ただのナツ子さん
私の知り合いにナツ子さんという美しい人が居る。歳は、今年で37。 だが、どう見ても、20代半ば。スタイルも良く、顔も超美形だ。 横に居るだけで緊張してしまう。 美しいナツ子さんは、なんと!エッチビデオに出演している。ビデオは人 気があり、ビデオレンタル店に10本以上並んでいるそうだ。残念なこと に、私はビデオデッキといったハイテク機器を持っていない。 そんなナツ子さんは男なのだ。いわゆるニューハーフである。 ナツ子さんはスナックのママさんだ。南でこじんまりとした店をしてい る。 数日前、東京に転勤する後輩と飲んでいた。 「大阪で飲むのも、あと数日。思い出に、さっき見せてもらった写真の人 の店に連れて行って下さい」 飲んでいる時にナツ子さんのオッパイ丸出しの写真を見せた。非常に気に 入ったようだ。 「了解。電話するわ。ナツ子さん、飲み歩いてるから、店に出てくる時間 がつかめへんのや」 私は後輩から移動電話を借りた。私は、移動電話といったハイテク機器を 持っていないので。 「あっ、ども。チカ子さん?お久しぶり」 「あら!I氏さん!久しぶり!元気?」 「元気やで。うちの後輩にママの写真見せたら、会いたいって」 「ごめん。まだ来てないの。どこに行ってんのかな?」 「また飲み歩いてんのかな?」 「そう。どこに飲みに行ってるか分からないの」 「何時頃、来るかな?」 「さっき電話かかってきたんだけど、あの酔い方だと、11時半頃かな ?」 「なんやあ、じゃ、別の日にするわ。あっ、ところで、飲み代だけど、い くらだったっけ?たしか、チャージが3千円やったやんな?」 「ごめん。6千円」 「マジ?!値上げしたん?」 「そうなの。私は上げない方がいいって言ったんだけど、ママが上げるっ て言うんで」 「と言うことは、結構流行ってるんやな。いいことやんか」 「違う違う!お客さん、前より減ってる」 「前よりって?言ったら失礼だけど、前もそんなに来てへんやん」 「それ以上に減ってるの。やっぱり、ママの酒癖の悪さが原因かしら?」 「ははは!相変わらずやな。それがいいんやで。めっちゃおもろいやん」 ナツ子さんは常に酔っている。ほろ酔い、そんなレベルではない。常に泥 酔。フラフラになって店に入って来る。店に来る時間も不定期だ。店に入 るなり、ころんだり、整理整頓されてない店内で置物に頭をぶつけたり、 典型的な酔っ払いだ。 「I氏さんはいいよ。酔っ払いの扱い、上手やもん。だけど、一般のお客 さんは恐がるよ」 「ははは。そうかもしれんな。けっこう酔ってるもんな。ところで、なん で値上げしたん?」 「そうなのよ。移転。店を移転するって言ってたでしょ」 「おう!そうや!移転して大型のラウンジにするって言ってたやん。移転 先は決まったんか?」 「決まってないの。だって、お金無いでしょ。それで、移転費用作るため に値上げするって言いだしたの。料金を倍にしたら、すぐにお金がたまる って言うのよ」 「ははは!短絡的やな。ママらしいのお」 「でも、考えてみてよ。いきなりチャージを倍にしたら、今まで来て下さ ってるお客さんも逃げちゃうでしょ。ただでさえ扱いにくい酔っ払いのマ マの店よ。それが、チャージを倍にしたら、お客さん逃げるに決まってる じゃない。だから、やめようって言ったの。案の定、お客さん逃げちゃっ た」 「ははは!値下げしたらいいやん」 「だめ!ママに『お客さん減りましたよ』って報告しても、言うこと聞か ないの。『チャージが倍なんだから、すぐに金たまるやんけ。算数の話 や』って、紙と鉛筆持ってきて、掛け算するよ。2倍するの。ドリンク代 は前のままだから、2倍にならないんだけど。それにお客さん減ってる し。2倍した数字見せて、『ほら、すぐに金たまるやんけ』って話聞いて くれないの」 「ははは!じゃ、今度俺が話したるわ。じゃ、また電話するわ」 オカマのチカ子さんとの電話を切り、しょうがないので、その日は別の店 に行った。 今日、仕事をしていると、若TKさんが「I氏さん。誰か分からないんです けど、お電話入ってます。『Kいずみさん』て言ってますけど」 電話をとり、 「はい。お電話かわりました。I氏でございます」 「おっ!Kいずみちゃん。わ〜〜た〜〜〜し〜〜〜〜。誰か分かるう?」 なんじゃ、このおっさん。私は誰か分からなかった。 「どちら様でしょうか?」 「Kいずみちゃんやろ?」 「Iいずみです」 「あっ!そうそう!そうとも呼ぶねえ」 なんやねん、このじじい。全然誰か分からない。 「すいません。ちょっと分からないんですが」 「冷たいのお!わたしよお、な・つ・こ」 「ママ?!どないしたん?」 美人のナツ子さんは、話し方も声も初老のおっさんである。エッチビデオ は吹き替えをしているらしい。 電話の声を聞くからに泥酔していることが分かった。いつものことだが。 「I氏ちゃん!どないしたんやあれへん!あんた、最近どうしてるん?遊 びに来いや!」 「わりいな。ちょっと忙しいねん。また行くって。それより、ママ。値上 げしたらしいな」 「そうやねん!金無いねん!」 「金が無いって、あんた。移転はどうすんの?」 「それ!それよ、それ!I氏ちゃん!あんた、あったまいいっ!」 「ありがと」 「移転する金無いねん。そやからな、値段上げてん。倍やでえ。倍の金入 ってきちゃうよお!いやっほー!」 「やっほーやあれへん。客逃げるで」 「なんで?」 泥酔じじいに説明するのも面倒なので、 「まあ、ええわ。また行くわ。何時頃、店に居るの?」 「だいたい9時!勤務態度良好!」 うそつけ!とは思ったが、 「了解了解。じゃ、今度、9時半ごろ行くわ。ちゃんと出勤しといてな」 「わあ〜〜〜かりやした。じゃ、来てやあ。待ってるでえ。I氏ちゃん っ!じゃあねえ。また会う日までえ〜〜〜。お元気で居てちょ〜〜〜だい っ!」 「ははは。じゃ、また」 「はよ来てよお!待っておりやすっ!んじゃねえ、バイビー」 昼間から酔っ払いの相手をするのは慣れていない。 「I氏さん。今の電話、知ってる人だったんですね。Kいずみさんなんて 言ってたんで、知らない人かと思いました」 「ああ。若TKさん。今のは、ただのニューハーフ」 「ただの... ???」 瞳孔が開いていた。
|