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「夜汽車」
 
 夜汽車がなくなるかもしれない、そんな話を聞いたことがある。
幼い頃ブルートレインに憧れていた僕に、旅好きだった父はよく「夜行列車の、あの独特な雰囲気が何ともいえんなあ」と話してくれた。その「雰囲気」というものを初めて感じたのは、東京へ受験に向かう夜汽車に乗ったときだった。故郷からも家族からも旅立とうとしていた十八才の僕は意気揚々と東へ向かう列車に乗った筈だった。しかし、なぜか僕は窓の外を時折流れる小さな灯りのかけらをせつない気持ちでみつめていた。いつからか父を避けていた僕は、彼と対峙することで自分の存在を確かめていた。その愚かさに気づいても何も言うことができず、そのまま彼から離れようとしていた。
 その翌年、父は別の世界へと僕から離れていった。伝えたいことを山のように残した僕をおいて。
 そんな僕も、もうすぐ父親になる。いつか僕はあの独特の「雰囲気」に包まれた夜汽車のなかで、このことを子供に伝えたいと思っている。それまで、どうか夜汽車が走り続けますように。