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2003年05月15日
第11回 「知識資本主義」の時代は、「勝者一人勝ち」の時代となる
 
 これからの時代には、あの「怖い響き」を持った言葉が、真実になっていきます。
 それは、何か?
 
 「勝者一人勝ち」という言葉です。
 
 英語で言えば 「 Winner takes all. 」
 
 その現象が起こります。
 特に、「情報」「知識」「智恵」などが中心的な商品として取引される、
 これからの知識資本主義の市場においては、この現象が起こりやすくなります。
 「勝者一人勝ち」とでも形容すべき徹底的な「優勝劣敗」が起こるのです。
 
 すなわち、当初、「横並び一線」で各企業が競っている市場において、
 ある企業がヒット商品を生み出すことによって、
 各企業の中から一社だけ頭を出すことがあります。
 すると、その企業に資本、人材、技術、情報、仕事、人気など
 様々なプラス要因が集まり始め、
 その一社だけその「横並び一線」状態から抜け出していくのです。
 そして、さらにその勢いに加速がつくことによって、
 遂には「勝者一人勝ち」の状態を生み出してしまうことがあります。
 
 例えば、1995年頃から始まったEコマース(電子商取引)のブームの中で、
 当時、数多くの「電子ショッピング・モール」が生まれました。
 しかし、それらのほとんどは、それからの数年間に、
 採算が取れずに市場から撤退を余儀なくされていきましたが、
 「楽天市場」だけは大きく伸びてきています。
 
 また、インターネットの検索サービスやオークションのビジネスも、
 当初、数多くのサイトが乱立する時代を経て、
 「ヤフー」だけが収益を上げて伸びてきました。
 こうした現象が、「勝者一人勝ち」と呼ばれる現象です。
 
 ■ 「勝者一人勝ち」が起こる市場
 
 また、こうした「横並び一線企業」の間ではなく、
 「拮抗するライバル企業」の間でも、こうした「勝者一人勝ち」が起こります。
 当初、市場シェアで拮抗していたライバル企業の競争において、
 市場の人気がわずかだけ、どちらか一方に傾くと、
 雪崩を起こすようにシェアが変動し、短期間の間に一方の側が
 「デファクト・スタンダード」(事実上の標準)の地位を獲得し、
 市場を制するということが起こるのです。
 
 その最も有名な例が、
 かつてのビデオデッキ市場における「VHS」と「ベータマックス」の争いです。
 これら二つの製品は、当初、マーケットで拮抗していたのですが、
 市場の初期において、VHS向けの映画ソフトが少しだけ多く発売されたわけです。
 そして、その結果、VHSにとっての好循環が始まったのです。
 
 まず、消費者はビデオデッキの購入に際して映画ソフトの種類の多いVHSを選ぶ。
 その結果、VHSの販売台数が伸びる。
 そこで、映画ソフト会社は
 市場に多く出回っているVHS規格のビデオデッキ向けに、
 多くの映画ソフトを発売する。
 また、消費者は映画ソフトの種類の多いVHSデッキを選ぶ。
 
 その好循環です。
 そして、この好循環の結果、
 VHSはビデオデッキのデファクト・スタンダードの地位を獲得し、
 まさに「勝者一人勝ち」の結果になったのです。
 こうした例は、パソコン基本ソフトの
 「ウィンドウズ」と「マックOS」の競争などでも起こった現象です。
 
 このように、「情報」「知識」「智恵」などが中心的な商品として取引される、
 これからの知識資本主義の市場においては、
 こうした「好循環」が生じやすくなるため、
 「事実上の標準」が成立しやすくなり、
 「勝者一人勝ち」が起こりやすくなるのです。
 
2003年05月22日
第12回 「仕事は忙しい奴に頼め」の時代
 
 これは企業においても同じです。
 市場において特定の企業の「一人勝ち」が生じるように、
 企業においても特定の人材の「一人勝ち」が起こるのです。
 もちろん、文字通りの意味で「一人勝ち」が起こるわけではありませんが、
 一人の優秀な人材に、「多くの仕事」「優れた評価」「新しい機会」が
 集中するという現象が起こるのです。
 では、なぜ、知識資本主義の時代には、そのような現象が起こるのでしょうか?
 
 その理由は明確です。
 これまでの資本主義の時代には、
 仕事の大半は、比較的単純な「事務労働」が主流でした。
 そして、こうした事務労働においては、
 いくらAさんがBさんより優秀だとしても、
 その生産性の差はせいぜい数倍程度だったのです。
 
 ところが、これからやってくる知識資本主義の時代には、
 「知識労働」が主流になっていきます。
 そして、こうした知識労働においては、
 もしAさんがBさんよりも優秀ならば、
 10倍の知的生産性をあげることは極めて容易なのです。
 いや10倍どころか、100倍、
 場合によっては1000倍の生産性の差さえあり得るのです。
 そして、このことが、
 知識資本主義の時代には、一人の優秀な人材に、
 仕事や評価や機会が集中するという現象が起こる理由であり、
 「勝者一人勝ち」が起こる理由なのです。
 
 実は、最近の企業で、そのことを象徴する言葉をしばしば耳にします。
 それは、どのような言葉でしょうか?
 
 仕事は忙しい奴に頼め。
 
 その言葉です。
 皆さんも、一度は耳にされたことのある言葉ではないでしょうか?
 これは何を意味している言葉でしょうか。
 
 この言葉は、ある意味で、逆説的な言葉です。
 
 なぜなら、これまでの世の中の常識は、
 「仕事は閑な奴に頼め」だったからです。
 昔から、「手が空いているなら、仕事を手伝ってくれ」という表現があるように、
 仕事というものは、忙しい人間に頼むものではなく、
 閑な人間に頼むものという常識がありました。
 しかし、これは、実は、知識資本主義以前の時代の「常識」なのです。
 比較的単純な肉体労働や事務労働が仕事の主体であった時代の「常識」なのです。
 
 ところが、これからの知識資本主義の時代には、この常識が逆になります。
 「仕事は忙しい奴に頼め」が常識となっていくのです。
 なぜでしょうか?
 
