世間は盆休み


8月13日金曜日、世間は盆休みというのに、なぜか私は会社に居る。
盆休み返上しなければいけないほど仕事に追われているのか?
いやそうではない。実際はそうなのだが、やる気が無い。
当社には夏休みという制度が無い。理由はそれだけだ。
毎年、この時期の通勤電車は非常にすいている。今朝もすいていた。
車内には、勤めに行く会社員よりも、大きな旅行鞄を持った乗客が多かった。
「いいなあ。夏休みなんだなあ」などと羨む余裕は無い。
「いいなあ。旅行に行ける金持ってるんだなあ」、極度に金欠の私には、休暇がとれることに対する羨ましさよりも、経済的な観点からの羨ましさを感じるだけだ。
まあ、会社に来ていれば、昼間は余計な出費が無い。
なにしろ、今年で30歳になろうとしている私は、月額17万のお給料しかいただいていないのだから。
会社が傾いているから、仕方が無いと言えば、それまでの話だ。
仕事の方はと言うと、非常に忙しい。いくら時間が有っても追いつかない。
歳の割りには、責任の非常に大きなプロジェクトのマネージメントをしている。たかだか月給17万で。
と言っても、世間が夏休みを楽しんでいる中、働く気が起きない。
それに、取引先と打ち合わせしようにも、相手が休みなので、日頃ためこんだ書類の整理をするぐらいしかする事が無い。
これまた面白味の無い業務である。
面白くないことはしたくない。やめよう。夏があけたら、ちゃんとするから。今日は頭を休めよう。
毎年この時期は同じスケジューリングをしてしまう。今日も例外ではない。
一日怠けて過ごすと決め込んだ私だが、さて何をして時間をつぶそうか?大きな問題にぶち当たった。
とりあえず、パソコンの電源を入れ、社内電子メールの一覧画面を開く。
同じくダラけていると思われる他の社員達からメールが届いていると思われた。
案の定。同期からメールが送られていた。
メールを開いた。
「勃起がおさまらん」
意外とダラけていないようだ。体の一部については。
後輩からもメールが届いている。
「インターネットでお寺のホームページを見つけました。
禅問答が載っています。非常にいいことが書いてありますよ。
『禅師。私は暑いのも寒いのも嫌いです。どうしたものでしょうか?』
『暑くもない、寒くもないところに行きなさい』
『それはどこにあるのですか?』
『暑さの中、寒さの中にあるのです』
この言葉は、北宗時代の崇高なお坊さんがおっしゃった言葉だそうです。
つまり、『心頭滅却すれば、火もまた涼し』のことですね。
置かれた状況を楽しみなさいってことなんでしょうね。
『オナニーしている時は、罪悪感など感じず、ひたすら励みなさい』、昔の人はいいこといいますねえ」
こちらも、仕事をする気が無いようだ。
他にも数人から同様のメールが届いていた。
一通り目を通し、「せっかく会社に来たし、書類の片付けぐらいしようか」
、少し気力が出てきた。
ふと横を見ると、隣のデスクの端末のスクリーンセイバーが流れている。
親父ギャグが次から次に流れるナンセンスなスクリーンセイバーだ。
「イントラネットはまだだ。今年は、インモーネットだ!(1997年8月1日)」
えへへ... 思わず笑ってしまった。
隣のデスクの若TKお嬢ちゃんが「どうしたんですか?」、再び気の抜けてしまった私を心配そうに見る。
「えへへ...」
「何が面白いんですか?」
「えへへ...」
それ以上問う気は無いようだ。
仕方が無く、スクリーンセイバーの内容をメモに書き、そっと手渡した。
「えへへ...」
彼女も笑っていた。
インモーのネット。底引き網漁船の網を作るには、いったい何人がパイパンにならなければいけないのか?そんなことを考えても仕方が無い。
なぜなら、「提供して下さい」と頼まれても、大半の人は断るだろうから。
それに、編む手間を考えると、非効率的だ。
当社の魚網を使ってもらうほうが良い。
時計を見る。
やはり時間が経っていない。
メールでも送ろうか。何か面白い話題は無いか?
そう言えば、昨夜、金欠がたたり、酒の誘いを断り、早くに帰宅した。
特に趣味の無い私は、家で時間を持て余した。
おもむろにインターネットを接続し、頭に思い付く言葉を検索していた。
子供の頃、自動販売機で売られていたエロ本の出版社のホームページにたどり着いた。
当時のエロ本が紹介されていた。
白黒の写真の風景は、電車の中の男女である。
紳士風にひげを生やした男は、全裸に蝶ネクタイ。妙に色気のある表情をした女は、衣服を着ていて、買い物帰り風。
吊革をつかんで立っている男に寄り添う女。
二人の会話が載っている。
女「これがチンチン電車なのね」
男「使えば、マンイン電車だよ」
馬鹿馬鹿しいが、「えへへへ...」、笑えた。
早速、思い出したその内容を各人にメールした。
送信し終わり、着信メールの一覧画面を再び開いた。
先ほどの後輩からメールが届いていた。
「こんなことも書いてありますよ。
『他人がおこなったことは、自分がおこなったことにはならない。
今をおいて、物事を先送りしたり、過去を悔いてばかりしてはならない。今が全てである』
『オナニーは、したい時にしなければならない。
自分自身の手で自ずから』ってことでしょうね。
禅悶答は奥が深いですね。
お坊さんて、ほんといいこと言いますよね。
このエロ坊主!」
後輩は、地獄に落ちるだろう。
時計を見ると、11時半、あと30分でお昼ご飯だ。
煙草でもふかして過ごそう。

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