コーヒーにはうるさい


8月12日木曜日、今朝はなぜか早く会社に着いた。
いつもなら、始業時間ギリギリに着くのだが、今朝は10分も前に着いてしまった。
この10分の余裕は大きい。
ゆとりを持って、自動販売機でコーヒーを買い、喫煙所に行った。
KDさんが先に来ていて、煙草をふかしていた。
「おはようございます」
「おう。おはよ。どないしてん?今日は早いやんけ。飲み過ぎか?」
早く来ようが、遅く来ようが、KDさんは「飲み過ぎか?」と聞く。
私に対する挨拶の定型なのだろう。
「ははは...」
「コーヒーか?」
「はあ、眠気覚ましです」
「何の種類や?」
「え?」
「コーヒーや。何の種類や?」
「いやあ、よく分からないです。特にコーヒーが好きという訳じゃないんで、豆とかの種類は知らないです。どれを飲んでも、味の違いが分からないんで、適当に買いました。そんなに味が違うんですか?」
「ちゃう。全然ちゃうぞ」
「へえ。KDさんて通なんですね」
「当たり前やんけ。わしはコーヒーにうるさいで」
「どの種類が好きなんですか?おすすめを教えて下さいよ」
「砂糖抜きや」
「え?」
「砂糖入れへんのや。あの苦味がいいわ。苦いのをカーッて飲んでやな、胃がキリキリッて痛むやろ。あの感触がたまらんのお」
「種類なんですけど...」
「砂糖抜きや。I氏ちゃんとか若い者は、ブラック言うんか?だけどな、俺も歳や。あんなきついの何杯も飲んでやな、胃悪くしてみいな、まだ息子も娘もやな、半人前やで、まだまだわしも頑張らにゃいかんからのお。そう簡単に体壊す訳にいかんで。
だけどな、I氏ちゃん、お前、まだ独身やろ。まだ家族の心配せんでええ。
そういう余裕のある内に砂糖抜きのやな、苦いのをカーッと飲んでくれや。
家族持ったら、そんなこと出来へんぞ。
だからな、わしは、最近はな、ミルクだけ入れるんや。砂糖みたいな甘ったるいのは、やっぱり合えへん。ミルクの甘みだけで十分や。本来ならば、ミルクも入れたない。だけどな、この歳や、万が一のことも考えとかなあかん。寂しいのお」
「あ.あの... 豆なんですけど...」
「豆?!何やねん?豆て」
「コーヒー豆ですよ。いろいろ種類があるじゃないですか」
「そんなもん一緒じゃ。そら、お前、大豆とか煮てもしゃあないぞ。やっぱり、コーヒーはコーヒー豆煮るのが一番や」
「そらそうでしょうね...」
始業のアナウンスが流れた。
「いよっしゃあ!今日もやったるでえ!」
KDさんはデスクに戻って行った。

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