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複雑系とは?
この文章は、1995年秋に日本物理学会分科会でのシンポジウムに際し複雑系とはどのようなアプローチなのかを、簡単に紹介しているものです。
その時のプログラムは、
日本物理学会
9月28日(2日目)午後 YE会場 シンポジウム「複雑系」
13:30-14:00 池上、金子、津田 「複雑系とは」
14:00-14:30 津田一郎 (北大・理) 「カントール集合上に自己組織されたダイナミックス」
14:30-15:00 笹井理生 (名古屋大・人情)「大自由度分子系のフラストレーションと運動」
15:00-15:15 休憩
15:15-15:45 安冨歩(京大人文研) 「貨幣の自成と自壊」
15:45-16:15 池上高志(東大・教養)「自己複製と記述の進化のダイナミックス」
16:15-16:45 四方哲也(阪大・生工) 「実験でみる個体間相互作用」
16:45-17:15 金子邦彦 (東大・教養)「多様性と複雑さの起源と維持:カオス結合系からのアプローチ」
でした。
以下がその紹介文。
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複雑系とはなにか
複雑系という非常に一般的な名称で、われわれが何をやろうとしているか。一見複雑に見えるものを何でも複雑系だというのではなく、複雑系だとあえて呼ばなければならない必然性が存在するということをこのシンポジウムでは伝えたいと考えています。複雑系の研究は、いままでの自然科学が取って来た見方が破綻する場合に新しいアプローチの仕方と新しい自然認識を与えるようなものになると期待しています。 まずいくつかの例について、どういう時に複雑系なのか、新しい自然認識とはなにかを考えてみます。
最初の例は、「風が吹けば桶屋がもうかる」といった因果のつながりです。通常は局所的に因果を切り出すことで、発展方程式を構成しモデル化しますがそういったアプローチを許さない状況があります。その多くが脳や生態系、遺伝子といった生物システムであり、経済的な活動や言語的な相互作用といった物理的実体を伴わないものであります。これらのシステムに対して、この遺伝子がこの遺伝子をコントロールしてという見方や、この商品の値段はそのコストに比例して、という見方でモデルを組み立ててみると、うまく働きません。その理由のひとつが、一見関係のないようなものがシステム全体の振舞いを決めていたり、複数の原因が複数の結果を招くという因果関係のネットワークにあるのです。例えば金子さん(☆)のカオスを結合したモデルでは、ひとつの素子のわずかな揺らぎが結合を通じてあるときは、拡大されてシステム全体に伝わり、あるときはまとまったクラスター構造のなかに吸収されます。また池上(☆)の研究では、抽象的な遺伝子とタンパクの共進化モデルで、どノ遺伝子がどのタンパクをコードしているかというのは、個々に決められるものではなくシステム全体のロジックから決定されていることが分かります。 切り出された因果性+ノイズという枠組で、理解できるのならばいいのですが、そのノイズという部分こそが本質的になりうる系そういう系はわれわれに新たな認識の必要性を喚起します。
2番目の例は、内部と外部に関する問題です。複雑系は外部からの客観的な記述では、系が何をしているのかが語り得ないことがしばしばおこります。言語的な相互作用や遺伝子コードの進化ということは、外からみた情報伝達の効率性や複製の効率性といった見方ではとらえきれません。そういうときに内側の視点を導入して初めてシステムのもつロジックやアルゴリズムが分かりうる場合があります。例えば熱雑音の下でも正確に働くようにみえるアクトミオシン系などの生体分子は、情報を処理し計算するシステムです。この中に内部観測者(その候補としてカオスを考えて)を持ち込んで考えるということを津田さん(☆)は強く押し出しています。 別の言い方をすると外からの形式論理で完全に捉えきれないシステムの揺らぎとか不完全さというものを、確率的な見方を導入するのではなく内側の視点(内部観測者)を導入することで捉えようというこころみなのです。
3番目の例は、創発と起源の問題です。複雑系では、いろいろな起源、生命の起源、言語の起源、遺伝子の起源、を問題にしています。この起源の問題を、それがいかにして発生しえたか、というダイナミックスの観点から考えています。このダイナミクスはしばしば創発という言葉でよばれています。安冨さん(☆)は、モノとモノを交換する経済システムに創発する貨幣のダイナミックスを論じています。そこには「他の人が欲しいものを欲する」というルールが貨幣という現象を生じさせ、また崩壊させるのです。
しかしこれは、いままでの自然科学が賢く避けて来たように、創発は自明ではない形で扱うのが難しい問題です。安易に創発するモデルをつくろうとすると、もともと創発をうながす「仕掛け」が入っていた、という批判を浴びる事になります。創発だと分かるのは、外部からの記述を行う場合で、システムそれ自体には「自分が創発した」という気持ちはないでしょう。では創発とは記述だけの問題なのでしょうか。わたし個人の考えとしては創発を生む内的ダイナミックスというものはあると考えています。 これらの問題に対して、われわれが取るひとつのアプローチが、構成論的なモデルづくりです。人工的な世界を構築することで、物理系とは違った意味での抽象的なモデルをつくりあげ、そのなかで考えていくということが複雑系の研究での有効なアプローチとなっています。普通モデルといった場合には、そのモデルによって対象が簡単に記述できるようになることを目指すものです。しかし複雑系での抽象的なモデルとは、往々にしてそのモデル自体が、扱いがたい新しい対象となりうることがあります。例えば個々に想定されたロジック、あるいは写像は組み合わせる事で全体としてまったく新しい様相を提供し、あらたな現象と問題をつきつけます。例えば笹井さん(☆)のタンパクのシミュレーションは、それがいかに単純な記述には落ちないかということを示し、モデルの理解のための方法論の必要性を感じさせます。そういう意味で、複雑系でいうモデルはもととなった現象を越えるものにもなりうるのです。ここでいうモデルは単に計算機の中のモデルとは限りません。計算機が有効であることは間違いない事ですが、たとえば試験管の中や数学にも、ここでいうような「モデル」が存在しても不思議はないと思うのです。例えば四方さん(☆)は、非常にうまい試験管の中のモデルをつくって同じ遺伝子をもった大腸菌をスープのなかで培養しても、自発的に酵素活性の高い集団と低い集団に分化していくことを示したり、増殖力の強い菌がかならずしも増殖するのではないことをみせてくれます。 さらに四方さんの実験は、実際の分子を使っているから「事実」で、計算機の中は分子がはいってないから「仮想」という区別を安易につけていいのか、という問題をつきつけてきます。構成されたシステムの示す「現実」と実際の「事実」ということとの境界は、認識論的な意味では区別がつけられないと思うのです。
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最後に:今回のシンポジウムでは、京都大学の基礎物理学研究所で92年より開催してきた「複雑系」研究会の世話人の人たちで構成しています。
参考文献
K.Kaneko and I.Tsuda, ``Constructive complexity and artficial reality: an introduction" Physica 75D (1994) 1.
基研での複雑系研究会の内容は、 物性研究59-3(1992),61-5(1994),63-6(1995) にそれぞれ掲載されています。
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