ミスターT来阪


6月15日2時16分、
「I氏さん。U販から電話です」
「はい。お電話かわりました」
「おおっ、どうしてるの?」
「え?」
「俺だよお。金曜日そっちに行くから」
「ミスターT?」
「おう。久しぶりだなあ。金曜日大阪に行くからさあ。何か用事有るの?」
「久しぶりやなあ。飲みに行こうや」
「なんだ?用事は無いのかよ?」
「用事?」
「飲み会とかさあ」
「合コンか?」
「いいんだ、いいんだ。無理にセットすることはない」
「しないよ。BEACHちゃん誘っとくわ。3人で飲もうや」
「そ.そっか...。木曜の晩でもいいんだぞ。金曜日にさあ、大阪でU販の東京、大阪の交流会があるんだよ。朝11時から昼1時までだ。2時間だ。朝11時までに大阪に入らなきゃなんねえからよお、木曜の内に入っておくんだ。朝早い新幹線なんて大変だろ。だから木曜の晩もいいんだぞ。何か用事は無いのか?」
「木曜は、システムの人達と飲みに行くねん」
「システム?誰だあ?」
「初対面の人達」
「女?男?」
「男の人。同年代」
「なんだ、おっさんじゃねえか。いいよ。木曜は忙しいんだ。残業だな。遅い時間の新幹線になりそうだな。じゃ、金曜の晩に飲みに行こうよ」
「女の子も来るよ」
「えっ?」
「木曜は女の子も来るよ。今年入社の子」
「...ツボをつくねえ」
「二十歳」
「...痛いところだなあ」
「去年入社の子も」
「場所はどこだあ?」
「残業とちゃうの?」
「そんなことはどうでもいいんだよ。なるべく行くようにするからよお。場所教えてよ」
「予約してない」
「えっ?予約してないの?どおして?だあめだよお、ちゃんと予約しなくちゃあ。いつするの予約?今日しなさい」
「システムの人が予約すると思う」
「そうなの?じゃ、場所聞いてきてよ」
「携帯電話に電話して」
「え?携帯?」
「買ってん。木曜日、早く着くのなら、携帯に電話して?」
「いくら?」
「3千円やったかな?通話料は別や」
「ちいがう!ちがう!番号だよ!番号!そんな古典的なボケはしなくていいんだよお。早く番号教えなさい」
「パソコンも買ってん。インターネットするで」
「そんなのいいんだよ。俺、パソコン使えないから。早く番号言いなさい」
電話番号を教えておいた。
「大阪で泊まるとこあるの?」
「いいよ、いいよ。気使わなくても」
「気つかってないよ。聞いただけ」
「...気つかいなさい」
「冗談冗談。うちに泊まったら?」
「いいよ、いいよ。気つかうこたあない」
「かまわんで」
「そうなの。じゃ、木曜と金曜だな」
「...2日もかよ」
「いいんだ、いいんだ。遠慮することはない。そうだ。I氏。俺の変な噂が出回ってるぞ。お前だろ?犯人は」
「何?何のこと?」
「大阪から転勤になってきた奴がよお、俺のこと知ってんだよ。I氏さんから聞いたなんて言ってたぞ。化成品の若い奴だ。お前が何か吹き込んだんだろ?」
「ちゃうって!知らん!知らん!」
「間違いない。お前とコバ*シだ」
「コバ*シでしょ」
「ちいがう、ちがう。コバ*シが1パーセントとお前が99パーセントだ」
「木曜は若い女の子が来るよ」
「いいんだ、いいんだ。細かい話はいいんだ。コバ*シが99パーセントだな。
お前が1パーセントだ」
「かわいい子やで」
「コバ*シが100パーセント悪いんだな。あいつは、影で何を言ってるか分からねえ。文句言ってやらなくちゃいけない。じゃさあ、木曜日早く着いたら、電話すっから。金曜の晩は何か無いの?」
「BEACHちゃん誘っとくわ」
「そ.そっか... じゃ、メインは木曜日だな」
17日木曜日、ミスターTは飲み会に来なかった。
女性が来るというのに、どうしたのだろう?
