届かなかった鞄

ある日、HKさんと心斎橋で飲んだ。二人とも泥酔して夜中3時頃までは
しゃいだ。
翌朝、二日酔いでボロボロの体を引きずって出社した。
HKさんが来ていない。
「ははは... 二日酔いがひどいんやな。あれだけ飲めば、起きれない
わな」
目をこすりながら仕事をしていると電話が鳴った。
「はい。ユニチカですけど」
「お宅にHKさんいう人居るか?」
声の感じから50歳ぐらいの男性だった。何かにおびえているのか、声が
震えていた。
「はい。まだ出社しておりませんが」
「あっ、そう。お宅の会社、本町?どう行ったらええの?」
「地下鉄本町駅の真上でございます。伊藤忠ビルの3階です」
「そっかあ。じゃ、行けたら行くわ」
「あの、失礼ですが?」
「いや、ちゃうねん。鞄が有るんや。中見たら、HKて書いた名刺が入っ
ていてな」
「あっ!すいません!鞄を拾って下さったんですね。HKから連絡が入り
ましたら、ご連絡差し上げるよう伝えておきます。お名前と電話番号をお
っしゃっていただきませんか?」
「いや、ええわ。持って行くから。本町の駅の上か。分かった分かった」
「あのお、持ってきていただいて宜しいんですか?」
「しゃあないな。まあ、今、奈良に居るんだけど。いや、昨日な、私もち
ょっと遅くまで飲んで家に帰ったんや。酔っ払って歩いてたら、公園から
叫び声が聞こえるんやわ。何が有ったんかなって酔い冷めたよ。怖々見た
ら、あんた、『あああっっっ!!!』って叫びながら鞄振り回してる人が
居るんや。なんかハンマー投げってあるやろ。あんな感じで回転してるん
やで。あああっっっ!!!て叫びながら。鞄飛んでっちゃったよ。そした
ら、その男の人、フラフラッて横の噴水の池に落ちたんや。私、だんだん
怖くなってねえ。その場に立ちすくんでたんや。そしたらね、池から立ち
上がって、私に気付いたんかな、あああああっっっっっ!!!!!て叫び
ながら私の方に走ってきたんや。私、もう怖くて怖くて、近くのガレージ
に走って隠れたんや。そしたら、そのまま叫びながらどっか行ったわ。
私、叫び声が遠のいて行くの確認してから公園に戻ったんや。鞄ほうりっ
ぱなしだったんで、どうしようかなって思ったんやけど。そのままほって
おいた方がいいのか、警察に届けようか。だけど、あんた。警察に届けた
らね、私の名前とか住所とか書かなくちゃいかんでしょ。もしかして、私
の家に叫びながら来るかもしれないって怖くなってねえ。だけど、もしお
仕事でお困りになるかとも思って電話したんや。だから、名前とか連絡先
は勘弁してもらいたい」
「...そ.そうだったんですか」
「昼間は大丈夫なんかな?」
「HKですか?」
「はあ。まさか鞄持って行って、また追いかけられたら」
「いえ!昨夜は酔ってたんだと思います。普段は普通の人です。ご安心下
さい」
「ほんとか? ...まあ、鞄無ければ、お困りになるだろうし。しょう
がないなあ。怖いけど、持って行くわ。じゃ、1時間ほどしたら行くわ。
だけど、ほんとに大丈夫やろうな?」
「大丈夫です。大丈夫ですよ。ご安心下さい」
鞄を届けていただくよう約束して電話を切った。
しばらくすると、HKさんから電話が有った。
「おう。今ちゃん。すまん。飲み過ぎや。昼前に行くわ。それとな、お
前、覚えてないか?」
「何です?」
「鞄が無いんやあ」
「ぶっ!」、吹き出してしまった。
「何がおもろいねん?鞄持っといてくれたんか?」
「いえ、今ちょうど鞄を拾った方から電話がかかってきたんですよ。1時
間後に届けてくれるそうですよ」
「おっ!そうか!すまんけど、俺が間に合わんかったら、その人にお礼を
言うといてくれ。それと、お礼にうかがいたいんで、お名前と住所を聞い
といてくれ」
「いやあ、気つかうことないですよ」
「あかんあかん!そんなんお礼の一つもうかがわん訳にいかんぞ。ちゃん
と聞いといてくれ」
「教えてくれますかね?」
「なんでやねん?お礼なんてええって断りはっても、なんとか聞いといて
くれ。すまんけど、頼んだぞ」
11時過ぎにHKさんが来た。
「おう。鞄持ってきはったか?」
「それが、まだなんです。場所が分からないんですかね?」
「ちゃんと説明したか?」
「はい。詳しく説明しましたし、相手さん、こちらの電話番号も知ってお
られますし」
「どうしたんかなあ?」
「怖がってるんですかねえ?」
「え?怖がる?何が怖いねん?」
「いえ.. とにかく待ちましょう」
結局、鞄は届けられなかった。
よほど怖かったのだろう。

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