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【全文掲載】 『ねっとわーく京都』 2003年12月号
(http://www.shisyokuro.ne.jp/~network/zenbun/z0312_tokushu.html)
 
特集 京都を走れ!! LRT
ひとと環境にやさしいLRTの導入を今こそ
  ――魅力的な公共交通創造で京都市再生を
 
 
土居 靖範(立命館大学 経営学部教授)
 
 
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一 世界の都市交通政策の流れは変わった
 ――日本でも金沢市等は意欲的に
 
 現在、京都では京都高速道路の建設が大規模に進められています。この道路建設のねらいとして京都市は、市内に入る周辺地域での道路混雑で、自動車が都市内にスムーズに入れないことが京都「活性化」の阻害要因だとし、道路渋滞を解決し京都を「活性化」するためとし、京都市内部にダイレクトに自動車を乗入れさせようというものです。
 
 この道路建設に対しては沿線の住民を中心に幅広い反対運動が展開されていることは周知の通りです。京都市は自動車交通需要の増大に追随し道路建設を続けるという方向を相変わらず追求していますが、高速道路をつくり、市内中心部に大量の自動車を流入させることは、大気汚染と道路渋滞にまみれた一層魅力のない、不健康な京都に追いやる愚挙といえます。自動車交通需要の増大にもっぱら追随し道路建設を続けるという政策は、なんらの効果ももたらさず、逆に災厄をもたらすことは世界的に検証されています。今や世界の都市交通政策の流れは、そうした道路供給一辺倒の自動車追随政策から、「交通需要マネジメント(Transportation Demand Management:頭文字をとってTDMと略称)」政策と呼ばれる、自動車交通量そのものを抑制して交通全体を合理的にマネジメントする方向に大きく転換してきているからです。
 
 TDM政策は車社会からの転換を目指すもので、都市における具体的な自動車の総量抑制の施策としては、都市内への自動車乗り入れ規制、相乗りの勧奨、ロード・プライシング(Road Pricing)、パーク・アンド・ライド(P & R)、トランジットモール(Transit Mall)など様々ありますが、自動車先進国のアメリカをはじめヨーロッパの諸都市を中心に、アジアでもシンガポールやソウル等で採用されています。日本でも金沢市や鎌倉市等で「社会実験」の手法で導入され、検討されています。
 
 現在世界発信している先進的な都市では「自動車依存」からの脱却・持続可能な交通システムの構築に向かっています。都心の機能マヒや環境悪化をもたらしているクルマを締め出し、ひとに優しい、環境に優しい公共交通の構築が追求されています。過度の自動車利用から転換する受け皿として、ひとと環境にやさしい公共交通機関のLRT(Light Rail Transit の頭文字をとって、LRTと略称)が欧米諸都市で続々と登場してきているのも、大きな特徴といえます。TDMとLRTがいわばセットとなり、魅力なまちづくりを展開し、活性化し再生している都市が世界発信しているのです。
 
 LRTの定義として、旧来のトラム・路面電車を近年の技術を使って発展させた、ひとと環境にやさしい近代的路面電車と定義されますが、その特質を箇条書きで列記しておきます。
 
電気を動力とするため、都市の空気を汚さない。バス等のディーゼル自動車に比べ環境負荷が極めて少ない。とりわけ地球温暖化防止に大きく貢献しうる。
LRTの車両は軽量のため滑らかで静かな走行ができ(レール下部を合成樹脂や防震ゴムで巻いて路盤と固定する等)、騒音・振動が極めて少ない。
 車内に段差がなく、車輪も小さく床が低いので路面から水平移動で乗り降りができる。高齢者や車椅子利用者はもちろん、誰もが利用しやすい、すなわちユニバーサルデザインの交通機関である。
4両連接等多編成により輸送力は大きい。線路内に自動車車両の乗り入れを規制することで、定時性を確保し、交通機関としての信頼性が高い。走行経路が分かりよい。
建設コストや運営コストが地下鉄その他モノレールと比べて相対的に廉価である。
走行は路面はもとより、高架、地下、路下も可能で、柔軟性の高い施設形態が選択できる。JRや私鉄、地下鉄といった従来の鉄道システムとの相互乗り入れもレール幅(ゲージ)が同じであればが可能で、極めてオープンなシステムといえる。既存の路面電車からの発展も可能である。
車両デザインにもよるが、そのまちのシンボル、および観光対象にもなる。
都市再生の切り札となりうる。またLRTで人々が自由にいきいきと移動出来ることで、病院や介護保険のお世話になる層が減少する効果もある。
トランジット・モールへの導入により、にぎわいのあるまちづくりを誘引し、中心市街地が活性化する効果を持つ。窓が大きく明るい車内照明の走行車両は中心市街地の治安悪化を防止する効果もある。
 ヨーロッパでトラムと呼称される路面電車は、戦前から日本各地でも活躍し、「チンチン電車」として人々に愛されてきました。戦後高度経済成長期のクルマ社会の到来の中で、1970年代には少数の地方都市などを除き、事実上姿を消し、バス、そして地下鉄・「新交通システム」に置き換えられてしまいました。残っている路面電車は毎年のように路線廃止や廃業が出ており、古い交通機関として今まさに消え去りつつある状況で推移してきました。ヨーロッパ諸都市でもフランスやイギリスでは日本同様に廃止されたところが多かったのです。
 
