仕事でのおつきあい その1


ある日、南の料亭で、とある大手物流企業の重役と飲んでいた。
料亭はビルの上の方にある。大きな窓があり、大阪の夜景が広がっている。
私達は着物姿の中居さんがつぐビールで喉をうるおし、最近の経済情勢について語った。
びんビールが空になった。
「K谷支店長。お酒にします?ビールですか?」
「そうやな。もうちょいビール飲もうな。今ちゃんは銘柄にこだわるんか?
わしは、一つ好きなビールがあるんや。今ちゃんは、あれか?キリンのラガーとかか?」 
「いえ。特にこだわってません」
「最近はいろいろとあるやろ。アサヒの黒生とか。あれは好きか?」
「好きです。あの甘い味、何杯も飲めませんが、美味しいですね」
「そっか。外国のもいろいろ売ってるなあ。ハイネケンとかバドワイザーとか。そんなん飲むか?」
「バドワイザーは好きです。飲みやすいです」
「なるほどなるほど。でもな、わしも一つ好きなのがある。ジャパンや。知ってるか?」
「ジャパン?知らないですわあ。初めて聞く銘柄ですよ」
「これがいいんや。なかなかやで。ジャパン。ちょっと頼んでみようか」
中居さんに
「すまんけどな、ジャパン持ってきて」
「ジャパン???ジャパンですか?」
「ビールや、ビール」
「すいません。ちょっとジャパンは置いてないんです。申し訳ありません」
指を2本立てて、支店長は、
「2本ちょうだい。にほん。ジャパンや。にほんや」
くっだらねえ!と思う前に、前振りのしつこさ、落ちのくだらなさにこけてしまった。
「あっ!はい!2本ですね!すぐにお持ちします!銘柄はいかがいたしましょう?」
「なんでもええんや。そんなもんこだわれへん。ビールはビールや。今ちゃん。あんまりうけへんかったなあ。この前、うけたんやけどなあ」
「お.おもしろかったですよ」
「練習してるんやけどな。もう10年ぐらい言うてるんや」
いぶし銀のジョークである。
大阪の夜景はどこか悲しい色だった。

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