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★大前研一氏講演録・全文公開 「答えのない世界」を生き抜く鉄則 大前研一
 
「答えを教えて欲しい、そうすればうまくやってのけるのに」。進んでいる他国や他社から熱心に学ぶ姿勢は、かつて日本人の長所であったが、現在は短所になっている。「答えのない世界」に今、我々はいるからだ。ではどうすべきか。それを考える一助として、大前研一氏が2006年10月25日に「『答えのない世界』を生き抜く鉄則」と題して行った講演の内容を紹介する。これは、日経コンピュータ創刊25周年記念セミナー「ITがもたらすビジネス・イノベーション」における基調講演であった。講演時期から8カ月あまりが経過しているものの、講演に込められたメッセージは不変・普遍である。(写真:栗原 克己)
 
 
 
 おはようございます。日経コンピュータ創刊25周年、誠におめでとうございます。25周年ということですから、この25年間に起こった世界の色々な出来事を私なりに考えてみます。いかにこの世の中の変化が激しいか、また変化の勢いがいかに加速しているのかが分かります。いい機会ですので、皆さんもこの25年間、どんなことが起こったのか、ぜひご自分で考えていただきたいと思います。
 
 さて25年前の1981年、世界最大の会社はどこだったでしょうか。答えはアメリカのAT&Tです。その後1984年にAT&Tは分割されてしまい、今ではもうありません。2005年に、もともとAT&Tから分離されて誕生した、ベビーベルという地域通信会社の1社(SBCコミュニケーションズ)に買収されてしまったからです。買収した会社が社名をAT&Tに変更したので、その名前だけはなんとか残っていますけれど、会社としては無くなってしまった。また、25年前、社員数が一番多かった会社はどこだったでしょうか。答えはGMです。現在のGMは社員数を当時の半分に減らしても、まだ利益を確保しにくい状態です。
 
 25年前というと1981年、日米貿易戦争が非常にきつくなっていた時期です。私は、アメリカのテレビ、あるいは衛星テレビで日米貿易戦争の討論をほとんど毎晩のように見ていました。日本企業においては、アメリカと一体どうやっていくかということが大きな悩みになっていたわけです。
 
 今でもあまり変わってないところがありますけれども、当時の日本企業はアメリカにおいて数千件もの訴訟を抱えており、ほとんどの企業がアメリカのビジネスで赤字という状況にありました。ところが、去年(2005年)1年間を見ると、アメリカに進出している日本企業のなんと90%は現地で黒字になっている。まさに隔世の感があります。
 
 1981年から数年がたって、日米貿易戦争に決着をつけるものとして、プラザ合意が成立しました。これが1985年のことです。1985年というのは、本日の講演テーマとも関係しますけれども、21世紀のことを考えるのに、実は起点となる年なんです。1985年に、21世紀を左右する色々なことが起こった。こういうふうに考えていい。その一つは、日本が非常に辛い思いをしたプラザ合意です。プラザ合意の時、1ドル235円だった円が、1994年には84円にまでいってしまう。かつての1ドル360円の固定相場の時代に比べ、実に4倍もの円高に見舞われたわけです。
 
 今、韓国や中国が貿易黒字になっておりますけれども、仮にウォンや人民元が4倍の強さになったらどうでしょう。これらの国はかつての日本とは違って、おそらく生き残れません。日本企業が1985年以降、20年間にわたって、いかにイノベーションやコストダウンに取り組んできたかということです。世界のあらゆるところで、円だけによらない、私が当時よく言っていた言葉で言いますと「カレンシー・ニュートラル」、つまり為替がどんな値段になっても利益を出す、ということに日本企業は取り組んできた。だから今日、非常に好調というわけです。この20年間の苦労と学んだことを、次の世代はしっかり受け継がないといけない、こういうふうに思います。
 
 韓国と中国について、もうすこし見てみましょう。今の1ドル1000ウォンから255ウォンになったとき、韓国で生き残る企業がいったい何社あるか。答えはゼロです。今の若干の円安状況において、韓国企業はアメリカ市場で日本企業に対する競争力を失っていますから。基幹部品と工作機械を輸入して組み立て加工する、しかも最近では韓国内ではなくて、紅海を渡った反対側の沿海とか、天津、青島で組み立て、それから釜山経由で輸出し、韓国から出荷したことにしている。こういう“パススルー経済”の韓国は、4倍のウォン高には、ほぼ確実に対応できないと思います。
 
 中国の場合、儲かっている会社は、人民元と労務費の安さに支えられていますので、これが例えば4人民元が1ドルと今の3倍ぐらいになってくると、おそらく間違いなくほとんどすべての中国の企業家は国内志向になるでしょう。デベロッパーになって土地で儲けるという、商業資本の方に戻るわけです。今、中国では、工業資本がようやく芽生えつつありますけれど、そういうふうになってしまう。
 
 自国通貨が強くなっても、対外競争力を失わなかったのは日本とドイツだけです。繰り返しますけれども、こういった貴重な経験を今の我々世代とその次ぐらいの世代までの人たちは、次のさらに若い世代に伝えていかないといけない。このように思います。
 
「悪い点をいくら直しても、よくはならない」
 
 1985年に起こったもう一つのことをお話しましょう。ゴルバチョフの登場です。もうすっかり忘れられた人になっているゴルバチョフ、彼がいなかったらソ連邦はあのような形で崩壊してなかったのではないか。やはりグラスノスチとペレストロイカ、それから起きたソ連邦の崩壊、このあたりを歴史的にもう一度よく分析しておく必要があります。今日、ロシアと中国でなぜこんなに大きな違いができてしまったのかということを知る上でも、ソ連邦の崩壊は重要な意味を持っています。
 
