O氏の消息 その3


5月19日水曜日、一杯飲んで家に帰った。
岡田さんから電話がかかってきた。
「I氏ちゃん。俺、電話番号かえたんや。昨日、NTTに言うて、かえてもらったんや」
「なんでです?」
「イタ電や。去年の9月からずっとかかってきてんねん」
「どんな電話ですの?」
「保留や。保留の音楽流しおんねん。『はい。岡田です』ってとったらな、ずっと保留の音楽流れてんねん。夜中の2時とかな、寝てたらかけてきおんねん」
「相手の声とかは聞きました?」
「何もしゃべりおれへん。とったら、音楽流れてるんやあ。恐くてのお。昨日、休みやってな、家でしこしこやってたんや。そしたらな、またや。ちOぽ縮んだがな。すぐにNTTに電話してかえてもらってん」
「たち悪いですねえ」
「まさか、お前とちゃうやろな?」
「何言ってんですかあ!じゃ、今から保留のボタン押しますから、聞いて下さい」
保留の音楽を流し、
「どうでした?この曲ですか?」
「ちゃうわ。全然ちゃう曲や。I氏ちゃんやなかったら、ほんとにイタ電やな。どないしよう?」 
「僕は2時にそんなことしませんよ。いつも夜中ですか?」
「ちゃうんや。だいたい夜中やけど、昼間とかもかかってくる。休みの日にしこしこやってたらな、たまにかかってくるわ。会社から帰ってきて、留守電聞いたら、音楽入ってるし。去年の9月からやぞ。もう恐くて、どないしようか思って、番号かえたんや」
「何か心当たりは無いんですか?」
「あれへんがな。会社にそんなことするような奴居ないし。だって、俺の会社、そんな奥深い奴、一人もおれへん。薄っぺらい奴ばっかりや。I氏ちゃんとこの会社の奴ちゃうか?」
「残念ながら、僕の友達で、そんな根気のあるタイプは居ないですよ」
「言われたら、そうやなあ」
「他に心当たりは?例えば、誰か見ず知らずの人に電話番号教えたとか」
「そんなんたくさん居るがな。Q2とかテレクラで電話番号言いまくってたもん。100人以上居るがな。電話料金払えんようになるまでQ2やってたからな」
「じゃ、特定出来ないですね」
「どんな女やねん?けっこうええ女かな?」
「女?女とは限らないですよ。話聞いてたら、男だと思います」
「なんでやねん?」
「女の人のイタ電て感情がこもってるらしいですよ。うちの会社に女性をだましてばかりいた奴が居るんです。そいつの家に毎日、イタ電かかってましたよ。話を聞くと、女の人のイタ電は、そんな音楽だけ流すって感じじゃないらしいです。感情が高ぶって、無言電話かけてきて、急に泣き声が聞こえたり、からんできたりするらしいですよ。ずっと音楽流すだけって、男じゃないですか?」
「そんなもんなんかあ。だけど、心当たり無いわ」
「岡田さん。酔っ払って、家の近所でむちゃしてますやん。知らない内に近所の人怒らしたんじゃないですか?」
「それは考えられる」
「だって、自転車ぱくったり、車のサイドミラーこわしたり、物干し竿持って帰ったり、暴走族がたまってたら、からんだりしてますやん」
「そうやなあ。どいつやろ?」
「分かりませんよ。だって、数え切れないほど迷惑かけてますやん」
「特定出来へんのお。そやけど、ほんま恐いわあ。まさか、新しい番号調べて、またかけてきおるんちゃうやろな」
「大丈夫ちゃいますか」
「そっかなあ。安心していいなあ」
「でも、突然、家に来たりして...」
「え?恐いこと言うなよ」
「分かりませんよ。『物干し竿返せ!』言うて」
「あれは、夜中に返しに行ったがな。3メーター以上あったがな。運ぶの大変やったわ」
「背景の音も聞こえないんですよね?保留にしてたら、背景の音聞こえないですもんね」
「おう。それも聞こえへん。それとな、無言電話も多いんや。あっ!そや!無言電話もな、何も音せえへん。背景に何の音もせえへんのや。し〜〜〜んと静かなんや。まさか、お前とちゃうやろな?」
「僕じゃないですよ!何を安心しようとしてんですか!うちの前は電車走ってるし、車走ってるし、交番があるから、パトカーがしょっちゅう走ってるし、酔っ払いがわめいてるし、今でも背景の音するでしょ?」
「おう。そんなにぎやかとちゃうんや」
「保留の音楽と無言と違う人ですかねえ?」
「分かれへん。保留の音楽も2種類や」
「2種類?もしかすると、そいつ、家からかけるだけじゃなく、会社からもかけてますよ。だって、昼間もかかってくるんでしょ。しつこい奴ですよ」
「恐くてなあ。新しい番号調べへんかなあ?」
「大丈夫でしょ。心配ないですって」
電話を切り、ちょっとイタズラをしようと、
岡田さんの新しい番号にかけた。無言で。
びびっているのだろう。岡田さんは何も言わず黙っている。
しばらくして、
「岡田さん。さっき言い忘れましたけどね」
「だあああっっっ!!!びっくりするやんけえ!!!」
当分は遊べそうだ。

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