 知識資本主義の時代には、
 「忙しい人材」は「優秀な人材」であることが多いからです。
 そして、「優秀な人材」は、「仕事が速い」からです。
 その結果、「仕事を詰め込める」からです。
 
 では、なぜ、このことが、「勝者一人勝ち」を生み出すのか?
 なぜ、「仕事は忙しい奴に頼め」が、「勝者一人勝ち」をもたらすのか?
 それは、次の好循環が起こるからです。
 
 まず、優秀な人材は、よく仕事を頼まれ、忙しくなる。
 忙しくなると、仕事の手際が良くなり、仕事の力が磨かれる。
 仕事の力が磨かれると、仕事に良い結果が出て、優秀な人材との評価が高まる。
 優秀な人材との評価が高まると、ますます仕事を頼まれ、忙しくなる。
 
 この好循環です。
 こうした好循環が、一人の優秀な人材に、
 多くの仕事が集まり、優れた評価が集まり、新しい機会が集まるという現象、
 すなわち「勝者一人勝ち」という現象を生み出すのです。
 
 ■ 「好循環」を引き寄せる智恵
 
 これは、昔から「マタイ効果」と呼ばれているものでもあります。
 
 「横並び一線」のような状態から、何かの弾みで一人の人材が頭を出すと、
 その人材に「多くの仕事」「優れた評価」「新しい機会」が
 集中することによって、その人材だけが、「横並び一線」の集団から
 急速に抜け出していくという現象です。
 
 このように、「仕事は忙しい奴に頼め」という言葉は、
 これからの知識資本主義の時代を象徴する言葉なのです。
 しかし、もし、この言葉が真実であるならば、
 我々ビジネスマンは、この言葉を裏返したもう一つの言葉を、
 いつも胸に刻んでおかなければならないでしょう。
 それは、何か?
 
 仕事は買ってでもせよ。
 
 その言葉です。
 なぜなら、この言葉こそが、先ほどの好循環を自ら引き寄せるための智恵
 だからです。
 例えば、新たに職場に配属になった新入社員の集団のなかから、
 誰か一人が、自ら仕事を買って出るなどの積極性によって、
 一歩抜け出すことがあります。
 すると、その新入社員に仕事が集中し、
 その優秀さが急速に磨かれていくといった好循環が生まれるのです。
 
 すなわち、「仕事は買ってでもせよ」という姿勢を身につけることによって、
 「仕事は忙しい奴に頼め」という世界を、自らのものとすることができるのです。
 
 しかし、この「仕事は忙しい奴に頼め」という言葉もまた、怖い言葉です。
 
 なぜなら、これからの知識資本主義の時代には、
 いくら閑を持て余していても、自分の力を磨かないかぎり、
 仕事は来ないからです。
 これからの時代には、いくら閑でも力のない人に仕事を頼むよりは、
 どれほど忙しくても優秀な人に仕事を頼むことが、
 ビジネスにおける常識となっていくからです。
 
2003年05月29日
第13回 「勝者一人勝ち」の現象が加速する
 
 このように、知識資本主義の時代は、
 「勝者一人勝ち」とでも呼ぶべき怖い状況を生み出していくのですが、
 しかし、この状況は、さらに怖い方向に向かいます。
 なぜなら、こうした「勝者一人勝ち」の状況をさらに加速する革命が、
 いま、起こりつつあるからです。
 それは何か?
 
 「ブロードバンド革命」です。
 
 前回までに、インターネット革命は、
 企業や市場や社会において「知識の流通革命」をもたらすと述べました。
 いま、このインターネットが「ブロードバンド技術」の出現によって、
 さらに進化しようとしています。
 
 これまでのインターネットは、通信速度の制約から
 大量の「映像情報」「画像情報」「音声情報」「音楽情報」を送ることは難しく、
 基本的には「文字情報」を主体とした情報しか送れませんでした。
 しかし、ブロードバンド技術の出現によって、
 これからは、大量の「映像情報」「画像情報」「音声情報」「音楽情報」を
 自由に送れるようになります。
 それが「ブロードバンド革命」です。
 
 そして、この「ブロードバンド革命」は、
 これから「知識の流通革命」を徹底的に推し進めていきます。
 
 なぜでしょうか?
 
 「会議」を進化させるからです。
 
 そもそも、知的職業の方々ならば良く理解されていることですが、
 人間同士が本当に深いレベルで「知識」を伝達し、共有しようとすると、
 「会議」が必要でした。
 すなわち、実際に顔を合わせ、相手の声を聞き、表情を見るとともに、
 自由に対話することが必要でした。
 
 もちろん、そうした「会議」を開かなくとも、
 「文書」のレベルで「知識」の伝達と共有をすることは、ある程度可能です。
 しかし、「文書」だけでの「知識」の伝達と共有は、
 やはり、相手の表情や声色から言葉のニュアンスを掴んだり、
 自由な対話を通じて知識を深めたりすることが簡単にはできません。
 
 たしかに、最近では「電子メール」や「チャット」という
 知識伝達の方法が生まれてきており、
 「文書」による知識伝達よりは
 細やかなニュアンスが伝えられる方法となっていますが、
 これもやはり「会議」に比べると限界があります。
 
 そういう意味では、
 昔から、「会議」という方法は、優れた知識伝達の方法でした。
 なぜならば、実際に顔を合わせ、相手の声を聞き、表情を見るとともに、
 自由に対話することができるため、
 言葉で表せる「ナレッジ」のレベルの知識だけでなく、
 言葉で表せない「ディープ・ナレッジ」のレベルの知識をも、
 伝達、共有することができるからです。
 
