変わった人たち
4月23日木曜日、前日深夜2時まで飲んだ疲れが残っていた。 昨日は昼過ぎから4時間に渡る長時間の会議があった。工場の物流担当者 を集めての大会議だ。前日の疲れ、寝不足のため会議中に睡魔に襲われる のは覚悟していた。だが、席順が良く、居眠りはまぬがれた。 H主任さんの隣だったのだ。 常人には理解の出来ない言動を見聞き出来ると観察していたので、あっと 言う間に時間が過ぎた。期待通りだった。 資料に書いている金額を間違えるわ、あげくの果てに、就業時間まで変え ようとしたのだ。 会議が終わって安心してはならなかった。 この大会議の後に打ち上げが有る。いくら疲れていて、早く帰りたくて も、この打ち上げを欠席することは許されない。トイレに行き、冷水で顔 を洗い、なんとか眠気をごまかした。 会議には、H主任さんだけではなく、宇治物流のF川さんも出席してい た。 と言うことは、打ち上げにも、F川さんが当然出席する訳だ。 このおじさんと飲んで、早い時間に帰れた試しは無い。 覚悟せざるを得なかった。 打ち上げは、地下の宝山。 遠くの工場から来ている人達も居るので、6時にスタート。 私だけオフィスに残り、しばらく電話番をしてから行った。 6時20分に店に入ると、H主任、F川という酒豪、と言うか、酔っ払い は、すでにビールではなく、しょうこう酒。 坂越工場の神原さん、宇治工場のトーチューといった大酒飲みと4人で意 味不明の会話を大声でかわしながら、しょうこう酒を酌み交わしていた。 「おう!今ちゃん!御苦労!はよ飲め」 覚悟は出来ていたつもりだったが、「なんで、しょうこう酒飲んどんね ん。まだ20分しか経ってないやんけ」、絶望に襲われ、目の前が真っ暗 になった。が、しかし、運の良いことに、連中の近くの席は空いてなかっ た。 おとなしい人達の間の席しか空いてなかった。 I崎さん、垂井工場のY沢さんの間に座った。 「助かった。一次会が終わったら、ダッシュで駅に向かうぞ。とにかく走 る。走るしか無い。絶対に振り向いてはならん」と心の中で唱えていた。 ところが、最悪な席やないか! 宝山の中華料理屋で、いかにも中華って感じの円卓だった。テーブルの真 ん中が回るやつ。 私の左横のI崎さんが料理をとる時に腕を伸ばすと、おぞましい香りがし てくる。いわゆるワキガというやつだ。 「オエ〜〜〜」、私は、ビールを流し込み、アルコールで鼻を麻痺させよ うとした。 I崎さんは会話も超シケシケの人なので、相手をしてもつまらんので、右 横のY沢さんの方を向いていた。 Y沢さんは、見た感じが40代前半。一緒に飲むのは初めてだったので、 どんな人か知らなかった。 暗い... I崎さん以上にシケシケ。 つまらない、暗い、寂しい話ばかりしてくる。 「友達が居ない」、「彼女が出来ない」、「お金が無い」 「ない」ばっかりやんけ!とも突っ込めないので、「ほお」、「そおっす か」、「いやあ」、「ですよねえ」、目を大きくして相づちを打ってい た。 「すいません。Y沢さん。失礼ですが、おいくつなんですか?」 「僕ですか。26です」 なんや!若いやんけ!めちゃくちゃ老けとる! なぜか、Y沢君に気に入られ、さらに暗い話を聞かされ続けた。 対面からは、「がははは!」とか「お前、アホか!」とか、よく分からな いが、「さるまた!」などと訳が分からないが、楽しそうなH主任さん達 のわめき声が聞こえる。 「あっちの席の方がええやんけ」 と言っても、合コンじゃないんだから、席代えタイムは無い。 だんだん酔いがさめてきた。すると、 プ〜〜〜ン 鼻を刺すI崎さんの香り。靴屋でオドイーターを買ってきて、脇にはさま せようかとも考えたが、おそらく靴屋は閉まっているので、断念。 ビールのアルコールで鼻を麻痺させることに勤めた。 Y沢君の「〜〜〜ない」話は止まらない。とにかく縦に首を振り続けた。 暗い気分に落ち込むと、興醒めして、酔いひいていく。すると、 プ〜〜〜ン ビールを流し込む。 この作業の繰り返しだった。 やっとお開き。時計を見ると、8時過ぎ。 「まだこんな時間か。えらい長く感じたがな」 心も体も究極に疲れた。 店を出て、大事なことをすっかり忘れていた。煙草を買おうと、自販機に 小銭を入れていると、 「おう。今ちゃん。次どこ行くねん」 F川さんだ。 「しまった!走るのを忘れた!」 時すでに遅かった。 