HK主任と出張


8月10日火曜日、私とHKさんは、赤穂工場に出張した。
8時36分のコダマで新大阪から相生に向かった。
私とHKさんは、相生で落ち合おうとのことで、お互い、新幹線には別々に乗っていた。
私は、新幹線に乗る時は、なるべく禁煙車輌に乗ることにしている。
モクモクと曇った喫煙車輌に乗ると、喉の具合が悪くなるからだ。
それに、最近は、喫煙車輌の数が減り、非常にこんでいるので、すいている禁煙車輌にゆったり座るほうが楽である。
HKさんのほうは、喫煙車輌でゆっくり煙草をふかすほうが落ち着くらしい。
相生駅のホームに降りると、疲れきったHKさんの顔があった。
「おはようございます」
「おう。I氏ちゃん。おはようさん。疲れたわあ」
「どうしたんですか?」
「お盆やのお。みんな田舎に帰るんかのお。ごっつうこんでたなあ。お前、座れたか?」
「え?立って来たんですか?」
「おう。席空いてへんかったわ。お前も立ってきたんちゃうんか?」
「いえ。ガラガラでしたけど」
「ええっ!なんでやねん?」
「HKさん、喫煙車輌でしょ?」
「おう。俺、煙草吸うからな。お前も煙草吸うやんけ」
「僕は、新幹線では禁煙に乗ります。だって、喫煙車輌はこんでますやん」
「禁煙のほうはガラガラなんか?」
「ガラガラでしたよ」
「ほお...」
「わざわざ立って来られたんですか」
「ええやんけ。煙草吸わなあかんからな」
「隣の車輌、ガラガラにすいてたの気づかなかったんですか?」
「ええやんけ。煙草吸わなあかんからな」
「この朝っぱらから新幹線の中で立ちっぱなしだったんですか」
バシッ!、頭をはたかれた。
我々は、相生からタクシーで工場に向かった。
工場で、課長と待ち合わせをする予定だった。
課長は、新幹線で来るとすれば、同じ便に乗っているはずだったが、相生駅で出会わなかった。
おそらく車で来るのだろう、私はそう推測した。
工場に着いた。課長はまだ来ていない。
「おう。I氏ちゃん。課長、まだ来てへんやんけ。おっさん、新幹線で寝過ごしとるんやで。今ごろ、岡山で顔引きつってるわ。がははは!あのおっさん、ほんまボケてるからな。がははは!」
「誰がボケてるんや?」
課長が入ってきた。
「ああっ!課長!心配してましたんやで!」
「車で来たんや」
「それならそうと、先に言うて下さいよお。ほんま心配したわあ」
「笑ってたやん」
「いや、ちゃいますがな。いやあ、人が悪いなあ」
「はっちゃんが人悪いねん」
午前の会議が終わり、課長は車で次の出張先に向かった。
私とHKさんは、工場の食券を一枚づついただき、食堂に行った。
私は、ちょくちょくこの工場に出張し、この食堂で昼食をとる。
工場ごとに食堂のシステムが違うので、HKさんに説明した。
「HKさん。この食券でメインのおかず一品とごはんとみそ汁がいただけます。ええっと、今日のおかずは、このテンプラかフライかラーメンのどれか一品とごはんとみそ汁です。好きなおかずを選んで下さい」
「ほお」
HKさんは、お盆にテンプラを乗せ、給仕さんに「ラーメン下さい」
「HKさん。テンプラかラーメンのどっちか一つですよ」
「えっ?なんでやねん?」
「食券1枚で、おかずは一品です」
「ラーメンて、おかずちゃうやんけ。ごはんの代わりや」
「...いえ、とにかく駄目です。どちらか一つにして下さい」
「しゃあないのお」
我々は、テーブルについた。
「I氏ちゃん、これだけじゃ、腹減れへんか?」
「そうでもないですよ。意外と多いですよ。それに、ごはんはお代わりし放題だし」
「しゃあないのお」
HKさんは、ごはんをしゃもじでお椀に入れ、それをしゃもじで強くおさえ、さらにごはんを乗せていた。
食事をしていると、「I氏ちゃん、腹一杯やあ。こんなに食われへん」
「だから言ったじゃないですか」
我々は、会議室に戻った。
1時、会議が始まった。
私が、配布した資料の説明をしていた。
プーーー ピーーー
気の抜ける音がどこかから漏れてきた。
「は.はちけんさん... おトイレに行かれたほうが...」
「おう。I氏ちゃん、食いすぎや。工場の飯はボリュームあるからのお」
HKさんが会議室から出て行った直後、廊下の方から
ブビッ!
