運輸という業界

この仕事について何年になるだろうか、以前は婦人服地の輸出を担当していた。扱っていた素材が、日本で生産すると、コストが合わなくなり、私が居た部署は消滅した。
この物流課に拾われて、最初は戸惑いがあった。
なにしろ、以前居たファッション業界とこの物流業界では、人間も違うし、言葉使いも違う。
やはりいかつい。男の世界だ。
お酒の誘い方が印象的だ。
以前、風邪をひいていた時に、
「おっ!I氏さん。今夜どないや?」
「え?」
「ちょっと行こうや、夜」
「ああ、すんません。風邪で」
「なんやあ、風邪?あかんなあ、消毒してへんからやで。よっしゃ!今夜、喉の消毒しに行こ!風邪にはアルコール消毒や!」
「すんません。せっかくなんですが、しんどくて」
「なにっ?!しんどい?!それはあかんなあ。栄養つけに行かなあかん。よっしゃ!今夜、栄養つけに行こ!」
この「消毒」とか「栄養をつける」という言葉は、いくつかの取引先が口にするのを耳にした。決してスマートではないところが、この業界らしい。
いつだったか、お中元の時期に取引先が来た。
「これ、つまらんもんですが」
分厚い封筒を差し出した。すぐに商品券か何かだと分かった。うちの部は、お中元、お歳暮をいただくことは禁止されているので、
「いえ、そんな、気をつかわないで下さい」
「ただのビール券ですがな」
「いやあ、せっかくのご厚意なんですが、御存じの通り、我々はお中元を受け取ることが出来ないんです」
次の言葉に自然と受け取ってしまった。
「喉しめらすだけでんがな」
妙な迫力があった。
また、飲んでいて、二次会に誘う時の誘い方が違う。
「おう、I氏ちゃん。時間は?」
「え?」
「大丈夫やな」
上下関係がはっきりしている業界なので、上司の目くばせで部下は動く。
部下の人が、店を出て、携帯電話で話している。
「おう、I氏ちゃん。行こう」
「え?え?」
「楽しいとこ行こ」
なるほど、部下の人は、その「楽しいところ」の予約をしているのだな。
以前は、この「楽しいところ」という言葉に、何か期待してしまった。
着いたその「楽しいところ」は、ただのスナック。年配のママさんが、
「あらあ!いらっしゃい!あら?今日はかわいい子連れてるやん!」
ばばあ楽しませてどうすんねん?!と憤ったものだ。
最近では、「楽しいとこ行こうや」とは、「歌いに行こう」、「飲み直そう」等の「二次会に行きましょう」という意味なのだと分かった。
「消毒」、「栄養をつける」、「しめらすだけ」、「楽しいところ」、この四つの言葉を立て続けに言われた場合、この業界の人間でなければ、きっと勘違いするだろう。
栄養ドリンクを飲んで、楽しいところ(風俗)に行き、股間をしめらせ、
病気が恐いので、消毒を怠らない。こんな風に理解してしまうだろう。
私は、今では、そんな間違えた解釈をしなくなった。

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