電話の達人
(文書中の個人名は仮名です。たぶん) 八軒さんは、自分の電話機がこわれていると思っている。 八軒さんは電話をかける時は、電話をかけるという一つの作業に神経を集 中する。電話のベルが鳴っていても、受話器を持ち上げる。もちろん電話 がつながる。受話器からは「もしもし」という声が聞こえている。 それでも、自分がかけようとしている番号をプッシュする。 「なんじゃこれ?かかれへん。変な声聞こえるぞ。気持ち悪いのお」 受話器を置く。電話は切れる。 保留を取る時も、保留を取ることだけに神経を集中する。 「八軒さん。1番お願いします。〜〜倉庫さんです」 「おっ」、電話が鳴っていても、そのまま受話器を上げる。 もちろん電話がつながる。受話器からは「もしもし」という声が聞こえて いる。そのまま1番のボタンを押す。電話は切れる。 また、相手さんに「折り返し電話を下さい」と伝えてもらう時に、こちら の電話番号を伝えるが、それも独自の伝え方だ。 「あ〜〜〜、こちら大阪ですから、06ですね。ええ〜〜〜、それから、 281の... あっ、ついこないだから、頭に6がつきましたね。ええ 〜〜〜頭に6をつけて、628の5589ですわ」 なぜか、頭のケタが3ケタである。 しかも、なぜか折り返しかかってこない。 電話をかけて、名前を名乗る時も独特である。 「もしもし!こちら!ユニチカ!購買物流部の八軒と申します。八は漢数 字の八に『のき』です。一軒二軒の軒ですね。八軒と申します。〜〜さん いらっしゃいますか?」 非常に丁寧である。 こんな八軒さんよりも独自の方法で電話に出る人が居る。 近藤さんだ。 「近藤さん。お電話です。」 「おっ!俺か!」 立上り、受話器を取らずに、腰をかがめ、電話機に顔を近づけ、 大声で「近藤です!!!」 おもむろに受話器を持ち上げ、「はい。お電話かわりました」 落ち着いている。
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