 ソ連邦が崩壊した理由は、ゴルバチョフが当時のソ連邦の問題点を熟知していたからです。彼はモスクワ大学を出た極めて優秀な人間です。その彼が色々と分析した結果、グラスノスチとペレストロイカ、つまりゴルバチョフ革命を断行した。すなわち、自由主義経済というか市場経済に移行する。不透明な情報を透明にしてしまうグラスノスチをやって、隠れていたことを明らかにする。こういうことをやりました。当時のソ連邦の悪い点を書き出して、一つずつ直していくというのがゴルバチョフ革命でした。結果としてソ連邦は無くなってしまった。
 
 国家でも会社でも、悪い点を全部書き出してそれを直そうとしても、いい国やいい会社に決してなりません。悪い点のない国、悪い点のない会社、面白くもおかしくもない、競争力も何もない国や会社になってしまうんですね。
 
 今の日本の経済諮問会議とか、骨太の計画とやらを見ていると、まったくゴルバチョフ流改善のデッドコピーじゃないですか。経済諮問会議が出してきた改善点は265もあります。私はコンサルタントですけれども、頼まれて企業の改革をやるときに、265も悪い点があったらこう言います。「諦めましょう、死んで下さい」と。265も問題があるということは、もっと抜本的な問題があるに違いない。そこをちゃんと凝視しないで、悪い点を一つずつ改善しようということではいいものは生まれません。
 
 特に21世紀の新しい時代には、新しいものを生み出していって、それをとことん強くしていかないと企業はよくなりません。例えば、アスクルです。アスクルの誕生前夜、要するに、プラスは文具の世界でコクヨと戦いようがなかった。プラスの中で、社内プロジェクトをやって検討したら、どう考えてもコクヨが強いと。そこで、コクヨとは全然違う、デリバリー型のビジネスモデルを岩田(彰一郎、アスクル社長)さんが考えたわけですけれど、プラスの社長は自社でやる決断はできなかった。それでもやりたいと岩田さんが言ったから、それなら外でやってみなさい、と言われたんですね。プラスは資本と人を2人出し、岩田さんは3人でアスクルを始めた。結果は皆さん、よくご存じと思います。
 
 ゼロからスタートするのがどのぐらい強いか、ということです。新しい時代には、古いものを直してもダメです。あるいは、まあまあ古いものを残して、新しいことを一緒にやる。andの経営と言いますが、新旧をandで結び付ける、これもまったくダメです。andの経営は成り立たない、これが新しい時代です。
 
 
 今の時代はorの経営が必要です。更地に新しいモデルを作ってしまう。そうすると、コクヨもびっくりということになります。しかも、独立してやれと言われたので、プラスの商品を売るためだけのデリバリーモデルではなく、どこの商品であっても遠慮なく扱えた。これがアスクルの成功の鍵です。
 
 新しい時代には新しいものを生み出していくんだ、古いものを直してもダメなんだ、これがソ連邦が我々に残した最大の教訓だと思っています。一方、中国はトウ小平が改革開放路線を1992年からかなり加速させました。こちらは非常にクレバーです。すなわち言っていることを変えなかった。つまり、共産主義で言っていることを変えない、でも経済については統治機構を抜本的に変えてしまいました。
 
 中国は今、政治的には昔通りの中央集権ですけれども、経済的には完全に地方自治になり、しかもその権限が市長さんに委譲されています。日本の市長さんはほとんど何も決めることができませんけれども、中国の市長さんは大抵のことを決められます。
 
 もちろん共産党の一党支配がありますから、市長が変なことをしたら即クビになりますし、そもそも市長を人民が選ぶわけではないというところはありますけれども、一つの国に政治と経済、二つの制度があると言いますか、なんともしたたかな体制になった。経済について言えば、今の中国の制度は赤裸々な資本主義です。イギリス産業革命の直後、D.H.ロレンスなんかが書いていたような、ああいう資本主義です。言葉は共産主義、経済は資本主義、政治は全体主義、民主主義はなし、選挙もなし、というわけです。
 
 ですから便利です。選挙もしないでどんどん経済政策を進められる。中国は1年間に1万5000キロぐらいの道路を造ってしまう。市長が地図に赤い線を引いて、ここに道路を造る、だからどけ、と言ったら終わりです。そもそも土地は全部、共産党が持っていますから。このように中国はこと経済については完全な分権化社会に入っています。ところが、ロシアはいまだに中央集権のままです、極東ロシアの開発などで、てこずっている理由はすべての案件がモスクワ決裁となっているからです。
 
 日本はどちらでしょうか。言うまでもないですね。ようやく道州制というテーマが俎上に載るようになりましたけれど、日本の体制は旧ソ連邦と同じ中央集権のままです。細川(護熙、元熊本県知事・首相)さんの有名な発言に、熊本市のバス停を30メーター動かすために、当時の運輸省までお願いに行った、というものがありました。バス停の位置ですよ。大きな突破口が必要になってきていると思っています。
 
マイクロソフトWindowsが世界にもたらしたもの
 
 プラザ合意、ゴルバチョフの登場と並んで、1985年にはさらにもう一つ、大きな出来事がありました。Windowsのバージョン1が導入されたことです。Windowsの大成功によって、マイクロソフトのビル・ゲイツは世界一の金持ちになるわけです。Windowsというのは、競合他社の基本ソフトの真似だとか、独禁法違反だとか、色々言われてきましたけれども、今では皆さんの染色体の中に入ってしまったのではないかというぐらい普及してしまった。世界中のパソコンの基本ソフト市場の9割弱を握っている。Windowsがあるがために、世界各国のパソコン上で世界中の言語を交換しあえる。我々は昔に比べると比較にならないぐらい、コミュニケーションが密にとれるようになっています。
 
