O氏は一流ビジネスマン

5月30日日曜日、夜11時半、岡田さんから電話がかかってきた。
「あかんわあ!あああっっっ!あかんわあ!」
「どうしたんですか?」
「競馬や!4タコや!昨日2レース、今日2レース、全部はずれや。来週
も自信無いわ。ほんまあかんわ」
「しばらくやめはったら?」
「いや。来週はやってみるわ。はずれやったら、資金切れや。次の給料ま
で出来へんわ。ほんまあかんわあ。こんな真面目な生活してんのによお。
競馬にかけるために、酒飲みに行ったりしてへんのや。めちゃくちゃ質素
な生活してるんや。そやのによお、なんでやねん!」
「しょうがないっすよ」
「競馬はいいんや。しゃあない。来週にかける。会社もなあ」
「会社で何かあったんですか?」
岡田さんは、最近転勤になり、新しい職場に移った。岡田さんは、大手量
販店に勤めている。衣料品を担当している。
「しけてるわ。前の店よりしけてるわ。閉店前になったらな、食品なんか
見切りで値段下げるやん。近所の連中、この時間になったら、うろうろし
おんねん。前の店でも、そういう客多かったけど、今の店、もっと多い
わ」
「皆さん。それだけ賢くなってるんですよ。余分な金使わないように」
「そうなんや。近所の主婦やろなあ。2、3人連れそってやな、閉店前に
来るんや。夜9時に閉店なんやけどな、8時頃から惣菜とか値下げするん
や。
その時間になったら、2、3人連れのグループがいっぱい来んや。あいつ
ら、もう晩めし食って、風呂入って、それから来るんやろな。値札書替え
るの待っとるんや。食品のフロアーをうろうろ、うろうろしてんねん。何
も買わんと、値下げするの待ってんねん」
「どの辺りの年齢の主婦が多いんですか?」
「ばらばらや。若いのから年とってるのまで。グループで来るんや」
「ははは。近くにうちの社宅があるから、うちの会社の人の奥さん連中も
行ってるかもしれませんね」
「I氏ちゃんとこの社宅があんのか。来てるんちゃうか」
「安月給ですんで。居ますよ、きっと。でも、岡田さんは衣料品の担当だ
から、岡田さんの売場には来ないでしょ?」
「ちゃうんやあ。あいつら、値下げした惣菜買った後、衣料品のフロアー
に来おるんや。衣料品てな、季節で変わるやん。そやから、春夏物だった
ら、6月頃から値下げするんや。俺な、値下げの時期にな、一気に半額と
かするより、早い時期から1週間ごとに2、3百円づつ下げるの好きやね
ん。主婦の奴ら、俺が張り替える値札のチェックに来るんや。今日もな、
何グループか来てたわ。昨日、2百円下げた値札に張り替えたばっかりや
からな、昨日何か買った奴なんか、『しもたあ!』って顔しとったわ。が
はははは!」
「けっこう楽しんでますやん」
「おう。あいつら、手ごわいからな、上手に下げていかんと、儲け出んの
や。土曜、日曜なんか、缶ジュースの特売するんや。お一人様1ケース限
りってやってるんやけど、家族総出で来おるわ。ひどいのなんか、駐車場
と行ったり来たりしおるんや。1ケース買って、駐車場で車につんで、ま
た戻ってきて、1ケース買って。そやから、特売なんか、1時間もせん内
に完売や。ほんまは、1人1ケースって限定だから、同じ人が来たら、売
ったらあかんのやけど、そんなん言うたら、文句言いおるからな。黙っ
て、着づかんフリしてんねん。そやけど、チラシよお見とるわ。感心する
で。品物の取り寄せの注文しててもな、うちの近くのスーパーのチラシに
安い値段出てたら、平気でキャンセルしおるねん。変に高い値段に出来へ
んわ」
「皆さん、ほんとシビアになってますねえ。無駄使いしなくなってるんで
すね」
「そやから、うちの会社、利益出えへんねん。昔は、利益出てたらいぞ。
ここ数年や。全然利益出えへんがな。安く売ってるもんな。利益出んか
ら、給料上がれへんがな。おっ!そうや、ボーナス減るんや。給料上がれ
へんし、ボーナスも減額やんけ。そんなん競馬で稼がなしゃあないがな」
「競馬で勝って下さいよ」
「おう!負けばっかりやんけ!先週から8タコや!あいつらのせいや!」
「あいつらって?」
「あいつらや!値下げばっかり狙いやがってな、あんな奴らばっかりやか
ら、競馬なんかせなあかんねん。これからは、ますます巧妙に値下げした
るねん。あいつらにばっか、ええ思いさせへんからな」
動悸はともあれ、会社の利益に貢献しておられる岡田さん、ある意味、一
流ビジネスマンと言えるのかも。

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