 しかし欧米等では1980年以降2001年までに全く新たに、あるいは路面電車が廃止された所に新しくLRTが導入された都市は五四都市にも及んでいます。その後も続々と開業しており、こうした潮流は「トラム革命」(あるいは「路面電車ルネッサンス」)と称され、北米や英国に伝播し、世界に波及してきています。「トラム革命」とは従来のトラム(路面電車)から、スーパー・トラムあるいはLRTといわれる新型路面電車への大転換を表します。
 
 写真のLRTは1994年12月にフランスのストラスブールに32年ぶりに復活したもので、愛称「ユーロトラム」と呼ばれています。中心市街地がトランジットモール化で著しく活性化したことや、まちづくりに導入したデザインの斬新さ等から世界発信しています。しかしLRT導入は決してスムーズにいったわけではありません。1989年の市長選が、これをきめた大きな分かれ道でした。大気汚染にまみれ、道路渋滞で呻吟するストラスブールを根本的に改善する方針がこの市長選の最大の争点で、具体的には新交通システムのVAL(神戸市のポートライナー、大阪市のニュートラムのような新交通システムの車両が、もっぱら地下で運行)か、LRTかの選択をめぐってでした。VAL建設を公約した対立候補を破ったのがLRTを推すカトリーヌ・トロットマン(Catherine Trautmann)女史でした。新市長は、同年10月トラムウエイ計画を公表し、グルノーブルの都市交通計画を主導した都市計画者アラン・メネトウ氏を招聘し、都心部の通過交通の抑制とLRT整備を主体とするストラスブールの交通計画の策定を始めました。それが着々と実現しているのです。その後「ユーロトラム」の路線は延伸され、新路線も開業し、きめ細かいネットワークを形成しています。
 
 LRTは路面から段差なく乗り降りできる超低床車、音も静かでデザインもスマート、スピードも出ます。電気をエネルギーにしていますので、排気ガスは出ません。EU(ヨーロッパ連合)の共通政策として、LRTはマイカー抑制の受け皿・環境問題の解決・地域開発・都心の空洞化対策などを具体化するものとして位置づけられ、「上下分離方式」の採用で積極的に建設が進められています。上下分離方式とは 鉄軌道を道路と同じ社会インフラとみなし、基礎部分(下の部分)を国・自治体の出費で全面的に建設を進める方式です。事業者は運行面(上の部分)で出来るだけ収支を償うことが望まれていますが、運賃はマイカー・モータリゼーションを抑制する視点からも低く設定されているのが特徴です。
 
 そうした欧米でのLRTとしての復活や新規導入の潮流を受けて、日本でも1987年末に京都で開催された第三回地球温暖化防止議定締結国会議・COP3に先駆け、同年8月から熊本市交通局がドイツの電車メーカーの技術を導入し製作した超低床新型車両を1編成走らせており、これが「熊本効果」と称せられるほどの全国発信をしました。ヨーロッパのトラム革命を日本の人々が具体的に理解し体験しうる条件が出来たのです。1999年6月からは広島電鉄がドイツから直輸入の超低床新型電車「グリーン・ムーバー」を運行し、現在では12編成が走っている「広島効果」は極めて大きいといえます。
 