 例えば、我々は、しばしば「智恵を借りる」という表現を使います。
 あるプロジェクトにおいて、
 優れた人材の直観力やセンスが必要な問題に直面したとき、
 「そうだ、山本課長の智恵を借りよう」などと言って、
 山本課長に会議に出席してもらいます。
 そのうえで、会議の場において情報と知識を共有し、
 細やかなやりとりをしながら、
 その問題についての山本課長の直観力やセンスを発揮してもらうわけです。
 これが「智恵を借りる」ということの一つの意味です。
 
 しかし、こうして、優れた人材の直観力やセンスといった
 「ディープ・ナレッジ」を発揮してもらおうとすると、
 やはり、その人材に「会議」の場に参加してもらうことが不可欠でした。
 やはり、こうした「ディープ・ナレッジ」のレベルの高度な知識は、
 「文書」や「電子メール」では伝達、共有できないからです。
 
 ■ 打ち破られる「3つの制約」
 
 しかし、ブロードバンド革命によって、この「会議」というものが進化します。
 
 すなわち、ブロードバンド技術が、
 これまでの「会議」という方法が持っていた「3つの制約」を打ち破るのです。
 
 第一は、「空間的制約」です。
 これまでの「会議」は、
 参加メンバーが空間的に一つの場所に集まることが必要でした。
 そのため、空間的に離れた場所にいるメンバーは、
 「会議」に出席することができず、
 いかに優れた知識を持っていても、
 それを他のメンバーに伝達、共有することはできませんでした。
 
 第二は、「時間的制約」です。
 これまでの「会議」は、
 たとえ空間的に近い場所にいて、出席ができる距離にあっても、
 多忙のため他の業務スケジュールと重なっているメンバーは、
 その「会議」に出席することができませんでした。
 
 第三は、「費用的制約」です。
 これまでの「会議」は、参加メンバーが、
 同じ時間に、同じ場所に集まることが必要であり、
 その時間中はメンバーの活動が拘束されるものでした。
 そのため、「会議」を開くためには、
 参加メンバーの人件費を始めとして、交通費、会場費、
 さらには、そのメンバーが他の業務に携われないことによる機会損失など、
 かなりのコストが発生しました。
 従って、「会議」を開くとき、
 多くのメンバーの参加を得て「衆知」を集めようと考えても、
 また、優れた人材の「智恵」を多くのメンバーと共有しようと考えても、
 こうしたコストが膨大に膨らんでしまうため、それを実現できませんでした。
 
 すなわち、これまでの「会議」という方法には、
 こうした「3つの制約」があったのです。
 そして、そのため、これまでの企業においては、
 「ディープ・ナレッジ」のレベルの高度な知識や深い智恵を持つ人材がいても、
 その知識や智恵を多くの人々に伝達し、共有し、
 活用することができなかったのです。
 
 
2003年06月05日
第14回 「ディープ・ナレッジ」を伝える技術
 
 しかし、ブロードバンド革命が、こうした「3つの制約」を打ち破ります。
 
 すなわち、ブロードバンド技術は、
 高品質の「映像」や「音声」を瞬時に伝達することができるため、
 鮮明な映像と明瞭な音声で「テレビ会議」を開催することができるのです。
 そのため、空間的に遠く離れた場所にいるメンバーでも、
 その会議に参加することができるようになるのです。
 
 また、その会議の内容を「ビデオ会議記録」という形で
 簡単に記録、保存することができるため、
 その時間に会議に出席できなかったメンバーでも、
 後でそれを視聴することによって、
 その知識や智恵を伝達、共有することができるようになります。
 
 そして、逆に、会議に出席できないメンバーが、
 事前に録画しておいた「ビデオ映像参加」によって
 自分の知識や智恵を、その会議のメンバーに伝えることもできるようになります。
 
 いずれにしても、
 こうした「テレビ会議」や「ビデオ会議記録」「ビデオ映像参加」などの方法は、
 ブロードバンド革命以前は、きわめて手間と時間とコストのかかる方法でしたが、
 これからは、パソコンと周辺機器さえあれば、
 手間と時間とコストをかけずに、
 リアルな映像と音声を使った「仮想会議」が手軽にできるようになるのです。
 
 そして、こうしたリアルな映像と音声を使った「仮想会議」は、
 参加メンバーの語る「言葉」だけでなく、
 そのときの「表情」や「仕草」、「声のニュアンス」や「雰囲気」によって、
 その「ディープ・ナレッジ」を多くのメンバーに伝えることができるのです。
 
 このように、ブロードバンド革命は、
 これまでの「会議」の持っていた、
 「空間的制約」「時間的制約」「費用的制約」という「3つの制約」を打ち破り、
 「会議」というものを進化させます。
 
 ■ 共有される「ディープ・ナレッジ」
 
 では、こうして「会議」というものが進化すると、何が起こるでしょうか?
 
 ここでも答えは同じです。
 
 「勝者一人勝ち」の現象が起こります。
 
 例えば、ある企業に「シニア・ビジネス市場」についての優れた知識や智恵を持つ
 山田マネジャーがいたとします。
 ある日、鈴木マネジャーが、その担当プロジェクトを進めていくために、
 山田マネジャーのこの知識や智恵を借りたいと考えたとします。
 しかし、これまでは、鈴木マネジャーと山田マネジャーが
 本社と地方支社など、遠く離れた場所にいた場合には、
 鈴木マネジャーは、この山田マネジャーと「会議」を持つことができず、
 その知識や智恵を活用することはできませんでした。
 
 また、もし、この山田マネジャーが同じ本社にいたとしても、
 極めて多忙な人材で時間が取れなかった場合には、
 やはり「会議」を持つことができず、
 その知識や智恵を活用することはできなかったのです。
 