 例えば、私はブラウザーとWindows Media Playerを使って、ビジネス・ブレークスルー大学院大学という大学院を運営しています。この大学院の講義そのものは、ビデオオンデマンドで提供されます。社会人学生であれば、働きながら、パソコンから大学院に参加できます。日本にいる人だけではなく、世界中どこにいても、いつでも、ビデオで講義を見て、それからインターネット上にあるクラスルームに入ってきてディスカッションをして、MBAがとれる。この仕組みをAirCampusと言います。
 
 過去の講義のビデオは4500時間分ありまして、AirSearchという仕組みでビデオの検索ができます。勉強したいキーワードを入れると、すぐ講師の話が始まるという仕組みを開発したのです。このAirCampusはマイクロソフトもびっくりするような仕組みですけれども、こういったことがWindowsプラットフォーム上で可能になった。
 
 今年は一つ変化をつけようと、株式・資産形成講座というのを始めました。これは大学院のオープンカレッジとしてやったのです。平均10%の利回りぐらいで運用できるようにしよう、そういうことをまじめに半年間のオープンカレッジで学んでいこうという主旨です。日本の為替管理法では、世界中どこに投資してもいいことになっています。ただ勇気がないからやらない。勇気は本日の講演の中心テーマでもあります。人のやったことがない新しいことをやるには勇気がいります。オープンカレッジに、団塊の世代の方々、退職に対して備えようという人がたくさん来ると思っていましたけれども、20代から70いくつの方まで、わっと来られました。
 
 世界中どこに投資してもいいけれども、20年間も円高で苦しんできたので、外国投資となると為替が怖いと思ってしまう。ただ、この5〜6年を見ると為替はほとんど動いていません。1ドル360円が84円にまでなってしまうという、20年間の最初のほうを見ると怖い。けれども、利回りの高いところで運用した方が長期投資には耐える、という世間的には常識的なところに、日本の多くの人は行くでしょう。
 
 そうすると日本国内の利回り0.1%のところに資産を置いておく人はほとんどいなくなっていくだろうと、このように私は思っています。ただし、日本人の場合、一つひとつ具体的に説明して、こういうふうにしないとダメです、というところまで教えないと、なかなかやらない。これが日本の学校教育がもたらした最も困った点ですね。教えるほうには指導要領があって、勉強するほうには参考書がある。ビデオゲームですら、難しいものの場合、攻略本から入っていきますから。どうもそういうものがないと日本人は動かない。これは、日本人の一大特徴です。
 
 これに対し、アメリカ人は勝手にユーロにどんどん投資する。彼らは何と言っても、一番有利なところに持っていってしまう。中国人も自由になったら放っておいても、ばーっと世界中に投資するでしょう。彼らのお金はすぐに散らばると思いますね。
 
本物の経営者を見抜く力はマスコミにない
 
 いずれにしましても、1985年に一連の大きな変化が起こり、それからさらに21年が経った。“AG21”というわけです。AGとは、アフター・ゲイツのことです。今は世の中がもっと早く動いていますよね。去年の今頃(2005年10月)のことを皆さんは覚えていますか。日本企業にようやく明かりが差してきたという感じでした。そして時代の寵児とか、ITの寵児とか、もてはやされた人が出た。名前を覚えていますか。村上(世彰、M&Aコンサルティング前代表)、堀江(貴文、ライブドア前社長)、そして宇野(康秀、USEN社長)、三木谷(浩史、楽天社長)。彼らの共通項は、プロ野球のチームを買いたがったこと。変わった趣味をお持ちですよね。
 
 今日ここにはマスコミの方も来ておられるでしょうけれども、マスコミの方は本物の経営者を見抜く力がまったくありません。私は当時、「時代の寵児の弔事を読むのもそう遠いことではない」と書いた。「ちょうじのちょうじ」という、おじんギャグで大変申し訳なかったのですが、村上や堀江を「単なるグリーンメーラー(株式を買い集め、当該企業に高値で買い取らせる買収者)」と呼んだら、マスコミの人から「時代の寵児に対してグリーンメーラーとは何ですか」と怒られました。「それではT・ブーン・ピケンズ(1989年に小糸製作所の筆頭株主になり、数々の要求を出した)と同じじゃないですか」とも言われた。「ブーン・ピケンズの方がまだいい」と私は反論したのですけれども、そういうことがあったのが去年の今ごろ(2005年10月)です。
 
 年が明けたら、舞台は暗転し、舞い上がった企業の株価の調整が行われました。楽天は2005年12月から2006年1月にかけて12万円になった。それでも私は「楽天の株価について楽天的になれない」と言ったり書いたりしました。グーグルの影響というものを考えてごらんと。グーグルはいずれ決済機構を持つ。世界中の売り手がやって来たときに、グーグルは売り手と買い手が一番短時間で出会える場所になる可能性がある。従って電子商店街に登録してないと買い物ができない楽天のようなモール型ではなくて、グーグルのような売りたい人と買いたい人が直接出会える方式が主流になっていくと。
 
 楽天がTBSに資本参加したとき、私は日本の週刊誌数誌に「誤った戦略である」と書きました。ポータルサイトを標榜したいのであれば、すべてのコンテンツプロバイダーと等距離にならないといけない。これは鉄則です。TBSだけ特別です、と言っていたらポータルを維持できません。従って1000億円もかける意味はまったくない。こう書いたら、三木谷さんはご立腹されて私の事務所に来ました。説明したら、すごすごと帰っていかれましたけれど、これは舞い上がった人間はいかに勉強しないかということを物語っていると思います。彼らは株式市場が評価してくれると、自分の会社がよくなったと思ってしまうんです。ところが、株式市場なんていうものは、企業をなかなか評価できないものなのです。
 