18日金曜日、この日は間違いなく、ミスターTは現れる。
せっかくミスターTが来るのだから、何か仕掛けをしておくべきだ。
昼休みにBEACHちゃんと打合せをした。
二人でそば屋に行き、そばを食べながら、「BEACHちゃん。いい作戦があるねん」
「どんなんですか?」
「ははは!最高!」
「な!なんです?!」
「ひひひ!」
「いずみさん!教えて下さいよお!」
「わりい、わりい。考えただけで笑える。ミスターTが電話かけてくるやん。今夜の待ち合わせ決めるために。その時にな、ちょっとした嘘をつくんや」
「どんなです?」
「今夜は女の子が来るって」
「だはは!!!それ!最高!絶対期待しますよ!」
「実際は、俺とBEACHちゃんしか来ないんだけど、ミスターTには女の子が来るってことにしよう。飲み会の途中で『女の子達は急用が入って、キャンセルや』って言おう」
「だははは!!!顔色変わりますよお!」
「なっ。おもろいやろ?」
「でも、どういう感じで言います?前もって、ネタ合わせしときましょうよ。僕といずみさんが話合わなかったら、ミスターTさん気付きますよ」
「だから今から打合せするんや。女の子はな、デパガにしとこう」
「だははは!!!めっちゃくちゃ期待しますよ!」
「さらに、モデル。百貨店で勤めながらモデルの仕事もしてることにしとこう。あいつ、モデルとかデパガとか、言葉に反応するからな。勝手にイメージふくらまして、股間もふくらますで」
「だははは!!!言葉に弱い!!!そうそう!!!あの人、言葉で勝手に決めつけます。モデルにしときましょう」
「じゃ、ミスターTから電話かかってきたら、『ミスターT。わるいんだけど、友達も一緒に飲みたいって言うてるねん。連れてきていいかな?』って聞くわ。あいつ、『誰だ?』って聞くやん。『デパガ。梅田の百貨店の化粧品売場に居るねん。モデルのバイトもしてる』って言うから、BEACHちゃんとこに確認の電話してきたら、話合わせてくれ」
「了解!まかせて下さい!」
夕方5時半頃だった。待ちに待ったミスターTから電話が入った。
「ミスターTです」
「おう!待ってたで!昨日どうしたん?飲み屋で待ってたんやで」
「そうなんだよお。3時にさあ、東京を出ようとしたら、仕事入ってきちゃってさあ、結局今日の新幹線で来たんだよ。つまらねえ仕事入ってさあ、早く抜けれなかったんだよ。わるいなあ」
「せっかく女の子達と飲んでたのに、残念やな」
「女の子居たんだな...」
「居たよ。まあ、しょうがないやん。今夜どうする?待ち合わせ決めよう」
「どうしよう?」
「じゃ、6時半にB1で待ち合わせしようか」
「B1だな。B1に行けばいいんだな」
「そう。B1。6時半やで。あっ!それと、友達連れてきていいかな?さっき電話があって、一緒に飲みたいって言うんや」
「誰?」
「ミスターTの知らない子」
「女?」
「うん。デ パ ガ」
「デパガ? 嘘つけ...」
鼻息が荒らくなった。
「嘘ついてどうすんの?」
「なんでそんな知り合いが居るんだよお?」
「じゃ、断るわ」
「待て!待ちなさい!なにも断らなくていいよ!断らなくていい!」
「モデルしてる子やねん」
「なにっ?!モデル?! 嘘つけ...」
「嘘ついてどうすんの?」
「なんでそんな知り合いが居るんだよお?そんな知り合い居る訳ねえだろ」
と言いながらも、さらに鼻息が荒らくなった。
「飲み屋で知り合ってん。俺がよく行くバーによく来てる子らやねん。その店、モデルさんのたまり場やねん。俺、ママと親しいから、いろいろと紹介してもらってん」
ひっかかった。見事にひっかかった。
「す.すげえな...」
「3人来るわ。今日は仕事が休みなんやて。それで、昼から飲んでるみたい。ほんまに呼んでいいの?ミスターT、気つかうんだったら、断るわ」
「いいよ!なんで断るんだよ!俺に気つかうことはない!呼びなさい!」
「じゃ、飲み屋に来てもらうわ。あの子ら、別の店で飲んでるから、携帯に電話してくるって言うてた」
「なに?すぐ来ないのか?」
「近くで飲んでるから、そっちが終わったら、うちの方に来るって言うてたで」
「早く来てもらいなさい」
「電話かかってきたら、言うとくわ」
「しまったなあ...」
「どうしたん?」
「K島がよお、『ミスターTさん、飲みに行きませんか?』って言ってんだよ」
「K島も連れてきたらいいやん」
「どうして?」
「どうしてって?K島も一緒に飲んだらいいやん」
「どうして?I氏、お前、どうしたんだよお?女の子は何人だあ?」
「3人」
「こっちは、俺だろお、I氏だろお、BEACHちゃんだろお、これで3人じゃねえか。K島が来たら、4人だ。3、4になるんたぞお」
「別にいいやん」
「どうしようかなあ?K島断った方がいいよなあ」
「俺はどっちでもいいよ」
「難しい局面だなあ。3、4だあ。このあたりの経営判断が難しいんだよなあ。どうしよう?」
「任せるって」
「難しいんだよなあ。途中でK島まこうか」
「まけないでしょ」
「まいったなあ。こっちがよお、4人も行ったら、女の子達も困るよなあ」
「困らないよ」
