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http://www.jinken.ne.jp/class/torikumi/work8/index.html 
< 企業と社会貢献 >
< はじめに >
 1990年頃から、企業が本来の事業活動以外に「社会貢献」と呼ばれる活動に積極的に取り組むようになりました。音楽や芸術などの振興のための支援活動、ボランティア活動への参加、団体等への寄付、環境保全活動、障害者支援などの人権擁護活動など、幅広い分野で、企業の社会貢献活動は行われています。最近ではその内容が、企業のホームページ等でも、しばしば紹介されており、「へえ、この企業がこんなことやってるんだ」と思われた方も案外多いのではないでしょうか。
 
 ここでは、企業がなぜ「社会貢献」に取り組むようになったのかを考えることから始め、現在企業が行っている「社会貢献活動」にはどのようなものがあるかを具体例を交えて紹介し、最後に、企業の社会貢献活動のこれからのあり方について考えてみたいと思います。
 
 
< 社会貢献活動って何? >
 まず、ここでいう「社会貢献」とは、経団連(経済団体連合会)の定義によると「社会の課題に気付き、自発的にその解決を目指し、直接の対価を求めることなく、その持てる資源を投入すること」ということです。直接の対価を求めないということは、その活動が、広く社会全体の利益に叶うものでなければならないということであり、持てる資源とは企業が保有している資金、人材、施設、技術力、等のことをいいます。
 
 
 このような「社会貢献」を表す言葉は、海外にもありますが、日本では若干その意味が異なることがありますので、整理してみましょう。
 
1.フィランソロピー( philanthropy )
 もともと、ギリシア語のフィロス( philos:愛する )とアンソロポス( anthropos:人類 )を語源とし、「他人を愛する、博愛、人類愛」という意味でしたが、現在では、もっと広い意味で「仲間意識をもってコミュニティ・社会を愛し大切にする、豊かな住みよい場所にしていくという心情・意欲を持って社会参加活動を行うこと」と解釈されていて「社会貢献」に最も近い語とされています。アメリカで生まれた言葉で、日本では、1990年頃から使われるようになったことから、1990年は、フィランソロピー元年ともいわれています。
 
2.メセナ
 この言葉は、フランスで浸透している「社会貢献」を表す言葉で、フランスでは社会貢献全般を表しているようですが、日本では、フィランソロピーのうち、特に文化・芸術に関する活動を指すものとして、フィランソロピーと同じ頃1990年代から使われるようになりました。
 
3.チャリティ
 フィランソロピーやメセナよりも馴染みの深いのがこの「チャリティ」ではないでしょうか。この言葉は、イギリスで浸透したもので、主に、教会を中心に行われる慈善活動、および貧者や弱者救済のための寄付活動を意味しているといわれます。これに対してフィランソロピーは、もう少し「相互扶助」の考えが強いといわれています。
 
4.ボランティア
 この言葉も日本では馴染み深いものですが、元々は「志願兵」と言う意味で、お金や物資の提供以外の、いわゆる知的・肉体労働を無償で提供する行為を指すものと解釈されています。
 
5.スポンサーリング
 芸術・スポーツ活動に対して、支援すること自体は社会貢献・フィランソロピーと同じですが、目的が販売促進のための広報・宣伝効果を狙ったものであり、社会貢献とは少し異なるものと思われます。
 
 以上を整理すると、社会貢献活動(フィランソロピー)は、チャリティの思想と相互扶助の考え方をあわせ持ち、メセナといわれる文化・芸術の支援を含む幅広い分野で、社会全体の利益への貢献を目指して行う社会参加であり、その一つの具体的活動がボランティアであるということになります。
 
 
< 企業がどうして社会貢献活動をするの? >
 
 社会貢献活動(フィランソロピー)は、最初に浸透したアメリカでも、もともとは富豪や企業家などの個人によるもので、それは、ヨーロッパ市民社会の伝統を受け継いだ相互扶助の精神および博愛精神によるものでした。第二次世界大戦後、企業によるフィランソロピーが活発になったとはいえ、現在でもアメリカのフィランソロピーの大半は、ロックフェラーやカーネギーなどに代表されるような、個人による活動であるといわれています。
 
 一方、個人による社会貢献活動であれば、アメリカと同様、日本でも古くから行われており、個人にこれらの活動をさせたのも、博愛精神(日本では、慈愛とでもいうのでしょうか)であったのではないでしょうか。しかし、最近では社会貢献活動というと、その主体を個人よりも、むしろ企業に求めることが一般的となっています。
 
