主任は洋画が好き


6月10日木曜日、今朝も遅刻した。
上着をハンガーに掛け、ロッカーに入れ、うつむきながらデスクにつく。
デスクの上に封筒が有った。
「またか...」
たまに行くスナックのママからだ。
毎月、得体の知れない怪文章を送って来る。
3ヶ月ほど前に送られてきた手紙には、ホステスさん達のキスマーク。
「OOで〜〜す。最近来てくれないから、寂しいよお」などと、しらじらしい文句が書いてあった。
後輩を連れて、店に行くと、ママ一人。若い女の子達は辞めていた。
先月は、封筒を開けると、『新地新興券』という得体の知れない券が数枚入っていた。ただの割り引き券だった。しかも、どの券は何月何日のみ有効といった使い勝手の悪い割引券だ。割り引き額もバラバラ。
さて、今回は何だろう?
ここ3ヶ月ほど店に顔を出していない。どうせ、また子供だましのような内容だろう。
書面を開くと、
「『暗い考え』が貴方の心に忍び込む。大勢の仲間を連れた盗賊の最初の一人が忍び込んできたようなものである。その『暗い考え』を速やかに駆逐しなければならない」
たかが3ヶ月顔を出してないだけで、なんでこんなこと言われなければならんのだ?!
今回は、子供だましではなく、おどしで来た。
ゴミ箱に捨て、一服しようと喫煙所に行った。
HKさんとKDさんが居た。
「KDさん。巨人も、野球らしい野球をするようになりましたねえ。最近、好調ですやん」
KDさんは巨人ファンだ。
「HKさん。まだまだあきまへん。これからや。そやけど、阪神強いのお。
ついに首位やんけ」
「ほんまですなあ。でも、なんでですん?巨人は試合終わるまで放送して、阪神は9時で放送終わりましたやん。なんでなんかなあ?」
「阪神の放送は他の地方局で引き続きやってましたよ」、私は口を挟んだ。
「おう。そやけど、I氏ちゃん。巨人は、試合終わるまでずっと流してたやん。阪神は9時で終わりや」
KDさんの顔が真剣になった。テレビ局の事情を何か知っているのだろうか?我々は期待した。
「出来るからでしょ」
「は?出来る?」
「HKさん。出来るからですよ。9時から放送が出来てたでしょ」
「は?」
「野球の後、放送してたでしょ。それでですわ」
「は?」
私とHKさんは頭が混乱した。すると、デスクの方から「KDさん!お電話入ってます!」
「おっ!誰や!人が煙草吸ってるのに!なんで電話なんかしてくるんや。ひどい事する奴やで」
煙草をもみ消し、デスクに戻って行った。ぼう然としている私とHKさんを残して。
「おう。I氏ちゃん。お前は野球見てたんか?」
「いえ。見てません。野球は詳しくないです」
「俺もな、野球とかドラマはあんまり見いへんわ。映画をよお見るわ」
「へええ。HKさんは映画が好きなんですか」
「おう。洋画見てるわあ。テレビで洋画やってたら、どうしても見てしまうわ」
「どんな洋画が好きなんですか?」
私は、HKさんの歳からして、昔の西部劇や戦争物を好んでおられるのだろうと予想した。
「ヤクザ映画。仁侠物や。かっこええもんなあ」
私は、「ははは...」とほほ笑み、煙草を消して、デスクに戻った。
「それは邦画です」と指摘するのは控えた。
HKさんにとって、「映画」の別名が「洋画」なのだろう。

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