「3、4だぞお。女の子達に失礼だあ。お前にも気つかわせるしよお」
「俺、気つかわないし、女の子にも失礼ではないけど」
「どうしよう?」
「どっちでも」
「決めて」
「なんで俺が決めなあかんねん?!自分で決めえよ」
「3、4だからなあ。まあ、誤差範囲と言えば、誤差範囲なんだけどなあ。
このあたりの微妙なバランスがよお、非常に難しいんだよなあ」
「自分で決めてよ。じゃ、6時半にB1で待ってるわ」
「しょうがねえなあ。ちょっと考えるよ。K島だからなあ。まいったなあ。
このあたりの経営判断は難しいんだよ。判断を誤ると、大変な事態になるからよお」
「じっくり考えて。じゃ、後ほど」
電話を切り、仕事を再開した。すると、今度はK島から電話がかかってきた。
「I氏さん。ミスターTさんが『今夜行っていいか、I氏に聞いてみろ』って言うんです。僕行ったら、駄目ですか?」
「おいでよ。駄目なことないよ」
「ミスターTさんが、3、4とか言ってるんですよ。3、4て何ですか?」
「女の子が3人で、K島が来たら、男が4人て言うてるんやで」
「なんのこっちゃ。ミスターTさんが『I氏は優しい奴だからよお、3、4で気つかわせちゃなんねえ』って言ってるんです」
「人数なんかどうでもいいのにな」
「じゃ、僕も行きます」
「おう。6時半にB1な」
「あのお、デパガが来るんですよねえ?」
「来るよ」
「ほんまですかあ?なんか怪しいなあ」
K島に正直に事情を説明しようかと思ったが、万が一、K島がミスターTに種明かししてしまう危険があるので、嘘をつき通すことに決めた。
「ほんまやで」
「どんな子なんですか?」
「デパガ」
「デパガはいいんです。かわいいんですか?」
「なんでそんなこと聞くの?」
「教えて下さいよ。かわいいんですか?」
「かわいかったら、何なの?」
「かわいくなかったら、やめときます」
はっきりした人である。これは、正直に言ったほうがいいと思い、
「実は来ないんや。女の子なんか来ない。ミスターTに嘘ついてるんや」
「なあんや!そおいうことか。女の子来ないんなら、僕はやめときます」
「はっきりしとんなあ」
「当たり前ですよ。男だけで飲むなんて、金の無駄」
「だけど、ミスターTには言うなよ」
「分かってますって」
K島にしっかり口止めして、電話を切った。
いよいよ6時半になった。
私とBEACHちゃんはB1でミスターTを待った。
なかなか来ない。
待ち合わせ場所か時間を間違えたのかなあ?二人で心配していた。
6時45分。現れた。
黄色のシャツに黄土色の光り物のネクタイ。髪は相変わらずのロンゲ。
勃起していた。すでに股間にテントを張っていた。あの状態で仕事をしていたのだろう。
「わ〜るいなあ。待った?」
「久しぶり!元気にしてた?」
「久しぶりだなあ。女の子達は来てないのかあ?」
「飲み屋に直接来るって。携帯に電話してくるわ」
「ちゃんと来るんだな?」
「来るよ。気つかうんだったら、電話して断るけど」
「いいよ!断らなくていい!なんで断るんだよお!来てもらいなさい!」
我々以外にもB1で飲み会の待ち合わせをしている一団が居た。当社の若い男女だ。みんな非常に楽しそうだ。
ミスターTは、若い女の子が居る飲み会には必ず行きたがる。いつもなら、若い男女の待ち合わせしているのを見かけると、「I氏。俺達も一緒に行ってやらなくていいのかあ」などと、なんとか仲間に入ろうとする。
だが、今回は違った。
なにしろモデルさん達と楽しい夜を過ごせると思い込んでいるからだ。
「おっ、合コンか。若い時は、た〜くさん合コンしなきゃあ駄目だあ。お前ら、頑張んなきゃあ駄目だぞお。俺はよお、今日は忙しいから。また今度相手してやるからよお」
誰も、相手してくれなどと言ってるわけではないが、ミスターTは余裕をかまして、
「じゃ、I氏。俺達は行こうか。あいつらは、また今度相手してやればいいからよお。じゃあな。お前達、頑張るんだぞお」
私、ミスターT、BEACHちゃんの3人は会社を出て、近くの居酒屋に向かった。
「ミスターT。女の子らな、今日は仕事休みで、昼から飲んでるわ。電話の様子だと、泥酔してる感じ。あいつら、飲んだらしつこいからなあ。朝まで付き合わされるかもしれん」
ミスターTの目が光った。股間のテントが大きくなった。
「いいんだ、いいんだ。明日は休みだからよお、そんなの気つかうことはない。そうだ。俺、銀行行くからよお。待ってて。金おろしとかなくちゃなんねえからよお」
ホテル代だろう。モデルとラブホテルに泊まる。ミスターTにとって、それは、何の疑いも無い当然の予定なのだろう。
「ミスターT。あの子ら、みんな一人暮らしやで」
股間のテントがさらにさらに大きくなった。ミスターTは鼻息を荒げながら、
「痛いとこつくなあ。I氏。お前、ポン引きになったら、優秀なポン引きになるぞお。ポイントをつくねえ。優秀だあ」
「田舎から出てきて、一人暮らししてるんや。山口県の宇部の出身」
適当な地名を言っておいた。
「田舎の子なのかあ。田舎の子はよお、大阪なんか都会に出てくると、うかれるんだよなあ。解放的になるんだよお。I氏。お前、優秀なポン引きになるぞお。いろいろと教えてやらなきゃなんねえなあ。とりあえず金おろしとくよ。万が一の事態も考えておかなきゃなんねえからよお」