 売り手と買い手が直接出会うようになってきたときに、あるいは店やサービスを検索する「Googleローカル」のようなもので電話帳を置き換えていくような時代にどういうことが起こるか。ポイントはお金をどうやって払うかということです。グーグルに電子的な財布を登録しておく。グーグルの中にいると、どこへ飛んでもその財布が付いてくる。買いたいものに出会ったら、クリックして即決済。こういう仕組みが必ず出てきますよ、そうなったら、お客は特別なモールに集められたお店だけで買うわけはない、最適なショッピングが世界中ボーダーレスに行われるだろう。こういったことを当時、私は書いていました。
 
 それから1年たたずして、3カ月前(2006年6月29日)にGoogle Checkoutというサービスが発表された。イーベイのCEO(最高経営責任者)であるメグ・ウィットマンさんがもの凄く反発されましたね。イーベイはインターネット決済をてがけるペイパルを買っています。ペイパルの定型的な支払い機構を使わせようとしていたところに、グーグルがああいう動きをしたので、非常に頭にきたのだと思います。もっとも、両社はその後仲直りしていますけどね。
 
時代の寵児は勉強不足
 
 いずれにしましても、そういった世の中の動きや競合の次の一手が見えるのかどうかということが、非常に重要なんですけれども、いわゆるITの寵児という人たちはまったく勉強していない。むしろ今日お集まりの皆さんのように、普段からITや情報システムの勉強をしている、しかも最新の会社の動向まで含めて色々と議論している人たちの方が、先が見えるだろうと思います。
 
 寵児になって金持ちになると、なんとかヒルズでパーティーをやって、政治家と付き合ったりしてしまう。一番いけないのは、経団連の中に入っていくことですね。経団連なんかに入って19世紀の経済の人たちと付き合って、いいことなんてあるわけがないんです。
 
 そういう行動を取る人が経営している会社の株は売り、と言って、ほぼ間違いないと思います。世の中がこれだけの速さで動いているときに、弾から目を離したら急所をやられます。だから絶対に弾から目を離したらいけない。
 
 この1年で大きく変化したとお話しましたが、この1カ月を見ても大変な変化が起きています。USENについてさっきちょっと触れました。USENはインターネットを使った放送サービスGyaO(2005年4月から開始)で舞い上がっていた。これぞ日本の映像サービスのチャンピオンです、登録者は1000万人になります、と。実際、株価もすごかった。
 
 私はその当時、CMモデルで成功した例は世界にないと言っていました。GyaOの場合、最初の2分間、CMを見てくれたら、後は無料で映像を見られるという。しかし、CMはうっとうしいから必ずスキップしたくなる、あるいはスキップした映像を提供した人が勝つと、こう言っていたわけですね。
 
 ユーチューブは去年(2005年)の12月にオペレーションを開始した。その当時は、舞い上がっていなかったけれど、その後、一気に1日1億アクセス、登録する動画の数だけでも6万から日によっては10万という規模になった。もちろん違法の動画がたくさんありますけれども、ユーチューブのようなものが突然舞い上がり、グーグルがいきなり2000億円でもって買ってしまう(グーグルは2006年10月9日、株式交換でユーチューブを買収)。この段階へ来て、ようやく日本でも話題になりました。
 
 けれども、実は日本の若い人、高校生たちは一般の話題になる前から、ユーチューブのヘビーユーザーだったんですね。日本からのアクセスが一番多いんですから。どこから見に来ているか、インターネット上のフットプリントは全部分かります。グーグルのツールボックスを開けると、トラフィックを測るツールがあります。あるいはalexa.comというところでトラフィックを測ったら分かります。
 
 ですから世の中というのは、調べようと思ったらいくらでも先行指標があります。皆さんの作っておられる情報システムの中に先行指標はいくらでも見出せます。フットプリントを見ていて、GyaOが落ちてきてユーチューブが上がってきた、だからUSENは売り、ということが分かるわけです。証券アナリストが理解するのは、四半期の決算が出た後です。
 
日経コンピュータに評価されるだけではまずい
 
 今朝、この会場に来たとき、日経コンピュータの(2006年)10月2日号を拝見しました。25周年記念と銘打って、「企業のITランキング」という特集が載っている。ITの使いこなしで優れた企業のランキングが出ています。しかし、私の分析では、このランキングに入っている企業の半分くらいについて、株は売りと見ています。実際、私が売ったほうがよいと週刊誌に書いている企業が入っています。
 
 なぜかと言いますと、ITというのはすぐ時代後れになるんです。ITは色々プラスをもたらしますが、必ず、マイナスがある。それは、人々を縛るという側面です。いいシステムをがっちり作って従業員がその通りにやり始めて、日経コンピュータ誌の評価で見ると素晴らしい、となった頃には、ITが従業員を縛ってしまい、従業員は何も考えないで仕事をやるようになってしまいます。
 
 こういう側面を見落としてはいけません。今見るとすごくいいシステムだと、人もうらやむシステムだと言うけれども、そうなると人は考えなくなります。そしてシステムのアウトプットだけ見るようになる。今の日本のお医者さんみたいです。患者なんかほとんど見ないで計器の数字だけを見て、「まだ生きているようですね」なんて言う。1日の変化もグラフで見ないと分からない。「ちょっとこっちを触って下さい」と言っても触ってくれない。私も少し前にバイクで足を折って入退院を繰り返していましたので、よく分かります。「もっとこっちを見ろよ」と言いたくなるんですけれども、先生は「グラフを見て判断します」とこうきますよね。
 
