ビデオカメラの達人

私の今の最重要課題は、坂越工場の構内作業の分析である。工場内でのフ
ォ−クリフト作業、荷造り作業などをビデオで撮影して、1つの作業に要
する時間を分析する。その分析した時間に人件費、フォークリフトなどの
費用をあてはめ、現在契約している料金が妥当かそうでないかを調べる。
妥当ではない場合は、構内作業を依託している業者に値下げを要請するの
だ。
もちろん、値下げさせるつもりで分析作業をしている。年間3千万の費用
を削減する予定だ。
宇治工場と宇治プラスチック工場においても、同様の分析作業が行われ
た。
こちらは、私が担当したのではなく、HKさんが担当した。
撮影したビデオを見ながら時間測定をした。当部にはテレビとビデオが無
いため、組合にあるテレビ、ビデオを借り、組合の部屋で測定を行った。
宇治、宇治プラスチック工場の時間測定には非常に時間がかかった。作業
の種類が非常に多い。その撮影だけでも大変なのだが、ビデオを見て、時
間を測定するのも非常に地道な努力を要する。
測定が終了するまでに3年近くかかった。
この大仕事を成し遂げたHKさんには心から敬意の念を表す。
さて、作業を始めて1年ほど経っただろうか。HKさんはノイローゼ気味
になっていた。
「大丈夫ですか?」
「きついわあ。時間が足りんのや」
長時間の残業の連続。まだそれでも追いつかない分、休日に家のビデオで
測定を続けた。
「毎日、時間測定してるやろ。ほんまつらいわあ。なんぼ時間有っても足
りへん。休みの日も家でやってるんや」
聞いていると、何か力になってあげれないかという気分になってきた。
「測定ですけど、僕も手伝いますよ。空いてる時に手伝いますよ」
「すまんなあ。とにかく面倒なんや。途中でビデオ止めれへんやろ。時間
分からんようになるからのお」
「え?途中で止めてもいいですよ」
「なんでやねん。途中で止めたら、ストップウォッチも一緒に止めなあか
んやんけ。そんなん器用に同時にボタン押せへんわ」
「ストップウォッチ?なんで、そんなもん使うんですか?」
「なんでやねん。ストップウォッチ使えへんかったら、時間測れへんが
な。ボタン押し間違えたりしたら、また巻き戻して見なあかん。けっこう
間違うんや。巻き戻して、またストップウォッチ押してやな、ほんま面倒
やで」
「ちょっと待って下さい。ストップウォッチなんか要らないですよ」
「なんでやねん。時間測らなあかんやんけ」
「撮影する時に時間表示入れてるでしょ?」
「なんやねん、時間表示って?」
「ビデオを撮影する時に、時間表示のボタンを押せば、画面の片隅に何時
何分何秒って表示出ますやん。それ見ながら時間測定出来ますやん。スト
ップウォッチなんか要らないですよ」
「どういうことやねん?」
私をビデオを持ってきて、
「これ覗いて下さい」
覗き窓に目をあてていただき、時間表示のボタンを押した。
「時間出てるでしょ?この表示も撮影されてますので、後でテレビで見る
時にも表示されるんです。その表示時間を見れば、撮影した作業のスター
ト部分の時間を見て、早送りして、作業終了の時間を見れば、何秒かかっ
たか分かるわけです」
「ほお...」
「分かります?なんだったら、テレビで見ましょう」
組合の部屋に行き、テストで撮影したものを見て、再度説明した。
「簡単でしょ?」
「ストップウォッチなんか要らんやんけ!」
「要りませんね。じゃ、今後は撮影する時にこのボタンを忘れずに押して
下さい。そしたら、時間の測定は簡単に出来ます」
「...それがやな、もう撮影してしもたテープがたくさん有るんや」
「どうしよう?」
「...ストップウォッチですね」
我々二人は部屋にこもり、私がビデオのボタンと書類への書き込みをし、
HKさんがストップウォッチを押し、すでに撮影した作業を測った。
「HKさん。こんなの一人でやってたんですか?」
「おう。大変やで」
「当たり前でしょ。これだけのテープ、早送りもせずに、ストップウォッ
チ片手に測定してたんですね」
「おう。ごっつう時間かかるんや」
「そらそうですよ」
「そやけど、お前。機械強いのお」
「強くないですよ!こんなの当たり前です!」
「そおかあ?俺は知らんかったぞ。そやけど、お前、たしか経済学部やっ
たんちゃうんか。なんで、こんなこと知ってんねん?あれか?専門学校と
か行ったんやな」
「行ってませんよ。説明書に書いてるじゃないですか」
「そんなん書いてたかあ?うそつけ」
「うそついてどうすんですか?」
「お前、けっこう勉強好きなんやな。経済の勉強して、それから機械の勉
強したんやな。努力家やのお」
「有難うございます」、説明する気力は無かった。なにしろ、まだ膨大な
数の時間表示無しのテープが有ったので。

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