銀行の外で待つ私とBEACHちゃんは、こらえていた笑いが爆発した。
「いずみさん!もうたまらないてすよお!笑いこらえるのつらいですよお」
「我慢我慢。BEACHちゃん。今の内に笑いだめしとこう」
二人で爆笑していた。
ミスターTが銀行から出てきた。勃起したままだ。
私とBEACHちゃんは、再び顔を引締め、
「近くの飲み屋に行こうや。雨降りそうだから、地下に入ろうか」
「女の子達は分かるのかあ?」
「大丈夫。いつもこの辺りで飲んでるから。電話かかってきたら、店の名前言ったら、すぐ分かる」
「それならいいんだけどな。女の子達に気つかわせちゃなんねえからよお」
「心配せんでも、ちゃんと来るから。一人暮らし。モデル」
「痛いところをつくなあ。ははは。お前、ポン引きになったら、優秀なポン引きになるぞお。BEACHちゃんも思うだろ?なっ。I氏、優秀なポン引きになるよなあ」
「は.はあ。そ.そうですね」
BEACHちゃんは笑いをこらえるのに精一杯だった。
我々は、地下の居酒屋に向かった。
私の携帯電話は、地下では電波が届かない。機械に弱いミスターTは、携帯電話の仕組みなど知るはずがなかった。
「あっ!BEACHちゃん!何してるんだあ?指輪だよ、指輪」
「え?」
「結婚指輪だよお。そんなのしてちゃ駄目だあ。結婚してるのバレるだろ。な、I氏。駄目だよなあ」
「い.いや... 別にいいよ。あの子ら、独身、既婚関係なく、付き合いがいいから。あの子ら、相手が結婚してようが、してまいが、一夜の付き合いは、それはそれって感じみたいな」
「そうなのか?そんなにいい子達なのか。I氏、お前、ほんとに優秀なポン引きになるぞお。優秀だよ。な、BEACHちゃんも思うだろ?ほんとツボをついてくるんだよなあ。優秀なポン引きになるぞお」
満面の笑みで、勃起しているミスターTを連れて、居酒屋に入った。
一杯飲み屋という感じの店で、まず若い女性客が入りそうにない居酒屋。
「I氏。こんな店でいいのか?女の子達、入りにくくないのか?」
「大丈夫。あの子ら、酒飲みだから、洒落た店より、こういう店で焼酎とか冷酒飲むのが好きみたい。だけど、飲み過ぎて、しつこくなるんや。一人暮らししてるやん。『うちで飲みなおそう』なんてしつこいんよ」
「ツボをつくよなあ。お前、ほんとに優秀なポン引きになるぞお。な、BEACHちゃんも思うだろ。I氏、ほんとに優秀だよお」
「だけど、あまりしつこかったら、断っていいよ。そんな、家に行ってまで朝まで付き合うのしんどいやろ?あの子ら、3人とも一人暮らしだから、個別に誘ってくるかもしれんなあ。うっとうしかったら、無視したらいいから」
「ツボをつくよなあ。ビシッ!ビシッ!と痛いところをついてくるんだよなあ。I氏、お前、ほんとに優秀なポン引きになるぞお。な、BEACHちゃんも思うだろ。ほんと優秀だあ」
テーブルがガタッと浮いた。
「あれ?」、テーブルの下を覗くと、ミスターTの股間がさらに高くなっていた。
「ミスターT。大丈夫?」
「なに?」
「ちんちん。大きくなってるやん」
「いいんだ、いいんだ。今から準備しとかなきゃなんねえ。I氏。お前も準備しとけよお。BEACHちゃん。お前もだぞお」
ビールを飲みながら、今から来ることになっている架空の女性について、適当な話を吹き込んでおいた。
梅田の百貨店の化粧品売場に勤めている美女。モデルの仕事もしている。
山口県宇部市出身。非常に解放的。酒好き。
「I氏。モデルといっても、いろいろあるだろ。どんなモデルなんだ?」
飲み屋の壁にはビールの宣伝のポスターが貼ってある。非常に肉感的な美女が写っている。
私はポスターを指さし、「ああいう仕事。どっかのビール会社のキャンペンガールしてる。3人ともキャペンガール仲間」
誰が聞いても、嘘だと気付くはずなのだが、すでに心も股間も冷静さを失っているミスターTの脳は疑うという機能を停止していた。
「ああいうのかよお」
「あのての女性は嫌い?」
「いいよ、いいよ。いいんだよお。俺に気つかうことなんかないぞお。何も遠慮することなんか無いぞお」
ミスターTは日本語も忘れたようだ。
テーブルの下を覗く気にはならなかった。もしかすると、すでに物を取り出しているかもしれないからだ。
BEACHちゃんのほうは、笑いをこらえるのに必死で、下を向いて、歯をくいしばっていた。
「どうしたんだあ?BEACHちゃん。今日は口数が少ないじゃねえかあ」
「い.いえ...」
「だ〜めだぞお、もっと元気出さなきゃあ。今から来る女の子達に失礼じゃないかあ」
耐えきれなくなったBEACHちゃんは、
「ぶーーーっ!!!!!」
吹き出してしまった。
「えっ!どうしたんだあ?!何がおかしいんだあ?!」
「い!いえ!あの!あのおばちゃんがミスターTさんにウインクしてましたので」
「ん?どのおばちゃんだあ?」
「あの店員さんです」
BEACHちゃんは、苦し紛れに訳の分からない言訳をした。
