懐かしい香り
数年前、出張で大阪に来たMr.Tに飲みに誘われた。この日は、非常に機嫌 が悪かった。 飲み屋で、「どうしたん?何か嫌なこと有ったん?」 「馬鹿にしてるよお。西友のバイヤーなんだよ。人のこと馬鹿にしてんだ よお」 「西友に何か売り込みに行ったん?」 「傘だよ、傘。傘売り込みに行ったらよお、馬鹿にされたんだよ」 彼から聞いたバイヤーとのやり取りだが、まずは、抗菌防臭靴下を紹介し たらしい。 「この靴下いいんですよ。抗菌防臭なんですよ。臭いがしないてんです。 僕もはいてるんです」 ちなみにMr.Tは油足だ。激臭だ。靴下を見せようと、おもむろに靴を脱い だらしい。 すると、商談席に激臭が漂ったそうだ。 一般の営業マンなら、「すいません。ちょっと間違えて、洗濯してないの をはいてました」とか、苦しいけど、何らかの言訳をするだろう。 ところが、 「な〜つかしい香りでしょう」 得意気に言い切ったそうだ。 「まあ、そおいった靴下は、いろんなメーカーさんが作ってますんで、今 のところ棚は空いてませんので」と体よく断られたそうだ。当たり前だ が。 次に、問題の傘を紹介したらしい。 「この傘いいんですよ。紫外線をカットするんです」 「珍しいですね。でも、Mr.Tさん。傘って、何本も買う物じゃないでし ょ。なかなか売れないと思いますよ」 「何言ってんですかあ。傘なんてね、自転車と一緒です。パクったり、パ クられたり、何本持ってても足りないぐらいです」 「Mr.Tさんは自転車を盗んだりされるんですか?」 この言葉に大激怒していた。 「なんで、俺が自転車盗むように見えるんだよお。I氏。失礼だとは思わ ねえか?」 「だって、話の流れ上、そんなこと言われてもしゃあないやん」 「ばあかやろお。俺はよお、緊急の時以外は、自転車なんて盗まねえよ」 「盗んでるやないか!」 「しょおがねえだろ。テレクラで約束してよお、待ち合わせに遅れたら、 どおすんだ?お前は、テレクラに自転車持って行くって言うのか?そんな ことしねえだろ?テレクラなんてよお、だいたい約束守んねえんだ。いく つか約束して、やっとつかまるんだぞ。だからよお、待ち合わせのギリギ リまで粘んなきゃなんねえだろ。自転車無きゃ、せっかく約束したのに、 逃しちまうじゃねえか」 「そんなもん知らんがな!結局、自転車パクっとんねやないか!」 「だから言うてんじゃねえか。傘なんて、自転車と一緒で、すぐにパクら れんだよ。だから、いくらでも買うんだって。それがよお、あの女バイヤ ー、『Mr.Tさんは自転車盗むんですか?』なんて言いやがってよお。俺が 自転車盗むような奴に見えるかあ?見えねえだろ?」 「見える」 「何言ってんだ、お前。どおしたんだあ?何か嫌なこと有ったのかあ?」 「さっきパクるって言うたやん」 「それは緊急の時だけだあ」 これ以上議論しても仕方がないので、Mr.Tの愚痴を聞いてやった。 気が付くと、3時だ。深夜3時。 京橋で飲んでいたので、仕方がなく、Mr.Tを連れて帰った。 やはり、私の部屋には懐かしい香りが充満した。
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