O氏の休日

5月8日土曜日、この日は忙しかった。
前夜にO氏さんから誘われた。競馬好きのO氏さんに馬券を買いに行くの
に付き合って欲しいと誘われた。
午前中は、豊島肛門科だ。血栓性外痔核。症状がおさまっていない場合
は、手術。痛みがひいていたので、おそらく手術はしなくて済むだろうと
心配はしていなかった。手術より心配だったのは、酒iさんだ。
彼もこの日に検査だった。11時頃に行くだろうと予測していた。私は、
時間をずらし、11時40分頃に行った。あの人の肛門に突っ込まれた器
具を私の肛門に突っ込まれる危険性は承知だった。が、しかし、寝坊して
しまった。病院に行くと、酒iさんはすでに居なかった。これで、診察中
に覗かれ
る心配は無くなった。
運良く、器具を肛門に突っ込まれることなく、「腫れひいたね。もう大丈
夫や。薬は続けてな。来週もう一度診るから、来てな」
すぐに診察が終わった。
O氏さんとの待ち合わせまで時間が有ったので、ゲーセンに寄った。1ゲ
ームしてから梅田に向かった。待ち合わせ場所で待っていると、ほとんど
金髪に近いチンピラが来た。O氏さんだ。私の友人の柳田という理容師に
うまくのせられて、脱色された。本人は気に入っているようなので、「似
合ってますよ」とのせといた。
場外馬券売場に行った。京都競馬場で行われる10、11レースを買って
いた。馬連で各レース、3組づつ買われた。両レースとも、千円、千円、
2千円と3組づつ、合計8千円。
「これは、自信あんねん。当ててな、夜にパア〜ッと行こうや」
楽観的だな。私は、悪い予感がした。
馬券を買い、近くの喫茶店で待った。10レースは3時10分、11レー
スは3時40分出走予定。
喫茶店を出て、あても無くぶらついていた。「O氏さんて面白いですね」
「なんでやねん?」
「変わった癖ありますね」
「そっかあ」
「ライター返して下さい」
「え?」
「さっき喫茶店出る時に、僕のライター、ポケットに入れたでしょ」
「...なんで分かってん?」
「いつもしはるから、今回もって見てたんです」
「しゃあないやないか!癖や!癖なんや!」
「だから言ってるじゃないですか。変わった癖が有りますねって」
ライターを取り返し、ビッグマンの近くをうろついた。キリンの一番搾り
のビールの出店が有った。3時。そろそろ10レースが出走だ。
「ビール飲もうや」、出店でラージサイズのビールを買い、「そろそろや
な。俺、自信あんねん。ああ〜〜っ、すきっぱらにビールはきくのお。昼
間の酒は最高や」、非常にご機嫌だ。だが、私は悪い予感がした。
3時20分、「おっ!そろそろ結果出てるで。電話サービスで聞くわ」
「まだ10レースだけじゃないですか」
「1レースづつ聞くのが楽しみやないか」
公衆電話にテレカを差し込み、ダイヤルをプッシュした。
1レースから順に結果が流れた。
「おっ!9レースや!次や!」
私の悪い予感が高まった。無意識の内に受話器を持つO氏さんから遠のい
ていた。
後ろ姿のO氏さんの周囲の空気が重たくなった。静かに受話器を置き、振
り返った彼の顔は、土色だった。
「あかん... はずれたがな」
「えっ?駄目でしたか?どうしたんですかねえ?」、目を合わすのも恐か
った。
「ビール飲もうや。まっ、ええわ。次のやつがあるからな」
一番搾りラージサイズを買い、絶望を忘れるかのように、ビールを流しこ
んでいた。そこに、たまたま初老のご婦人が通りかかり、「まあ!昼間っ
からお酒飲んでる!」
「余計なお世話じゃ!昼間の酒はうまいんじゃ!酒飲んで何が悪い!」
「O氏さん!落ち着いて下さい!次のレースに期待しましょう」
「そやな。次のは自信あんねん。これで、さっきの4千円取り返して、さ
らにおつり有るで。今夜は、パア〜〜〜っと行きましょ!行くでえ!」
3時50分、そろそろ11レースの結果が出ている。
「おう、肇ちゃん。馬券売場行こうや。すぐに払い戻し金もらえるしな」
我々は、馬券売場に向かった。私は、非常に悪い予感がしていた。
画面に各レース場の結果が映し出されていた。
「俺、目悪いねん。肇ちゃん見えるか?」
「はい。京都11ですね」
画面を見た私は引き痙った。かすりもしていない!