 2002年に入ってアルナ車両の製作による国産車のLRV(LRT用の新しい路面電車用車両をLRVと呼んでいます)が、新車では鹿児島市交通局、伊予鉄道、土佐電気鉄道で、また部分低床の改造車では函館市交通局で運行されています。また岡山電気軌道では新潟鉄鋼が製作した新車、愛称「モモ」が運行されています。
 
 
 
二 京都こそLRTがふさわしい
 
 こうした欧米諸都市のLRT導入・復活の動き等を受けて、日本の各地でもLRT導入の芽が、とりわけ環境問題や中心市街地の再生とのからみで吹き出してきています。現在、日本でLRTの新設を目指そうとの提案や運動のある都市を列挙すると、小樽市/仙台市/宇都宮市/前橋市/さいたま市/東京都江東区/同中央区/同東多摩地区/横浜市/川崎市/静岡市/名古屋市/金沢市/大津市/京都市/奈良市/枚方市/神戸市/松江市などがあります。この中には具体的な建設路線が提案・検討されているところも多いのです。
 
 果たして、どの都市がLRTの新設を最初に行うか、既存の路面電車事業者のLRTへの移行や路線延伸の動向とともに、大いなる関心が高まってきています。
 
 歴史都市京都・観光都市京都には,それにふさわしい交通施設が必要といえます。それは大阪や東京にあるグロテスクで、かつ非人間的な高架の高速道路ではけっしてないと私は思います。世界に誇る「木造りの都市」京都は市域の外周を土壁ででも囲んで、その付近にはマイカーを留め置く駐車場を設け,LRTを始めとする公共交通機関に乗りかえてもらう。トラックは周辺ターミナルで貨物をおろし、共同集配用の小型ないし軽の電気トラックに積み替えて市内に入って来てもらうのです。旅客の公共交通機関としては,スマートで流れるように静かに路面を走る近代的なLRTを導入します。ゆくゆくは京都市内全域と郊外への延伸できめ細かい路線ネットワークを形成することが必要ですが、まずは京福電車嵐山線終点の四条大宮駅から四条通を八坂神社石段下までを走らせてはどうでしょうか。京都最大の繁華街で観光客も多く訪れる界隈ですから、極めてインパクトがあります。中心市街地が活性化し、お客が戻ってきたストラスブールのように、中心部へのクルマの乗り入れを認めず、トランジットモール(Transit Mall)にするのです。LRTは車道中央部ではなく、ぜひ歩道寄りを走らせたい。そうすれば歩道がそのままプラットホームとなり、超低床式の車内に水平で出入りでき、今後の長寿社会にふさわしい、ひとにやさしい乗り物となります。LRTがスマートに流れるように静かに路面を走っているその姿を想像しただけでも楽しいと思いませんか。
 
 アメリカのポートランドやイギリスのマンチェスターをはじめ欧米の都市で新たにLRTが登場し,都市交通の主人公として大いに活躍しているように,これはけっして夢ではありません。京都は交通で,それもLRTで世界に勝負をかけるべきです。そうすれば時間がゆっくりと流れて,人々はいつまでも住み続けたい,あるいはまた来てみたいと思うことでしょう。
 
 このようにLRTは、ひとと環境にやさしいのが特徴で、私は京都で21世紀の都市交通の主役として位置づけ積極的に導入をはかるべきだとこれまでから主張してきました。たとえば京都道路問題住民研究会の京都の交通グランドプラン(土居 靖範編著『まちづくりと交通』つむぎ出版、1997年11月刊)で具体的に次の三路線のネットワークをあげています。
 
(京福電車嵐山線)四条大宮駅から四条通を、八坂神社石段下まで。それと河原町通の御池から七条・京都駅前まで。
(京福電車北野線)白梅町駅から今出川通を銀閣寺まで。
河原町通、西大路通、北大路通、東大路通、七条通を周回する環状線。
 京都は東京や大阪とちがい市域の広さがヨーロッパの都市に似ているので、LRTの似合うまちといえます。京都のまちに超低床式のLRTを導入すると、床が路面から20センチと驚くほど低いため、車イスの人でも楽に乗り降りできます。また乗降扉が広いので乗り降りに手間どらず、平均の走行速度は上がります。車内で乗客一人一人から料金を受けとる方式をやめれば、すなわち「信用乗車制」を取り入れれば、停留所の停車時間が極めて少なくてすみます。料金収受をどうしても車内ですることが必要であれば、非接触のICカードの導入や共通運賃制等を検討すべきでしょう。
 
