 
 
 
クルマの流れを見るために「交通容量」という概念がある。1車線1時間にどれくらいのクルマが流れることができるかを見るものである。日本の道路管理では、クルマのスピードに関係なく、1車線1時間あたり2200台という固定値で考えている。この場合、多くのクルマを流すためにはレーンの増設しか手がない。しかしこれは、クルマのスピードと車間距離が比例するという、非現実的な前提条件によっている。
 
 
 
実際には、交通容量は、クルマの速度によって異なってくる。ノロノロ運転をしても、車間距離を数センチに狭められるわけではないので、たくさんのクルマを流すことはできない。高速運転では制動距離が速度の2乗に比例して長くなり、安全確保のために大きな車間距離が必要となる。つまり、低速でも高速でも「交通容量」は落ちるのだ。しかし、どこかに最もたくさんのクルマを流せるピーク(山)ができる。
 
 
 
●スイスの交通容量
 
 
 
 
スイスで実測した結果、一般道路では約60km/時、アウトバーン(高速道路)では約80km/時にピークができることが分かった。つまり、一般道路では時速60kmでコンスタントに走らせると、同じ道路であっても最も多くのクルマを流すことができるのである。
 
 
 
また、赤信号でクルマの流れを完全に止める、青信号で発進加速する、ことを繰り返すと、クルマの流れに粗密が生じる。これがいわゆる「アコーディオン効果」であり、交通容量を落とす大きな原因となる。
 
 
 
「アコーディオン効果」とは、アコーディオンのヒダヒダが延びたり縮んだりするように、クルマがある場所では密集して渋滞し、その先の場所では加速してバラバラに広がることをいう。同じ道路でたくさんのクルマを流したいなら、この「アコーディオン効果」が起こらないように配慮しなければならない。信号機はそれを引き起こす大きな原因となる。
 
 
 
→交通マヒ対策:一般道路60km/時、高速道路80km/時でコンスタントに走る、信号機制御を止める
 
 
 
交通弱者の問題は、速度も重量もケタ違いに大きく、したがって運動エネルギーが格段に大きなクルマと弱者が同居していることが原因だと言えよう。
 
 
 
→交通弱者対策:クルマとの完全分離、横断歩道では心理的にクルマが止まりやすいような構造にする
 
 
 
道路整備が進んで走りやすくなり、さらにクルマの性能も年々上るのに伴い、運転が単調でつまらなく眠気を誘うことが多くなった。道路設計で危険要素を丁寧に取り除いた結果、ドライバーは危険を感じることがなくなり、緊張感を失ってしまったのだ。
 
 
 
緊張感は面白さにもつながるので、若者がスピードを出して面白さを取り戻そうとするのは、心理的にはむしろ健康な反応と言えるかもしれない。
 
 
 
元々クルマの運転は危険なものである。であるにもかかわらず緊張感を失うのは逆に危ない。だから危険要素をすべて取り除くのは、ドライバーが人間であることを忘れた結果と言えるかもしれない。
 
 
 
→単調さ対策:ドライバーに軽い危機感・緊張感を与える設計とする
 
 
 
どうやら約60km/時でコンスタントに走ることが、交通事故、エミッション、そして交通マヒなどの問題を解決することになるようだ。全世界で速度規制が実施されている。しかし、交通事故やエミッション、交通渋滞などの諸問題はなかなか解決しない。
 
 
 
 
道路そのものは高速で走れるように設計しておいて、速度規制の看板で制御しようというのは、ドライバーの心理を無視したものとも言えよう。守れない者が出て効果が上がらないのも止むを得ない。こうした制御はハッキリ言って、根本的には何も変わらない「ハシゴ段のつぎ足し」ではないのか?
 
 
 
(山脇 正俊=近自然学研究家)
 
 
新しい道づくり〜安全で気持ちの良い道をつくる(3)
2004年11月04日 17時16分
前回指摘した、「死亡事故など重大事故の多発」、「排気ガスなどのエミッション(放出・発散)の増加」、「慢性的な交通マヒ」、「交通弱者への高い危険性」、「運転が単調でつまらなく眠気を誘う」という五つの問題に対する根本的な解決策が「近自然道路工法」だ。
 
 
 
5.新しい道づくりの提案:近自然道路工法
 
 
*速度規制しなくても、60km/時でコンスタントにスムースに走れる道づくり
*停止・発進を繰り返さざるを得ない信号機制御を減らし、多くのクルマをうまく流す
*クルマと自転車・歩行者・野生動物などはできるだけ分離する
*ドライバーの心理に配慮し、軽い危機感・緊張感を与える
 
 
 
具体的にいうと、新しい道は「狭く、左右にワインディングし、上下にアップダウンし、木々で見通しが悪く、夜は暗く、交差点はロータリーで制御する」ものとなる。
 
 
 
…それでは危ないではないか!
 