 では、企業が社会貢献活動を行うのは、博愛精神によるものなのでしょうか。
 
 企業は、ある特定の目的(定款)を実践するために組織され、法律(日本では商法)によって、はじめてその存在が認められる制度的なものです。従って、企業はもともと「博愛精神」を持ち得ないと考えられます。
 
 また、企業、特に現在の企業のほとんどを占める株式会社は、投資家(株主)からの投資による資金をもとに、モノ(財)やサービスを生産し、それを顧客に提供して、元手の資金以上の対価を得ることで、利益(利潤)を生み、投資家に配当を与え、企業自身も維持、成長、発展するという存在です。
 
 
 一方、社会貢献活動は、先にも触れたように「直接の対価を求めることなく、その持てる資源を投入すること」ですから、社会貢献活動にかかる費用は、全額コストに他なりません。そのため、コストをかけた以上、企業が維持されるためには、コストを顧客からの対価に上乗せするか、利益を減らして株主への配当を減らすか、企業で働く従業員の給与など別のコストを削減するか、企業が次に成長するための資金を減らすかしなければなりません。このことは、かえって顧客(消費者)や株主(投資家)あるいは従業員に対し不利益を与えることとなってしまいます。
 
 では、博愛精神を持ち得ない企業が、自らの利益や別のコストを削ってまで、社会貢献活動を行わなければならないという理由、しかもそれを積極的に行わなければならない理由は、どこにあるのでしょうか。
 
 さらに言えば、企業は法律によってその存在が認められているのですから、企業の活動の目的自体が、何らかの形で社会に貢献していることになります。にもかかわらず、企業の本来の目的以外の社会貢献活動を行うべき根拠はどこにあるのでしょうか。
 
 近年の企業は、大きな社会的権力と社会的影響力を有しています。雇用している従業員に対してはもとより、地域社会、政府、消費者、株主等に対して、現代の企業が巨大化・多国籍化・複合化するに従って、企業の持つ権力と影響力はますます大きく、多様化してきています。
 
 そして、権力や影響力を持つことを、社会から認められるためには、それに見合った、経済的機能(企業の本来の活動目的の達成による社会への貢献)にとどまらない、さまざまな社会的責任を負わなければならず、その中に本業以外の社会貢献活動も含まれることになるのです。
 
 
 さて、ここでいう「企業の社会的責任」とは、1.企業の存在意義に関わる制度的責任、2.企業行為の社会的妥当性に関わる倫理的責任の他に、3.倫理的責任よりもっと自発性・道義性の強い、社会の要請に応えなければならない社会貢献責任があるといわれています。
 
 
 この3つの社会的責任には、階層性があり、より基本的な責任を果たさないうちは、次の責任の遂行はできないとされています。極端にいうと、不景気で今にも会社が倒産しそうな時には、社会貢献活動を自粛しても止むを得ないということになります。ここに企業の社会的責任の限界があると考えられます。
 
 ただし、この3つの責任の中に含まれる内容は、絶えず変化しており、特に、市民意識の発達した現代社会においては、企業の責任遂行の状態が、インターネット等情報化社会の進展とともに、市民によって絶えず注視されており、これまで社会貢献責任とされたものが倫理的責任へ、また、これまで倫理的責任とされたものが制度的責任へと、より基本的な責任へ近づいている傾向にあります。例えば、障害者を一定の割合で雇用することは、現在では、「障害者の雇用の促進等に関する法律」により、制度的責任となっています。また、企業が倫理的責任を遂行できないことが、企業の存続の危機をもたらすこともありますし、短期的に赤字になったからといって、直ちに社会貢献活動を打ち切ることが、企業イメージを悪化させたり、企業の信頼を失い、その企業の商品の売れ行きが落ち込んだり、企業に対する投資が控えられたりするなど、かえってマイナスになることもあります。
 
 要するに、企業の果たすべき社会的責任の内容と、その優先度は、最終的には企業自身が決定するものですが、その決定に際しては、企業を直接的あるいは間接的にとりまく、様ざまな利害関係者とのバランスが基準になるのです。そして、企業の社会貢献責任をより基本的な責任に近づけ、企業に遂行させる原動力となるのは、私たち市民の「自ら社会に参加しようという意識=市民意識」です。
 