 しかし、ブロードバンド技術による「テレビ会議」が簡単にできるようになると、
 この問題は解決します。
 もし、鈴木マネジャーと山田マネジャーが「テレビ会議」を行うことができれば、
 その知識や智恵の伝達、共有、活用ができるからです。
 従って、かりに山田マネジャーが海外駐在であっても、
 また、超多忙で深夜しか時間がとれなくとも、
 「テレビ会議」という方法によって、
 こうした知識と智恵の伝達と共有ができるのです。
 
 しかも、こうして提供された山田マネジャーの知識や智恵は、
 「ビデオ会議記録」によって、
 関係メンバー全員が、コストをかけず簡単に共有することもできるのです。
 
 このように、ブロードバンド技術による「テレビ会議」という方法は、
 これまでの「電話会議」による音声だけのコミュニケーションや、
 「電子メール会議」による文字だけのコミュニケーションの制約を超え、
 企業において、優れた人材の持つ
 「ディープ・ナレッジ」を伝達し、共有し、活用することを可能にするのです。
 
 
2003年06月12日
第15回 優れた人材に集まる「仕事と機会」
 
 しかし、その結果、何が起こるか?
 
 企業内での「勝者一人勝ち」の現象が加速されます。
 
 なぜでしょうか?
 その理由は、3つあります。
 
 第一に、最も優れた知識と智恵を持った人材に、仕事と機会が集中するからです。
 
 例えば、これまでは、
 山田マネジャーが海外駐在であったり、超多忙で捕まらないときには、
 必ず、「それでは、仕方がない。山田マネジャーの次にこの問題に詳しい
 斎藤マネジャーに聞こう」ということになったからです。
 もしくは、「仕方がない。この問題にはあまり詳しくないが、
 この分野で本社にいるのは彼しかいないから、とりあえず橋本マネジャーに
 聞こう」ということになったのです。
 
 しかし、これからは、こうしたとき、
 必ず山田マネジャーのところに問い合わせが行くようになります。
 なぜなら、「テレビ会議」を使うことによって、海外にいても、超多忙でも、
 山田マネジャーに問い合わせることができるからです。
 そのため、社内での「シニア・ビジネス市場」に関する相談は、
 ほとんどの場合、山田マネジャーのところに集まることになります。
 
 もちろん、このことによって、山田マネジャーは、ますます多忙になります。
 しかし、先ほど述べたように、このことによって、山田マネジャーは、
 「仕事は忙しい奴に頼め」の好循環に入ることになるのです。
 
 ■ タイム・マネジメントへの「福音」
 
 さて、第二は、優れた人材にとって、
 タイム・マネジメントが容易になるからです。
 
 すなわち、この「テレビ会議」というシステムは、
 優秀で多忙な山田マネジャーにとっては、大きな「福音」となります。
 なぜなら、「テレビ会議」が利用できるようになることによって、
 タイム・マネジメントが容易になり、
 ますます「仕事が詰め込める」ようになるからです。
 
 これまでの企業においては、どれほど優秀な人材でも、
 一人で関与できるプロジェクトの数は限られていました。
 
 その限界を作っていたのは、やはり、「会議」という制約でした。
 なぜなら、実際の「会議」に出席しなければならないという制約は、
 その会議の待機時間や往復の移動時間などの
 「デッドタイム」(生産に寄与しない無駄な時間)を
 膨大に生み出してしまうからです。
 そして、そもそも「会議」というものは、多忙なメンバーが多数出席するため、
 スケジュール変更などの融通があまり利かず、その結果、
 他の会議のスケジュールとの両立や調整が難しくなってしまうからです。
 その結果、優秀な人材が一人で関与できるプロジェクトの数が
 限られてしまったのです。
 
 すなわち、実際の「会議」という制約は、
 こうした形で優秀な人材の時間を無駄にし、
 そのタイム・マネジメントを難しくしていたのです。
 しかし、「テレビ会議」が手軽になることによって、
 こうした優秀な人材の貴重な時間が節約され、
 またタイム・マネジメントが飛躍的に効率化されます。
 それは、優秀な人間に、
 ますます「仕事が詰め込める」ようになることを意味しています。
 
 ■ 「ガラス張り」になる知識と智恵
 
 そして、第三は、人材の持つ知識や智恵が「ガラス張り」になってしまうから
 です。
 
 先ほどの例で述べましょう。
 「テレビ会議」が普及すると、最も優秀な山田マネジャーだけでなく、
 当然のことながら斎藤マネジャーや橋本マネジャーにも
 会議への出席が求められます。
 しかし、その結果、多くのメンバーが参加している会議の場において、
 山田マネジャーと斎藤、橋本マネジャーの「知識や智恵の差」が
 明瞭に現れてしまうのです。
 
 しかし、実は、こうした知識や智恵の「ガラス張り」の現象は、
 すでに「電子メール」というものが企業にもたらしています。
 例えば、職場でメールを使った「電子会議」を行い、
 メンバー全員が企画書を出しあうような場合、
 知識や智恵の「ガラス張り」の現象が起こります。
 
 すなわち、若手社員が出してきた企画書が、
 マネジャーの出してきた企画書よりも優れているということが、
 全員注視のなかで明らかになるのです。
 これまでの会議ならば、漫然と会議を仕切り、若手社員の発言も恣意的に選択し、
 最後に出席者の意見を総括することで
 役割を果たしていると思い込んでいたマネジャーが、
 その「智恵」をガラス張りの場で示さなければならなくなるのです。
 
 そして、「テレビ会議」の普及によって、
 こうした「ガラス張り」の現象がますます進むことになります。
 
 このように、これら3つの理由から、
 ブロードバンド技術による「テレビ会議」は、
 企業内での「勝者一人勝ち」の現象を加速させていきます。
 それは、高度な知識や深い智恵を持たない人材にとっては
 極めて厳しい世界が来ることを意味していますが、
 そうした知識や智恵を持つ人材にとっては、
 素晴らしいチャンスの時代がやって来ることを意味しているのです。
 
