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http://www2.kke.co.jp/mas/aboutfukuzatsu1.htm
複雑系とは
 
これまでのシミュレーションの考え方
 
 21世紀を迎えるこの時期、人類の課題となっている「個」と「全体」の問題があらためてさまざまな分野で論じられるようになりました。20世紀の単純な還元主義の行き詰まりから、「エージェント」と呼ばれる個ベースの全体シミュレーションを生態系や人間社会行動に応用しようとする試みが続けられています。
 
これまでのシミュレータは、システムダイナミクスの手法を用いるものが主でした。これは、中央集権的なシステムがシミュレーションの管理機能を一手に引き受けるもので、各種の機能に命令を下す「トップダウン」方式により機能を管理し、結果を吸い上げ、その結果の総和をシミュレーション結果として出力するものでした。
 
この手法では、全体の結果は、正確にその部分の総和に等しくなるわけで、このようなシステムを線形システムといいます。また、このように、物事を各要素に切り分け、その要素一つ一つを解明していくことによって、物事全体を把握していく考え方を還元主義と呼んでいます。
 
ところが、今までの還元主義に基づく線形システムでは解決できないこともまた多く存在するのです。
 
還元主義では解決できない事
 
例えば、人間の行動についてかんがえてみましょう。
 
人間は災害や事故などの恐怖にさらされた時、パニックに陥ります。 デパートの地下でお惣菜でも買おうか、と物色している時、店内に煙が立ち込め警報サイレンが鳴り響いたら.....
 
普通慌てて逃げようとしますよね。この時、店内がお客でごった返していて、そのお客が一斉に無秩序に逃げ出そうとしたら、パニック状態に陥るのは目に見えています。
 
このパニック状態がどのようにして起こるのか?ということを考える時、現代科学はこれといった適当な答えをいまだ出せずにいます。
 
個々の人という要素に分解して、それぞれの人の性格から答えを導き出すのには無理が生じるからです。
 
複雑系とは?
 
「複雑系」という考え方は、1990年代に注目を集めるようになった比較的新しい思考方法です。
 
複雑系という考え方はただ単に「要素が多くて複雑だ」とか「理解できないから複雑だ」ということではありません。要素が多いならば、それらを細かく分類し実験を根気よく続けていけば、時間はかかるかもしれませんがいずれは解決しますし、理解できないのは、問題のせいではないのかもしれないのです。
 
要素に切り分けていくと本質がすっぽりと抜け落ちてしまう、そのような事柄へのアプローチ手法として「複雑系」がクローズアップされてきました。ここでは、その複雑系を理解するために二つのキーワードを挙げることにします。
 
キーワードその1:因果関係
 
従来の手法では因果を局所的に切出すことで全体像を構成しモデル化していました。しかし、生命や社会といったシステムには、この手法はうまく当てはまりません。
 
例えば、人間の肌というものは、代謝のスピードから考えると、最近1ヶ月以内に新しく生まれた細胞から成り立っています。これはたとえ老人であっても変わらない事実です。しかしこの「新しく生まれた細胞」という事柄から「老人のしわの生成」という結果を導き出すのは不可能でしょう。
 
このように無理が生じる理由の一つに、一見何の繋がりも無いような要素がシステム全体の振る舞いを決定していたり、複数の原因が複数の結果を導く、といった「因果関係のネットワーク」があるのです。
 
“A”という蛋白質を作り出すのに“B”という遺伝子が役割を担っているとしても、どういう蛋白質をどれくらい作るかということを決定するのは個々の遺伝子ではなくシステム全体のロジックなのです。 これを「切出された因果関係+ノイズ」という関係で理解できるのであれば、まさにこの「ノイズ」の部分は「複雑系」ということができます。
 
キーワードその2:創発
 
創発にはシステム論的な「創発」と人工生命における「創発」の2種類の定義があります。
 
システム論的では、「原子レベル」「物質レベル」「社会レベル」などのように世界を階層に分けて理解して、それぞれの階層に特有な性質のことを「創発的性質」と呼んでいます。
 
例えば、人間の体について見てみると、人間の手足などの形は“生命レベル”という階層においては、一つの意味のある性質です。けれども“原子レベル”で手足を見ても、その形質は全く意味を成しません。よって「手足の形」という性質は、“生命レベル”という階層において新たに出現した性質であるということが出来ます。
 
このように、もともと下の階層にない特性が上位の階層で発現することを(システム論的に)「創発する」といいます。
 
一方、人工生命における創発とは、多数の要素がそれぞれ局所的に相互作用を繰り返すことによって全体的な性質が生じ、その全体的な性質がそれぞれの要素へと影響を及ぼすようなしくみのことです。
 
例えば、ある人達の間で最新の流行が生まれたとします。その流行はやがて文化的な潮流となって世界中に伝わるわけです。そうすると、その潮流に影響を受けた別な人がまた新たな流行を作り出していくでしょう。
 
こういう循環を(人工生命における)創発といいます。 そしてこれら二つの創発を追求していくことは「複雑系」解明のキーになるのです。
 
エージェントとは?
 
構成要素のうち、特に主体性をもち自律的に行動するものをエージェントと呼びます。
 
エージェントという用語は多くの分野においてさまざまな意味で使われますが、最も適切な表現といえば、行為者や代理人など、独自の目的を持ち、それを効率的な方法で実現しようとする、実行主体といえます。
 
分析対象となるエージェントの構成単位もさまざまで、小さいものでは神経細胞の集合体やモジュール、大きくなると、一人の人間や人間の集団組織などが単位となります。
 
エージェントをどの単位で捉えるかによって研究分野が区分され、その分野に固有の分析方法をもって、研究されています。
 
マルチエージェントの特徴
 
自らの価値基準に従って自分の行為を自由に選択できるような自立的なエージェントが、多数共存する環境がマルチエージェントです。
 
システムダイナミクスとマルチエージェントの違いは、エージェント同士の相互依存関係にあります。
 
システムダイナミクスでは、神のような立場にある「システム」が、構成要素一つ一つを絶対的に支配していました。しかし、マルチエージェントでは、エージェントが主役で、神のような存在はいません。エージェントがどう動くかはそれぞれのエージェント次第ですし、エージェント同士がどのように関わり合うか?もすべてエージェント同士の取り決めで決まります。
 
エージェント同士の相互作用により、やがてシステム全体の流れのようなものが創発され(ボトムアップ)、その流れが今度は逆にエージェントにフィードバックされて、また個々のエージェントの振る舞いを決定していく、という循環こそ、マルチエージェントの面白さなのです。
 
システム設計者も予想だにしなかった結果をもたらす、その驚きがマルチエージェントシミュレータの醍醐味といえましょう。