夢破れて
東京本社のミスターTのデスクの近くに津★さんという初老の管理職が転勤してきた。津★さんは、UTK設備技術の取締役として赴任した。 ミスターTは毎晩のようにキャバクラ巡りをしていた頃だった。 「津★さん。今夜ですが、空いていますか?」 「ミスターT君。空いてるよ。東京を案内してくれるのかね?」 「ええ。いい店が有るんですよ。じゃ、今夜、キャバ... いや、飲みに行きませんか?」 「いいねえ。いろいろと教えてくれよ」 二人は神田の飲み屋で飲んでいた。 「津★さん。神田ってのは、非常にいいところなんですよお」 「ほお。どういったのが有るの?」 「例えば、カラオケ。結構いいカラオケなんですよお。津★さんは歌うの好きですか?」 「え、まあ、ぼちぼちかな」 「じゃ、行きましょう。ほんと、いい店なんですよお」 ミスターTは、津★さんを連れて、「フェスティバル」という店に来た。 「ミスターT君... カラオケに行くって言ってなかったか?」 「カラオケも歌えるんですよお。このキャバクラ、いい子が多いんですよお 。歌う時は、女の子に言って下さい。マイク持ってきてくれますので」 「キャバクラ?」 「そうです。じゃ、先に入って下さい」 「え?先にって?」 「僕は後で入りますので」 「え?え?別々に入るの?」 「あ〜たりまえですよお。一緒に入ったら、リ〜スク高いじゃないですかあ。」 「リスク?」 「店がこんでたら、女の子が足りないかもしれないんです。だから、二人一緒に入ったら、女の子が一人しかつかないかもしれないじゃないですか。危険ですよお。一人づつ入れば、必ず女の子が一人づつつくんですよお」 「な.なるほど...」 「じゃ、先に入って下さい」 津★さんは、カラオケも出来ないことはないその店に入った。 津★さんが座ると、女の子がついた。愛嬌の無いノリの悪い疲れるシラけた女の子だったそうだ。 しばらくすると、ミスターTが入ってきた。津★さんとは別のテーブルについた。 そちらにも女の子が来た。美人でノリの良い子だった。 ミスターTは早速、「俺はよお、湘南ボ〜〜イなんだぞお。サ〜〜フィンやってんだぞお。冬場はスケベエ ...いや、スノボ〜〜〜だあ。知ってるかあ? スノ〜〜〜ボ〜〜ドだあ。さ〜〜〜わやかなんだぞお」 嘘をつきまくり、ロンゲをかき上げまくり、口説きモードに入っていた。 30分後、店内アナウンスでミスターTについた女の子が呼ばれた。 他の客が指名したのだろう。 「あたし、呼ばれちゃった。ちょっと行ってきます」 「だ〜〜めだ、だめだあ。い〜〜んだよ。居たらいいって。ゆっくりしてな さい」 「そういうわけには...」 「いいって。何も気をつかうことはないんだぞお。ゆっくりしてなさい」 「でも...」 「いいから。じっとしてなさい」 ボーイが来た。 「お客様。交代ですので」 「なんでだよお」 「他のお客様がご指名されていますので」 「なんだあ、そういうことかあ。じゃ、俺も指名するぞお」 「いえ。それは。ご指名は、入店の際にしていただかないと」 「じゃ、今から入店だあ。今来たことにしてくれえ」 「それですと、今までの30分が延長となりますよ。延長料金をいただいてよろしいのですか?」 「なあに細かいこと言ってんだあ。そんな些細なこと言うことはない。延長でも何でもしてくれえ。この子指名だぞ」 「では、延長していただいたということにします。有難うございます」 「いいんだ、いいんだ。あと1時間いけるんだな?」 「はい。1時間です」 津★さんは、ミスターTから離れたテーブルで愛想の無いシラけた女の子と沈黙の時間を過ごしていた。 30分経った。 津★さんのもとにボーイが来た。 「お時間ですが、延長はいかがされますか?」 津★さんはミスターTを見た。 ロンゲをかき上げまくり、何かしゃべっている。全く帰る雰囲気ではない。 「じゃ、延長して」 「30分延長ですね。有難うございます」 さらに30分、重苦しい沈黙に耐えなければならなくなった。 ミスターTの方は、「きみ、ど〜こに住んでるのお?」 「柏」 「ぐう〜〜ぜんだなあ。俺も柏だよお。生まれも育ちも柏だぞお」 「えっ?湘南じゃなかったんですか?」 「柏だよお。湘南なんて住んでねえよお。柏だぞお。奇遇だなあ」 店に入ってから2時間、やっとミスターTは店を出ることにした。 女の子に電話番号を聞いたが、教えてはもらえなかった。 津★さんの方も、結局30分延長を2回して、ミスターTの退出を待っていた。 苦痛の2時間を耐えぬき、やっと店を出るのだ。 店の外で二人は落ち合った。 「ミスターT君。疲れたよ。帰ろう」 「津★さん。先に帰って下さい。僕は、ちょ〜っと寄り道しますんでえ」 「寄り道って?こんな時間に、どこに行くの?」 「柏です」 「柏???」 「ええ。柏に行かなきゃなんねえんです。じゃ、お疲れ様でした。 精魂尽きた津★さんは、一人で神田駅に向かった。 ミスターTは、キャバクラの向かいのラーメン屋に入った。 先ほどのホステスさんの帰りを待つためだ。 なにもデートの約束が出来た訳ではないのだが。 店を出たのが11時。店の閉店は1時。 2時間待てば、美しいホステスさんと夢のような時間を過ごせる。 妄想は膨らむ一方だ。 「夜中1時に閉店だからな、タクシーで帰るんだろなあ。『あれっ?奇遇だなあ。仕事終わったあ?じゃ、柏まで一緒に帰ろうよお。タクシーだろ?じゃ、一緒に帰ろう』って感じだな。完璧なストーリーだな。明日は年休だ」 ラーメン屋にて待つこと2時間。 出てきた!店のネオンが消され、女の子達が店から出てくる。 「すいません!お会計して!」 ラーメン代を支払い、お目当ての子を待った。 「あれっ?奇遇だなあ。仕事終わったあ?」 「あっ、先ほどはどうも」 「柏だろ?俺も柏だからさあ、一緒に帰ろうよ。タクシーだろお?」 「いえ。お店のマイクロバスです。タクシー代節約するために、お店がマイクロバスで女の子達を方面別に送ってくれるんです」 「え?」 予想外だった。 「マイクロバス?タクシーは嫌いなのか?」 「いえ。嫌いとかじゃないんですけど」 「じゃ、一緒に帰ろうよ」 「いえ。バスで送ってもらいますので」 彼女は、マイクロバスに乗り込んだ。 「じゃ、俺も一緒に行くよお。しょうがねえなあ」 バスに乗り込もうとしたが、「ちょっと!困りますよ!」、運転手さんに一喝され。ミスターTの目の前で、空しくドアが閉まった。 深夜1時、ミスターTは、一人、神田駅前に取り残された。 もちろん電車は走っていない。 ミスターTが住む松戸の寮までのタクシー代、軽く1万を超える。 キャバクラで使った2万円。これから支払うタクシー代約1万5千円。 ラーメンを食べながら膨らませていた妄想の対価にしては、3万5千円は少し高過ぎる。 「わあああああっっっっっ!!!!!」 夢破れし者の叫び声が深夜の街にこだました。
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