 ■ すべての職業に押し寄せる荒波
 
 さて、このように、
 これからの知識資本主義の時代には、徹底的な「優勝劣敗」が起こり、
 「勝者一人勝ち」とでも形容すべき現象が起こります。
 
 そして、ブロードバンド革命が、この現象を加速していくのです。
 
 おそらく、この「勝者一人勝ち」の時代の荒波が最初に押し寄せてくるのは、
 シンクタンク業界やコンサルティング業界などの
 「知的職業」と呼ばれている業界でしょう。
 
 しかし、その荒波は、必ず、
 一般のビジネスマンの世界にも押し寄せてきます。
 
 それは、「知識」というものを商品としている、
 すべての職業に押し寄せてくるのです。
 
 
2003年06月19日
第16回 「勝者一人勝ち」の時代が求める戦略
 
 最初に、答えを述べておきましょう。
 
 「収穫逓増」のキャリア戦略です。
 
 知識社会においては、
 「収穫逓増」のキャリア戦略を取らなければなりません。
 
 では、そもそも「収穫逓増」の戦略とは何か?
 
 それは、端的に言えば、
 「収穫が加速度的に増えていく」という戦略です。
 
 では、なぜ、「勝者一人勝ち」の現象が起こる社会において、
 「収穫逓増」の戦略を取らなければならないのでしょうか?
 
 なぜなら、「勝者一人勝ち」という現象は、
 市場や企業において、ひとたび優位に立った企業や人材が、
 加速度的にその「収穫」を増やしていく現象だからです。
 従って、こうした「勝者一人勝ち」の現象が支配的になる知識社会において、
 企業や人材は、「収穫逓増」の戦略を取らなければならないのです。
 「収穫を加速度的に増やしていく」という戦略を取らなければならないのです。
 
 では、「収穫逓増」のキャリア戦略とは、具体的にはどのような戦略か?
 
 しかし、その話に入る前に、
 まず、この「収穫逓増」という言葉について、
 もう少し詳しく説明しておきましょう。
 
 ■ 「収穫逓増」という耳慣れない言葉
 
 そもそも、この「収穫逓増」という言葉は、耳慣れない言葉かもしれません。
 実は、これは、経済学の分野で用いられる言葉です。
 しかし、古典的な経済学の世界では、
 むしろこれまでは「収穫逓減」という言葉がよく使われてきました。
 
 この「収穫逓減」や「収穫逓増」という言葉は、それぞれ、
 「Decreasing Return」「Increasing Return」という用語の日本語訳ですが、
 ここで、この2つの言葉の意味を説明しておきましょう。
 そのためには、「市場とマーケティング費用」を例に挙げて説明すると
 分かりやすいでしょう。
 
 例えば、市場に対してマーケティング費用を順次投入していくと、
 最初は、マーケティングの効果が現れて販売高が伸びます。
 しかし、徐々に、
 マーケティング費用を増やしても販売高が増えないという傾向が生じ、
 遂にはいくらマーケティング費用を投入しても、
 販売高が少しも増えないという状態になっていきます。
 これが「収穫逓減」と呼ばれる現象です。
 
 一方、市場に対してマーケティング費用を順次投入していくと、
 費用を投入すればするほど販売高が増える傾向が生まれるときがあります。
 人気商品のヒットやブームが生まれてくるときや、
 「デファクト・スタンダード」(事実上の標準)の商品などが生まれてくる
 ときは、まさにそれであり、これが「収穫逓増」と呼ばれる現象です。
 
 そして、電気製品や自動車の市場など、
 これまでの古典的な市場においては「収穫逓減」が
 支配的な法則であったのですが、近年生まれてきている
 コンピュータのソフトウェア、映画ソフト、ゲームソフトなど、
 「情報」や「知識」や「智恵」が商品となる新しい市場においては、
 後者の「収穫逓増」が支配的な法則になってくるのです。
 
 
2003年06月26日
第17回 「雪だるま」の加速度戦略
 
 そもそも、この「収穫逓増」という言葉は、
 現代の最先端科学である「複雑系」(complex systems)の研究において
 注目されるようになった言葉であり、
 「複雑系の経済学」の分野でよく使われる言葉です。
 
 すなわち、この複雑系の経済学においては、
 商品のヒットやブームが起こるプロセスや、
 デファクト・スタンダードが生まれてくるプロセスなどを、
 この「収穫逓増」という考え方で説明しているのです。
 
 そして、この複雑系の経済学や経営学の研究によれば、
 知識資本主義の市場において成功している企業や人材というものは、
 意識する、意識しないにかかわらず、
 この「収穫逓増」の発想に立った戦略を展開しているのです。
 
 すなわち、これらの企業や人材は、
 経営戦略やキャリア戦略を選ぶとき、
 その戦略によって、自社や自分の強みがさらに強化され、
 市場や企業での優位がさらに高まり、
 その勢いがさらに加速されるような選択肢を選んでいるのです。
 
 それは、喩えて言えば、「雪だるま」の戦略です。
 小さな雪の塊が雪の上を転がるにつれて加速度的に大きくなっていくように、
 ある動きが生じることによって、その動きがますます加速され、
 急激に増大していく状態を生み出していくという戦略です。
 
 これが、「収穫逓増」の戦略、
 英語で言えば「インクリーシング・リターン」の戦略です。
 
 すなわち、これからの知識社会において、
 「知的プロフェッショナル」をめざす人材は、
 こうした「収穫逓増」のキャリア戦略を取らなければならないのです。
 
 では、「収穫逓増」のキャリア戦略とは、
 具体的にはどのような戦略なのでしょうか?
 
