仕事でのおつきあい その2
私は、見かけによらず、仕事柄、大手物流企業の社長、取締役クラスの方々との付き合いが多い。 例えば、京都のとある物流企業の取締役だ。この重役さんとは、伏見、嵐山の料亭で飲んでいた。非常に気が合い、私にボロクソに値切られるにもかかわらず、仕事抜きで飲みに誘ってくれる。残念なことに東京に転勤になり、東京支店長になられた。 以前、この重役さんと二人で、嵐山の有名な料亭に行った。よくテレビなどに出てくる料亭だ。 二人で飲むには寂しいほどの広い座敷。大きな窓の外には日本庭園。庭園の背後には嵐山の壮大な自然が広がっている。 一本の木からくりぬいたテーブルを挟み、中居さんがついでくれる地酒を飲み喉をうるおす。上品に彩られた京料理を舌鼓を打ちながら、我々は経済談義に華が咲く。 「支店長。どうですか?最近は」 「あかんなあ。I氏ちゃんのほうは?」 「私のほうも全然です。不景気を感じますね」 「そうやなあ。若い頃は、そんなこと無かったんやけどなあ」 「支店長がお若い頃は、経済成長の全盛でしたもんね」 「キャバレー全盛や。今のキャバクラって言うの?あんなんとちゃうんや。 お触りオッケーやったわ。今のキャバクラはあかんわ。ちょっと触ったら、怒られる。昔のキャバレーは触ったり出来たんやで。それに、『あとでデートしような』なんて誘ったりしたなあ」 「やりますねえ!」 「3時間突っ立ってたなあ、待ち合わせ場所で。雨降ってたわ、大雨や。雨ん中3時間待ったなあ。来んかったわ。楽しかったよなあ」 「あきませんやん!すっぽかされてますやん!」 「いや、でもな、キャバレーはいいんや。そんなんいいんや。それよりな、アルサロ。知ってるか?アルサロ」 「アルバイトサロンですね」 「おお!若いのに、よお知ってるやん。I氏ちゃんの子供の頃に流行ったんやで。よお知ってたなあ」 「だって、僕の家、歓楽街のすぐ近くですもん。子供の頃からそんな看板を見てましたよ」 「そっかあ。そのアルサロや。ピンサロとも言うけどな。ピンクサロンのことや。いやあ、あれは良かったなあ。ほんま昔は良かった」 「何かいいこと有りましたか?」 「あれはなあ、一応抜いてくれるんや。手やら何やらでな。良かったなあ」 「え?何が良かったんですか?教えて下さいよ」 「あれは、いつ頃だったかなあ。若い頃やったなあ。飲んだ帰りに行ったんや、アルサロ。まあ、そこでやな、いろいろしてもらってな。『店終わってからデートしような』って誘ったんやで」 「おっ!それでそれで!」 「また雨や。3時間待ったなあ。傘持ってたんだけど、アルサロで忘れて来たんや。取りに引き返すのもかっこ悪いし、そのまま突っ立ってたなあ。来んかったなあ。楽しかったよなあ」 「あきませんやん!またすっぽかされてますやん!」 「だけど、その後や。翌朝や」 「ええっ!いいこと有ったんでしょ!連絡があったとか?」 「ブツブツや。おちんちんにブツブツ出来てたわ。病院に行ったなあ。泌尿器科ってやつや。先生が『性病もらいましたねえ。お店でうつされたんでしょうね』。一ヶ月ぐらい抗生物質飲んだなあ。楽しかったよなあ」 「あきませんやん!全然あきませんやん!病気までもらって!」 「でも、最近のキャバクラって言うの?あれは駄目やで。何も有れへんやん。触ったら、怒るんや。I氏ちゃんはキャバクラ行くんか?」 「昔はよく行きましたよ」 「触ったり出来へんのにやで。なんでまた?」 「飲むだけで楽しいです。それに、雨の中で突っ立ったなくていいし」 「理解出来んなあ。やっぱり、そういう点、I氏ちゃんは今の人なんやで」 「そんなことないですよ。でも、支店長の若い頃は、他にも楽しいことが有ったんでしょ?」 「そうや。いろいろ有ったで。ほんま楽しかったわ。I氏ちゃんらはデスコ行くんか?フィーバーするんか?」 「ディスコですか?今ではクラブって言うらしいですよ。僕はめったに行きません。踊るの苦手ですんで」「そっかあ。僕らもな、社交ダンス。知ってる?社交ダンス」 「知ってます知ってます」 「社交ダンスが流行ったんや。ダンスフロアーがあちこちに有ったなあ。よく行ったなあ。僕も踊ったりするのはどうでも良かったんや。そこで知り合う女性、どちらかと言うとちょっと年上の上品な奥さんと知り合ったなあ。 ほんま楽しかった」 「おおっ!有閑マダムってとこですかあ!軽井沢婦人!」 「ははは!君もスケベエやなあ。そうや、そういうご婦人と知り合いになってな」 「それから?それからどうしました?」 「急ぐな急ぐな。あせらないで。ワルツなんか踊ってな、ダンスしながら、 『あとで遊びに行きまへんか』って誘ったわ。胸がドキドキしたなあ。ご婦人は『じゃ、どこどこで待ってて下さい』。楽しかったよなあ」 「いいことあったんですね!よろしいなあ!」 「雨が降ってたなあ。傘持ってなかったわ。3時間待ったなあ。来んかったわ。楽しかったよなあ」 「あきませんやん!またすっぽかされてますやん!全然駄目!」 「いやいや。でもな、最近のキャバクラ。あんなのは、ほんまあかんわ。あんなもん、どうしようもない。触ったら、怒られるし」 「行くことあるんですか?」 「行ったことあるよ。若い部下達が『行きましょう』って言うからな。四条のキャバクラや。『店終わってから、遊びに行こうな』って誘ったんやけどな」 「どうでした?」 「オッケーなんて言うんや」 「良かったじゃないですか!」 「3時間待ったわ。雨の中。びしょ濡れになったがな。風邪ひいたで。結局来んかったわ。キャバクラの女なんて信用出来へん。昔は良かったよなあ」 「いっしょですやん!昔も今もすっぽかされてますやん!」 庭園には カコ〜〜ン ししおとしの音が響いていた。風流である。
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