O氏の消息 その2
5月19日火曜日、昨日も早く家に帰った。 10時頃に寝ようと布団に入った。一つ気になることがあった。 岡田さんだ。ほとんど毎日のように電話をかけてくる。寝ているところを 起こされるのはつらいので、寝る前にこちらからかけようと思った。 電話をかけた。 「お客様のおかけになった電話番号は現在使われておりません。番号をお 確かめになって、もう一度おかけなおし下さい」 あれ?かけ間違えたかな?再度プッシュした。 「お客様のおかけになった...」 おかしいなあ?番号を間違えているはずがない。岡田さんから番号を無理 やり覚えさせられたから、間違えるはずがない。局番が4ケタになる前だ が、931−0765。「クサイ、オナムコって覚えてくれ。クサイ、オ Oコとちゃうでえ」、あまりにも馬鹿馬鹿しくて、忘れたくても、頭にこ びりついている。この番号の頭に6をつければいいだけだ。 再度プッシュした。 やはり「お客様のおかけになった...」 記憶違いのはずはないが、念のために手帳を開き、確認した。やはり、ク サイで合っている。 この日の夕方、酒Iさんが来て、 「岡田と連絡取りたいんやけどな。結婚式なんやあ。大学のサークルの奴 が結婚するんや。岡田と打合せしたいんや。土曜日、あいつんとこ電話し たんやけど、留守電やったわ。I氏ちゃんとこ電話かかってきたら、俺に 電話するように言うといてくれ」と頼まれていた 岡田さんと酒Iさんは学生時代に同じサークルに入っていた。 酒Iさんの言葉から察すると、岡田さんの電話は土曜日はつながっていた 訳だ。留守番電話だったそうなので。 そう言えば、日曜、月曜と岡田さんから電話が無かった。ほとんど毎日か けてくるのに、珍しい。 この日曜、月曜の二日間に何か有ったのかもしれない。 酒Iさんに電話をかけた。 「酒Iさん。岡田さんですけどね、電話つながらないんです。『電話番号 は現在使われておりません』て放送が流れます」 「ええっ!マジ?!」 「ほんとですよ。酒Iさんとこにかかってきます?」 「かかってない。俺、土曜日に電話したら、留守電やったぞ」 「じゃ、その時はまだつながってたんですね」 「日曜、月曜は、あいつからかかってきてへんのか?」 「珍しくかかってきてません。どうしたんですかね?」 「どないなっとんねん? ...あっ!分かった!んなはは!」 「分かりました?!」 「Q2や!あいつ、またQ2かけ過ぎて、金払えんようになってんで!ん なはは!」 「ちゃいますって。だって、支払いをしてない時のアナウンスは『お客様 の都合により現在通話の出来ません』てやつですよ。今回のは、電話を解 約してしまって、番号が抹消された場合のアナウンスです」 「おお。そうやなあ。それやったら、ちゃうなあ」 「なんでしたら、NTTの番号案内に聞いてみますわ。後で電話します」 いったん電話を切り、NTTの番号案内104に電話した。 「すいません。関目の岡田哲也さんの番号教えて下さい」 「城東区関目ですね。岡田哲也さんでのお届けはございません」 やはり、クサイはもう抹消されていた。 酒Iさんに電話した。 「おう。どうやった?」 「やっぱり、番号は使われてないです」 「Q2で金払えなくなったってことはないんか?」 「違います。電話番号自体が無くなってるんです」 「おかしいのお。俺も、よお止められたわ。Q2に電話してたからな。金 払えんようになったわ。だけど、番号が無くなったことは無いわ。どない したんや?あいつ、こんな肝心な時に」 「どうしたんですかね?」 「結婚式、どないすんねん?肝心な時につかまらんのや。いつもや。いら ん時に出てくるやろ。忙しい言うてるのに、電話しまくってきて。うっと うしいって言うねん。こんな肝心な時につかまらんのや」 「ははは。あの人らしいですね」 「そやけど、なんか匂うぞ。事件の匂いや。あいつ、何か事件に巻き込ま れたんちゃうか?」 「どんな事件ですか?」 「イタズラ電話とか。変な奴からイタズラ電話かけられて、電話止めたん ちゃうか?」 「あの人だったら、イタズラ電話かかってきたら喜びますよ。暇な人だ し」 「そうやなあ。