強烈な商談


以前、関連会社のSE酢酸ビニルに居たTGさんから頼まれ、とある運送屋の売り込みの応対をしたことがある。
TGさんは、SE酢酸ビニル、Uケミカルの守衛さんの*田さんから頼まれた。*田さんは警察を退職して、守衛さんをしている。
*田さんの息子さんは、◎×さんという大学時代の先輩と二人で、「◎△陸運」という運送会社をつくった。
守衛の*田さんが息子さんの会社を使って欲しいとのことで、私とのアポイントをTGさんに頼んだ。
TGさんとは飲み友達でもあるので、◎△陸運を使うかどうかは別として、会うだけはかまわないと引受けた。
アポイントの当日、昼過ぎだった。
廊下に重たい空気が漂っている。部署の人達も、誰もが目を伏せている。
横目で廊下の方を見ると、
右翼!
坊主頭に立派なひげ、服装はサファリっぽい軍服のような、まさに右翼スタイル。歳は40代後半。天皇陛下にでも会うのかというような、姿勢を正し、ズボンの両サイドの縫い目に両手を伸ばしている。
その横には、
ヤクザ!
濃紺にストライプのダブルのスーツを着たオールバック。歳の頃は、右翼より4〜5歳若い様子。
ヤクザの方が「失礼します!◎△陸運と申します!I氏様をお願いいたします」
その言葉を合図に、右翼の方はさらに姿勢を正した。
私は顔面蒼白になった。えらいのが来たやないかあ...
「あっ、はい。私です。お待ちしておりました。I氏でございます」、名刺を差し出した。
どうも右翼の方が上司らしい。
「私が、社長をしております◎×です。この度は、貴重なお時間をいただきまして、厚く御礼申し上げます」
続いて、ヤクザの方に名刺を差し出した。
「*田でございます。父がいつもお世話になっております」
二人を座らせた。
「私どもは、岡山大学にて学び、一般企業に勤めたのでありますが、納得の行く方針ではなく、この*田とともに◎△を設立したのであります」
「この世の中、日本の将来を考えている企業が少のうございます。大学時代からともに日本の行く末を危惧した先輩の号令を受け、私も微力ながらも身を託そうと決心したのであります」
「は.はぁ...」
「I氏さんに貴重な時間をさいていただきますのは、少々我々◎△について知っていただきたいからであります」
*田氏から◎△陸運設立までの過程、方針等の説明を受けた。
二人は、岡山大学に通っていた頃の先輩後輩で、二人とも卒業後、一般企業に就職した。ところが、お互いの勤めている会社は、どちらも日本の将来のことを何も考えず、会社の利益のみを追及している。そのことに嫌気がさし、会社を辞めた。周りを見回しても、どの会社も日本の未来を考えていない
。じゃ、我々二人が会社を作り、日本の将来を担おうではないか、これが◎△陸運設立の経緯だった。
「I氏さん。御社の全製品の輸送を我々に託して下さい」
大胆な売り込みだった。
「社長。いきなり言われましても」
「もちろん、お気持ちは分かります。不明な点、何でもお聞き下さい」
「じゃ、どんな車輌をお持ちですか?台数も教えて下さい」
「2トン車5台。小型クレーンもついております」
「ちょ.ちょっと..待って下さい。2トン車5台では、ちょっときついです」
「いえ。大丈夫です。クレーンもついております。レンタルのニッケンのトイレの設置も出来ます」
「いや、あのぉ..私が扱っているのは化学品ですので、クレーンは必要ないんです」
「いえ。どんな建設現場であろうと、トイレの設置が出来ます。運転手もクレーンの操作に精通した者ばかりですので、現場の方々に喜ばれております。何も心配なさらんで下さい」
「いやぁ..あのぉ...建設現場向けではないんです。化学品の輸送なんです」
「化学品!あっ!化学品ですか。それを先におっしゃって下さい。分かりました。大丈夫です」
「物量が数万トンありますので、2トン車5台では、ちょっと...」
「任せて下さい。我々、この◎△を設立した経緯、先ほど聞いていただきましたが、日本のために覚悟を決めております。どんなことでも必ずや、成し遂げるつもりです」
「いえ、でも、何万トンも運べないですよ」
「大丈夫です。ご心配なさらんで下さい」
「じゃ、料金はいくらぐらいですか?例えば、昭和57年運輸省タリフの何がけぐらいですか?」
「運輸省タリフ?」
「はあ。57年認可基準の何パーセント引きぐらいですか?」
「ちょ、ちょっと待って下さい。運輸省とおっしゃいましたね。運輸省など信用してはなりません。奴ら官僚どもの横暴、目にあまるものがあります。私欲を追及する企業、そこから賄賂をむさぼる官僚ども、こういった輩が日本の明日を考えてるとお思いか?!」
「いえいえ!それは思いませんけど。で、運賃は、いかほどで?」
「逆にI氏さん。いくらなら、お任せいただけるのですか?」
「57の80パーセント以下ですね。運輸省認可57年タリフの基準から2割り以上引いていただきたいです」
「運輸省?!I氏さん!あんな奴らの何を信用すると言うのですか?!善良なる日本国民から税金と称し暴利をむさぼっている輩ですぞ!そんな輩と我々を比べないで下さい!」
「いえ!違います!商談に便利なんで、運輸省タリフで話をしてるんです。じゃ、大阪、東京間の10トン車運賃をお願いします」
「残念ながら、我々には10トン車はございません。しかし、ご心配なさらなくて結構です。2トン5台。小型クレーン装備。どんな現場であろうが、我々、それなりの決意のもとにこの◎△を設立いたしました。どんな仕事でも必ずや全ういたします」
「いえ、あのぉ..2トンだと、効率が悪いんですが」
「10トン分運びます。大阪、東京間を5往復、何日かかろうが使命は全ういたします」
「納期間に合わんじゃないですか!いえ、あの、すいません。とにかく、うちの化学品は、全国に配送されます。それだけじゃなく、配送ロットもまちまちですので、2トン車に限定されると、難しいんです」
「クレーンがついてるのですぞ」
「クレーンは使いません!クレーンが必要な商品じゃないんです」
「I氏さん。我々の決意、ご理解いただけないのは仕方がありません。なにしろ、今回初めてお顔を拝したばかり。徐々にで結構ですので、我々をご理解下さいますれば、必ずや貴社全商品の輸送を託していただけるものと存じます」
「分かりました。じゃ、輸、配送のデータをまとめたものをお渡しします。納入先、納入日、数量をとらえた資料をお渡しします。それを見ていただいて、それからお値段を提示下さい。いかがでしょうか?」
「有難うございます!送ってくだされば、それをもとに最善の見積りを提出いたします」
その日の内に資料を送った。
樹脂、ポリビニルアルコールの輸、配送データ。数万トンの荷動きがある。
資料を送ってから◎△陸運から電話は無かった。
*田氏のお父さんから「I氏さん。有難うな。わしんとこにも、いろいろ紹介してくれって言うてくるんやけど、なにせ中型5台じゃあねえ。わし、守衛する前は、警察で運送業者相手の仕事してたんや。だから、それなりに分かってる。またトラック増やしおったら、話聞いたってな」
◎×社長率いる◎△陸運、今日もこの世を憂い、日本の明日のために便所を設置してるのだろう。

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