 
< 企業はどんな社会貢献活動をするの? >
 
 企業が社会貢献活動を行う根拠をこれまで説明してきました。今や企業は積極的に社会貢献活動に取り組まなければならないことはいうまでもありません。経団連(経済団体連合会)も、その「企業行動憲章(1996年)」の第5章に「『良き企業市民』として、積極的に社会貢献活動を行う。」としています。
 
 では具体的に、企業はどのような社会貢献活動をしているのでしょうか。実際には、各企業が、様ざまなアイデアによって多種多様な社会貢献活動を展開しているのですが、ここでは、二つの側面から分類することにします。
 
 まず一つは、企業の社会貢献活動の方法による分類で、もう一つは、企業の社会貢献活動の分野による分類です。
 
(1) 企業の社会貢献活動の方法による分類
 
 1991年に出版された、通産省(当時)関東通産局編の「地域貢献企業の時代」の中で、企業の社会貢献活動を、その類型から次の5種類に分けて説明しています。
 
1) 産業活動を通じた貢献
 これは、企業が本来の目的である経済活動を進める中で、社会貢献活動も併せて行うものです。ある程度の経済活動効率を後退させても、社会貢献活動を優先する点が、社会貢献活動の原則である「無償性」が保つことになります。
 
 企業が、部品・原材料等を地元で調達するといった場合や、企業が大学と共同研究を行うといった場合など、企業にとって、本来の流通経路の変更や企業秘密の公開により、企業にとってコスト増となっても、それが地域産業の振興や学生の育成に繋がるといった場合がこれに該当すると思われます。
 
2) 資金提供を通じた貢献
 企業の社会貢献活動の中で、最も多いのがこの活動で、経団連の調査によると、1999年度の企業309社の社会貢献活動に支出した金額 1,246億円のうち、寄付金額は63.2%にあたる787億円になっています。
 
 一口に社会貢献といっても、企業の担当者にとっては、本業以外は専門でなく、また、直接活動に参加することが難しいため、社会貢献活動を専門的に行っている団体等に資金を提供することにより、間接的な社会貢献活動を行っているのです。
 
 アメリカでは、企業とともに、そこに働く従業員も同時に寄付をするという制度があります。1954年にGE(General Electric)社が行った「マッチング・ギフト制度」は、従業員個人が支出した社会貢献費用に、企業が一定金額を上乗せして支出する制度で、従業員の支出が増えれば、企業の支出も増えるという仕組みです。従業員が主体的に社会貢献活動に参加できる制度として、日本でも導入する企業が増えています。
 
 このほか、企業組織とは別に、社会貢献活動を行う専門の組織である「企業財団」を設立することもあります。企業財団には、社会貢献活動を直接行うNPO(非営利組織)や、研究機関、文化・芸術活動を行う個人や団体への助成を行うものや、企業財団自ら社会貢献事業や文化・芸術事業などを行うもの、あるいは、その両方を行うものもあります。規模が大きくなるため、財団を設立するのは、どうしても大企業が多いようです。
 
3) 企業施設を通じた貢献
 これは、企業が所有する施設を無償譲渡するというよりも、施設をある一定の期間無料開放するといった場合がほとんどです。企業は、グランド・野球場・体育館・ホールなど、文化・スポーツ施設を社員の福利厚生施設として所有しているところが多く、その施設を広く開放することで、文化・芸術・スポーツの振興に貢献しています。
 
 また、工場や農場、工事現場などで、地域の住民や子どもたちのための見学会や学習会などを開催している企業もあります。
 
4) 人を通じての貢献
 これには二通りの貢献方法があると考えられます。一つは、従業員に対し、社会貢献活動を「業務」として命令し、実施させることです。災害時の復旧活動への派遣や、社外講師の派遣、NPO団体等への出向はこれに該当します。また、先に掲げた工場見学会等に従業員が出勤する場合もこれに該当します。
 
 もう一つは、従業員が個人として行う、ボランティア活動等の社会貢献活動に参加することを企業が支援することです。具体的には、ボランティアや青年海外協力隊に参加するための休暇制度や休職制度を設けたり、社内でボランティア活動の募集を行ったり、ボランティア活動に貢献した従業員への表彰制度を設けたりするといったことがあげられます。
 
5) 総合的な貢献
 これまで上述した(2)〜(4)までの社会貢献活動が組み合わされた活動のことを言います。例えば、企業が自主的に企画する社会貢献に関するイベントや行事、環境保全活動を行う場合には、企業は、資金・施設・人材を提供します。また、イベントのような短期の活動だけでなく、緑化活動や歴史施設・町並みの保全のような長期間の取り組みが必要な場合もあり、企業の総合的な支援が必要となります。
 