 プレゼンテーションの時に、いつもPowerPointを使っている人も同じようなことになります。そういう人を見かけると、私は意地悪をしてパソコンの電源を切ってしまう。すると、次のプレゼンテーションが何か分からないまま、しゃべっている。でも頭の中に物語はないわけですよ。こういうのが今の問題です。
 
 皆さんはITを強化して素晴らしい情報システムを作っていかなければいけない。そして、日経コンピュータのランキングに入る。そこまでは名誉なことです。でも、その瞬間、人間の怠惰な性癖、つまりITに人間が依存してしまうという問題に直面する。そうすると、お客さんの顔が見えなくなるとか、会社の中の深層心理が見えなくなるとか、外部への情報漏洩を恐れて、がちがちの管理ができるようにしたら、社員のほとんどは仕事をやる気がしなくなっているとか、困ったことが次々に起きる。ITによって、こういう心理面がおろそかにされるということが最大の問題です。したがって、ある時はITを使って加速する。そのITでがちがちに固まってきた時には、それまでやってきたことを破壊する。このリズムが会社の経営にとって最も大切なんです。
 
 私は、日経コンピュータのランキングに出ている企業の中で、半数ぐらいについては、ITを強くしている場合ではないと申し上げたい。ITを強化しているよりも、経営トップが自ら、新しい方向の戦略を出す時だと思うわけです。例えば、ランキング2位になっている日立製作所はITをどんなに強くしてもダメですよ。
 
 今、日立の時価総額というのは2兆4000億円でしょう。ところが子会社を持っていますね。上場している会社が17社あります。その上場している会社17社の時価総額に、日立の持ち分を掛け算すると2兆円あるんです。だから日立本体の価格、7つの事業本部からなる巨大な本体、7兆円もの売り上げを誇る大きな本体の価格は4000億円しかない。ところがキャシュを1兆7000億円持っていますから、本体の価格は4000億円どころか、マイナス1兆3000億円となってしまう。ということは解体した方が価値があるということです。村上が元気だったら買いに走ったでしょう。
 
 日立にとっては、この問題、つまり経営戦略の問題がはるかに大きい。だから、いかに秩序よく情報を活用していくか、ということは日立にとってはマイナーな問題です。私も昔は日立の人間でしたから、その辺はよく分かるんですけれども、頭のいい人をいっぱい集めて管理型の企業にしてしまうと、自分の価値はマイナス1兆3000億円だから売ってしまったほうが早い、ということが分からなくなって、一生懸命、経営、改善とやってしまう。しかもマイナス1兆3000億円より、もっとマイナスは大きいかもしれない。日立は非上場企業を1000社持っていますから。富士通とつくったフラットパネルディスプレイの会社とか、ああいうのを持っていますよね。そうした企業の価値はゼロではないはずですからね。
 
 こういうふうになってしまっている企業は、ITランキングどころではないんですよ。この会場に日立の方もたくさん来られているでしょうし、こんなことを言っちゃっていいのかということですが、それでも私は自分なりに分析をして、話をして、それを雑誌に載せます。なぜかというと、それが日立のためでもあり、同様の問題を抱えている多くの会社のためでもあると思うからです。またアナリストもそうした考え方から学んで欲しい、と思うからです。
 
自由に考えられる人間を何人抱えているか
 
 本日は「答えのない世界」を生き抜く鉄則を話すように、と言われています。それには、すべての人が同じルールでいくのではなくて、少なくとも何人かは自由に発想するようにしないといけない。すなわち、答えのない世界というものに対して、恐れを持たずに自由に考えられる人間を何人抱えているか。これが企業にとって生存のカギとなります。
 
 さっきのアスクルでいえば、中途採用の岩田さんがいなかったら、プラスやアスクルは今ごろどうなっていたかということですね。そういう異なった発想ができる人、年代が違う人、性別も違う人、それから国籍、国も違う人が大事です。例えばグーグル、ユーチューブ、ミクシィといった企業を見ると創業者は必ずしも母国人ではない。グーグル創業者の一人、セルゲイ・ブリンさんはロシアの移民の子です。ユーチューブの場合は中国人。ミクシィもそうで、日本人ではない創業者が一人入っています。こういった異種混合ワクチンみたいな組み合わせが必要です。
 
 これはなぜか。同じ発想の人が車座になって知恵を出すというのが、改善型経営、まさに日本型経営の一番よかったところなんですけれども、今それでは追いつかない。はちゃめちゃな発想をする人も入れないといけない。ところが今までは、はちゃめちゃな発想をする人は、沈まぬ太陽ナイロビ支店長、という世界に行かされてしまうわけです。あるいは留萌支店長とか。留萌の人がいたらごめんなさい、ただ、今まではそういうことになりがちでした。これからは従来とまったく違う発想のできる人がいないとダメです。感性の違う人がいないとダメです。
 
 4月に大学から人を採って、それで「さあ、みなさん」と一斉に教育しますよね。これを止めなければダメです。更地で無地の新人に、中間管理層の人が昔のやり方を教えているんですから、こんなに怖いことはないですね。携帯電話一つとってください、携帯の使い方は新入社員の方が絶対によく知っているはずです。携帯でほとんどのことが今、分かる時代でしょう、携帯でもグーグルが使えるし、携帯が財布になり、GPS(全地球測位システム)とつながって自動車の鍵にもなっていく。こうした携帯のことを考えただけで、商売の種というのはものすごくたくさんあるわけです。
 