 
 
三 LRTが京都を救う ――今、京都再生の大きな分かれ道に
 
 京都は、深刻な都市交通の危機に見舞われています。これはなにも最近始まったものではありません。モータリゼーションの進展とともに加速度的に年々深刻さを深めつつあり、慢性化してき、人々はこの点について今や多分に不感症というか、あきらめています。危機の内容は,自動車交通による道路渋滞・交通マヒにより、市内および都市内外間の移動が困難になってきていること。大気汚染を始めとする環境の悪化・深刻化、自動車交通事故による住民の肉体や精神の損傷等々が代表的なものといえます。中心市街地の空洞化や居住民の郊外部転出も目立ってきていますが、これもモータリゼーションが大きな引き金になっています。
 
 世界遺産に指定された社寺仏閣等が多く存在し、毎年内外の観光客が3800万人も訪れる京都ですが、クルマ公害で汚染され、景観も雑然とし、魅力の乏しい京都をこのまま衰退するままに任せておいて良いものでしょうか。
 
 増大するクルマに対応するため、道路づくりや地下鉄建設に邁進してきた京都市政ですが、今大きな分かれ道に来ています。財政負担からもこのまま突き進めば破綻し、まさに瀕死に至ります。京都市は2001年10月に「財政非常事態宣言」を出しており、財政危機に拍車をかける京都高速道路建設や地下鉄延伸計画を早晩中止することになるでしょう。
 
 京都においては、LRTを、ひとと環境にやさしい都市交通機関として、早急に導入すべきです。今始めないと都市再生は永遠に来ないと私は考えます。LRTの導入を軸とした21世紀の京都のまちづくりが切に求められているのです。
 
 観光客にとっても、LRTは極めて魅了ある乗り物といえます。またLRT自体が観光資源になり、観光関連産業は潤い、観光都市京都のシンボルとしても大きく世界発信のすることは間違いありません。
 
 このようにLRTのもつ機能は多様です。決して単に誰もが利用できる乗り物だけではない点を確認することが重要と思われます。水平に動くエレベーター・エスカレータといった都市の装置、いわば「動く公共施設」とも位置づけられるべきなのです。
 
 
 
四 実現するために どうすれば良いか
 
 LRTの新規導入を現実化する要因はいくつも出てきています。京都でもLRTの導入は単なる可能性から、極めて現実性の高いものになってきています。それは、最近京都市内へのLRTの導入プランが、各方面から相次いで出されるようになってきていることからも明らかです。
 
 たとえば――、
 
 
今電会(今出川通に路面電車を走らせる実行委員会)が1999年6月に設立され、積極的な導入運動を展開
京都弁護士会が1999年秋に開催したシンポジュウムや、近畿弁護士会が2001年開催のシンポジュウム等でLRT導入を提案
京都商工会議所が『次世代型電車(LRT)導入検討報告書』を2001年10月刊行
京交運(交通運輸労働組合京都地方協議会)は『人にやさしい交通で京都のまちづくりを』の提案リーフを2001年10月発行し、市民に幅広く呼びかける運動を展開
 
 特に商工業者団体や労働界の提案が出されて一挙に導入前夜の様相を呈するに至ったといえます。あと一押しのターニング・ポイントは京都市の市政転換となります。
 
 京都市は2001年に策定した「京都市基本計画」で次世代型路面電車の検討を取り上げ、調査費がついてはいますが、行政サイドの具体的な動きは市民に全く見えません。
 
 LRT導入を日本で実現するには、政府・自治体の強力な施策の展開が緊急の課題であること。とりわけ「地方分権化」を早急にすすめ、地方自治体に地域の交通政策を立案し、実現する権限や財源を与えることが最優先の課題となります。
 
 政府が現在進めつつある採算性追求一辺倒で、中央集権型の公共交通事業の規制緩和ではなく、地方自治体に大きく軸足を移した、都市交通全体のコントロール、ないしマネジメントが出来る枠組みのもとでの公共交通機関に変えないと、21世紀の都市交通新生の展望はないと考えます。
 
 
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