「気のせいだよお。こっちなんか見てねえじゃねえかあ。BEACHちゃん。あんなおばちゃんはどうでもいいんだよ。今から来るモデルさん達に気つかわせちゃあなんねえぞお」
「くくく...」
「な〜にがおかしいんだあ?BEACHちゃん」
「またウインクしてました」
「え?こっち向いてねえじゃねえかあ。あんなの無視しとけえ。ただの神経痛だあ。目パチパチするやつあるだろお。ウインクじゃなくて、神経痛だあ」
「ミスターT。それって、神経痛じゃなくて、神経症のことやろ」
「I氏。そんなのどっちでもいいんだあ。目パチパチしてるだけだあ。BEACHちゃん。そんなのどうでもいいんだあ。ちゃんと元気出さなきゃあ駄目だぞお。女の子達に失礼だぞお」
「す.すいません」
「そうだ。I氏。昨日だけどさあ、システムの女の子と飲んでたんだろお?」
「そう」
「俺行けなかったけどさあ、今度はちゃんと間に合うように行くからさあ、よろしく言っといてくれえ。どんな子だったんだあ?新入社員て言ってたじゃねえか」
「そうや。今年入った子。その子が、同期の子らを連れてきたわ。二十歳の女の子達5人が来てた」
私は嘘をついてしまった。実際は、女の子2人、男性4人で飲んでいたのだが。
「二十歳... 5人もか...」
「みんな、一人暮らしなんやて。最近の若い子はしっかりしてるわ。親元離れて、一人でちゃんと生活してるもんな」
「一人暮らし...」
「5人とも一人暮らしって言ってた。みんな、ノリのいい子で、ミスターTが来てくれないから、俺がマンションに引張りこまれそうになったやんけ」
「そ.そうなのか... かわいいのか?」
「みんな、かわいい子だったよ」
「も.もういい。その話はやめよう」
「一人暮らしだって」
「いいって!その話はいいんだよ!聞きたくない!」
「二十歳」
「うっせえ!いいんだよ!また今度聞いてやるからさあ!だけど、I氏。その子らに悪いことしたなあ」
「悪いこと?」
「だってよお、俺が来るの待ってたんだろ?悪いことしたよなあ。来月大阪に来るからよお、今度はちゃんと相手するからって謝っといてくれえ。これからはよお、大阪の市場も開拓しなきゃあなんねえなって思ってたところなんだよお。これからの経済は、大阪なんだよなあ。だからよお、毎月来るからよお、昨日の子らによろしく言っといてくれえ」
「分かった分かった」
「I氏」
「え?」
「一人暮らしなんだな?」
「誰が?」
「昨日の子らだよお。新人の子らだよお」
「そうや」
「よろしく言っといてくれえ」
30分ほど経った。
そろそろ私の本領を発揮する場面だ。
一人芝居。
携帯電話を使っての一人芝居だ。
架空の存在しないモデルさんと電話でやり取りするのだ。
「あれ?もう30分も経ってるなあ。あいつら遅いなあ。ちょっと電話かけてみるわ」
私は、携帯電話を持ち、適当にプッシュした。もちろん、地下なので、電波など届いていない。
「もしもし。あ、俺やけど ...え?もしもし。聞こえる? ...うん。 ...ほんまあ。 ...ははは!マジ? ...ははは!」
笑ってる私の向かいで、なぜかミスターTも上品にほほ笑んでいる。
さらに一人芝居を続け、
「うん。分かった。あんまり無茶しなや。じゃ、また電話して」
つながってもない電話を切り、ポケットに入れた。
「I氏。あの子ら、何て言ってんだあ?」
「飲み屋でオッパイ出してるんやて。あいつら、酔ったら、ほんま無茶しおるんや。かなわんなあ」
おさまっていたミスターTの鼻息が荒らくなった。確認はしていないが、おそらく下半身も大変なことになっていたのだろう。
下半身ビッグバン寸前だったに違いない。
「おぉ... す.すげえなあ」
ミスターTは、ビールのポスターを見た。そのポスターのモデルさんがオッパイを丸出しにしている姿を想像していたのだろう。
「ミスターT。あいつら、酒癖悪いから、もしなんだったら、断るで」
「だっ!だめっ!だ〜めだあ!いいよ!なんで断るんだよお!俺に気をつかわなくっていいんだ!来てもらいなさい!早く!早く来てもらいなさい!」
妄想に暴発寸前の爆弾を股間に抱え、ミスターTは非常に快活な笑顔だった。
さらに30分後。
一人芝居をした。
「あれ?電話鳴ってる」
「早く出ろお!早く電話に出なさい!」
せかすミスターTの目の前でゆっくり電話を取りだし、耳に当てた。
「もしもし。 ...なっちゃん?」
なっちゃんなどと適当なあだ名を呼んだ。
「え? ...マジ?! ...うん。 ...ほんまあ」
私は深刻な表情を作った。
なぜかミスターTの顔も深刻になった。
「うん。 ...ちかちゃんがつぶれたん。 ...そらあかんわ。当たり前やんけえ。無理すんな言うたやんけ」
ちかちゃんなどと適当なあだ名を呼んだ。
「ほんまあ。 ...無理すんなよ。 うん。分かった。待ってるわ」
ミスターTの顔はこわばっていた。
「どうしたんだよお?つぶれたとか言ってなかったか?どおしたんだ?」
「ちか子って子がつぶれたんや。飲み過ぎや」
「つぶれた?こっち来れるのか?」
「行くって言うてるけど、あの様子じゃ、ちょっとヤバいやろな。ほんま泥酔って感じや」
「どこで飲んでんだ?」
