実は天然


5月19日水曜日、HKさん、赤穂工場のK原さんと飲んだ。
K原さんは、今週1週間大阪で何か社外の研修を受けている。いつも、私やHKさんが赤穂工場に行くと、飲みに連れて行ってくれるので、今回はお返しに大阪で飲んでもらった。
K原さんが受けている研修の内容は、たしかスポーツだか運動だか知らないが、そういったものの指導員の資格を取るといったものらしい。健康的な私には興味の無いことだが、工場に一人は有資格者が必要らしい。赤穂工場に一人居るらしいが、その人が転勤になる可能性が有り、K原さんが資格を取るよう命じられたそうだ。
研修は肥後橋のホテルで行っている。
待ち合わせは、肥後橋のNTNの前だった。HKさんと待っていると、研修の内容柄、体を動かしやすいラフな服装のK原さんが来た。
「おっ、K原君。なんや、その格好」
「HKさん。久しぶりです。研修だったんで」
「なんの研修やねん?」
「スポーツの指導員のようなものです」
「スポーツ?おおっ、お前、昔野球少年やったらしいのお」
「野球は関係無いです。工場に一人は指導員の資格持ってないといけないらしいんです」
「なんの指導すんねん?」
「心と体のバランスです。メンタルケアーと体力作りの指導ですわ」
「そんなもん!給料くれたら、何も指導要らんがな!金くれたら、勝手にやるでえ」
「いえ。仕事上のストレスをためている人の相談を受けたりですね...」
「そんなもん!給料くれたら、ストレスたまれへんがな!なあ、I氏ちゃん!
金くれたら、ストレスたまれへんし、自分で運動するで」
「まあまあ、そらそうなんですけど、どこの会社もそういう有資格者を工場に一人は置いてないといけないみたいです」
「ふ〜〜〜ん。金くれたら、そんなん要らんのになあ」
近くの居酒屋に入った。高知出身の板前さんの店のようだ。土佐の地酒が並んでいるし、おしながきは魚料理がほとんどだった。板前さんとそのお母さんと二人だけの小さな店だ。
「おっ。土佐の豆腐?お母さん!土佐の豆腐って何ですかあ?」
「豆腐にカツオがのってるんです。かたいめの歯ごたえのある豆腐にカツオを包丁で叩いてつぶしたのをのせてるんです。美味しいですよ」
「ほお、豆腐って、カツオから作ってんのかあ。知らんかったなあ。豆から作ってると思ってたわ」
HKさんのことをよく知らないK原さんは目を丸くしていた。
「HKさん。豆腐は豆から作ってるんです。豆腐にカツオをのせてるんですよ」
「I氏ちゃん。何言うてんねん。お母さんがカツオから作った言うてはるやんけ」
「ちゃいますって。カツオがのってるっておっしゃってるんです」
「そおかあ?お母さん。カツオから作ってる言いましたなあ?」
おかみは笑って、声が出ない状態だった。
「おっ、それ3つ下さい」
土佐の豆腐がきた。
「なんやねん、これ。何かのってるぞ」
「カツオですよ。豆腐の上にカツオがのってるんです」
「味せえへんぞ」
「醤油かけて下さい」
「おっ、うまいうまい。これうまいわ」
「豆腐は豆から作ってるんです」
「そんなもん知ってるわ!」
HKさんは壁に貼ってるお勧めメニューを見た。
「おっ、カランボ?お母さん!カランボって何でっかあ?」
「はらんぼですね。カツオのはらわたを焼いたものです。美味しいですよ」
「はらわた?気持ち悪いのお。俺、はらわたとか聞いただけであかんわあ」
「美味しいですよ。食べてみて下さいよ」
はらんぼを頼んだ。
「おっ、これか、カランボ」
「はらんぼです」
HKさんは一つ口に含んだ。
おかみが「レモンしぼって、醤油かけて下さい。大根おろしも一緒に食べて下さい」
「食ってもうたがな!」
「HKさん。急いじゃ駄目ですよ」
おかみは、HKさんの言動を見て、ずっと笑っていた。
「K原君とこは奥さん、いくつや?」
「31ですわ」
「いくつで結婚してん?」
「僕が26で、嫁さんが21の時です」
「21?!後悔するで」
「後悔?!なんで後悔しますん?!」
「『私の人生どうしてくれるの?あなた』って言われるで」
「なんでですん?!」
「そらそうやんけ。21歳の何も知らない時に結婚してやなあ。だんだん歳いって、『私の人生、いったい何だったの?あなた』言いおるで」
「え?なんでですん?」
「そらそうやんけ。『ああ〜〜、私は今まで何をしてきたの?あなた』、女なんてそんなもんや」
「よお分かりませんわ。なんでですん?」
「そんなもんや」
「嫁さん、楽しくやってますよ。子供育てるのも楽しいみたいですし」
「子供は、男か女か、どっちやねん?」
「二人とも男ですわ」
「男?!お前!女の子も産んどかなあかんぞ。男は親の世話せえへんぞ」
「それはよく聞きますね。でも、いいです。僕も嫁さんも男の子が欲しかったんで」
「お前... 『私の人生返して』言われるぞ」
「だから!なんでですの!」
「どこのファンやねん?」
「え?」
「阪神か?」
「あっ、野球ですか。今は阪神です。巨人が強い時は巨人です。巨人か阪神強い方を応援します」
「ほお、俺はそんな器用なことは出来ないわ。甲子園行ったりすんのか?」
「たまにですね。車で赤穂から2時間ぐらいですわ。球場の近くに車とめて、10分ほど歩いて」