 ■ 「目に見えない収穫」を最大化する
 
 これも端的に答えておきましょう。
 
 「目に見えない4つのリターン」を最大化する。
 
 それが答えです。
 すなわち、ビジネスマンが働くとき、
 そこには当然のことながら
 何らかの「リターン」(収穫・成果・報酬)というものが生まれます。
 そのとき、「目に見えない4つのリターン」を最大化する戦略を取るのです。
 
 なぜならば、そのことによって、
 先ほど述べた「収穫逓増」(インクリーシング・リターン)の状況が
 生まれるからです。
 このことを、もう少し分かりやすく話しましょう。
 
 まず、ビジネスマンが働くとき、
 当然のことながら、「給料」や「年俸」、
 さらには「ストック・オプション」といった金銭的なリターンが得られます。
 
 これが、いわゆる「マネー・リターン」(金銭報酬)と呼ばれるものです。
 
 これは、「目に見えるリターン」と言ってもよいでしょう。
 そして、この「マネー・リターン」は、
 しばしば我々ビジネスマンが目を奪われてしまうものです。
 特に、外資系企業などに就職や転職するときには、
 高い年俸を提示するところが多く、
 ついその「マネー・リターン」の大きさに惹かれて
 就職や転職をする人も少なくありません。
 
 しかし、「収穫逓増」の戦略の視点で見るならば、
 この「マネー・リターン」は、
 最も「収穫逓増」を生み出しにくいリターンなのです。
 
 なぜならば、「マネー・リターン」(金銭報酬)とは、
 通常、貯蓄や投資、消費にまわされてしまうため、
 それを積極的に自己啓発や自己教育に再投資しないかぎり、
 この「収穫逓増」の状況を生み出すことができない性質のリターンなのです。
 
 
2003年07月03日
第18回 忘れてはならない「4つのリターン」
 
 それは何でしょうか?
 
 (1)ナレッジ・リターン(知識報酬)
 (2)リレーション・リターン(関係報酬)
 (3)ブランド・リターン(評判報酬)
 (4)グロース・リターン(成長報酬)
 
 この「4つのリターン」です。
 それぞれのリターンの意味については、
 次回以降において詳しく述べますが、
 ここでは、簡単に説明しておきましょう。
 
 第一の「ナレッジ・リターン」とは、
 仕事をしたとき、新しい価値ある「知識」が得られるということです。
 例えば、マーケティングの仕事に携われば、給料や年俸という金銭報酬以外に、
 顧客のニーズに関する知識が得られたり、商品に関する技術的知識が学べたり、
 さらには、競合企業の戦略に関する知識を入手できたりします。
 
 また、こうした知識に加えて、智恵も学ぶことができます。
 すなわち、顧客の気持ちを掴む直観力や市場動向を読む洞察力が磨かれ、
 営業のスキルや企画センスが身につき、
 他企業との交渉テクニックや提携ノウハウを学ぶことができます。
 これらが「ナレッジ・リターン」と呼ばれる報酬です。
 
 第二の「リレーション・リターン」とは、
 仕事をしたとき、新しい価値ある「関係」が得られるということです。
 例えば、マーケティングの仕事では、
 提携先の企業や外注先の企業との関係が深まります。
 それも、抽象的な法人との関係ではなく、
 具体的なキーパーソンとの関係が深まるのです。
 
 また、そうした仕事を通じて、各種メディアや有識者との関係も深まるでしょう。
 そして、何よりも、最も大切な顧客との関係が深まっていきます。
 これらが「リレーション・リターン」と呼ばれる報酬です。
 
 第三の「ブランド・リターン」とは、
 仕事をしたとき、社内や業界や市場から
 優れた「評価」や「評判」が得られるということです。
 例えば、マーケティングの結果、ヒット商品を生み出すことに成功した場合には、
 社内はもとより、業界内、さらには市場全体からの
 高い評価を受け、良い評判を得ることができます。
 
 そして、そのような「評価」や「評判」が積み重なっていくとき、
 一人のプロフェッショナルとしての
 「個人ブランド」とでも呼ぶべきものが生まれてきます。
 それが「ブランド・リターン」と呼ばれる報酬です。
 
 第四の「グロース・リターン」とは、
 仕事をしたとき、人間として「成長」していけるということです。
 例えば、厳しいスケジュールに追われ、
 成果目標に追われる仕事を通じて、
 同じプロジェクト・チームの仲間と切磋琢磨し、社外の人材から触発され、
 人間として成長していくことができます。
 それが「グロース・リターン」と呼ばれる報酬です。
 
 ■ 仕事の「報酬」を見誤るな
 
 これが、ビジネスマンが働くことによって得られる
 「目に見えない4つのリターン」です。
 
 そして、「収穫逓増」のキャリア戦略とは、
 これら「4つのリターン」をそれぞれ最大化するとともに、
 それらの相乗効果を意識的に生み出すことによって、
 4つのリターンが加速度的に増えていく状況を生み出す戦略のことです。
 すなわち、それは、「リターンがリターンを呼ぶ」とでも表現すべき
 「雪だるま」的な状況を生み出していく戦略のことです。
 
 例えば、ある人物が、仕事において多くの知識や智恵を学び、
 「ナレッジ・リターン」を意識的に増やしていったとします。
 すると、そうして身につけた知識や智恵を借りたいと考え、
 その人物の周りに多くの優秀な人材が集まってきます。
 それが「リレーション・リターン」です。
 
 しかし、こうして優秀な人材が周りに集まることによって、
 この人物は、それらの人材の持つ知識や智恵を学び、
 さらに「ナレッジ・リターン」を増やしていくことができます。
 すなわち、「ナレッジ・リターン」が「リレーション・リターン」を呼び、
 「リレーション・リターン」が「ナレッジ・リターン」を呼ぶわけです。
 これが「リターンがリターンを呼ぶ」という「雪だるま」的な状況です。
 
 そして、こうした状況を意識的に生み出すのが、
 「収穫逓増」のキャリア戦略です。
 
 そこで、次回以降においては、
 これら「目に見えない4つのリターン」それぞれについて、
 「いかにして、それを最大化するか」
 「いかにして、それらの相乗効果を生み出すか」という2つの観点から
 話をしていきたいと思います。
 
 しかし、この「収穫逓増」のキャリア戦略を具体的に実行するためには、
 一つ大切なことがあります。
 それは、何か?
 
