人生のわなに注意
5月11日火曜日、赤穂工場で一仕事を終え、工場の人と二人で近くの魚料理の店に行った。赤穂は海が近いので、魚が美味しい。口にふくむと甘い。感動的な美味しさだ。 二人で美味しい料理を食べていると、厨房の方から騒がしい声が聞こえる。 「ぎょうざくれ。俺はぎょうざが食いたいんや」 「うちは魚専門や。ぎょうざなんかすぐに作れ言われても、出来へんがな。 先に言うといてえや」 「急に食いたくなったんや。ぎょうざ作ってくれ」 「出来へん言うてんねん」 我々は食事を終えた。そろそろ帰ろうと店を出る時に、ちらっと厨房を覗いてみた。厨房には、板前さんとどこかの工場の社服を着た人がまな板の上に皿を並べ食事をしていた。社服のおっさんは「ぎょうざ出来へんのか」、まだこだわっていた。 「ああっ!!!みさきさん!」 ぎょうざのおっさんは、驚いた表情で私を見た。 「ああっ!!!きみ!I氏か!」 みさきさんだった。元東京化成品課の課長だったみさきさんは、UTKを退職して、赤穂化成に転籍になった 「何してますの?」 「いやあ... ぎょうざが...」 「ぎょうざは置いてないでしょ」 「いやあ... えらいとこ見られてしもたな」 私は、明日朝一番にみさきさんの元部下の小林に報告する決意を固め、相生駅に向かった。タクシーで駅に向かう途中、当社の社服を着てスクーターに乗っている人が居た。信号で並んだ。顔を見ると、遠地さんだ すぐに窓をあけ、「遠地さん!」 「おおっ!お前!何してんねん?今から飲みに行かんのか?」 「今日は帰ります」 「冷たいこと言うのお。ちょっと行こうや」 とバイクに乗ったまま体を乗り出した。 そのまま倒れた。バランスを崩したのだろう。 「あああああっっっっっ!!!!!」 バイクと一緒に倒れた。 青信号になった。 「お客さん。いいんですか?」 運転手さんに聞かれた。 「行って下さい」 振り向くと、バイクを起こそうともがいている遠地さんが遠ざかって行く。 相生駅に着くと、ちょうど新幹線が来ていた。 新幹線に乗り、することも無く、ぼお〜〜っと窓の外を眺めていた。 新神戸を過ぎ、そろそろ大阪に着く頃だった。 通路を挟んだ席から 「おにいちゃん。すいません」 横を向くと、おばあさんがこちらを向いて、 「すいません。おにいちゃん。この電車は京都まで行くんですか?」 「これは新大阪までですよ。さっき放送で言ってましたよ」 「あらあ、乗り換えですかね?」 「そうです。新大阪で乗り換えですね」 「乗り換えばっかり。人生、乗り換えばっかり... ああ〜〜〜あ」 人生の乗り換え?私は、この老婆の経歴を想像した。 乗り換え?結婚、離婚、再婚、離婚の繰り返しかな?まさか、車の乗り換えではないだろう。型落ちする前に車を買替えるなんて器用そうではないし。 結婚、離婚の繰り返しに違いない。 まさか!旦那と別れて、50ほど歳下の私に乗り換える気なのか?! 私は恐くなり、新大阪に着くやいなや、電車を飛び降り、一気に階段を駆け降りた。 京橋に着き、背後を確かめたが、老婆の姿は無かった。 人生、どこにわなが仕掛けられているか分からない。痛感した。
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