イタズラ電話かかってきたら、『おっ。なんや。ちょっと 話しよか』言うて、3時間ぐらいつかまえおるわ。イタ電かけた方が疲れ るわな。イタ電とちゃうかったら、何なんや?」 「なんですかね?」 「変な女に付きまとわれてるとか。最近、そんなことで困ったって言うて へんかったか?」 「言ってなかったです。それに、女に付きまとわれて、困ると思います ?」 「喜ぶわな、あいつだったら。『ただで出来る』言うて、毎晩やりおる わ。 限度知らんからな。付きまとった方が疲れるわ。じゃ、なんやねん?分か らんのお」 「他に可能性無いですか?」 「結婚したとか」 「結婚?!」 「あいつ、急に何か思い付いて、急に実行するやんけ。昨日言うてること と今日言うてることが違う奴やぞ。急に結婚するって言いだしたんちゃう か」 「相手も急に見つけたんですか?」 「最近目つけてる女とかは居るって話してなかったか?」 「してないです。女の子が少ない職場に転勤になるって嘆いてましたし」 「じゃ、ちゃうか。相手が居ないわな」 「気が狂ったってことないですか?」 「もとからやんけ。あっ!でも、さらに狂って、電話線引きちぎったんか もしれんぞ」 「でも、線引きちぎっても、あんなアナウンス流れませんよ。でも、番号 を抹消したってことは、電話の権利を放棄したってことですよね?」 「おお!そうや!あいつ、何かで金に困って、権利売ったんちゃうか!金 で困ってるって話してなかったか?」 「パチンコもやめはったし、出張ヘルスも呼ばなくなったし、SMクラブ にも行ってないようですし、特に金に困ってるって話は聞いてないです」 「でも、あいつ、隠れて相変わらずSMクラブ行ってるかもしれんぞ」 「いやあ、それは無いでしょう。だって、この前会った時にSMクラブの 会員証見せてくれましたけど、はんこの数増えてませんでしたよ」 「じゃ、ちゃうのお。何か事件に巻き込まれたんちゃうか?」 「どんな事件ですか?」 「基本的に3つ考えられる。女に付きまとわれてるのと、イタ電と、あと はさらに気狂った、この3つや。だけど、女とイタ電は考えられんな。気 狂った言うても、もとからやからのお。『電話解約せなあかん』て急に思 い付いて、急に解約したとか」 「なんでいきなり?」 「あいつのことや。思い付いたら、急に意味不明のことしおる。そやけ ど、困ったのお。あいつと連絡とらなあかんのや。どないしたらええね ん?」 「岡田さんの働いてる店に行きはったら?」 「それは嫌やあ。『岡田さん居ますか?』言うて、あいつの知り合いや思 われたあないやんけ。かっこ悪いやんけ」 「じゃ、待たないとしょうがないですよ。もし、うちに連絡があったら、 酒Iさんに電話するように伝えときます」 「そやなあ。言うといてくれ。だけど、新聞出たらええな。俺は、そっち を期待する。いきなり、朝刊にバーン!て出るねん。爆笑やで」 「ははは!可能性ありますね。だけど、冷静に考えて下さいよ。あの人、 電話止められても、外の公衆電話から電話してくるような人ですよ。前に 引っ越しした時も、『電話番号かえるからな。新しいの決まったら言う わ』って電話には細かい人ですよ。そんな人が、何も言わずに電話を解約 するっておかしくないですか?」 「おお。そうやのお。電話には細かい奴やからのお。いらん時にかけてく るし。ほんまどないしてん?だけどな、I氏ちゃん。あいつの行動を理解 しよう思っても、無理やで。だって、急に思い付いて、いきなり意味不明 のことしおるやん」 「そうですね。じゃ、待ちましょうよ」 「おう。電話あったら、俺に電話するように言うといてくれ」 結局、我々は結論を見出だせなかった。 この前の空白の日曜、月曜にいったい何が有ったのか? 今朝、会社に来て、クサイ・オナムコ、プッシュしたが、 「お客様のおかけになった...」 やはりクサイは抹消されている。 なぜ電話を解約したのか?その理由は、本人以外誰にも分からない。い や、本人も分かっていないかもしれない。なにしろ、尋常な人ではないの で。
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