 「仕事の報酬」を見誤らない。
 
 そのことが、大切です。
 
 なぜなら、いま、多くのビジネスマンが、
 仕事の報酬とは「マネー・リターン」であると思い込んでいるからです。
 
 しかし、すでに述べたように、仕事の報酬には、
 「マネー」(金銭)以外にも、
 「ナレッジ」(知識)、「リレーション」(関係)、
 「ブランド」(評判)、「グロース」(成長)という
 「目に見えない4つの報酬」があるのです。
 
 仕事の報酬として、
 これら「目に見えない4つの報酬」を明確に自覚すること。
 
 それが、「収穫逓増」のキャリア戦略を実行するために、
 最も大切なことなのです。
 
2003年07月10日
第19回 「キャリア戦略」には、「波乗り」の戦略思考が求められる
 
 しかし、この「収穫逓増」のキャリア戦略を取るとき、
 もう一つ大切なことがあります。
 それは、何か?
 
 「キャリア戦略」を「キャリア計画」と混同しないことです。
 
 なぜならば、これからの時代は、
 ますます「不確実性の時代」になっていくからです。
 
 そのため、「キャリア戦略」というものを、
 あたかも「キャリア計画」(キャリア・プラン)のように具体的に立てても、
 それは、決してその通りにならないからです。
 
 例えば、もし我々が、
 一つの企業に永年勤め、その企業の研究開発部門を下から登っていき、
 最終的にはその企業の最高技術責任者(CTO)になるという
 キャリア戦略を考えたとします。
 しかし、かりに、そうした戦略にもとづいてキャリアパスを歩んだとしても、
 これからの時代には、そのキャリアパスの途中で、
 他の企業から魅力的な待遇でヘッドハンティングの声がかかるかもしれません。
 また、そのキャリアパスの途中で、自分自身の心境が変わり、
 技術のスペシャリストから経営のジェネラル・マネジャーへの
 転身を考えるようになるかもしれません。
 
 また、例えば、大学を卒業してコンサルティング会社に入社し、
 財務の専門知識を身につけ、財務コンサルタントとしての修業を積み、
 その後、将来有望なベンチャー企業の設立に参加して、
 最高財務責任者(CFO)になるというキャリア計画を考えたとします。
 しかし、かりに我々が、その戦略に従ってキャリアパスを歩んだとしても、
 場合によっては、財務コンサルタントとしての修業中にその仕事への興味が
 深まり、自分のコンサルティング会社を設立することになるかもしれません。
 
 また、計画通りベンチャー企業を設立し、CFOを務めたとしても、
 そのベンチャー企業が数年後に倒産してしまったり、
 大企業に買収されてしまったりするかもしれません。
 
 このように、これからの「不確実性の時代」には、
 「キャリア戦略」というものを、あたかも「キャリア計画」のようにとらえ、
 それをどれほど具体的に定めても、
 その「計画」がそのまま実現することは、決してありません。
 「転職」や「ヘッドハンティング」が当たり前になり、
 「起業」や「独立」が日常茶飯事になり、
 さらには、企業の「倒産」や「買収」が頻繁に起こるこれからの時代には、
 こうした「キャリア計画」のごとき発想で「キャリア戦略」を定めても、
 急激な環境変化によって、それがすぐに修正を余儀なくされてしまうのです。
 では、どうすればよいのでしょうか?
 
 「戦略思考」を変えることです。
 
 これまで「キャリア戦略」を考えるとき、
 我々が無意識に使っていた「戦略思考」を変えなければなりません。
 
 まず何よりも、「キャリア戦略」というものを、
 素朴に「キャリア計画」のように考えてしまう
 「古い思考方法」を変える必要があるのです。
 そして、突如起こる市場の環境変化や偶発的な企業の状況変化に合わせて、
 それまでの「キャリア戦略」を迅速かつ柔軟に修正し、
 新たな「キャリア戦略」を見いだしていく「新しい思考方法」を
 身につけなければならないのです。
 
 すなわち、我々は、これまでの「古い戦略思考」を捨て、
 「新しい戦略思考」を身につけなければならないのです。
 
 ■ 古くなる「山登り」の戦略思考
 
 では、その「古い戦略思考」とは何か?
 
 「山登り」の戦略思考です。
 
 これまで、我々がキャリア戦略を考えるとき、
 無意識に「山登り」をイメージしていました。
 すなわち、山登りにおいては、
 まず地図を広げて登るべき山頂を定め、そのための登山ルートを選び、
 そのルートに従って計画的に登っていきますが、
 キャリア戦略を考えるとき、そうした「山登り」のイメージで
 考えてしまうのです。
 そして、「登山ルート」のイメージで具体的な「道筋」を考えてしまうのです。
 
 しかし、これからの時代には、
 こうした「山登り」の戦略思考は、あまり有効性を持ちません。
 
 なぜならば、「地形」そのものが急激に変わってしまうからです。
 
 すなわち、この山登りにおいては、
 地図を広げて山頂に至るルートを考えても、
 その地図に示された「地形」そのものが急激に変化してしまうのです。
 
 例えば、企業の吸収や合併、買収や売却、起業や倒産。
 さらには、経済や景気の上昇や下降、市場の拡大と縮小、産業の成長と衰退。
 そうした環境変化が次々と生じるため、
 地図に喩えて言えば、描かれた「地形」そのものが刻々変化してしまうのです。
 そして、その結果、計画していた「登山ルート」そのものが
 根本的な修正を迫られてしまうのです。
 
