真顔で嘘
以前、東京に出張した。仕事を終えてからMr.Tと飲みに行った。 居酒屋で飲んだ。いい時間になったので、「俺、カプセルに泊まるわ。そ ろそろ行くわ 私は、いつもカプセルホテルに泊まる。神田か上野の3千円ほどのカプセ ルだ。この日もカプセルに泊まるつもりだった。 「何言ってんだよ。うちに来いよ。なんで、カプセルなんか泊まるんだ よ。気使うこたあ無い。うちに泊まれよお」 「いいって。松戸まで行くのしんどいし。ここで泊まったら、明日早く新 幹線に乗れるし」 「ばあかやろお。無理しなくていいんだぞお。うちに泊まれよ」 「無理してないって。だって、ここに泊まった方が便利やん」 「なあに言ってんだあ。気使うこたあ無いんだぞお。うちに泊まれえ」 「いいっていいって。電車賃使うより、ここに泊まった方が安上がりだ し」 「ばあかやろお。なあに気使ってんだあ。無理するこたあねえんだぞお」 「...まだ飲みたいの?」 「ばあかやろお。気使うこたあねえんだぞお」 「お前が気使えや!もう遅いから、寝させてや」 「なあに言ってんだあ。松戸でゆっくり寝ればいい。なあに無理してん だ」 結局押し切られて、松戸まで連れて行かれた。 なんで、わざわざ千葉県まで行かなあかんねん?こういうしつこい時は、 必ずもう一軒行きたい時だ。 覚悟は決めた。 松戸に向かう電車の中で、なぜか二人で連結部分にこもっていた。 「なんで、こんなとこに入らなあかんねん!」 「ばあかやろお。ここが一番安全なんだぞお」 「揺れまくってるやんけ!」 「これがいいんだ。おっ!あの子も入れよう!」 近くに立っていた女の子の腕をつかみ、連結部分に招いた。 我々三人は、電車の揺れにもみくちゃにされながら松戸に着いた。 駅で不運な女の子と別れ、「I氏。さっきの子だけどよお、通勤電車で会 ったら、かっこわりいなあ」 「だから、やめとけって言うたんや!」 「しょうがねえなあ。I氏。お前、どこ行きたい?」 「神田のカプセル。早く寝たい」 「ばあかやろお。なに気使ってんだよお。水くせえなあ」 「お前が気使え!」 「いい店が有んだよお。ちょっと行ってみよう」 「知ってる店?」 「よく行くんだよお。なかなかいいんだぜえ」 しばらく歩くと、チョーネクタイのおじさんが立っていた。 「よっ!いい子、空いてるの?」 「おい!Mr.T!ピンサロやないか!やめとこうや!」 「なんでなんで?嫌いかよ?」 「もうええって!金も無いし!お前!神田でカプセル泊まった方が全然金 かかれへんやないか!」 「しょうがねえなあ。わりいなあ。こいつ、ピンサロって気分じゃねえん だよ。また気るよ。今日はわりいな」、Mr.Tはポン引きに謝っていた。 「じゃ、いい店が有るんだよ」 またしばらく歩いた。飲み屋が数軒入った雑居ビルで立ち止まった。 「どんな店?ピンサロとちゃうやろな?」 「あれだ」 指さす方向を見ると、3Fにバドワイザーなどと看板が出ていた。 「バドガの店?」 「そおだよ。は〜〜〜いなんて言ってさあ、バドガが来てくれんだよお」 「いくらやねん?」 「6千円だ。1時間飲み放題6千円だ」 「1時間だけやぞ。延長とか言って、1万2千円はあかんで」 店に入った。 バドガなんて居ない。 ただのキャバクラだ。はずしたと思ったが、仕方がない。 前金で6千円を払い、席に着いた。 神田でOLをしているという子だった。 Mr.Tは何か収穫が無いと店を出ようとしないのは分かっていたので、うま く合コンの話を取付けてやった。 「Mr.T。良かったやん。この子が合コンしてくれるって」 「なんだ、お前え、何気使ってくれてんだあ」、嬉しそうなMr.Tの顔に安 心した。 「俺の置き土産や。じゃ、帰ろうや。いい収穫も有ったことだし。おっ、 そろそろ1時間たつし」 「ばあかやろお。すいません!1時間延長!」 「Mr.T!お前!」 「ばあかやろお。こおいう調子のいい時はよお、もう一軒ぐらい話つけれ るんだあ」 「ええ加減にしろやあ。もう1時間だけやぞ。これで終わりやぞ」 Mr.Tは、新しく席に着いた子を口説いていた。私は、すっからかんになる 財布を見て、半泣きだった。 Mr.Tがデートの約束が出来たと言う。しかも、その晩、店が終わってか ら。 深夜4時に松戸のコンビニの前で待ち合わせだと言う。 私は直感的に「こいつ、すっぽかされるわ」と気付いた。 店が終わるのが2時。どうして、4時に待ち合わせなのか? 可哀想なことに、私が合コンの約束を取り次いだ女の子は、私にそっと 「あの人、なにい?合コンの約束して、いきなり他の子口説いてるやん。 おにいさん、東京来た時連絡して。あの人に内緒で遊ぼうよ」と言ってき た。 電話番号を渡された。私は、Mr.Tが気の毒だったので、こっそりメモを捨 てた。 「Mr.T。帰ろうや。そろそろ2時間たつで」 「すいません!延長!」 「おい!何考えてんねん!」 「ばあかやろお。せっかくデートしてくれるのによお、この子に申し訳ね えじゃねえか」 「じゃ、俺は先にお前の部屋に帰っとくわ」 「なあに気使ってんだあ。一緒に居ろよお」 「お前が気使え!」 結局、3時間も居た。深夜割り増しもついたので、1万8千円で済まず、 2万以上支払った。 Mr.Tの部屋に着き、「じゃ、Mr.T。デートして無理に帰ってこなくてい いよ。明日、適当に帰るから」と言って、Mr.Tがどこかから拾ってきた布 団で寝た。 午前3時半。ゴソゴソ動く気配に起こされた。 「おっ!頑張ってこいよ!」 Mr.Tが出て行き、眠りにつこうとしたが、なかなか眠れずボォ〜〜っと起 きていた。 すっぽかされて、すぐに戻って来ると予想していたが、なかなか戻って来 ない。時計を見ると、5時。 「なんや、うまくいったんやな。今頃、お楽しみってとこかねえ」 一眠りした。 寝ていると、人の気配に起こされた。 「おっ!Mr.T!やっちゃったかあ?」 時計を見ると、6時。 「お前、早漏か?ちゃちゃっと用済ませて。やるねえ!」 Mr.Tはうつむいたままだった。 「どうしたん?」 「来ねえんだよお」 「えっ?」 「来ねえんだよお」 「来ねえって?お前!4時から今まで待ってたん?」 Mr.Tは、2時間以上コンビニの前で立っていたそうだ。 「キャバクラの女なんて、あんなもんだ。あんな奴ら、信じちゃあ駄目だ あ」、自分自身に言い聞かせるように何度も繰り返していた。 後日、Mr.Tが社内報に載った。 写真の下のコメントらんには 「なんで、キャバクラの女は、あんな真顔で嘘をつくのか?ある夜、友人 と朝まで議論しました」
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