 ところが、携帯のことを移動電話なんて呼んでいるようでは、とてもじゃないけどダメですね。カメラを取り込んだ移動電話なんて言ったらとんでもないです。今の携帯は500以上の機能がありますから。そうした機能がこれから物流につながってくるかもしれないし、財布につながってくるかもしれないし、自動車につながってくるかもしれないし、あるいは介護にもつながってくるかもしれない。もの凄い可能性がある。あれが私がいう“デジタル新大陸”のかなりの部分を示しているわけです。
 
 こういうことの発想を取り入れようとしても、従来の秩序、ピラミッド組織の中からはまず出てこないと思います。上の方の人は、携帯を染色体の中に入れてないですから。日本は世界で一番進んだ携帯のアプリケーションを持っていますが、それを使う側に大きな問題があるわけです。
 
日本で一体何をするのか
 
 では、どうしたらいいのか。私はダニエル・ピンクさんの『ハイ・コンセプト』という本を訳して出しました。これはピンクさん自身はそういう言い方をしてないんですけど、私から見ると極めて重要な「第四の波」について書いた本だと思っています。ご存じのようにアルビン・トフラーさんの『第三の波』というのは世界的なベストセラーになりました。中国はあの本から目覚めたと言っても間違いではないです。トフラーさんは中国に行くと国賓級の待遇です。中国のトップはみんな『第三の波』を読んで育っている。というか、育ってからみんな読んだんですね。
 
 第一の波が農業化社会、農業が今、強いのはアルゼンチンとかオーストラリアです。こうした国は補助金がないからです。アメリカは農業補助金を出したために、オーストラリアに完全に負け、アルゼンチンからの農産物輸入に悩まされる国になってしまいました。米をつくるとオーストラリアの米は日本の20分の1ぐらいのコストでできる。補助金のない国はそういうふうに自助努力を農民がするわけです。
 
 だから私は20数年前に『新国富論』の中で、日本の農民は世界の農場経営者になれ、と書いた。農業基盤整備事業に42兆円も使うんだったら世界中の農地を買えますからね。カーギルとかコンアグラとか、世界4大穀物メジャー全部を買っても7兆円ですから、42兆円もかけて土木工事をしている場合じゃないでしょう。海外の農地や穀物メジャーを買った方が日本の食糧安保は高まるんだということを書きました。私は農民の敵といわれて久しいですけれども発言は止めません。
 
 第二の波、第2次産業のうち、当たり前の部分は中国とかベトナムに行きます。悩ましい話ですが、日本の賃金が1カ月30万円ぐらい、アジアで一番安いミャンマーでは25ドル、3000円です。月給ですよ。ですから、日本とミャンマーで100倍の違いがある。そのミャンマーの倍ぐらいのところがベトナムです。中国はベトナムの倍ぐらいです。だからいくら安いと言っても、中国はベトナムにかなわない。ただベトナムは政府がダメで、港湾がほとんど機能しておらず高速道路もない。納期をいそがない、ゆっくりしたものの製造だったらいいんじゃないでしょうか。
 
 私はナイキの社外重役を5年間やっていましたけれど、ナイキはベトナムで20万人を雇用して靴を作っています。習熟度は高いし熱心です。コンピュータを勉強して欲しいと言ったら、月5ドル奮発するだけで、作業が終わった後、自転車に乗ってみんなコンピュータの勉強に行きますよ。しかも熱心です。英語の勉強をしなければと言うと、これまた5ドルでみんな英語の勉強に行きます。1カ月英語を勉強して5ドル。日本で5ドルだったら、NOVAで10分間になってしまいますけどね。そういう国がアジアの中にある。
 
 日本は生産機械、例えばプリント基板の自動装填とか、そういう機械は大得意で、世界シェアの7割ぐらい持つ。基幹部品の一部も強い。原材料としてのフォトレジスタといった、生産部品は強いです。ですけれども、それ以外のところは、段々と台湾、韓国にシフトされている。ファウンドリー(半導体工場)は台湾勢がシェアの7割を持っています。その次の組み立てのところになると、これはもう中国です。台湾勢も韓国勢も組み立ては中国という時代ですから。こう見てくると、日本の第2次産業(第二の波)を一体どうしたらいいのかということになってきます。
 
 第三の波、第3次産業、これは今日お集まりの皆さんの産業です。ピーター・ドラッカーさんがいい言葉を作りました。これからはナレッジワーカーで生きていこうと。ただ、ITはインドが強い。従って第3次産業も意外に早くインドに行ってしまうかもしれない。ヨーロッパではロシアがITの下請けをやっています。ロシアはロケットなどを開発していた人たちがITに進出した。ポーランドの情報システム会社はロシアに仕事を出すといった、世界的な協業が進む。私はこれを「クロスボーダーのビジネス・プロセス・アウトソーシング(XBPO)」と言っておりまして、『新・経済原論』の中で“XBPO”と書きました。それがもう世界的に行われるようになってしまった。
 
 日本語はどうする、と思われるかもしれませんが、中国で結構できます。特に大連、私もBPO(ビジネスプロセスアウトソーシング)の会社(DaNIS社)を向こうで経営していますのであさって大連に行きますけれど、日本語の入力業務とか、CAD(コンピュータ支援による設計)データの入力業務は大連で問題なくできます。現に皆さんの使っているGPS、ラーメン屋の電話番号を入れるとぽんと地図が出てきます、ああいったデータは中国でエンコードしているわけです。最近はGPSだけではなく携帯などの組み込みソフトも大連などに移行してきています。
 
