ドレスシャツへのこだわり


BEACHちゃんは、東京に居た頃、ミスターTがショッピングに行くのに付き合っていた。ミスターTは、ドレスシャツは、日本橋の三越で買うことに決めていた。
いまだに三越で買物をするのが、ブルジョアの証だと信じて疑っていない。
「BEACHちゃん。今日はよお、シャツ買うんだあ。スーツの下に着るシャツだあ。日本橋の三越に行くぞお。あそこは、ミチコ・ロンドンをそろえているからよお」
ミスターTは、ブランドの中でも特にミチコ・ロンドンが気に入っている。
早速、二人は日本橋の三越に赴いた。
シャツ売場のミチコ・ロンドンのコーナーに行った。
「いらっしゃいませ。ドレスシャツをお探しですね?」
「そうです。ミチコ・ロンドンでいいやつはないですか?」
「これなんかいかがでしょうか?」
差し出されたシャツを手にとり、素材を確認した。
「BEACHちゃん!わた100パーセントだってえ!」
「わた???」
BEACHちゃんは、素材の表示を凝視した。『綿100%』
「た.たかださん... これ、わたじゃなくて、めんて読むんです」
「なあに言ってんだあ。わただよ、わた。それにしても、わたなのに、しっかりしてるよなあ。普通、わたって、もっとふわふわしてるんだよお」
ミスターTは、両手でシャツの生地を左右に引っ張った。
「ほんとしっかりしてるよなあ。こんなわた見たことないよお。さすが、ミチコ・ロンドンだあ。素材選びからして違うんだよなあ」
ミスターTは、さらに力をこめて、「ふんっ!」と生地を引っ張った。
「お.お客様... あまり引っ張ると...」
「すごいよなあ。こんなしっかりしたわた、初めて見たよお。普通のわただったら、これだけ引っ張ったら、引きちぎれちゃうよお」
さらに力をこめて、「ふんっ!!!」、左右に引っ張った。
「お.お客様...」
「すごいすごい!BEACHちゃん、見てよお。ほんとしっかりしてるよお」
さらに渾身の力をこめて、「ふんっ!!!!!」、
ビリビリッ!
破れた。片腕が半袖になった。
当たり前なのだが。結果は予測されていた。
「ああっ!!!」、顔面蒼白の店員に引き裂かれたシャツを渡し、
「また来ます」
「ちょ.ちょっと!お客様!お待ち下さい!」
ミスターTの姿は無かった。走り去ってしまった。
残されたBEACHちゃんに、「お客様。これは困ります」
「え?何のことですか?」
「お連れ様です」
BEACHちゃんは後ずさりしながら、
「他人です。あくまで他人です。初対面です。何者だったんでしょう?全然知りません」
店員から3メーターほど離れたところで、一気に方向転換、そしてダッシュ。そうするしか無かった。
誰も、BEACHちゃんをとがめることは出来ない。
選択肢は、それしかなかったのだから。

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