指摘


とある大手物流企業の新任の取締役が来た。
応接室に通した。
「いつもお世話になっております。担当のI氏でございます。今後とも宜しくお願い致します」
名刺を交換した。
一つ気になることが有った。
頭だ。
しばらく世間話をしていた。だが、どうしても目が頭にいく。
「分かります?実はカツラですわ。ちょっと仕事やら何やらで悩んでましてねえ、10円ハゲが出来たんですよ。円形脱毛症ってやつですよ。髪の毛で隠すのも男らしくないでしょ。だから、自分で全部剃ったんですよ。奇麗さっぱり。だけど、一応、支店長って立場でしょ。スキンヘッドってのは、ちょっとマズいかなって思ってたところ、うちの親会社がね、カツラ作ってんですよ。合繊でカツラ作ってんですよ。『一度試してみないか?』って話持ち掛けられましてね、無料だって言うんで、ちょうど良かったって、こいつをかぶってんですよ。まあ言うたら、親会社の新商品の実験台ですわ。よく出来てるでしょ。白髪なんか混じってて。ホックでとめるだけなんですよ。でも、よく分かりましたねえ。初めてですよ。いつもは、私から種明かしして、『へええ!気付かなかったですよお!』って驚かれるんですけどね。今
泉さん。あなた、するどいわ」
「...ホックはずれてますけど」
左側のホックが外れて、カツラが浮いていた。カツラと地肌の間に妙な空間が出来ていただけなのだ。
「あああっっっ!!!私としたことが!」
頭をいじり回すので、カツラがずれた。
余計なことを言ってしまった!私は悪いことをしてしまった。
「これでどうです?」
まゆ毛とカツラの間が数センチしかなかった。
非常にひたいが狭くなった。
まあ、そういうひたいの狭い人も世の中には居るだろう、と思い、
「完璧です。それじゃ、絶対誰にも分かりません」
太鼓判を押しておいた。
あの後、誰かに指摘されたかどうかは恐くて聞いていない。

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