 日本では組み込みソフトの技術者が10万人不足していると言われています。育成プログラムをどう作っても間に合わない。あるいは日本固有の基本ソフトを使うNTTのDIPSやNECのACOSなどは日本のエンジニアもいやがります。インド人も日本ローカルなものはのちのちメシの食い上げになるのでやりたがらない。だからそういった仕事はみんな大連に持っていって、そこで辛抱強くやる、という状況になっていますね。
 
感性を生かした新ビジネスを創れ
 そうすると日本は何で飯を食うんですかとなってくる。もうないんですよね。それが要するに、「答えのない時代にどうやって生きていくのか」ということです。その答えは、答えがなくても自分で考えられる「感性」というもの、デザイン力というものです。イタリアとかフランスがそっちで勝負しているように、日本も感性で勝負する。それから、役所(規制)がないところで勝負するというのも一つの手です。
 
 日本には世界に冠たるゲームとアニメがあります。どちらも監督する役所が無かったから強くなった。ゲームを支えるのは10代の人たち、「ネットやろうぜ」とか「ゲームやろうぜ」という10代は膨大な数いますよ。10代の子たちは若いころからC+の言語を勉強して、そのうちに自分でプログラムができるようになってきて、大学に行くころにはもう、スクウェアとか、ああいう会社にアルバイトに来て、立派にやっちゃいますからね。
 
 社外重役をやっていましたので知っているのですけれど、スクウェアの役員には学卒は一人もいなかったんですから。みんなアルバイトで来ている間に居ついちゃったと。そして成績優秀につき役員になった、とこういう感じですよ。
 
 つまり日本は、すでに答えを出しているんです。前例がなくても、若い人でも何でも、クリエーティブでありさえすれば評価されるという環境をつくってやる。そうすれば、日本人の創造性というのは想像を絶するぐらい発揮される、ということですよ。ところが、こうした人に対して今、秋葉系とか、電車オタクとか何か言っているじゃないですか。そういう物言いは止めた方がいいです、将来の日本を支えてくれるありがたい人たちです。これが日本の明るい話題なんです。
 
 4年に1回開かれるチャイコフスキーコンクールで日本人はピアノ1人とバイオリン2人の優勝者を出しています。幼い頃から特別な訓練をした結果です。杓子定規の学校ではせっかくの才能も伸びません。芸大よりも桐朋、そして鈴木バイオリン教室やヤマハのJOC(特別コース)が威力を発揮しています。日本人はあらゆる分野で感性と技能を発揮できるのです。環境次第だ、ということをこれは物語っています。
 
 こういう発想・着想が、企業のメインシステムでも、お客さんとの直接のコミュニケーションでも重要になるわけです。答えがない、それでいいんです。ところが日本の学校教育というのは、答えを教えますよね。明治以来、欧米に答えがあると。文科省は指導要領というのを作っていますよ。指導要領があるということは、前提条件として答えがあるということです。これは21世紀で最も危険な考え方です。今、アメリカに行ってイラクをどうしますと100人に聞いたら、100の違う答えが出てきますよ。アメリカだって答えがないんです。
 
 そういうことから見て、21世紀に最も重要なのは、答えがなくても自分はこうだと思う、と言えることです。しかも単なる意見ではなくて、証拠とか、データとか、分析に基づいて論旨を展開した結果、自分はこう思うと打ち出す。クラスに20人いたら、20人が違うものを持ち寄ってきて、じゃあ、どうしようかということを考えられる。これが非常に重要な21世紀を生き抜くスキルになります。
 
 21世紀はリーダーシップというものがお金を稼ぐ種になるわけです。なぜかというとみんな答えがないですから。僕はこう思うと、君はどう思うかと、人の意見を聞くんです。その人の意見を聞いたときに、なるほどそれだったらこうしようと、どっちの意見でもないものを出す力、これが極めて重要になります。これは新しいものを合成する力、シンセサイズと言います。そういうことができる能力を持った人がこれからの時代にリーダーシップを持ちます。
 
 俺は資本家として本社から送られてきた、だからお前ら言うことを聞け、と海外の子会社に行って言うような人は、世界的なリーダーシップを持ち得ません。去年までこうやってきたんだから、今年も同じようにやろうという人もダメです。どうもそうではないんじゃないじゃ、とみんな思っていますから。
 
生徒が20人いたら答えも20
 
 親子の会話が成り立たない理由も、子供の方が世間を感じているからです。親が子供を学校の送り出す時に、「先生の言うことを聞くのよ」と言って送り出したら、ろくな子供になりません。「間違っても先生の言うことを聞いたらダメ」、「分らないことがあったら手を挙げて質問しなさい」、「そういう勇気を持ちなさい」と言って子供を育てて下さいよ。今や、先生だって答えが分からないんですから。
 
 家で親の言うことを聞いて、学校で先生の言うことを聞いて、会社に行って上司の言うことを聞いていたら、まったく役に立たない19世紀型の人間が育ちますよ。なぜかということを自分で考える、「僕にはこう見える」、「僕はこう思う」、「その証拠はこれだ」と。そして、ほかの人がまた違うことを言ったら、なるほど、そうすると僕の考えと君の考えを足してみるとこういうことになるのかなと、まったく新しいアイデアにまとめ上げる。ここにリーダーシップが出てくるんです。日本はこういったリーダーシップ教育をまったくやっていません。
 
 安倍(晋三首相)さんの教育再生会議を見ても、メンバーは左か右にはっきり分かれていて、靖国神社に行く・行かない、憲法9条を変える・変えない、とこれですからね。ほとんど議論の余地がないぐらいになりますよ。一方、私の言ったような観点で、デンマークとかフィンランド、あるいはスウェーデンがこの10年間格闘して新しい教育制度をつくっています。
 