 いや、さらにいえば、これからの先行き不透明な時代には、
 そもそも「地図」そのものが存在しません。
 なぜならば、地図を作成できないからです。
 地図を作成する測量士の立場に立ってみれば、
 地形そのものが測量中に刻々変わっていくため、地図を作成できないのです。
 そして、その地形がどう変わっていくかも予測できないのです。
 
 このように、これからの「ドッグ・イヤー」と呼ばれる時代には、
 こうした「山登り」の戦略思考は、あまり有効性を持ちません。
 過去における7年間の変化が1年間で起こると言われる変化の激しい時代には、
 市場環境や企業環境も、急激に変わってしまうからです。
 
 
2003年07月17日
第20回 「波乗り」の戦略思考の時代
 
 では、どうすればよいのか?
 これからの時代には、どのような戦略思考を持てばよいのでしょうか?
 
 「波乗り」の戦略思考です。
 
 ここでいう「波乗り」とは、いわゆる「サーフィン」のことです。
 サーフボードと呼ばれる板を使って、波に乗る。
 ボードを自在に操り、次々とやってくる大波や小波を乗りこなしていく。
 そのためには、刻々と変化する波の形に合わせて
 体勢を変え、バランスを取り、前に進んでいく。
 瞬時の反射神経によって、突然の変化にも対応する。
 
 それが「波乗り」です。
 
 そして、これからの時代のキャリア戦略とは、
 まさにこうした「波乗り」のイメージで考えるべきなのです。
 それは、「山登り」において「登山ルート」を定めるイメージではなく、
 「波乗り」において、次々とやってくる波を乗りこなしながら、
 決して波に飲み込まれることなく、弾き飛ばされることなく、
 瞬時に「方向感覚」を働かせ、前へ、前へと進んでいくというイメージなのです。
 
 すなわち、「波乗り」の戦略思考とは、
 経済や景気の上下、市場や産業の盛衰といった市場環境の変化の波や、
 企業の吸収や合併、買収や売却、起業や倒産といった
 企業環境の変化の波を乗りこなしながら、
 自分のめざすキャリアの方向感覚を失うことなく、
 しかし、具体的なキャリア戦略は柔軟に修正しながら、
 前に向かって進んでいくという思考のスタイルなのです。
 
 それは、言葉を換えれば、市場環境や企業環境、
 企業組織や自分自身に起こる様々な「変化」や「偶然」をうまく生かしながら、
 自分のキャリアを高めていく柔軟な思考スタイルであるともいえます。
 
 これからの時代は、ある日突然、
 自分の勤めている会社が合併されたり、売却されたり、倒産する時代です。
 また、ある日突然、ネットバブルの崩壊のように、
 市場が急速に収縮し始めたりする時代です。
 こうした時代には、たとえ当初予想していなかった出来事が発生したときにも、
 その変化や偶然を「脅威」と考えるのではなく、
 「機会」と受けとめ、その機会を積極的に活用し、
 どこまでも前向きに自分のキャリアの向上に結びつけていくという
 積極的な思考のスタイルが求められるのです。
 
 それが、「波乗り」の戦略思考に他なりません。
 
 そして、その戦略思考への転換は、
 まず、「キャリア戦略」という言葉を、
 これまでのように「キャリア計画」という意味にとらえることを
 やめることから始まるのです。
 そうした「山登り」の戦略思考を捨てることから始まるのです。
 
 ■ 「貯え」をするときの心構え
 
 では、具体的に、この「波乗り」の戦略思考によって、
 どのように「キャリア戦略」を定めていけばよいのでしょうか?
 
 一つ、大切なポイントを述べておきましょう。
 
 「波乗り」の戦略思考においては、
 戦略的な判断をするとき、短期的な得失に目を奪われず、
 長期的な視点で、「収穫逓増」が起こる方向を選ぶのです。
 
 すなわち、「波乗り」の戦略思考においては、
 キャリアパスの選択肢を前にしたとき、
 「マネー・リターン」だけに目を奪われることなく、
 「ナレッジ・リターン」「リレーション・リターン」
 「ブランド・リターン」「グロース・リターン」という
 「目に見えない4つのリターン」に目を向けて、
 キャリアパスの選択をするべきなのです。
 
 分かりやすく言えば、
 転属や転職、独立などにおいて、次の職場や職業を選ぶとき、
 「給料」や「年俸」などの金銭報酬に目を奪われることなく、
 
 「この職場で、いったい何が学べるのか?」(知識報酬)
 「どのような人的ネットワークを築くことができるのか?」(関係報酬)
 「仕事を通じて自分の業界での評価を高められるか?」(評判報酬)
 「人間としての成長の目標となるような上司がいるか?」(成長報酬)
 
 といったことに目を向けて、人生の選択をしていくということです。
 そして、そのことによって、
 「目に見えるマネー・リターン」よりも、
 むしろ「目に見えない4つのリターン」を最大化していくことです。
 
 なぜなら、昔から、
 職人の世界では、あの言葉が語られてきたからです。
 
 貯えをするならば、腕に貯えをせよ。
 
 これは「知的プロフェッショナル」という
 「知の職人」の世界においても、同じです。
 
 すなわち、「給料」や「年俸」にこだわって
 「目に見える貯え」を増やしていくという発想ではなく、
 「知識」や「関係」、「評判」や「成長」といった
 「目に見えない貯え」を増やしていくという発想が、
 これからの知識社会においては、ますます重要になっていくのです。
 
 なぜなら、知的プロフェッショナルの世界においては、
 こうした「目に見えない貯え」を増やしていくことによってこそ、
 「収穫逓増」の好循環が生まれてくるからです。
 
 そして、これからの時代の
 知的プロフェッショナルに求められる最も大切な力量は、
 まさに、「目に見えないものを見る」という力に他ならないのです。