「おい!トーチュー!あれ?今ちゃん。トーチュー居れへんぞ。俺、はっ ちゃん呼んでくるから、お前、トーチュー呼んできてくれ」 駅に向かうトーチューを呼びに行った。 先ほどからトーチューという変わった名前が出ているが、本当の名前は、 東中。ひがしなかと呼ぶ。以前、自分の名前を読み間違え、 「トーチュー」と読んだらしい。それ以来、トーチューと呼ばれている。 そんな間違いをおかすほどのこの方、はっきり言って、頭は強くなさそう だった。ちなみに、トーチューはラグビー部のキャプテンだ。私の2年先 の入社。 H主任さん、F川さん、トーチューといった気違いメンバーとともに南の スナックに向かった。 H主任さんは仁侠歌をうたっていた。 F川さんはいつものごとく語っていた。 「おう。トーチュー。お前な、若いからええのお。いくつになんねん」 「31。今年で32や」 「お前、4人目の子供出来たんか?」 「そうやねん。えらいことや。さっき嫁はんから電話かかってきたんや。 うちの給料で、子供4人やで。どうやって生活すんねん」 H主任さんが歌い終わり、 H主任「トーチュー。ええやんけ。F川のおっさんなんか、もう立てへん で。やれるだけええやんけ」 F川「そうや。俺なんか、もう全然あかんわ。嫁はんなんかとやったこと ない。もう何年もないわ。だけどな、今でも」 衝撃的だった。脳震盪を起こすところだった。 「今でも、夢精するんや」 東中「がははは!俺でもせえへんわ。おっさん、何考えとんねん!」 F川「いろいろ考えてんねや。あんな女と一発やれたらええのおとかな。 そしたらな、すぐや。『やってもた!』言うてもしゃあない。だけどな、 嫁はんに『パンツ汚れた』言えへんやないか。しゃあないから、嫁はん起 きへんように、洗いに行くんや。乾くまで時間かかるんや。新しいパンツ はいたらやな、洗濯に出すパンツの枚数で、嫁はん、『おかしいのお』っ て気付くやんけ。そやから、俺が洗うんや」 I氏「じゃ、乾くまでどうしてはるんですか?」 F川「はいてへんがな。新しいのはいたら、枚数狂うやんけ。嫁はんにバ レるやんけ。今ちゃんよお、お前みたいな若い奴が枚数狂っても、誰も何 も言えへん。そんなん、若いねんから、夢精ぐらいするやんけ」 I氏「しませんよ!29のおっさんが夢精しませんよ!」 東中「俺でもせえへんわ。おっさん、アホやろ!」 F川「だけどな、1ヶ月に1回や。『あんな女とやれたらええのお』って 思ったら、すぐや」 東中「早いんかい!」 H主任「がははは!早漏やんけ!俺なんか、嫁はんがさせてくれんわ!」 I氏「自慢することじゃないでしょ!」 H主任「アホ!させてくれへんのや!『いい歳して!恥ずかしいでしょ !』言うて怒られるんや。ええのお、お前ら。若かったら、一杯出るや ろ」 I氏「出ません!相手も居ないし、精力も無いです」 東中「俺、毎日やってる」 I氏「トーチューさん、好きなんですか?」 東中「大好き。我慢出来へん」 H主任「そやから、トーチュー、お前、子供ばっかり出来んのや。俺なん か、嫁はんが『いい歳して、恥ずかしいでしょ』言うて怒りおんねん」 F川「だけどな、はっちゃんよお。こいつらええで。若い頃はな、毎日で も夢精する。そら、しゃあないわ」 I氏「しません!夢精してんの、F川さんだけです!」 H主任「おっさん、俺もせえへんぞ」 I氏「H主任さんが夢精したら、恐いですよ」 H主任「アホ!俺なんか、嫁はんがさせてくれへん。『もうそんな歳じゃ ないでしょ。恥ずかしいことせんとって』って怒りおんねん」 東中「俺、毎日したい。我慢出来ない」 H主任「そやから、お前、子供ばっかり出来んねん」 I氏「トーチューさん、ゴムつけたらいいじゃないですか」 東中「アホか、お前。結婚して、ゴムつけれるか?そんな恥ずかしいこと 出来るか!」 I氏「?????恥ずかしいですか?」 F川「今ちゃんよお、そんなもんですわ。俺もな、よおつけへん」 I氏「夢精のためにゴムつけんでよろしい!」 H主任「お前、アホか。ゴムつけたら、パンツ汚れへんやろ」 F川「ちゃうねん。はっちゃん。ゴムつけようとしてやな、さわるやろ。 そしたら、出るねん」 I氏「超早漏じゃないですか!」 H主任「俺なんか、させてくれへん」 I氏「知りませんよ!奥さんに頼んで下さい!」 東中「俺、毎日やりたい。でも、子供はもういらん。