 答えのない時代に生きていく世界のリーダーシップを執る、どうしたらいいか。教育の現場から考えると、生徒が20人いたら20通りの答えが出る、これが理想的な教育であるということです。
 
 従ってティーチャーという言葉を廃止する。なぜかというとティーチャーというのは前提としてティーチするものがあるということですから、これは廃止。ファシリテーターとか、いろいろな言葉がありますけど、そういうふうになってしまいました。北欧が今、競争力を回復して、最も強い国になってきていますけれども、教育制度の改革というものを抜きには語れません。
 
 日本は、1次産業、2次産業、そして3次産業でさえも、世界の最適地に次々と移っていってしまう状況の中で生きていかないといけない。すべての産業が世界を向いて、金を稼いでいくということになります。幸い、ゲームではそれができていますし、アニメでもできています。またスポーツなんかでは宮里藍ちゃんとか、同じやり方で育っていますよね。卓球の福原愛ちゃんもそうです。ああいう育ち方をした子供たちが経営にも必要なのです。そういう異邦人が入社してくると企業社会も変わるでしょう。
 
 私でしたら、もう大学から人を採りませんよ。中学に行ってスカウトします。欠席率が90%、ああ、これはもしかしたらすごい子かもしれないと。高校の改革もやります。私は先週、千葉県の学校法人船橋学園と組んで、東葉高等学校に広域通信課程をサイバー空間を使って設ける、つまりAirCampusを使って実施すると発表しました。学校に行きたくなかったらうちに来い、文科省の全教科を家にいても、世界中を旅していても勉強できるようにしてあげる、とこういうことです。ただ一つ条件がある、親も一緒に入ってくれと。親の再教育なしには、子供をいくら教育してもダメですからね。
 
 新しい教育をやるから、親も一緒に来て下さい、と申し上げたい。親の教室を別に設けて、21世紀はこれでいいんだ、子供がレールを外れると言った時にパニックになったらダメ、最後まで頼りになるのは親なんだから、あなたが自信を持って子供と一緒にレールを外れろと言っています。今のまま学校に行っていても、もうボーリングでいえばガーターに入っちゃっているようなもので、いくらやっても上がってきませんよ。
 
 世界中に日本人の出向社員がいますよね。こういう人たちは子供が高校生だったりすると、大学受験があるからといって、おばあちゃんか何かに預けて日本に置いていくじゃないですか。せっかくの機会なんだから、親と一緒に海外に住みなさい、日本の高校へはネットで通いなさい、と言いたい。インターネットとAirCampusを使って、日本の高校を卒業できるようになった、文科省がその免許を我々と協業している東葉高校にくれた。これは画期的だと思います。21世紀に通用する、そういう人物をこの高校からスタートさせたいと意気込んでいます。
 
 中学校、小学校はまだダメです。義務教育という名の下に、毎週1回、体育の時間とかありまして、サイバー空間になじみません。双方向のインターネットカメラで監視して、「あの子は自宅の周りで確かに運動をしていました。だから体育はOKです」といったやり方を文部省に認めさせないとないといけないんですが、まだそこまではいきません。ただ、文科省はこの1年でもの凄く変わりましたね。
 
 21世紀は答えのない世界です。でも、恐怖心を持ったらダメです。そして、これが答えではないかと、8割、いや6割程度分かったら、やる勇気を持つ。ここで「勇気」が出てきます。やり抜く力、執念、これらは昔から変わるところはありません。答えがないと勇気が出てこないという日本人から、答えがなくてもやってみる勇気を持つ日本人へ変わらないと。全員100%同じ答えを言ったところには、商売のチャンスも何もありません。
 
 素晴らしい時代が来たと思っています。私は元祖、登校拒否児、ドロップアウトでして、『学校に行かなかった研一』なんていう本まで出ています。誰が書いたんだ、と思って著者の名前を見たら私の姉だったので、ちょっと文句は言えないんですけれどね。元祖登校拒否児としては、いい時代になったなと。私ももう少し若かったら何でもやっただろうと、こういうふうに思っています。
 
 ですから皆さんも、これから先、感性を磨いて、自分が答えだと思ったことを果敢に提案し、やっていくと、こういうことをぜひ実行していただきたい。日経コンピュータの「IT力ランキング」が5年後、10年後にまだ出てくるときには、これから期待の持てる会社、フレキシブルなITを兼ね備えた会社、そういった会社のランキングを見たいと思います。
 
 私もそういう分野で今後とも仕事をやっていく予定ですので、皆さんとも一緒に仕事をやらせていただく機会もあると思います。21世紀は答えがなくていいんだ、だからこそ楽しい、だから自分が存在するんだ、とこういう思いをお持ちになって今後ともご活躍いただきたいと思います。ご清聴どうもありがとうございました。
 
 
 
本記事は、2006年10月25日に行われた日経コンピュータ創刊25周年記念セミナー「ITがもたらすビジネス・イノベーション」における基調講演「『答えのない世界』を生き抜く鉄則」を基に、加筆修整したものです。
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■大前 研一(おおまえ けんいち)
 
1943年福岡県生まれ。早稲田大学理工学部、東京工業大学大学院を経て、米マサチューセッツ工科大学大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所の技師を経て、72年にマッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社。日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任、94年7月に退任。96年には起業家育成の学校「アタッカーズ・ビジネス・スクール」や政策学校「一新塾」などを開設、塾長に就任。現在は、ビジネス・ブレークスルー、大前・アンド・アソシエーツなど複数社の代表取締役を務めるほか、アメリカUCLA政策学部教授など複数の学校の教授を兼務している。
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