「近く。御堂筋をちょっと下った店。昼からずっと飲んでるらしいわ。店のおっちゃんがサービスしてくれて、にごり酒を1本プレゼントしてくれたんやて。ボトルキープしといたらいいって、プレゼントしてくれたらしいんやけど、あいつら、店を出る前に全部飲むって、イッキ大会してたらしいわ。
それで、ちか子がつぶれおったんや。ほんまアホやで」
「余計な事しやがって...」
「え?」
「店の親父だよお。余計な事しやがってよお。なんて事してくれたんだあ。I氏、その飲み屋はどこだあ?こっちから行かなくていいのか?」
「いいって。だって、すぐ近く」
「吐いてんだろ?ちかちゃん。助けに行かなくていいのか?」
言い逃れに苦しくなった私は、
「あっ。電話や。あいつらやな」
一人芝居を始めた。
「おう。ちかちゃんは大丈夫なんか? ...え? ...マジ? ...だから無理すんなって言うたやんけ。せっかく東京から連れ来てんのによお。待ってくれてるんやで」
存在しない相手に怒る私にミスターTは、「いいんだ、いいんだ。怒ったら駄目だあ。気にすることはない」、慌てて私を制した。
「もしもし。 ...分かった。無理すんなよ。 ...うん。電話ちょうだい」
電話を切り、ポケットにしまった。
「どうしたんだあ?」
「じゅんちゃんもつぶれたんやあ」
またしても、適当なあだ名を呼んでしまった。
「ちかちゃんだけじゃないのかよお!」
「そうなんやあ。じゅん子もつぶれたみたいわ」
「なっちゃんは大丈夫なのか?」
「なっちゃん?」
私は、第一の架空の女性の名前を忘れてしまっていた。
「電話の子だよお。その子は大丈夫なのか?」
「ああっ!!!おお!!!なつ子ね!なっちゃんも泥酔。ほとんど何言ってるか分かれへん状態。これは無理やな。帰らせた方がええわ」
ミスターTの顔が変わった。
黄土色になった。
「とりあえず、電話を待とうや」
ミスターTの言葉数が少なくなった。
15分ほど経ち、一人芝居の締めくくり入った。
「おっ!電話や」
電話を耳に当て、
「おう。 ...ほんまあ? ...しゃあないな。 ...え? ...明日? ...空いてるけどお。 ...お前ら恐いわ。 ...朝まで? ...アホか。 ...うん。 ...別にかまわんけど、無理すんなよ。 ...朝までは勘弁してよ。 ...分かった分かった。 ...じゃ、明日電話して。 ...うん。 ...分かったって。 ...じゃあな」
電話をポケットにしまった。
前を見ると、土色の顔をしたミスターTが、
「来ないのか...」
「帰るって」、さらっと言いはなった。
ミスターTの顔は、なまり色に変わった。絶望。これほど絶望感を感じる表情は見たことがない。
「タクシーの中から電話してきおった。明日の晩に飲みに行こうって言うとるわ。あさっても休みだから、朝まで付き合ってくれって言うとる。ほんまむちゃくちゃやで」
私は、ミスターTが明日の夕方までに東京に戻らなければならないのを知っていた。
「明日?」
「明日飲もうって言うてる。ミスターT、もう一晩泊まっていかない?」
「...駄目なんだ」
「そおかあ。じゃ、また今度来た時やな。ほんまどうしようもない奴らやで。じゃ、今日は3人でどっか二次会行こうか」
「そ.そうだな...」
「ミスターT、どこ行きたい?キャバクラ?」
「キャバクラでもいいんだけどよお。もうちょっと確実性のあるところがいいんじゃねえのか?」
「確実性?」
「確実性だよお。だってキャバクラの女なんて、約束だけして、平気ですっぽかすじゃねえかあ。信用出来ないんだよお」
「あっ、そういうことか」
「そうだよお。どうしたんだよお?当たり前じゃねえか。何年勉強してきたんだよお。キャバクラじゃなくてよお、もっと確実性のあるところがいいんだぞ」
「例えば?」
「ナンパだ、ナンパ。手っとり早いじゃねえか」
「そんな簡単に引っ掛かれへんと思うけどな。それに、俺はナンパしないから、ちょっと勘弁して欲しい」
「引っ掛からないかあ。じゃ、しょうがねえな。BEACHちゃんはどこがいいんだよ?」
「僕はどこでもいいです。ミスターTさんの行きたいところに行きましょう」
「BEACHちゃん、どこか行きたいところないの?俺はどこでもいいんだ」
「じゃ、ミスターT。BEACHちゃんのお気に入りの店に行こうや」
「BEACHちゃんのお気に入り?な〜んだ、BEACHちゃん。大阪に転勤して、もう行きつけを作ったんだな。東京での俺の教育が良かったんだな。どんな店なんだ、BEACHちゃん?」
「え?いずみさん。どこのことですか?」
「例のキャバレー。BEACHちゃんのお気に入りが居るとこ」
「ああ。あのキャバレーのことですか。あの店でいいんですか?」
「BEACHちゃん。な〜にも遠慮することはない。ちゃんと女が居る店なんだな?そこが肝心だぞお」
「は.はあ。居ますけど...」
「じゃ、そこ行こうよ。さすがBEACHちゃんだな。東京での俺の教育が良かったんだな」
落ち込んでいたミスターTが急に息を吹き返した。もちろん股間もだ。
我々は、タクシーで南に向かった。
