ひげ殿下


5月28日金曜日、今朝は、うちに泊まったコバ*シと一緒に出社した。
昨夜は遅くまで飲んでいたので、体がだるい。
我々は、眠い目をこすりながら電車に揺られていた。
ふと週刊誌の広告を見ると、見覚えのある顔がある。
ひげを生やしたおじさんの顔写真。
「どっかで見たことあるなあ」
「I氏。どうしたん?」
「あの顔、どっかで見たことあるんや」
眼鏡を持って無かったので、広告に近づいてみた。
「ああっ!!!ひげ!!!なんで、おっさん、こんなところに!!!」
「知ってんのか?!」
「コバ*シ!こいつ、いつもおごってくれるおっさんや!」
「知り合いか?!」
「知り合いって言うか、梅田のゲイバーでよく会うんや。その店に行くと、いつも会うんや。毎日行っとんのちゃうかな。いつもな、寿司おごってくれたり、ボトルくれたり、御馳走してくれんねん」
「マジ?!」
「マジよお。このおっさん、あっちこっちのゲイバーとか変態の集まる飲み屋を毎日はしごしてるらしい。金の使い方も半端やないで」
広告には、顔写真の横に
「ひげ殿下 ゲイバー通い」
とタイトルされていた。
「ほんまや!ゲイバーで遊んでるって書いてるやんけ」
「な!間違い無いわ。このおっさん、はぶりええから、自営業でもしてるんやと思ってたんや。おっさんの名前も知らんねん。ヒゲのおっさんて呼んでたんや」
「ヒゲのおっさんて。お前。皇族やぞ」
「だって、あんな店で本名名乗らんで。あああっっっ!!!」
「どうしたん?!」
「そう言えば、俺らみたいなノンケの客が最近来てるんや。あのての店にノンケの客なんて、ほとんど出入りせえへんやん。それがな、俺ら以外にノンケのおっさんが二人来てるねん。あいつら、こういう週刊誌の記者やで」
「なるほどお!そらそうやわな。ああいう店にノンケは行かんもんなあ。ノンケで、そんな店に行くのって、お前みたいなアホぐらいや」
「ほっとけ!そやけど、一人がな、手帳見せてくれたことあるねん。変態が集まる店の電話番号とか地図とかいっぱい書いてた。それでな、俺聞いたんや。
『ほんとにノンケですか?』
『そうやで』
『でも、どうして、こんなにたくさんの変な店知ってるんですか?』
『趣味。だって暇やねん。ははは。趣味趣味』
その時俺な、おかしいって思ってん。
『マスコミでしょ?取材してんでしょ?』
そしたら、焦った顔して、手振って否定しおったんや。
やっぱりマスコミやってんで。殿下の取材しとるんや。」
「おお!絶対そうや!間違いないわ!」
「しまったなあ...」
「どうしたん?」
「俺、そのおっさんの前でフリチンになったんやあ。ジャンケンで負けて、フリチンにされたがなあ。あのおっさん、俺の記事書けへんやろな」
「アホ!お前の記事書いてもしゃあないやんけ」
「殿下、手たたいて喜んでたぞ」
「お前、ええ歳して、やめとけよ。そやけど、どこでどんな奴と知り合ってるか分かれへんなあ」
「おう。ほんま信じられんなあ」
会社に着き、喫煙所で一服した。
HKさんに今朝の出来事を話した。
「こうぞく?なんやねん?こうぞくって」
「皇族ですよ、皇族。天皇陛下の親戚ですよ」
「天皇さんの親戚って、こうぞくって言うんか?」
「そうです。知らなかったんですか?」
「知り合い居ないもん」
「そりゃ、なかなか知り合えませんよ」
「そやけど、お前。そんな人、金持ってんのやろなあ。俺も皇族になったら良かったわ。こんな貧乏会社で勤めるより、そっち選んだほうが良かったぞ。だって、ボーナスなんて、家のローン払っておしまいや。お前はええよ。
若いもん。金持ちのやなあ、暇なおばさん居るやん。そんなんパトロンになってもらってやなあ」
「そんなことしませんよ」
「何言うてんねん。俺なんかあかんわあ。女の人も、やっぱり若い男のほうがいいらしいぞ。だって、お前。男の人もそうやんけ。歳とっても、若い女の子がいいって言うやんけ。女の人も一緒や。そんなんなあ、40、50のおっさんは嫌やで。だって元気無いやん。若い男の人の筋肉隆々の裸見てやなあ、『まあ、たくましいわあ』なんて喜ぶでえ」
「HKさんも体鍛えたらいいじゃないですか」
「アホ。俺なんかそんな元気無いわ。昔は良かったよ。引き締まってやなあ。今はあかんわ。ゆるいわ。たれてるもん」
「おなかですか?」
「おなかもそうやしな。胸もや。服着たら分からんけどな。風呂入ったら分かるわ」
「胸まで垂れたらかっこ悪いですねえ」
「ほんと嫌やねえ、歳とるっていうことは。昔は、そこそこいい女やなあって思ってたけどな」
「女?!HKさん、女だったんですか?!」
「アホ!嫁さんや!なんで俺が女やねん。今ちゃん、むちゃくちゃ言うのお。昔はしまっとったわ。そやけどな、最近は金を持った女の人が若い男の人のパトロンになったりしてるんやろなあ。いいねえ、お金持ちは。俺なんか、家のローン払っておしまいや。ああ〜〜〜〜〜あ」
昼休み、シュ〜ちゃんと週刊誌を探しに行った。
今朝見た広告の内容を詳しく知りたかった。
いくつか週刊誌を手に取り目次を調べた。
「有った!今ちゃん、これやこれ!」
『ヒゲ殿下 ゲイバー通い』といったタイトルが有った。
急いでページをめくったシュ〜ちゃんが、
「おおっ!写真出てる!ヒゲのおっさんて、これ?」
全然違った。
私がゲイバーでおごってもらったおっさんとは全然違った。
「ちゃうわ!全然違う!人違いやんけえ!」
朝から大騒ぎしていたが、この一瞬にして、終わってしまった。
とすると、あの店に来ているノンケの客は、マスコミではないのだろう。
と言うことは、本当にただの物好きな暇なおっさんだったのかも。
世の中には暇な人が居るもんだねえ。私を含めて。

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