パソコン買った その1


6月14日月曜日、私は現代人の仲間入りするためのチケットを買った。
パソコンを買ったのである。
IBMのアプチバだ。情報システムの仕事をしているコンピューターのプロについてきてもらった。プロの友人が推薦するこのアプチバを12万強で購入した。
私は、入社して、今年で8年目。丸7年以上勤めている。
その間にこつこつとお金を貯めてきた。総額47万。私の血と汗の結晶である。だが、その内11万は、カードの支払いで消える。
先月、先々月と2日で11万使ってしまった。飲み屋をはしごしてしまったのだ。
残る貯蓄は36万。
その36万の内、約15万を使ってしまった。パソコンだけではなく、プリンターも買ったので、約15万。
残る貯蓄は、21万。21世紀を目前に、貯蓄額も合わせたのである。
計画通りだ。
パソコンはIBM製、一流である。世界の巨人IBMのアプチバである。プリンターも一流である。キヤノンだ。
学生時代の就職活動中に、友人が、CANNONを「かんのん」と呼んでいた。「今ちゃん。俺、かんのんを受けようと思うんや。キヤノンは人気企業やんか。同じカメラの会社だし、マイナーなほうが受かりやすいで」
もちろん、友人は落ちた。
そんな独創的、というか独走的な友人でも受からなかった一流企業キヤノンのプリンターである。
パソコン、プリンターともに一流品をそろえてしまった。
昨夜、パソコンを購入した帰りに、あまりにも楽しくなり、京橋で一人で飲もうかと考えた。
だが、残る21万が20万になってしまうのはマズい。21世紀まであとわずかだからだ。
「今夜は、チューハイで我慢しよう」
缶チューハイを片手にゲーセンに行った。
風営法で、ゲーセン、パチンコ屋での飲酒は禁じられているが、私は例外である。なぜなら、私は必ずハイスコアーを出すからだ。
もちろん昨夜もハイスコアーだ。
家に帰ると、O氏さんから電話があった。
日曜日に、珍しく競馬で当てたそうだ。非常に興奮されていた。
話題を変えて申し訳ないとは思ったが、「アプチバを買ったんですよ。IBMのパソコンです」、早速報告した。
「パソコン?俺はなあ、資料作るのに今だにさしで線ひいて表作ってるねん。それはそれでいいと思うで。居るやんけ、数字ばっかり作ってる奴。あんな奴のな、資料はな、読みにくいんや。下手にな、パソコンなんか持ってな、資料ばっり作ってる奴はあかんわ」
「資料は作らないです。家で遊ぶために買ったんです。インターネットしようと思ってるんです」
「インターネット?俺はあかんわ。そんなんやったら、はまってまうわ。今は競馬に集中せなあかんのにやな、そんなもん買ったら、競馬に集中する時間減るやんけ」
「O氏さんにパソコン買えとは言ってませんよ。でも、インターネットつないだら、エッチなのも見れるそうですよ」
「なにっ?!エッチなやつ?!」
「僕は興味が無いですけど、O氏さんは好きでしょ?」
「おう。俺も買おうかな。パソコンの1台ぐらいな、持っていてもいいかなあって考えてたとこなんや。ボーナス出たら、買ってもいいなあ」
O氏さんは、私以上にパソコン、インターネットなどの知識が無い。
「O氏さん。インターネットでエッチなのを見るのに金かかりますよ」
「えっ?!なんぼぐらいすんねん?」
「一回見るのに、だいたい1万ですって。風俗行くぐらいかかるそうです」
「なにっ?!そんなにかかんのか?」
「らしいですよ」
「そらあ、あかんわあ。やめとこ。一人でオナニーしてるほうがええわ。だって、競馬が不調やし、そんな贅沢出来へん」
携帯電話の通話料が今だに1分70円と思い込んでいるO氏さんは何の疑いも持たず信じた。
その後、2時間、O氏さんのパソコンに対する考えを聞かされた。全く的を得ていない話だったので、今朝起きると、すっかり忘れてしまっている。
今朝も遅刻して、出社した。
若TKお嬢ちゃんに「パソコン買ったで。IBMのアプチバやで」と報告。
「ええっ!!!アプチバですか!!!かとり君のやつですね!!!」
「かとり?ノーマットのことか?」
「違いますよお。かとり君がコマーシャルに出てるやつですよね、アプチバって」
巨人のかとりは引退して、CMタレントをしているのだな。飲み込みの早い私は、「おう。そうや。かとりのやつや。ええやろ?」
「うわあっ!いいの買いましたねえ!」
「ははは。センスいいやろ?かとりのサイン入りボールもついてるんや」
「ボール?」
「おう。今度見したるわ」
つまらん約束をしてしまった。
会社の帰りにボールを買いに行かなければならない。
かとりとは、どんな字だったか全く知らない。ローマ字で書いておこう。
喫煙所で一服しているHKさんにも報告した。
「HKさん。ついに買いましたよ。パソコン」
「おっ。今ちゃん、買ったか。どんなんやねん?」
「IBMのアプチバです」
「IBM?外資系とちゃうんか?」
「そうです」
「ほお。最近、コマーシャルやってるやつやのお。電話とインターネットが一緒に出来るやつか?」
「それ、ISDNです。僕のは、IBMです」
「関連会社か?」
「い.いえ... 僕も、パソコンは詳しくないので...」
「インターネットもすんのか?」
「やります。すぐにプロバイダーと契約します」
「プロボーラー?なんやねん、それ?」
「プロバイダーです」
「ふう〜〜〜ん。どんなパソコンやねん?」
「アプチバです」
「アプピペ?え?え?アペプポ?え?アブビボ?」
「どうして、読み方変えるんですか?!アプチバです」
「知らんなあ。会社のやつもIBMとちゃうんか?」
「そうですね」
「今の時代、パソコンぐらい使えなさいよおってことかもしれんのお。ああ〜〜〜あ、勉強せなあかんのかのお」
「遊びで使うんです」
「えへへ」
「インターネットで遊ぶんです」
「えへへ」
「楽しいですよ」
「えへへ」
なぜか笑っておられる。楽しそうなので、そっとしておいた。

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