「よお飲むんか?」
「野球見ながら飲みたいんですけどね。車ですので」
「ちゃうやん。仕事の帰りや。課長と飲みに行ったりせえへんのか?」
「行きますよ、たまに。HKさんもよく行くんですか?」
「すいません!お母さん!この煮つけ、せっかく出してもらったんですが、非常に申し訳ない。私、はしの使い方が下手なんです。上手に食べる人は、奇麗に骨だけになるまで食べれますけど、私、下手なんで、よく昔若い頃に先輩から『おい、HK。もっと奇麗に食べろ』怒られましてん。せっかく出してもらって、申し訳ないですけれども、私、奇麗に食べれませんねん」
おかみは笑って言葉が出ない状態だった。
「い.いいですよ。好きなように食べて下さい」
「K原君。お前、赤穂に住んでたら、魚は上手に食べれるやろ。お前、上手に食ってくれ」
「HKさんも食べて下さいよ。せっかく出してもらってるのに。美味しいですよ。魚は食べないんですか?」
「すいません!お母さん!セブンスター置いてますか?」
HKさんの言動におかみは笑っているばかりだった。厨房から息子の板前さんが出てきて、「買ってきますわ。一つでいいですか?」
「すんません。私、これ好きですねん。人から言わせたら、『はっちゃん!いい歳して、そんなどこにでも有る煙草吸ってどうするの?もっと個性を出さないといけませんよお』って言われますけど、私、これと決めたら、こればっかり吸ってますねん。そんなところが、不器用なんかなあ、俺は」
板前さんに煙草を買いに行ってもらった。
おかみが「いかのくちばしなんか美味しいですよ。どうです?一度食べてみて下さい」
「くちばし?!いかにくちばし有るんでっか?」
「ええ。ちょっと堅いですけど、はごたえが有って美味しいですよ。いかはお嫌いですか?」
「私、あんまり嫌いなもの有りませんねん。だけど、ウインナーはあきません。なっ、I氏ちゃん。あれは、よお食べません。私、昔、岡崎の工場に居たんです。若い頃ですわ。あの時、風呂なんて共同でしたわ。みんなで風呂入ってますやん。そしたら、先輩とかで『おおっ!これ!先輩の大きいおますなあ!これ本物ですか?』ってのが居たんですわ。先輩が『おっ、これはな本物や』言うてはりました。I氏ちゃんよお、びっくりするでえ。あんなん見たら、自分の見せれへん。『先輩。こんな大きいの、いつもぶらさげてますのか?』って聞いたわ。『取り外し出来ないのでな』言うてはった。はあ〜〜〜ん、あんなの重いでえ。K原君、お前のは大きいのか?」
「いえ!いきなり何を聞くんですかあ!」
「俺のはあかんわあ。そこら辺のウインナーの方がでかいでえ」
腹を抱えているおかみに「いかのくちばし下さい」、注文しておいた。
くちばしがきた。
「こんなん食えんのかあ?」
「美味しいですわ。HKさんも食べて下さい」
「あかん。くちばしって聞いただけであかん。つつかれそうやんけ」
「つつきませんよ。美味しいですよ。ねえ、K原さん」
「うまいですよ。HKさん。はよ食べてよ。うまいですって」
「すいません!お母さん!せっかく出してもらったんですが、私、はしの使い方が下手なもんで、このせっかく出してもらった煮つけですけれども」
「HKさん!煮つけはいいんです!くちばし食べて下さい!」
「あかん。俺、あかん。くちばしって聞いただけで、よお食わん」
「じゃ、この煮つけの目玉食って下さいよ。魚の目玉って美味しいんですよ。食べてみて下さい」
「あかん。目玉なんて聞いただけであかん。I氏ちゃん、考えてみろ。もしかして、俺は生まれる前に魚やったのかもしれん。俺の目玉も食われてたのかもしれん。思えへんか?」
「思いません!前世なんか知りませんよ!早く食って下さい」
「あかん。俺、目玉なんて聞いたら、もうあかん」
おかみさんが「煮つけてますんで、すごく柔らかくて、口の中でとろけますよ。ほんとに美味しいですから、食べてみて下さい」
「すいません。お母さん。この煮つけ、せっかく出してもらったのですが、
私、奇麗に食べれませんねん。人によれば、上手に骨しか残らないぐらい奇麗に食べせれる方もいらっしゃいます。そんな人を見ると、『ほお、上手なもんやのお』と尊敬します。だけれども、私、あきませんねん。私、はしの使い方が下手なもんで。すいませんけれども」
「HKさん。目玉とるだけですよ」
「アホ!あああっっっ!目玉やぞ!あああっっっ!すいません!お母さん!私、はしの使い方が下手なもんで、すいませんけれども、この煮つけほぐしてもらえますかあ?身をとってもらえませんか?」
煮つけをほぐしてくれと頼んだ客は初めてだろう。おかみは笑いながら身をほぐしてくれた。
「おっ、この方が食いやすいでえ」
結局目玉には手をつけなかった。
HKさんは風邪をひいていたので、一次会で帰った。
K原さんと二次会に向かう途中、「今泉君。HKさんて面白いなあ。店のおかみ、ずっと笑ってたやん。あんな面白い人やったんかあ。ずっと冗談言うてはったやん。冗談好きなんやなあ」
さすがに「天然です」とは言えなかった。

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