直後に人が走る音がこだました。
午後の会議が終わったのは、3時。予定より早く終わった。
工場の人達から飲みに誘われたが、終業時間まで時間のつぶしようがないので、大阪本社に戻ることにした。
タクシーで相生駅に着いたのは、3時15分。
3時26分の新大阪行きに乗れば、大阪本社には5時前までに着く。
「I氏ちゃん。ビール飲めへん?」
「いいですねえ。じゃあ、買ってきます」
喉が渇いていたのか、500mlの缶がすぐに空いた。
「もう一本飲めへん?」
「新幹線来ますよ」
「電車ん中で飲むんや」
「酔いますよ。酔っ払って会社に行くのはマズいでしょ」
「どうしよ?」
「え?」
「どうしよ?I氏ちゃん、どうすんねん?」
「どうするって?何をです?」
「会社に戻るか?」
「ああ。そういうことですか。僕は、HKさんに合わせます」
「しゃあないなあ。I氏ちゃんがそこまで言うんやったら、やめとこう。俺、電話してくるわ」
公衆電話で会社に電話した。
「おう。石崎。HKです。今なあ、相生に居るんや。今から大阪に戻ったら、7時過ぎるからなあ、すまんけど、直帰するわ」
受話器を置き、「I氏ちゃん。石崎に7時に大阪に着く言うといたからな、お前も7時に着いたって口合わせろよ」
「はあ...」
相生から新大阪まで50分、新大阪から会社まで20分もかからない。
誰が聞いても、矛盾を感じるのだが。
「おう。I氏ちゃん。ビール飲もうや。おつまみも買ってきてくれ」
HKさんは千円札を出してくれた。
私は、500ml入りを2本と干しイカのつまみを買った。
我々は新幹線に乗り、「乾杯!」、早速2本目を飲みだした。
新大阪に着いた。
「I氏ちゃん。大阪で一杯飲もうや。軽くやで、軽く」
我々は大阪駅に向かい、近くの居酒屋に入った。
「ビールでおなか膨れましたわ。僕は焼酎飲みます」
「I氏ちゃん焼酎かあ。しゃあないな。俺も焼酎にするわ」
夕方4時45分、我々は、すでにビール1リットルを飲み酔っ払っていた。
焼酎を飲むペースがだんだん上がっていく。
6時過ぎ、「おう。酔っ払ったわあ。次行こうや」
「え?今日は軽くって言ってたじゃないですか」
「ええやんけ。まだ明るいやんけ。いいねえ、こんな明るい時間に飲むなんて」
我々はタクシーに乗り、HKさんの行き付けのスナックに向かった。
心斎橋にあるそのスナックに向かう途中、会社の前を通った。
「おっ!まだ仕事しとるなあ。がははは!頑張ってくれよお、会社のために、なーんてね」
心斎橋に着くと、私の携帯電話が鳴った。
「S藤です。今、O谷さんと一緒に居るんですよ。一緒に飲みに行きませんか?」
さらに携帯電話が鳴った。
「M田です。どこに居るんですか?今から飲みに行きません?」
S藤、O谷、M田の3人と心斎橋で合流した。
我々5人は、HKさん行き着けのスナックに向かった。
6時半。
スナックは空いてなかった。当たり前だが。
「あれ?今日、休みなんか?I氏ちゃん、今日、何曜日や?」
「こんな時間から空いてないでしょ」
「え?」
「まだ6時半からですよ。ほら、営業時間は8時からって書いてますやん」
「おっ、まだこんな早いんか。まだ明るいやんけ。いいねえ、こんな早くに飲むなんて」
我々は、近くの焼き鳥屋に入った。
10時、「もうあかんわあ。飲み過ぎやあ。俺、帰るわあ。もうあかん」
お開きになった。
私とHKさんは、約6時間半飲んでいたことになる。
翌11日、二日酔いの体を引きずり出社すると、やはり二日酔いのHKさんが神妙な面持ちで座っていた。
「あかんわあ」
「二日酔いでしょ」
「おう。胸出そうやあ」
おそらく、「吐きそうだ」という意味だろう。
「昨日は飲みましたねえ」
「おう。焼酎や。たくさん飲んだでえ。ほんましんどいわ」
横で聞いていた課長が、
「はっちゃん、昨日は、3時半に直帰したらしいな」
「え?」
「昨日、3時半に相生から電話してきたんやろ?」
「なんで知ってまんの?」
「石崎が言うてた。それから飲みに行ったんやろ?」
「帰りましたよ。体調悪かったんで」
「飲みすぎた言うてたやん」
「胸出そうや言いましたん。焼酎飲み過ぎで」
「飲んでたんやんか!」
「真っ直ぐ帰ったの!ほんましんどいですわ」
私は、二人のやり取りを聞かないフリをしながら、昨日の会議の資料を出そうと、鞄のチャックを開けた。
...イカ臭い。
「HKさん!昨日のおつまみじゃないですか!」
「え?」
「えじゃないですよお」
昨日、新幹線の中で食べていた干しイカの袋を取り出した。
「おう。残ったから、もったいない思って、入れといたんや」

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