新しい電話  その1

5月31日月曜日、出社すると、デスクの上の電話機が新しくなってい
た。
週末に交換したようだ。
新しい電話機にはまだ慣れていないので、使いがってが悪い。慣れるまで
違和感があるだろう。
だが、奇麗な電話機になり、新鮮ではある。
喫煙所で一服していると、HKさんが来た。
「HKさん。電話機が新しくなりましたね」
「おう。あの音かなわんなあ」
ベルの音も変わった。前の電話機の音と違い、甲高い耳につく音だ。少し
神経にさわる。
「そうですねえ。ちょっと嫌な音ですね」
「耳がキーンとするぞ」
「テレクラの電話機の音みたいですね」
「なははは!!!」
「皆さん。電話機が新しくなると、1コールで取りますね。普段は電話を
取るのを面倒くさがるのに、もの珍しいんでしょうね」
HKさんの顔が急に真剣な表情になった。非常に険しい表情だ。
「どうしたんですか?」
「新入社員が必要や」
「え???」
「新入社員を入れなあかん」
「新入社員ですか?」
「新入社員を入れたら、なにも新しい電話機にかえんでも、電話機が珍し
いから、すぐに電話取りおるで」
「え???」
「毎年毎年、新入社員を入れていったら、新しい電話に代えんでも、ちゃ
んと電話取りおる。珍しいからな。ずっと働いていたら、電話なんかあき
てしまうやん。新入社員を次から次に入れていったら、ちゃんと電話取り
おるやんけ。そしたら、なにも新しい電話機に代えるなんて余計な金を使
わんでいいがな」
「でも、新入社員を入れていったら、人件費かかりますよ」
「そんなことない。電話取るのにあきたら、他の部署に行かすんや。そん
でな、新しい奴入れるんや。そしたら、ちゃんと電話取るやんけ。そいつ
が電話取るのにあきてしまいおったら、また新入社員入れるんや。そうい
う意味合いでも、ローテーションて必要や」
「HKさんも、あんまり電話取らないほうじゃないですか」
「おおっ!!!俺も取るようにしよ。電話にあきおったって思われてや
な、
いきなり『あなた、転勤です。電話にあきたでしょ』なんて言われてみい
な。単身赴任や。だって、家買ってしもたもん。家空けとく訳にいかへん
やん。単身赴任なんかしてみい。いらん金かかるで。ちゃんと電話取るよ
うにしよ」
深刻な顔をしてデスクに戻ったHKさんは、電話が鳴るたびに
「はいユ*チ&ですけれども!!!」
しばらく大声で電話の応対をしておられた。
3回ほど取ったが、
「あきたわ」
転勤を覚悟されたようだ。

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