そのBEACHちゃんのお気に入りの店というのは、昔ながらのキャバレーである。
ホステスさんは、初老のばばあばかりだ。BEACHちゃんは、どちらかというと、若い女性より、ご年配の方を好んでいる。
キャバレーに着いた。
昔ながらの店の作りだ。非常に広い。大ホールの前面は、大ステージだ。
もちろんホステスさんは、ほとんどがばばあだ。客もじじいばかりだ。
ステージではじじいがカラオケで演歌を絶唱している。その横で店のスタッフが、ダルそうにタンバリンを叩いているステージの上では、何の意味もないミラーボールが、必要以上に高速で回転している。
我々はテーブルについた。
BEACHちゃんが、お気に入りのホステスさんを指名した。ユミさんという初老のご婦人だ。
我々の席にユミさんともう一人のばばあが来た。
ミスターTの顔を見た。絶望。再び襲ってきた絶望感になまり色になっていた。
「なんなんだ、この落差は」
「落差?」
「すごい落差だよ。モデルと飲むはずが、なんでばばあと飲まなきゃなんねえんだよ。ああ...。それに何なんだ?あのミラーボール。なんであんな速く回ってんだ?カラオケと合ってねえじゃねえか。横の女もダルそうにタンバリン叩いてやがるしよお。ばらばらじゃねえか」
ミスターTは立上り、「便所行ってくるよ」
BEACHちゃんの方は、お気に入りのユミさんとベッタリ。
私は、もう一人のばばあと距離を置いて座り、ばばあの話を聞いてやっていた。
ミスターTは、トイレに行ったきりなかなか戻って来ない。
「BEACHちゃん。ミスターT遅いなあ」
「ほんとですねえ。倒れてるんじゃないですか?」
30分ほどすると、ゲッソリやつれたミスターTが戻ってきた。トイレで頭を抱え込んでいたらしい。
「何なんだ、この落差は...」
横を見ると、BEACHちゃんはユミばあさんの尻をさわっている。後で聞くと、パンツの中に手を入れてたそうだ。
ミスターTを見ると、もう一人のばばあが、「若いねえ。かわいいねえ」とミスターTの体を触ろうとしていた。
ミスターTのほうは、顔を引き痙らせ、必死に防衛していた。
「遊び慣れてないのね。照れなくていいのよ」
「いっ.いやっ... 待て.ちょっと待て 何なんだ、この落差はよお」
ばばあは、ミスターTが逃げるので、私に関心を寄せた。
「おにいさん。かっこいいねえ。私が応援してる演歌歌手とそっくり。私、おにいさんみたいな子、タイプやねん。なんだったら、今夜、うちに遊びに来ない?大丈夫。心配無いよ。旦那は、とおの昔に別れたし、息子も、もう結婚して、家から出てるし」
今度は、私が恐ろしい思いをした。
「い.いえ。今日は、この友達が東京から来ましたので、こちらをもてなしてあげて下さい」
「ばっ!ばかやろお!お.おれのことはいいんだ!気つかわなくていい!」
「おにいさん達、遊び慣れてないのねえ。ほんとかわいいわあ。東京のおにいさん。どうせ、どっかに泊まるんでしょ?だったら、うちおいでよお」
「い.いいです。いいです。気つかわなくていいんです。て.てきとうに泊まりますんで。なっ、I氏」
「え?ミスターT、お前、宿決まってないやんけ。泊めてもらえよ」
「ばっ!ばかやろお!きさま!俺がどれだけ教育してやったと思ってんだあ!な.なんてことを言うんだ」
ばばあはミスターTの内ももをなで回した。
ミスターTの顔は、恐怖に引き痙っていた。
私に助けを求めようにも、私はあさっての方を向き、かかわらないでおこうと決め込んでいた。
BEACHちゃんに助けを求めようにも、BEACHちゃんはユミばあさんとちちくりあっていた。恍惚の表情で。
「たっ!たすけてくれえ!どうなってんだよお!なんで、こんな落差が有るんだよお!」
悲痛な叫びに、私は耳をふさいだ。
店に入ってから1時間半ほど経った。我々は店を出た。
ミスターTは、このまま帰るという気分にはなれなかった。
「I氏。どこかいい店は無いのかあ?」
「居酒屋でも行こうか?」
「なんで、そんな落差のあること言うんだよお。なんで居酒屋に行かなきゃなんねえんだ?」
「どんなとこ行きたいの?」
「もっと確実性のあるところだよお。女の子がいっぱい居るショットバーとか無いのかあ?あっ!そうだ。BEACHちゃん。だ〜めだよお。早く帰らなきゃ。
BEACHちゃんは家庭があるんだからさあ、電車のある内にちゃんと帰らなきゃ駄目だぞお」
「ミスターTさん。今日は大丈夫です。嫁さんに、遅くなるって言っておきましたんで」
「だ〜めだ、だめだめ。そんなこと言っちゃあ駄目だあ」
ミスターTは、BEACHちゃんを無理やり帰らせた。
私には、ミスターTが意図する事がすぐに分かった。
ナンパだ。ショットバーで女の子をナンパするつもりだ。そのためには、3人よりも、2人の方が動きやすいと考えたのだろう。
BEACHちゃんを見送った後、ミスターTは「どこかねえのかよお?女の子がい〜っぱい居るバーだよお」
「あるよ」
「えっ?あるの?ど〜こだあ?」
「梅田。何回か行ったことがあるねん。カウンターに座っていたら、女の子が横に座ってきたわ。俺、ナンパはしないから、別に相手したりせんかったけど、あの店だったら、簡単にひっかけれると思うよ」