(2)企業の社会貢献活動の分野による分類
 
経団連が1990年より実施している「社会貢献活動実績調査」の中で、企業の社会貢献活動を、その分野から次の12種類に分けて説明しています。
 
分野 貢献活動内容
社会福祉 高齢者・障害者福祉団体への資金援助、ボランティア活動支援、等
健康・医学 難病等の研究への資金援助、交通安全指導、献血、物資援助、等
スポーツ 各種スポーツ大会への資金援助、スポーツ大会運営のボランティア、等
学術研究 研究機関への資金援助、大学等への寄付、等
教育 教育資金・物資援助、交換留学、コンクール、セミナー等の自主プログラムの実施、等
芸術・文化 公演・展覧会等の資金援助、コンクール、等
環境保全 環境問題の研究機関への資金援助、清掃活動、植林活動、等
史跡・伝統文化保存 文化財の保存・修復等への資金援助、伝統芸能の調査・研究への支援、等
地域社会活動 地域のイベント・祭り等への資金援助、地域行事へのボランティア参加、等
国際交流・協力 NGOへの支援、海外青少年の招聘、研修生の受入れ、文化交流、等
災害救援 赤十字等への義援金、マッチング・ギフト制度による募金・寄付、等
その他 
 
< 企業の社会貢献活動を見せて >
 
 大阪同企連(大阪同和問題企業連絡会)に加盟している企業で、実際に行われている社会貢献活動の一部をご紹介しましょう。
 
・ 身体障害者に働く機会を提供
・ 新しい社会貢献制度−マッチングギフト
・ アジア諸国の人づくり支援−国際奨学財団
・ マングローブ植林チームへのボランティア参加
・ 障害者スポーツボランティアサークル部
・ 「視覚障害者の就労に向けたワープロ技能検定試験」支援
・ 骨髄ドナー休暇制度
 
< 企業の社会貢献活動のこれから >
 
 先に企業が社会貢献活動を行わなければならない理由を、企業の社会的権力および社会的影響力に見合った社会的責任であるとし、その社会的責任をより基本的な責任に近づけ、企業に遂行させるのは、市民意識であると書きました。
 
 わが国においても、市民意識は確実に高揚しています。ある調査によれば、71%の人が日本の将来に危機感を持っており、その結果として、社会問題の解決をすべて国家・行政に任せておく訳にはいかないという意識が生まれています。その一方で、総理府(当時)が毎年行っている「社会意識に関する世論調査」では、60%を超える人びとが、日頃社会の役に立ちたい、世の中の役に立つことが大きな喜びと考えており、その割合は年々増加してきています。この市民意識は、最近になって活発になっている、NPO(非営利組織)やNGO(非政府組織)、ボランティア活動、市民オンブズマンなど、具体的な活動となって表れてきています。
 
 市民意識が高揚したことにより、人びとの企業観も変わってきています。ある調査によると、「企業は誰のために存在するか」との質問に、54%の人が「社会一般のため」と答え、「従業員のため(55%)」とほぼ同数の結果となりました。そして、社会のために存在する企業は、社会的責任を果たすべきであるという意識が着実に高まってきています。
 
 一方、企業の側も、こうした市民意識の高まりを受けて、さらに積極的に社会貢献活動に取り組むことになるでしょう。そして、将来的には、高い市民意識をもった従業員が増えることにより、これまで採り上げてきたことを行うことは、もはや社会貢献活動とは言えない「あたりまえ」のことになるかもしれません。
 
< おわりに >
 
 企業に社会貢献活動を遂行させる原動力には、「市民意識」が必要と説明してきました。そして、その根底には、「人権尊重」の精神が不可欠であると思います。市民意識とは、個人が消費者・親・地域住民・納税者・労働者など、様ざまな主体の目を持って世の中(社会)を見、自分の意思を決定し、社会に参加していく意識のことですが、その「意思」の中には、誰もが平等に、幸せに生活できるよう、お互いを尊重するといった人権思想が採り入れられなければならないのです。
 
 2000年12月、「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」が公布・施行され、今後、人権教育が積極的に行われるようになるものと期待されています。これにより、わたしたちの市民意識が、より一層人権尊重の立場で高まっていき、それに呼応して、企業も一層人権尊重の立場に立った社会貢献活動に、積極的に取り組むようになるのではないでしょうか。
 
制作・協力 大阪同和問題企業連絡会