ファッションへのこだわり その2
ミスターTはファッションに興味を持っている。 休日にBEACHちゃんを連れて、紳士服を見に行く。気に入った品物が有れ ば、自分が買うだけではなく、BEACHちゃんにも勧めてあげる。 ある休日、最新ファッションの動向を肌で感じるために、BEACHちゃんを引 き連れ、上野に行った。 なぜか上野だ。渋谷などは、何もファッションなど分かってない若造の行 くところだと言う。 アメ横の露店を見て回る。 すると、 「BEACHちゃん。このネクタイ見てくれえ」 ミスターTが指をさした。そこには、「5本で5千円」、セット売りしている ネクタイが並んでいた。 どのネクタイも光り物の派手派手しいものだった。 配色も、狂気じみた配色だった。 「た.ミスターTさん... こんなの、何に合わせるんですか?」 「いいんだ、いいんだ。こういうセンスの有るネクタイをしなくちゃなん ねえ」 ネクタイを1本手にとり、 「見いてくれ、BEACHちゃん。シルク100パーセントだってよお。高級品 だ」 「ふつう、ネクタイってシルク100パーなんですけど...」 ミスターTは、ネクタイの裏側のブランド名を確認した。ブランド志向の彼に とって、配色、素材よりももっと大事な部分だ。 「見いてくれえ、BEACHちゃん。アーバンだってよお。ダーバンの兄弟ブラ ンドだあ。高級だあ」 「そんなブランド聞いたことないですよ。まがい物かもしれませんよ」 「そんなことないよお。アーバンだぞお。こっちは?」 別のネクタイのブランド名も確認した。 「シャネル!シャネルだあ、BEACHちゃん」 BEACHちゃんは、「ほんとですか?」、ブランド名に目をこらした。 『CHANNEL』 「ミスターTさん... Nが一つ多いんですが... これじゃ、シャネル じゃなくて、チャンネルです」 「シャネルの姉妹ブランドだな。若い奴らに流行る前に、先に買いしめと かなきゃなんねえ。これが流行ったらよお、『俺なんて、チャンネル、流 行る前から持ってたぜえ』ってよお、流行の先取りだな」 さらに別のネクタイを手にとった。 「おおっ!BEACHちゃん!ポール・スミスだあ!」 「ええっ!ほんとですか?!」 目をこらし、ミスターTが持つネクタイを凝視すると、 『PAUL SMISO』 「なんなんですか?!スミソって?ポール・スミソ???ほたるいかのす みそあえじゃないんですから」 「ポール・スミスの兄弟ブランドだな。流行の先端行ってるよなあ。こん なネクタイ、他の店じゃ、まだ輸入してねえぞ。こんなのつけてたらよ お、女の子達によお、『ミスターTさん。ポール・スミソじゃないですかあ! 海外で買ってきたんですかあ?!』ってびっくりされちゃうぞお」 さらに別のネクタイを手にとった。 「おおっ!!!BEACHちゃん!!!これ見てよお、これ!こんなのつけてた らよお、女の子達にモテモテだぞお!プラダだ!プラダ!」 「ほんとですかあ?!!!」 『PLAMO』 「た.ミスターTさん... これは、ちょっといくらなんでも、マガいもん でしょ。プラモはないでしょ、いくらなんでも」 「なあに言ってんだあ、BEACHちゃん。プラダの姉妹ブランドだあ。こんな のつけていたらよお、毎晩毎晩女の子達に誘われてよお、どうしたらいい んだよお?!!!山芋食って、元気つけなきゃなんねえぞ」 5本セット、最後の一本を手にした。 「なんだ、これ?マックス・マラって書いてんのか?」 BEACHちゃんは、手渡されたネクタイを見た。マックスマーラー。マガいも のか本物かは別にして、たしかにマックスマーラーと書いてある。 「ミスターTさん。これ、マックスマーラーですよ。本物ですかねえ?」 「なんだ?マックスマラって?」 「マックスマーラーです。マーラー。ミスターTさん、知らないんですか?」 「マックスマーラー?なあんだ、マックスファクターの姉妹ブランドだ な! すごいよなあ!こんな一流ブランドばっかで、5本で5千円。俺はよお、 本物志向だからよお、こういうのは買っておかなくちゃなんねえ」 「た.ミスターTさん... 買うんですか?」 「あたりめえだあ。こんないい買物、見逃してどうすんだあ?BEACHちゃん も買っておけってえ」 「い.いいですよお。今、とくにネクタイ欲しくないですし」 「だあめだ、だめ。買わなくちゃ駄目だあ。後で後悔するぞお。なんな ら、俺がよお、この5本セット買うからよお、好きなのやるよお。どれ が、いいんだ?遠慮するこたあ無いんだぞお。好きなの選べえ。アーバン か?チャンネルか?ポール・スミソか?どれでもいいんだぞ。プラモか? どれだ? マラか?マックスマラ。どれでも選べよお」 「い.いいです、いいです。そ.そんな、気使っていただかなくても」 「なあに遠慮してんだよお。好きなの選べよお」 「いや、だって、ミスターTさんにお金出してもらって、ただでもらう訳に は」 「なあに気使ってんだあ。いいよ、1本ぐらい」 「いえ。そういう訳には」 「なあに遠慮してんだよお。2本でもいいんだぞお。なんだったら、3本 でもいいんだぞ」 「いえいえ!それじゃ、ミスターTさんの分が。じゃ、千円払います。それ で、1本いただきます」 BEACHちゃんは、断り切れず、1本買う決断をした。 「いいよ!金なんていいよ。好きなの選べえ。金なんていいんだよ」 「いえ!そういう訳には」 「どれがいいんだよお。何も3本じゃなくても、いいんだぞお。全部気に 入ったんなら、5本ともやるよお。俺は、また別の日に探しに来るからよ お」 「いえいえ!そんな!ミスターTさんにお金出してもらって、全部もらう訳に は」 「ばあかやろお。俺とBEACHちゃんの仲じゃねえかあ。たかが5千円ぐら い、なあに気使ってんだあ?なにも遠慮するこたあ無い。いいよ。5本と もやるよお。こんないい品物、なかなか見つからないぞお」 「いえ!そういう訳には!だ.だったら、分かりました。僕が5千円払い ます」 「そうかあ?じゃ、しょうがねえなあ。BEACHちゃんがどうしてもって言う んだからさあ。じゃ、BEACHちゃん、買ってよ。俺は、また別の店で探すか らよお」 「え?え?」 「すいません。この5本セットください。彼が買いますので」 訳が分からない内にBEACHちゃんは、得体の知れない品物に5千円も払って しまった。 ミスターTは、会社でBEACHちゃんを見かけると、 「おっ!BEACHちゃん。例のネクタイはしてねえのか?」 「え.ええ。まだしめてません...」 「BEACHちゃん。出し惜しみするこたあないぞお。流行の先取りなんて、早 けりゃ早いほうがいいんだからな。これからは、BEACHちゃんと合コンに行 っちゃ、俺が不利だなあ。早く、俺もいいのを見つけなきゃなんねえ。 BEACHちゃん。次の休み、上野についてきてくれえ。俺も、いいのを見つけ るからよお」
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