私が言った言葉は事実である。梅田のとあるショットバーなのだが、他の女性客が寄ってくる。
だが、11時で閉店だ。
時計を見ると、すでに11時半。とっくに閉まっている。
「I氏。早く行くぞお。梅田だな」
気がせいているミスターTは、地下鉄がまだ走っているというのに、タクシーに乗り込んだ。
渋滞に巻き込まれ、南から北まで30分もかかってしまった。
タクシーを降り、ショットバーに向かった。
もちろん、シャッターが下りていることを知ってだ。
「あれ?なんだあ?これ入れるのか?」
店に着くと、すでに閉店だった。
「あらあ。もう閉店やなあ」
「えっ?閉店?」
「しまったなあ。11時までやったんやなあ。気付かんかったわあ」
「しょ.しょうがねえなあ... ど.どっか他はねえのかあ?」
ミスターTの股間は、またもやしぼんでしまった。
私は、少しやり過ぎたかなあとミスターTが可哀想になった。少しは楽しんでもらおうと思い、
「ミスターT。ちょっと歩かなあんのやけど、面白いバーがあるんや。飲み代も安いし。行ってみるか?」
「女は居るのか?」
「ストリッパーの子らがよく遊びに来てるねん。何度か一緒に飲んだことがある。この時間だったら、あの子ら来てるかもしれんな」
「なんだあ。ちゃんとした店知ってんじゃねえか。なんで、そんな大事な事を早く言わないんだよお。報告は大事なんだぞお。ちゃんと報告しなきゃ駄目だあ」
「わるいわるい。じゃ、行こうや」
バーに向かった。ミスターTは勃起していた。元気溌溂だ。今までのダメージを全く感じさせない溌溂とした様子だった。
我々は店の前まで来た。
「一応電話で聞くわ」
「電話?何聞くんだよお?」
「だって、ストリッパーの子ら来てなかったら、何しに来たか分からんやろ」
「I氏。お前、成長したなあ。そうなんだあ。その辺りをきっちり確かめなきゃなんねえ。俺が教育したかいが有ったよなあ。お前も優秀になったよお」
「ありがと」
私は、携帯で電話をした。
「I氏ですけど」
ママが出た。
「I氏ちゃん!どこ居るの?」
「いやいや。ママ。店こんでる?」
「こんでへん、こんでへん。がらがらよ。おいでよ」
「女の子来てる?」
「女の子?誰よお?」
「いつも来てる子。ストリップのダンサーの子ら」
「ああ。あの子ら来てないわ。今来てるのは、女装のホモのおじさんばっかり。面白いよ。おいでよ」 
「また行くわ」
電話を切った。
「ミスターT。女の子ら来てないんやて。おっさんばっかりらしいわ。ホモのおっさん」
「ホモ?!なんで、そんな落差があるんだよお!ストリッパーとホモなんてとんでもない落差だぞお」
「どうする?」
「しょうがねえなあ。他はねえのかよお?」
「天満まで行こうか。洒落たバーがあるで。入ったこと無いんで、女の子が来てるかどうか分からないけど、お洒落な店だから、もしかすると女の子の二人連れなんてのが来てるかもしれん」
収まりがつかないミスターTはわらをもつかむ心境だったのだろう。
「行くぞお。天満だあ」
我々は、歩いて天満に向かった。
15分ほど歩くと、バーに着いた。
「な〜かなかお洒落だなあ。こおいう店にはよお、終電逃した女がたむろしてんだあ」
ミスターTはドアを開けた。もちろん勃起したままだ。
覗くと、男女のカップルが一組。他には客が居ない。
「なんで男連れてきてんだよお!この店は、終電逃した女専用の店だぞお!」
「ミスターT!落ち着け!あの人らは悪くない!」
激怒するミスターTをおさえ、結局バーには入らなかった。
「ミスターT。どうする?」
さすがのミスターTも疲れきっていた。なにしろ、必要以上の期待と絶望の繰り返しだったのだから。
「帰ろう。もういいよ。面白かったよ。トータルで面白かったから、いいんだよ。一軒目はよお、神経痛のばばあが居るしよお。おもしれえよなあ、BEACHちゃん、ウインクだなんて言ってんだよお。ただの神経痛だよなあ。目パチパチするやつあるだろお。あれだあ。ただの神経痛だあ。二軒目のキャバレー、なんで、あんなばらばらなんだあ?ミラーボールがすごいスピードで回転してたぞお。面白かったよ。今日はトータルで面白かったよお。いいんだ、いいんだ。面白かったからいいんだよ。今日はもう帰ろう」
さすが前向きなミスターTである。意外といさぎ良かった。
我々は、タクシーで私の家に向かった。
家に着き、布団を敷き、すぐに電気を消そうとした。
「I氏。もう寝るのか?」
「眠れないの?」
「そんなことないけどさあ。あの子達、明日会うんだろ?」
「あの子達って?」
「モデルだよ、モデル。何時に会うんだあ?」
「あ.ああ、あれね。たぶん夜に電話かかってくる」
「夜かあ... しょうがねえな。昼間に呼んだら、来ねえか?」
「いやあ、酔いつぶれてるからなあ。ちょっと無理やろなあ」
「そっか... じゃ、今度だな。来月大阪に来るからよお、よろしく言っといてくれえ。これからは毎月来るからよお、よろしく言っておいてくれえ

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