生活出来へん」 I氏「ゴムつけなさい!」 F川「ゴムつけようとしたらな、出るんや」 I氏「さわりなさんな!」 H主任「俺のさわってくれへん」 I氏「奥さんに頼んで下さい!」 東中「子供欲しくない。でもやりたい」 I氏「ゴムつけなさい!」 F川「ゴムつけようとしたらな」 I氏「つけんでよろしい!」 H主任「俺、寂しい」 I氏「奥さんに言いなさい!」 東中「生活出来へん」 I氏「ゴムつけなさい!」 F川「つけようとしたら」 I氏「いじりなさんな!」 約1時間、この繰り返し。 意識が遠のいていった。 ふと気付くと、H主任さん、F川さんが肩を抱き合いながら歌っていた。 トーチューは嬉しそうに手拍子。 こいつら、悩んでんのか?! 彼らは満足したのか、お開きになった。10時過ぎだった。 店を出ると、H主任さんは帰って行った。 トーチューが「おい。I氏。二人でちょっと行こうや。F川のおっさん振 り切るぞ」 しばらくすると、F川さんが「おう。今ちゃんよお。トーチュー帰らし て、行こうや」 板挟みになった。 どうしていいか分からなかった。 すると、 F川「トーチュー。お前な、こんな遅くまで何しとんねん。嫁はん、かわ いそうやんけ。はよ帰ったれ」 東中「何言うてんねん、おっさん。おっさんとこも嫁はん待ってるで。帰 りいや」 F川「アホか!お前な、こんな遅くまで何しとんねん。若い夫婦はな、こ んな時間はな、一発やらなあかんのや」 東中「何言うてんねん、おっさん。おっさんの方も一発やれよ」 F川「アホか!1ヶ月に1度や。それでいいんや。お前な、パンツ洗うの 大変やぞ」 東中「誰が、夢精せえって言うねん!おっさん、アホか。嫁はんと一発や りいや。待ってはるで」 F川「お前がやれ。もうパートからとっくに帰ってきとる。お前がやれ」 東中「なんて、俺が、おっさんの嫁はんとやらなあかんねん!」 F川「お前な、若い夫婦がな、こんな時間に一発やれへんて、お前、何考 えとんねん。嫁はんとやるの嫌なんか」 東中「うちの嫁はんとはやるわ!毎日やりたいわ!我慢出来へんねんか ら、しゃあないやんか!」 F川「俺は1ヶ月に1度や。それでええ」 東中「それは夢精やろ!俺は、うちの嫁とやるんや!」 F川「そやから、帰れ言うとんねや」 東中「子供出来るやんけ!これ以上出来たら、生活出来へんわ!」 F川「そやから、1ヶ月に1度でええんや」 東中「我慢出来んのや!」 F川「そやから、帰って、嫁はんとやれ言うてんねん」 東中「生活出来へん言うてるやろ!」 F川「そやから、1ヶ月に1度でええんや」 東中「しつこいなあ!我慢出来へん言うねん!」 子供の喧嘩より低レベルだった。もうしばらく見ていようかと思ったが、 二人とも宇治から来ているので、終電が無くなると、この低レベルな喧嘩 に朝まで付き合わされる。 「もうやめて下さい。じゃ、今夜はお開き。みんな、帰りましょう」 3人で駅に向かった。その間も、後ろで言い合いをしていた。 駅で一悶着があったが、トーチューが強引にF川さんを駅に放り込んだ。 トーチューは、「ほんましつこいおっさんやで。おう、I氏。次行くぞ。 さっきのスナック戻ろうか。ママ、やらしてくれへんかな」 「無理でしょう」 「じゃ、ええわ。ちゃうとこ行こうや」 洋風の居酒屋に入った。 トーチューは忙しくあちこちに電話をしている。 トーチューの学生時代の友達が二人来た。 4人で2時過ぎまで飲んだ。 「まだ遊びたい。おねえちゃんの居る店行きたい」 ごねるトーチューを説得して、タクシーに乗り、家路についた。 「ああっ!!!2時やんけ!!!今日もやってしもた!!!助けてえ! !! 」、ほとんど気狂いの心境だった。 家につくと、メモが置いてある。 「福元君TEL要」 福元と酒井さんと飲み屋から電話してきたのだろう。飲んでるから、出て こいといった内容だったのだろう。 「もう飲みたない!!!」とメモをビリビリにやぶり、半泣きで布団にも ぐった。何もかも忘れたい気分だった。 「なんでやねん!」、無意識にこの言葉を連発していたらしい。 今朝、母親が「なんでやねん言うてたよ。何か分からんことあるの?」 答える気にもならず、無言で家を後にした。 昼食をとった後の睡魔、今日も闘わなければならない。
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