主任は今日も走る

HKさんの楽しみは食事だ。
朝も早く起き、ゆっくり朝御飯を味わうのが楽しいそうだ。
もちろん昼食も楽しみにしておられる。
昼休みを知らせる放送が流れる前に食券を用意して、そわそわしている。
表情は真剣そのものだ。短距離走ランナーの競技直前の緊張した表情に似
ている。
放送が流れると同時に、いきなり立上り、走る。
階段を駆け下り、3FからB4まで走る。
私がこの部署に移った時は、早く部署の人達と親しくなりたかったので、
HKさんと一緒に昼食をとっていた。私も一緒に走った。
食堂に着き、先に並んでいる人が居ると、
「おっ、出遅れたな」
最初の1ヶ月ほど一緒に付き合って駆け下りていたが、ある日「一緒に食
べに行くのはやめよう」、固く決心した。
その日も放送が流れる前に食券を用意して、走る準備をしていた。
放送が流れたと同時に二人で階段に走った。扉を開け、駆け下りていた。
2階、1階、地下1階と階が進むにつれ速度が上がっていく。引力を実感
した。
地下3階のおどり場にさしかかろうとした。目的地B4の食堂まであと一
息だ。
おどり場のカーブが難しい。手すりをつかんだ手を軸に速度を落とさず曲
がるのだ。
たまたま前に階段を下りている人が居た。その人が、カーブにさしかかる
ところをちょうどHKさんが追い抜こうとした。前を行く人が手すりを持
っていた。
外側から追い抜こうとしたHKさんは速度を落とさなかった。
だが、手すりが空いていない。遠心力に抵抗する軸が無い。
「あああああっっっっっ!!!!!」
壁に激突。物理的に曲がりきれるはずが無かった。分かりきったことだっ
たのだが。
激突したHKさんの体は、壁から跳ね返り、
「あああああっっっっっ!!!!!」
ころげ落ちた。
おどり場からB4までは距離がある。なにしろ、B4は天井が高いので。
「あああああっっっっっ!!!!!」
ころがり落ちるHKさんを追いかけ、なんとか止めようとした。
だが追いつかない。さらに加速がついていく。
「あああああっっっっっ!!!!!」
B4の壁に激突。
壁に張り付いた。
「あああああっっっっっ!!!!!」
もう止まっていた。
「あああああっっっっっ!!!!!」
「HKさん。もう止まってますけど...」
「ああぁぁぁ.. え?おっ!はよ行かな!」
立上り、食堂のお盆置場に走った。
怪我は無かったようだ。
だが、「この人は丈夫だけど、こんなの巻き込まれたら、怪我するかもし
れん。明日からは違う人と行こ」、決心が固まった。
いろいろな人から聞くのだが、今でもHKさんは走っているらしい。

back