 
 
その通りである。つまり、意図的に「軽い危機感・緊張感をドライバーに与える道づくり」なのだ。また、交通弱者である歩行者や自転車や野生動物は、遊歩道、サイクリングロード、エコロードなどにより、クルマから分離するのも前提である。
 
 
さらに、交差点、横断歩道、村の入り口など、特に危険な場所では、島状の中央分離帯などによって道幅を狭める。つまり、ドライバーが危険だと感じる要素を実現するのである。危険な場所で減速するのは当然で、心理的なストレスを感じることなく減速または停止することができる。
 
 
 
交差点を信号機制御からロータリー制御にすると、不要な停止と発進が激減(無意味な信号待ちのイライラが減り、不満解消の急発進も減る)してエミッションが減る。
 
 
木々を植栽するなどして見通しを悪くしたロータリーは、ドライバーにとっては危険要素なので、速度を落とすことが心理的な負担とならない。つまり当たり前になるのだ。これで重大事故が減ると共に、交差点内の速度が落ちて車間距離が小さくなる。すると道路の利用率が上がるので、多くのクルマを一度にさばけるようになる。
 
 
 
この手法により、恒常的な渋滞が解消した例が、スイス・ドイツには数多くある。ロータリーではUターンも自由自在で、停電で大混乱することもない。大変合理的なシステムと言えよう。
 
 
 
21世紀の新しい道は、従来とは正反対の形となる。
 
 
 
6.クルマ主体から人間主体へ
 
 
ドライバーの心理を尊重したり、交通弱者に配慮するのは、従来のクルマ主体の道づくりから人間主体の道づくりへの転換を意味する。そしてそれは、人間主体のまちづくり、国づくりでもある。
 
 
 
7.「ランドシャフト(気持ち良さ)」:環境を評価するための新しい基準
 
 
人間主体と言えば、「ランドシャフト」を忘れることができない。
 
 
 
ドイツ語の「ランドシャフト」は、日本で最初「景観」と訳された。しかし、今日ではこの訳は不正確とされる。見た目だけのことではないからである。そこで「景域・風景・風土・情景」という表現も出てきた。この中では「情景」が最も的を射たものだろう。
 
 
 
正確には、我々が「五感と心」で感じるもののことを指す。風景の見た目はもちろん、風の音、若葉の香り、せせらぎの冷たさ、食べ物の旨さ、そして雄大な自然に接する感動……。
 
 
 
これらすべてがランドシャフトである。
 
 
 
 
 
 
だから良いランドシャフトとは「気持ち良い」、「心地よい」、「快い」、「心が震える」ことと言うこともできよう。「気持ち良い」というと、快楽主義と受け取られるかもしれないが、そうではない。
 
 
 
人類の歴史の中で、我々の五感は危険を察知するセンサーとして発達してきた。我々の祖先にはこの優れた能力があったからこそ、多くの危機を乗り越えて、生き延びることができたのであろう。だから今、我々が存在するのである。そういうわけで、我々には、危険と安全を本能的に見分ける能力があると思われる。それが快感と不快感なのだ。
 
 
 
五感に違和感がある「不快な」状況には、そこに危険が潜んでいる可能性を我々が直感していると言えよう。逆に、五感に違和感がない「気持ち良い」状態は安全で生き延びる可能性が大きいわけだ。
 
 
 
そこで、環境を直感的に評価するための新しい基準として「ランドシャフト」を提案したい。つまり、「気持ち良い」かどうかをも加えて環境を評価するのである。
 
 
 
このランドシャフト(気持ち良さ)がスイス・ドイツの道づくりや川づくりなどの土木工事では重視されている。そのためにプロジェクトには必ず景観工学家(日本では造園家に近い分野であろう)の参加が義務づけられているのである。
 
 
 
(山脇 正俊=近自然学研究家)