移動電話を買ったはいいけど


5月22日土曜日、移動電話を買った。数年ぶりだ。
以前は関西デジタルホンと契約していた。知り合いが、電話機を買替えるので、譲ってくれた。当時は、電話機自体の値段も高く、基本料金、通話料も高かった。今と違い、移動電話など持っているのは、仕事上、持っていないと非常に不便な人かよほどの金持ちだけだった。
私は、そのどちらでもなかったが、特に意味も無く、譲っていただいた。
電話機を譲ってくれた方はトヨタに勤めている人だった。その電話機は、会社から持たされていて、新機種に代えることになり、その電話機が不要になった。名義変更の手数料は千円ほどだったので、当時としては安い買物だった。
当時の通話料は市内1分70円という非常に高額だった。
移動電話を持ったのはいいが、誰もかけてこなかった。70円も払うのだったら、私の会社か家に電話したほうが安くすむからだ。
だが、私はいつも持ち歩いていた。今の電話機と違い、大きくて嵩張るし、重量もあった。電話がかかってくることは無いが、それでも持ち歩いた。
「きっと電話が鳴るはずだ」
根気良く待った。
電話機を持って数ヶ月が過ぎた。
ある日、泊まりがけの出張に出ていた。大阪に帰る日の昼過ぎだった。
鳴った。電話が鳴った。
ピピピッ!ピピピッ!ピピピッ!
「おおおっっっ!!!」
どのボタンを押せばいいのか?!基本的なことが思い出せない。
取引先が「I氏さん!早く早く!」
「おおおっっっ!!!」
なんとか間に合った。
「はい!I氏です!」
「おう。I氏ちゃん。俺や。今夜大丈夫か?ちゃんと待ち合わせに間に合うんか?」
酒井さんからだった。その晩に大阪で待ち合わせをして、飲みに行く約束をしていた。待ち合わせの確認の電話だった。
それ以来、解約するまで何回電話がかかってきただろうか?数回だけだった。10回には満たなかっただろう。
だが、基本料金が月々5千円だったのに、なぜか毎月1〜2万円支払っていた。
飲んでいると、酔っ払った誰かが「〜〜に電話しよう」と意味もなく、電話をかけたからだ。
結局、意味もなく金がかかるし、全然便利ではないので、解約することにした。それからしばらく経つと、誰もが移動電話を持つようになってきた。
近ごろでは、移動電話を持ってないのは、周りでは僕以外に2〜3人になってしまった。持ってはいるが、使い方が分かっていないのが一人居るが、とりあえず所持している。酒井さんのことだが。
友人達から移動電話を持つように説得され、私は決断した。
友人の一人に「どこの電話がいいんかな?」と相談した。
「NTTドコモを使っている人が多いけど、若い女の子の間でJフォンが流行ってるよ」、有意義な情報だった。
「若い女の子」という言葉に反応した訳ではないが、当時の関デジ、Jフォンを使う決意をした。
近所の電話機ショップに行った。
見ても分からないのだが、電話機を選んでるフリをしていた。
すると、「携帯電話をお探しですね」、店員が寄ってきた。
「そうです。最近では移動電話を持ってないと、不便で」
店員の笑顔を見ると、以前親しかった女性に似ている。
「A子!」、思わず叫びそうになった。
A子は、「セルラーがお勧めです」、しきりとセルラーを勧める。
「関デジにしたいんです。友人が勧めてましたので」
さすがに「若い女の子に人気があるそうですな」とは言えなかった。なぜなら、A子を悲しませたくなかったからだ。それに、そんな理由でJフォンを選んだ訳ではないので。今となっては、その理由など忘れてしまった。
そのA子に似た店員は、「契約においても、セルラーの方がお得ですよ」
、どうしてもセルラーを選ばせたいようだ。
「じゃ、それにしましょう」
A子に言われちゃ、断れない。
私は、彼女の熱心な説得についに折れてしまった。彼女がA子に似てなくとも、私はセルラーを選んでいただろう。その機能性は目をみはるものが有った。その機能については、説明書を読んでいないので、知らないが。
翌日、Jフォンを勧めていた友人に会った。
「なんで?なんでセルラーなんかにしたん?」
「ははは。これがいいんや。素晴らしい」
「どこがよお?全然イケてないやん。電波つながりにくいよ」
「ははは。何を馬鹿げたことを。A子がそんなもの勧める訳が無い」
「A子?」
「いや。店員さん。セルラーは素晴らしい。あなたも買替えなさい」
昨夜、友人数人から、
「I氏さんの電話、つながにくい」
A子が、私にそんなものを勧めるだろうか?まさか、あのA子が...
たしかに、他の男と結婚してしまったが。私を捨てて。
私は、A子の行動パターンを思い出し、シミュレーションをした。
だが、私をだますようなことをするはずが無い。そんなことはとうてい考えられない。
だが、セルラーを勧めた店員は、実は、A子ではなかった。似ているだけだ。
A子の奴、ほんとにひどい女だ。他に男作って、結婚するわ、電話屋に自分に似た店員を忍ばせておくわ、なんて女だ。許せない。
だから、あの時、私はよう子と付き合ったのだ。今では、よう子と会うことは無いが。
ちくしょう。Jフォンにしてれば、若い女の子にモテたはずなのに。A子め、ひがみやがったな。
A子などどうでもいい。過去のことだ。
私は、説明書を読みながら留守番電話サービスの設定を行った。
「発信音の後にメッセージを入れて下さい」、女性のアナウンスに従い、
「I氏です。あとで電話します」
気付くと、留守電に入れる言葉を吹き込んでいた。誰かに電話した時に入れる伝言を入れてしまったのだ。
「しまった!つい癖で」
説明書を読み、変更を行おうとした。
だが、非常に複雑なシステムで、情報処理等コンピューターの勉強をしたことが無い私には対処出来なかった。
電話会社の人が気をきかせて、メッセージをかえてくれてるかもしれない。
私は、私の移動電話に電話をした。
「I氏です。あとで電話します」
やはりそのままだ。
仕方がないので、伝言を入れた。
「あとで電話するのは俺や」

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