「すいません。僕も眼鏡を忘れてきたんで、ちょっと確認しづらいです」
意味は無かった。ただ結果を引き伸ばしただけだった。
「しゃあないな。どうせ換金せなあかんから、払い戻し機んとこ並ぶわ」
ハズレ馬券を持ったO氏さんは、換金の列に並んだ。もちろん、当りに何
の疑いも持たずに。
順番が近づいてきた。私はだんだん恐くなり、自然と体が遠のいて行っ
た。
私の背後で、氏は馬券を自動払い戻し機に差し込んだ。
「この馬券は的中していません」
冷たいアナウンスが流れた。
無意識に私は耳をふさいでいた。だが、聞こえた。遅かった。はっきり聞
こえたのだ。「的中していません」
おもむろに振り返ると、そこには、なまり色の顔が有った。
生気などかけらも無い死人が立っていた。
「あかん... あかんかったがな!」
「いやぁ... どうなってんですかねえ.. 番狂わせですかねえ」
目を合わすことが出来なかった。
「ああ... あかんわ。なんでやねん?自信有ったんや。しゃあない。
明日や」
氏は、マークシートを20枚ほどポケットに入れ、
「明日や。明日のは自信あるんや。しゃあない。今日は軽く飲んで帰ろ
う。
明日当たるから、来週末パア〜〜〜ッと行こうや。いっくでえ!」
4時過ぎ、近くの安い居酒屋に入った。1〜2時間ほど飲んで帰ろうと酒
を頼んだ。
しばらく飲んでいると、目の色が変わってきた。
「O氏さん。時間大丈夫ですか?早く帰って、明日の予想しなくていいん
ですか?」
「ええがな。もうちょい飲もうや。時間気にすんな」
7時。約3時間が過ぎた。
「O氏さん。ひげ似合うんちゃいます?」、だらだらと付き合うのに疲れ
たので、O氏さんで遊ぼうと思った。
O氏さんに付けひげをつけ、スーパーハードジェルで髪型を1:9に分け
た。
「似合いますよお!ついでにまゆ毛もかきましょうよ」
「まゆ毛かくやつ持ってんのか?」
「あります。人からもらったんです」
油性ボールペンでまゆ毛をかいた。左右とも、こめかみに達するまで伸ば
した。さらに間もつなげた。太さは、約3cm。
周囲の客、店員、誰もが笑いをこらえていた。
泥酔のO氏さんは、次から次に飲み食いをする。相変わらず食べ方が汚
い。
口の周りは、よだれやら汁で光っている。
「ひげがズレてきましたよ」と、わざと左右のひげをズラした。その顔
は、バカそのものだった。
こらえきれなくなった店員の女の子達が吹き出した。
「おっ、どないしてん?似合うやろ?どうや?」
O氏さんは非常にご機嫌になった。
9時過ぎ、やっと店を出た。約5時間飲んでいた。
私と馬鹿ヅラは、京橋に向かった。電車の中でも、周囲の人々は、笑いを
こらえるのに必死の様子だった。京橋に着き、「もう一軒行こうや」、馬
鹿者は帰る気全く無し。
居酒屋に入った。馬鹿づらで意味不明の言葉を叫び、一人で笑いまくって
いるO氏さんと11時過ぎまで飲んだ。
「そろそろ帰りましょうよ。ビール屋入れたら、3時から飲んでんです
よ。
もう飲み始めて、8時間ですよ。いい加減帰りましょうよ」
ごねるO氏さんを店から出し、京橋駅まで送った。キャッチボーイ、キャ
ッチガール達が「ラウンジどうですか?1時間3千円!」などと寄ってく
るが、氏の顔を見ると、瞳孔が開いた。
駅で別れ、私は家に帰った。
翌9日の日曜日、そろそろ寝ようかと布団についた。妙に悪い予感が走っ
た。「まさか...」
O氏さんに電話した。「どうでした?」
たしか、昨日、「明日のレースにかける」というようなことをおっしゃっ
ていたのを思い出したのだ。
「あかん... あああああっっっっっ!!!!!」
今だに氏の叫び声が耳にこだましている。

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