解任させたい

5月21日、朝から慌ただしい。決算発表と同時に重大発表があるのでは
ないかと噂が飛び交っていた。
関連会社の人間から電話がかかってくる。「何か重大発表があったか?」
「いえ。何も聞いてません」
「今日、何か話があるはずや。内容が分かったら、教えてくれ」
こんな電話が続いた。
昼休み、F嶋と昼食をとった。
「I氏さん。聞きました?分社の話」
「分社?!」
「分社するんですよ。10月1日に新会社発足らしいです。うちの平井本
部長が新会社の社長です」
「どの部署切り放すの?」
「合繊です。うちの本部長が『なんで、俺が繊維に行かなあかんねん』て
ボヤいてますよ」
食事を終え、オフィスに戻った。
喫煙所でくつろいでる人達に「分社ですね」
衝撃的だったのだろう。
「なんやねん?!分社?!どういうことやねん?!」
「合繊部隊だそうです。詳しくは分かりません。ちらっと聞いただけで
す」
昼明けに全部長が集められ、部長会が行われていた。
商談を終え、デスクにつくと、回覧がまわってきた。
やはり分社だった。合繊部隊がユニチカファイバーという新会社になる。
喫煙所にHKさんが居た。回覧を持って、私も喫煙所に行った。
「おう。今ちゃんの言うてた通りやな。分社やのお。ユニチカファイヤー
かあ。変わった名前やのお」
「ファイバーです。ユニチカファイバーです。ファイヤーじゃないです」
回覧をHKさんに渡した。
「ほお。吸収合併かあ」
「吸収合併?!そんなん書いてましたあ?!」
回覧を覗き、もう一度読んだが、新会社設立としか書いていない。
「吸収合併なんて書いてないですやん」
「考えられんことないやんけ。これだけ悪いんや。そんなこと考えてもお
かしくないぞ」
「そらそうですけど...」
ため息交じりで、何か別の用紙を見ている。
「あかんのお」
「なんです?それ。他に詳しく書いてるやつですか?」
「おう。あんまり詳しないわ。こんなんじゃ、何か分かれへん。これじ
ゃ、あかんわ」
「曖昧なんですか」
「全然どんなんか分かれへんわ。こんなんじゃ、あかんわ。下手やわ」
覗き込むと、
「快速消臭 現品限り お仕立て上がり¥48,000」
「スーツの広告じゃないですか!」
「おう。こんなん、全然分かれへん。どんな色とかな、スーツって、どん
なんか分からずに買えへんでえ。4万8千円て、ちょっと高いで。2万と
かで売ってる時代にやで。こういうとこが下手なんや。これじゃ、売れま
へん」
「そ.そうですね... だけど、分社だけじゃなくて、取締役も解任て
話があるみたいですよ」
「おう。そうらしいな。俺はB専務はん解任して欲しいわ」
「なんでです?」
「あのおっさん、偉そうやもん。『おい。はっちゃん。こんな高い契約し
やがって』とか、『おい。はっちゃん。あの業者はサービス悪いぞ』とか
文句ばっかり言いおんねん。あんなん解任せなあかんで」
「そ.そうですね... 解任されたら、いいですよね」
「おう。すぐに解任せなあかん。Q常務さんも解任やのお。さっき誰かが
な、『あんな使い物にならん奴、解任されて当たり前や』なんて言うとっ
たわ。失礼な言い方しおるのおって聞いてたわ。可哀想やんなあ。もうち
ょっと優しい言い方した方がいいよなあ。『Q常務さんは使いがってが悪
うございますので、クビでございます』、これぐらい気つかってあげなあ
かんで。可哀想やんけ」
「あんまり変わらないと思いますが...」
「そやけど、ええのお。子会社に行くんか、やめて家でゆっくりしはるの
か。悠々自適の生活や。そやけど、俺らはそうはいかん。家のローン払わ
なあかんからな。ほんとつらいねえ。だけど、B専務はん解任せなあかん
ぞ。こんなに会社が傾いてるのに、何も責任とらないって、そんなんあか
んでえ。だって、あのおっさん、会ったら、『はっちゃん。もっと値下げ
せえ』ってうるさいんや。偉そうに。あんな態度の偉そうなおっさん解任
せなあかん」
「...難しいところですねえ」

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